03 だいじょうぶ
静かだった森に座ったままの少年の絶叫が響き渡る。
「うわああああああああああああああああああああああああああ」
「グウォォォォォォォォォォ」
トカゲってあんな風に鳴くのかよ。そもそも鳴くこと自体初耳だぞ。
誰がいきなりモンスターと出会いたいって言ったんだよ。
………俺は言ってねえぞ。言ってねえからな。
「*****、*************、**」
ミーシャが何か言ってるがさっぱりだ。
俺は膝の上に乗っかってるミーシャを抱き上げ、立ち上がろうとしたところでーー
(アッ。オレ、アシ、カマレテタンダッタ)
ーー右足からぶっ倒れてしまった。
「だいじょうぶ? たけりゅ」
「…………子どもに心配されるなんて、恥ずかしっ」
ここに、お前も子どもだろと突っ込むやつはいない。
「??」
「ああ、大丈夫だが………大丈夫じゃねえ!」
ミーシャが首を傾げたので、「大丈夫」だと言っておいた。
「グウォォォォ」
すぐ目の前にはヤツがいた。
(ヤバイヤバイ。異世界しょっぱなから死にたくねえ)
「くそがあああああああああああ」
俺は、近くにあった石を投げつける。
(逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。)
だって、逃げられないんだから。
ぶ!つ!り!て!き!に!
「くるなくるなくるなあああああ」
トカゲは俺の投げた石を受けても全く怯まないし、傷も一切ついてない。
(…畜生、畜生…。畜生! 畜生!)
こいつもしかしてゴーレム的なやつか。
絶対最初に出会うてきじゃねぇ。
「……りゅ、たけりゅ」
「ミーシャ。大丈夫だ、俺が守ってやる」
ここで会ったのも何かの運命だ。
親に無事に届けてやるよ。
「ちがう……だめ、なの」
「ちょっと黙っててくれ」
だからすまんけど、今は構ってあげられねえ。
「だめ、だめ、なの」
俺の思いとは裏腹にミーシャは俺の右手に崩れるようにして飛びかかってきた。
(どういうことなんだ)
俺は手を塞がれ、投石ができなくなる。
「ミーシャ、何がダメなんだ」
俺は落ち着きを取り戻し、ミーシャが俺を止めようとしていたことに気付く。
「いじめりゅ、だめ」
ちょっとミーシャさん。危ないのでは。
ミーシャに優しく諭されてしまった俺は彼女に従い、石を放す。
ミーシャは俺がもう『いじめない』ことを感じ取ったのか、俺に背を向けトカゲのもとに向かう。
「おい、ミーシャ危なくないのか」
「あぶなく、ない………だいじょうぶ」
俺は心配になって彼女とトカゲを無意識的に『見』ていた。
(………本当に大丈夫なんだな)
心配する必要なんてなかったらしい。
俺は体を起こし、緊張をほぐすために伸びをする。
「*、***、********、**」
ミーシャは何かを口にしながらデカいトカゲの頭をなでなでしてる。
「グゥゥゥ」
トカゲもドコか嬉しそうにしている。
(俺、もしかしてやらかしたのだろうか)
ミーシャは俺の方に戻ってきた。
「グルゥゥゥ」
ーートカゲを引き連れて。
「**、こわく、ない。***、やさしい、**。*、たけりゅ」
うーん。価値観の違いか?
デカくて目は赤いし、皮膚は岩みてぇだし。
怖くないことがあるだろうかーー
「グルゥゥゥ」
ーーいやない。
(おうっと、教養が出てしまいましたな。反語を使ってしまうとは。自重しなくてはなにませんな)
俺はろくでもないことを考える脳ミソをほっぽいて、ミーシャに疑問をぽいする。
「おっおい。どういうことなんだ」
ミーシャはうーんと口元にグーの手を持っていくと、簡単に言った。
「なかま、だよ」
そーなんだ。
仲間なんだ。
(俺、マジでやらかしたな。石投げまくって、わめき散らしたし)
俺は右足の痛みを我慢しながらトカゲに近づく。
「ごめんな。マジすまん」
謝りながら、ミーシャと同じように撫でようとするとーー
(あれっ)
--スカッ
「痛ってぇ」
避けやがった。俺、コケタ。
(こいつ。トカゲのクセに)
「ググゥゥ」
なんだよ。そのどや顔みたいなのは。
こやつめ。絶対許さんぞい。
「わっ。だいじょうぶ? たけりゅ」
ミーシャは今にもバランスを崩そうな歩きで俺の方に駆け寄ってくる。
あー。もう。
「ミーシャはいいこだな。マジで」
思わず抱きしめてしまった。
まあいいや。今さらだし。
「**」
ミーシャは嬉しそうに笑顔になった。
俺もそれを見て思わず笑顔になってしまう。
トカゲはおとなしくしている。
それを見て俺はミーシャの泥を払っていく。
そのとき、ミーシャの上着から紙が落ちてきた。
(封筒か?)
それはあまり汚れておらずってか、茶封筒と同じような色をしている。
俺はそれを拾い上げるとミーシャに聞いてみる。
「ミーシャ。これ見てもいいか?」
「* *。うん、だいじょうぶ」
『大丈夫』の使い方がおかしい気もするが。
ミーシャの許可をもらった俺はそれを広げてみる。
それは封筒ではなく、茶色い紙? だった。
紙というよりは、動物の皮のような……こういうのなんて言うんだっけな。
(…ようなんたら紙…よう……よう…よう…)
考えても何も出てこないので。
(本当だからね。幼女とか幼女とか何にも思い浮かんでないんだからね)
俺は紙のことは一先ず保留にして内容を確かめようとするがーー
(……なんて書いているんだ)
ーーそこにはどこぞの右から書く語のようにミミズが這った跡のようなものが並んでいた。
「ミーシャ。読めるか?」
ミーシャは首をふるふるとし、否定を示す。
(困ったな。八方塞がりってやつじゃねか)
しかし、この子がひとりで森にいるってことから、何となく内容は察することは出来るが……。
ここは少し慎重に。
「じゃあ、ミーシャ。これをもらった時に何か言われなかったか」
ミーシャは目を少し細め、俯きがちになった。
(やばい。いきなり地雷踏んだかもしれねぇ)
「ごめん。何か思い出したくなかったらいい。忘れてくれ」
けれど、ミーシャは顔をあげ俺をまっすぐ見つめながら笑う。
「ミーシャ、だいじょうぶ。**。ジン、バルトの、ところ、いけって」
(ジンとバルトって人名だよな。たぶんジンはミーシャの父さんか? ……取り敢えずバルトってやつのところに行けば何かわかるのか)
ミーシャは続ける。
「*、わかんない。ジンが、くれたちず、なくなった」
へー。ふむふむ。
「ずっと、あるいた。でも、わかんない」
そうだよね。だから、ガリガリになっちゃてるんだ。
「たけりゅ、バルトの、とこ。しってる?」
やばい。これはやばい。
ミーシャの姿を見、境遇を予想した俺はミーシャにあたることも出来ない。そもそも、子ども相手にそんなことはしないが。
(全然だいじょうぶじゃねえな)
「すまん。俺もだ」という言葉は俺に期待したミーシャとその手紙に期待した俺をどうしようもない現実に引き戻すには十分だった。




