第4章【ようこそ静物園へ】
「……ったく、出張から帰ってみりゃあ面倒臭え仕事増やしてんじゃねーよ。オレは時差ボケで眠い頭に鞭打ってんだぞ。寝不足とビタミンCはお肌の天敵だってミス・マープルもドーラ一族の女頭領も言ってたろ。新3億円事件が明るみになったせいで、どいつもこいつも金蝿みたいに群がりやがって。こないだ助手の野郎が辞めたばっかで、オレ独りでワトソン名義の雑務まで熟さなくちゃなんねーなんて。つーか、MG的な助手の分際で名探偵様にコクるって何考えてんだろなァ。男って馬鹿すぎ。何が衝撃告白だ。雇い主と労働者の関係以外に余計な感情持ち込むな。やっぱ百合でも薔薇でもいいから純粋無垢な処女にしときゃ良かったわ。あーでも、そうすっと今度はオレのほうが仕事と私情が混同しそうになるから本末転倒か。それにしても、オレは元々探偵業なんぞ興味も趣味もなかったんだ。今更自分の生まれ持った能力をどうのこうの愚痴るつもりはないが偉え迷惑してる。諸悪の根源つーと、スポーツ紙や週刊誌の低俗な記事なんだろう。こちとら野球選手や芸能人でもないのにマジ勘弁だわ。馬鹿だからオレ、よく分かんねーけど、スポーツ新聞って競技のことだけ書いてりゃいいのに、五輪も終わってネタ切れなら廃業しちまえよ。なァ、お前もそう思うだろ?世の中には知らねーほうがお買い得な商品がごまんとあるんだ。いちいち生産者の顔見ながら飯なんか食えるか。美化運動だかエコ活動だか知らないが、誰が捨てたか分かったゴミを拾えるかっての。新宿になんて住まなきゃ気苦労もなかったのかな。煙草ぐらい自由に吸わせろっての。てか、急に寒くなってくるし、今日はすげえ渋滞してると思やァ今度は何さ?どうした東京。お誂え向きに台風みてえな土砂降りかよ。マジついてねえ」
(……そ、それは僕も同感です)
間歇式ワイパーの左右に振れるフロントガラスの滝を眺めながら、僕は厳粛に言葉を選んだ。国産のMT車らしき軽自動車には、新車特有のゴムや合成樹脂の匂いが漂い、それを時折り煙草のメンソール臭が蔽っている。窓を全開にすれば水浸し、僕の危機感は募るばかり。急発進に急ブレーキ、制動距離は無視。変装した美都里のハンドル捌きはお世辞にも褒められたものではなく、悪天候で慎重になっているとはいえ気が気ではなかった。小高い丘の上を右に左に転がる僕を見かね、助手席にドリンクホルダーを掛けて収納されたのは今しがた。僕も随分と痩せ型になったものだ。運転席側に掛けなかったのは煙草の灰を誤って落とさないように、という優しさからだったと信じたい。
(それで、その、話を戻していいですか)
「なんだっけ?円相場?いくらオレでも、為替と株の動きと空気は読めねーよ」
(惚けないでください)
煙が肌身に染みる。デパートの駐車場から車に乗せられ、唐突に口火を切った愚痴大会のおかげで、彼女に対する探偵像は崩れつつあった。尤も、神聖なる我らが男子トイレの個室でお縄を頂戴した時点で、すでに印象は崩れていたけれど。
(どうして、僕だと分かったんですか?)
