02 ガブッ ←太ももをかじる音
木々が生い茂り、地面は腐葉土でフカフカしている。
木はどれも天高くまで伸びており、それを支えるためか木は互いに絡まりグルグルとなっているものまである。
木の葉は日の光をほとんど遮り、地面は昼にも関わらず薄暗い。
そんな、ザ・森というような場所にある若い男がいた。
いたではなく、急にでたの方が正確だろうか。
いいや、それも正確ではないな。
それもそのはず。
男はフカフカの腐葉土に刺さっているのだから。
比喩ではなく、文字通り。そして頭から腰のあたりまで見事に刺さっている。
これだけで十分、異物感MAXなのだが、男の服装がより一層それを強くしていた。
真っ黒の学ランを身にまとい、人間エクスカリバーとなった彼の名を、神田タケルという。
タケルは目を覚ますことなく、見事にエクスカリバったまま世界に放置プレイをされていたのだがーー
「ガブッ」
「いふぇえぇぇえぇぇぇええぇぇ(地中の叫び)」
ーー聖剣は勇者を選ぶことなく、自ら抜けることになった。
タケルは顔に張り付いた土を手で払い目を開くとーー
「?」
ーー目の前には小さな。幼い子どもがいた。
子どもは泥んこで、
(いまの俺もそうだと思うが)
口元を赤く染めて………
俺は思い出したように自分の右太ももを見る。
すると、学ランの右ズボンには明らかに噛みましたよー、って甘噛みレベルじゃねえ歯形の穴が開いていた。
そして、そこから覗けた太ももからは血がドバッと流れ出していた。
(噛み千切られてなかったか。安心安心)
俺は痛みと、この状況にパニックっているらしい。
少なくとも、よくわからんことを「安心安心」しちゃうくらいには。
いろんなことが一気に起きすぎてる。
どっから、整理すればいいんだ。
俺がそう首をかしげると、目の前の子どもも同じように首をコテンとした。
俺は周囲に目を向ける。
うーん。
右も左も上も下も、木、木、木、子ども、木、土。
結論ーー
「ザ・森だー」
ーーなんか。思わず口をついて出たのがそれだった。
「カァー。カァー」
あっ。カラスいるんだー。
なんか、馬鹿にされたようで。
でも、自覚してます。馬鹿だって自覚しちゃってるから何もいえないんだよ、カラスに!
なんだよ! 森見渡して「ザ・森だね」って。
馬鹿なのばかなのバーカナンデスカー。
目の前の子どもちょっとこの人大丈夫なのって顔に書いてるよ。
なんか、目見開いて、「えっ」って顔してんだもん。
「***、******、**」
なんて言ったの。コイツ。
声がガスガスで小さくて聞き取れねえ。
「****、********、*、*」
だから、両手バタバタさせてもわかんないって。
そもそも日本語なの?
日本語でおk?
「あなた、わかりゅの? この、ことば」
もちろんわかりますとも。
実を言うと英語なんてさっぱりだし。
まあ、でも俺生粋の日本人だし、そこは仕方ないっていうかー。
目の前の子どもがなんか不安そうになってるし、ここは俺の素晴らしい日本語を披露する時だぜ。
時は来たれりってやつだ。
「おう。俺はばっふぁっっへっって、ちょっ、ちょいまち」
思わずせき込んでしまった。
急にでかい声出そうとするんじゃねえな。
砂が口に入っちまった。
仕切り直しだ。ガキ相手に怯むんじゃねえ。
「俺の名前は」
「ばっふぁ?」
「ちげえええええええええええええええ」
見知らぬ土地で見知らぬ相手に見栄を張ってはいけません。
「ミーシャ、まよったの、ここ」
この子の名前はミーシャと言うらしい。
よく見るとかなりやせ細っていて、泥でところどころしか見えないが、骨が見えそうな……。
…こんな子どもに怒る人間はクズだな。
もちろん俺はそんな奴じゃない。
ついでに、どうやらここは日本ではないらしい。
今更だか、もしかしたらこれは異世界召喚というやつかも知れないな。
こんな森だけってだけじゃ、確証も何もないけど。
(もっとも、異世界なら剣とか魔法とかモンスターとか出てきてもいいのにな)
「だから、おきて、ほしくて。たけりゅ、ごめん、さい」
ミーシャは森で生きているかもしれない『人』を見つけて、自分に気が付いてほしくて俺を噛んだらしい。
(神田を噛んだってな…………すみません)
もっと、ほかのやり方をして欲しかったもんだが、仕方ない。
あっ、俺の名前はちゃんと訂正しました。
まだ、舌っ足らずだがちゃんと話せてるな、コイツ。
俺は右手を伸ばして今にも泣きそうな顔をみて、ミーシャの頭をわしゃわしゃしてみる。
でも、今にもよろけそうな、こわれそうな感じがして、やめた。
すると、ミーシャはさらに泣きそうになってしまったので俺は近くに座り直し、やさしく抱き留めてみた。
(他人の子どもなんだし、泣かしちゃダメだ)
「大丈夫だ。そんなに怒ってねえよ、もう。めっちゃ痛いけどな。……そうだ、腹減ってんだろーー」
見ただけで数日は何も食べてないことは容易に想像できた。
上着のポケットにはマナーモードのスマホとイヤホンが入ってる。
俺はズボンのポケットを探ってみる。
すると、大ぶりの飴玉が見つかった。口に入れるとしゅわしゅわするやつ。ソーダ味。
俺は、飴玉の包みをはがし、ミーシャの左の頬っぺたをつつく。
ミーシャは疑問符を浮かべながら振り向き、口を開いたので、何か言う前にミーシャの口に飴玉を放り込んだ。
「ッ!??」
「いいから舐めろ。うまいぞー。ちょっとは腹の足しになるだろ」
俺はそう言って、ミーシャの泥んこの頭をやさしくやさしくなでなでする。
ミーシャが飴玉をコロコロと口の中で転がしながら、泥んこの顔を幸せそうに表情を崩したのを、タケルが見逃してしまったのは仕方のないことだろう。
フラグ回収は唐突に。
タケルはここが異世界だと確信することになる。
だってーー
「でっでけええええええええええええええええ」
ーー目の前に巨大な、人間よりも明らかにデカいトカゲが現れたのだから。