「そりゃ簡単さ、久しぶりに古巣の我が家に帰ろうかと、コンビニ寄った帰りに怪電波キャッチしたもんだからよ。五月蝿えのなんのって、安眠妨害の芽は摘まなきゃならん。その流れを追跡してみたってのは当然の成り行きだろ?銀行を囲むトイレの紙切れ、収束地点がデパートまでは突き止めたけど、オレが直に手で触れても該当なしとくりゃ、自然と備品室のやつを引き摺り出すしかなかった、そんで一時的に全階のトイレットペーパー盗んで隠しといてだ、お前が補充されるのを手薬煉引いて待ち構えてたらようやっと御用さ」
(美都里さんは、触らなくても聞こえるんですね)
「そりゃ、今だってハンズフリー状態じゃねえか。百聞は一見にしかずって金田一のじっちゃんも言ってたろ。モチのロン、直に手で触れたらもっとわかるけどな」
(なるほど)
僕Aから僕Eまでの通信傍受もしかり、僕が少しでも強く思った感情は筒抜けだった。恥ずかしいやら恐ろしいやら、美都里が近くにいる限り、表層意識の垂れ流しに警戒しなければ。
「それより敬称はいいから、ミ・ト・リな。忠告するとオレはドリって濁されるのがNG。麻婆豆腐に入ってるパイナップルの甘さぐらい大嫌いなんだ。人間の食うもんじゃねえ。泣く子も黙る怪盗トイレットペーパーには分からんだろうが」
(酢豚じゃなかったですか。それと、さっきも言いましたけど僕は怪盗じゃないので)
「でも、名前覚えてねえんだろ?チミは」
(……それは、まあ、はい)
サイドミラーに映った僕。そこには土煙や排気ガスを吸い込んでくすんだ色のトイレットペーパーがある。5分の1以下にまで落ち込んだ痩身痩躯の我が身を、こうして改めて目の当たりにするのは初めてだった。
「どうかした?生憎、そいつはラーの鏡じゃないぜ」
(なんですか、それ)
天からの一斉掃射は止みつつあった。
家は近所と聞いて数分が経っている。「ったく進まねえな。信号壊れてんじゃねえか?」渋滞に嵌って観念したのか、美都里はハンドルから手を離してしまった。
「最後に記憶があるのはいつ?」
再び煙草の煙。
湿った紅唇と、針金細工のような指先2本がそれを支えている。
(ううん、去年の暮れぐらいまでは確かに)
「どこで?何してたの?犯人の顔は見た?」
(あ、そうじゃなくて。記憶って言っても時事ネタというか、僕自身のやつはからっきし)
マオ宅で読んだ新聞記事を思い出していた。軽トラの荷台でも多少読み漁ったが然にあらず。
「ちょっと触って感応してみた限りじゃあ、壮絶な日々を送っていたようだな。なんつーの『左眼を忘れた男』みたいな?プルーストとゴーゴリーを足して、カフカで割った感じってか?便器や糞よりはマシだったな。江戸時代の民話『さるかに合戦』じゃあ栗と臼と蜂、そんでもって牛糞くんが仇討ちしたみたいだし」
そして僕の体を持ち上げて呻吟、再感応。
大根の桂剥きでも始めるような手つきで、ゆっくり手の平で転がしながら気怠るそうに呟く。
「デスノートみたいに無限にページが増えるわけじゃないみたいだな」
(デスノ?)
「いや、気にせんで。オレの経験上、付喪神タイプと憑依タイプの大体2つに分かれるんだよな。もちろん依り代もそうだし、憑依するのは生霊も含んでるけどよ。とりあえず死霊だと、トイレの花子さんみたいな地縛霊が乗り移ってる可能性はないかもな。この世に怨みや未練を遺してるなら、自分の記憶だけ丸々抜けてるってのはマヌケだろ?尤も、チミは色々例外も多そうだけど」
(……それは)
「ポリンキリー、ポリンキリー、三角形の秘密はねー」
美都里は僕を助手席に転がした。
端正な顔立ち、まるで愛地球博に出展していた人造人間を彷彿とさせる冷たい美人顔から、そんなおどけた調子の音頭が飛ばされると徒々調子が狂うものだ。
(車間距離、あんまり詰めすぎないほうがいいですよ)
「ひとつ質問いい?」
(はあ)
「誰でも一度は考える例のあれだ、カレー味のうんことうんこ味のカレー、どっち好み?」
(面白がってますよね)
「後学のために聞くと、どんな味?奈良公園の『鹿のフン』とか鳥取県の『天女のわすれもの』みたいなもの?確かに沖縄県の『イリオモテヤマネコの運幸』はチョコ味だったぞ」
(廃棄調査といえば、探偵の専売特許じゃないんですか)
「あんなん一緒にしないでくれ。対象者のゴミ漁りは趣味じゃないし探偵業はバイトだ。むしろ米国のシルビア・ブランセイとかいう絵本作家が描いた『汚いもの学』に造詣が深い知り合いなら何人か知ってるけどよ」
(……)
「果たしてチミは博学な大人物なのか、中途半端に知識を食い散らかすガリ勉強野郎なのか、それとも執筆のためとあらば専門業界に首を突っ込む小説家の卵なのか。はたまた、今のその体なら色々と吸収性も抜群だな。ま、どうでもいいけど」
交通量が緩和されたところで、アクセルを踏み込んだ。交差点を強引に曲がって、裏路地に進入。人気がないと分かって法定速度もあったものではなくぶっちぎって行く。飛ばすなら僕をドリンクホルダーに戻してからにしてほしかった。
「オレにゃあ関係ないから」
(え)
「せいぜい頑張ってくれよ。何か困ったことがあったら連絡してくれりゃあ、道案内ぐらいだったら無償で協力したる。新宿はオレの庭だから。東口から西口までなんでもござれ」
(待ってください)
「うるせーな」
(ご、後生ですからお願いします。新3億円事件を解決した実績を見込んで、美都里さんに頼み事が。僕で出来ることなら、助手の代わりになんでもしますから)
S級事件と称される『ポテトチップス爆弾事件』や『迷宮入りの連続通り魔殺人』『白金の貴婦人誘拐』については、昨日や今日の出来事ではないだろう。
「だーかーら。写真週刊誌のデマに踊らされるなって。それは全部偶然だし。オレの感応はオンオフできねえの。犬も歩けば遺留品に当たるっていうだろ?散歩中に拾ったゴミが、たまたまC4爆弾の破片だったもんで、お菓子を頬張りながらニトロトルエン詰めてる爆弾魔の下卑た眼差しが映ったとか。コンビニで立ち読みした帰りに傘を間違えて、随分年季の入った傘だなって思ったら、血だらけの連続殺人鬼が雨で洗い流してるシーンが上映されたり、個人タクシーを呼び止めて乗ろうと荷台に手を置いたら、両手足を拘束され猿轡を噛まされた貴婦人の安らかな寝顔が浮かんだりさ。それから、これはよくあることだけど、指名手配のポスターをじろじろ眺めて笑ってる外人がうっかり落としてったハンカチが整形前から愛用してた本人のものだったり。マジ参っちまうわ。そんでもって前回の銀行強盗だろ。場所が新宿じゃなかったらやってなかったよ。不本意だったんだ」
再び急停止。
信号だ。つくづく心臓に悪い新米運転手である。
「つーわけでオレ、元々探偵辞めるつもりなんよ」
(そ、そんな勿体ない)
「鬱陶しい奴っちゃな、オレは絶滅危惧種じゃねえし。世界は広いんだぜ?そこいら捜しゃあ、オレ以外にもオカルト体質の奴なんぞワンサカいるんじゃないのか?知らんけど」
僕の気もお構いなしにいい加減な。変装のサングラス越しにでも、その美女の双眸は笑っていなかった。
「ほれ、貸してやる」
片手でハンドルを握りながら、ポケットを手繰る。
高機能携帯、通称スマホと呼ばれるそれを手にし、誤動作防止のロックを指腹でなぞって解除するなり、美都里は吹っ切れたように助手席の座面に放った。僕の目の前に。「ググりたきゃ、テメエで勝手に調べれりゃいい」
大画面のアプリ一覧。
(いやいや、僕には無理ですって。タップやフリック操作に関しては、最近の主流は専ら静電用量の方式を採用してるって聞いたことがあります。専用の通電棒とか、導電繊維で編み込んだ手袋でもしないと反応してくれないんです)
「んなもん、やってみなきゃ分かんねーだろ」
美都里は一蹴、舌を伸ばして紙片を湿らせ、「いいから触ってみろよ。集中すりゃ多少動けるんだったな。先っぽのほう、紙縒りにしてやっから」
ドリルのように巻いた紙片を指す。
「存在自体が非常識なテメエが、何を常識ぶってんだ」
(あ)
オカルト主義者の根性論を鵜呑みにしたわけではない。しかし、それでも。確かにそれは、僕の指先、紙縒りの触手がディスプレイ表面に振れると次画面に移ったのだ。(し、信じられない)本当に反応しているようだった。考えられるとすれば、僕がこうして常々思考を繰り返しているのは電気信号の送受信であり、一点集中した瞬間的なそれが、微弱な静電気を孕んでいる、とでも解釈するしかない。
(……自分でやれるもんなら、でも、僕は)
検索ブラウザが起動したのは良いけれど。自力でエゴサーチしろというのか。株式会社TOTOのお客様センターに問い合わせろとでも?NASAに依頼すれば漏れなく人体実験、それは科学誌にしろムーにしろ出版社の門を叩いて待っているのは美都里の嫌悪する低俗なスキャンダル魂と変わらない。それを知っていて、丸投げの盥回し、無責任な探偵もあったものではない。本人は探偵を辞めたがっているのだから、今さっき会ったばかりのトイレットペーパー風情に非難される覚えもなかろう。分かっている。分かってはいるのだ。(僕だって)(でも!)この本体に触れて『事情』を読み取っておきながら、軽佻浮薄にして軽薄な鉄仮面ではないか。(僕はこんな薄情女を必死で追いかけて)情けない。見損なった。そして内心忸怩たる悔しさを滲ませつつも、一方では無意識に「アパート2階」「火事」と打ち込んで、アンド検索の対象候補に挙げている自分がいた。虫眼鏡の記号を押すと、瞬く間に2470000件が0・23秒のうちに引っ掛かった。やはり多すぎる。「中学生」を加えても109万件に絞られたぐらい。「貧乏」を入れても目的の記事はヒットしないだろうし。僕は何をやっているのだろう。よくよく見返してみると、「火事」ではなく「家事」と変換ミスまでやらかしているから始末に終えない。(あれ?)苛立っているうちに警告画面が映し出されてしまった。
(いや、これは警告ではなくて)
「どうかした?」
さすがに心配になったのか、信号が変わって再発進して間もなく、美都里はハンドルを切って路肩に寄せた。
「あんまり変なとこ触んじゃねーぞ」
(あ、なんか今変な表示に変わって。電話鳴ってますよ)
「それは別にいいや。無視してくれ」
(え?でも)
「いいから」
マナーモードのため着信音は鳴らず震えている。それは当然僕の体にも予期せぬ共振という形で現れていた。すなわち慌てた瞬間に指先が触れて、気付いたときには手遅れの条件反射だった。
(お、押しちゃいました)
「はあ?馬鹿かテメエ!」
指示灯を焚いてハンドブレーキ。
早く寄こせ!と怒鳴ったものの、不測の事態の上塗り、美都里の指先が震えているのは僕でも分かった。今しがたマナーは解除されているのに、である。「……あ、はい。もしもし」蚊の鳴くような囁きめいた口調に変貌している。
女声に戻った、か細い声声だ。
ちなみに発信者名は、警視庁捜査一課とある。
「……あ、ええ。その」
通話相手の音は拾えなかった。怒鳴られたり罵声を浴びせられるといった類いの苦情ではなさそうだったが。「……はい。昨日は、そのお疲れ様っした。す、すみません、留守電っすか?いえ、まだ聞いてなくて。はい。いえ、そんな滅相も。ですから……こ、困りますよ。オレはもう、ええ、はい。それでも殺人事件って、えっと何年か前に時効なくなったんじゃ……全然オレなんか、や、やめてください課長。はい……ううん。あの、何でもありません。そのーはい、了解しました」
これはまた稀有な現場に立ち会った。
冷酷無比の探偵にしては、随分と内弁慶だったらしい。美都里は渋面を作り、通話終了の分数表示をじっと見つめていた。「はあ」吹っ切れたように自嘲しながら、三度シガーライターで煙草をくゆらせて、溜息と一緒に吐き出す。
(もしかして、警察の依頼引き受けたんですか?)
「成り行き上だよ。社会ってのは厳しい。女には、断れないときがあってだな」
(断りきれなかったんですね)
それきり黙々と車を走らせ、すでに新宿区を抜けたのではないかと勘ぐりたくなるほどの、英国でも屈指のベイカー街221Bにも似た瀟洒な佇まいの洋風建築が並ぶ通りに入った。雨上がりの静まり返った往来の果て、地下駐車場らしきスロープをおりていくのが数分後のことだった。
(ここが美都里さんの自宅なんですか)
「なんでだよ、どこに見ず知らずのトイレットペーパー男を自宅に連れ込むレディがいるか」
僕を鷲掴みに車を出る。
アイドリング状態の振動を背に、靴音を鳴らしてどこかの部屋に連れて来られた。(ここって)認証キーは4桁の数字。堅牢強固な白壁とコンクリートの石床が広がる大広間。窓はない。とりあえず紫外線による経年劣化は防げる環境下にあり、地下室にしては湿気はあまり感じず快適ですらあった。
(ちょっ)
おっかなびっくり観察しているそばから、体がふわりと宙に浮き、放物線を描いて放り込まれる。
「んじゃ、おやすみ」
何の説明もなしに、どういう料簡なのだ。
僕はスピンをかけて振り返った。
扉が閉まっても暗闇にはならず、仄かに明るい。
柔らかなLEDライトの間接照明が灯っている。
「ああ、そうそう。オレの助手見習いとして働きたいなら、今回の1件のみだかんな。報酬は払っても1つ。例えば自分がどこの誰なのか?犯人探しか?それとも、他に頼み事があるか?せいぜい考えておけよ。譲歩できるのはそこまでだぜ」
そんな言葉が扉越しに投げ掛けられて。
ほとほと現金な性格。(どうせ事件が解決しても、次もまた押しに負けて引き受けるんだろうな)半ば呆れつつ、美都里の条件案は僕の耳朶にいつまでも残っていた。
現在は、午後4時か5時あたり。
中学校のトイレと違って水音はしない。マオ宅のトイレと違って天井が異常に高い。デパートの備品室と違って店内用BGMが漏れ響かない、それでいて、微かに空調のファンが回っているのは湿気の少なさで感じられた。
放心状態が続いてしばらく。
諦めて、僕は床を転がった。
(ここは)
ビニル傘やコウモリ傘、折畳傘、日傘などの針葉密林が生い茂っていた。次に財布やらバッグやら革製品の山脈。片方だったり紐が解れたり草臥れた靴の森も多い。洋服のボタン、ベルトのバックル、椅子の背凭れ、自転車のホイール、蛍光灯の点灯管、扇風機の羽根、草刈機の替刃、液漏れが心配な乾電池など、額縁やガラスケースに収蔵されているものの、良くいえば私製の遺失物保管所、悪くいえばゴミ屋敷。とにかく有象無象の雑多な『ガラクタ』が集められた倉庫だった。
(新人かね)
奥座敷のほうから幽かに声がする。
僕は俄かに耳を疑った。
(ようこそ、静物園へ)
最初暗がりでよく見えなかった。そこには、僕と同じトイレットペーパーが1個、祭壇と見紛う絢爛豪華な真鍮ホルダーに祀られて久しい、厳かな尊顔が浮かんでいた。
(お初にお目にかかる。小生、名を石油王と申す)




