第3章【探偵を求めて三千里◆4】
運命を信じる、ってどういう料簡なんだろう。
ベートーベンの交響曲第5番の運命じゃねえ。時と場合による?そんな正論など聞きたくなんかねえんだ。誰かが引いたレールの上を滑走していく列車のようなもの。そう、ありていに言えばそんなもの。ちょうど今の僕がそうだな。
ロール本体の僕とは離別した僕。
パンタグラフの僕は考えていた。
つーても、あれよ。
中学の僕みてえに気障にはなれねえから、これ独り言な。
千代田線より一足先に、新宿へ進路を取ってた小田急線。
これにずっと胡坐かいて乗ってりゃあ、いつかまた本体と会える。きっと合流できる。ふん、運命ってなんだろうねえ。そういう恋にも似た盲目の信頼ってか?嗚呼、そうだよ。そうでござんす。僕だって最初は信じてたさ。けどよ、お生憎様、お気の毒様、運命ってのは恋にも似てるけど、女心は秋の空ってやつなのかもしれねえな悲しいぜよ。一路平安。ずっと北上してっと、首都高速と交わってんじゃん?東に明治神宮のでっけえ森林あってよ、あのへんで結局神風吹いちまってよ、新宿駅に着く頃にゃ目くそ鼻くそ。ちょっと風向き変わったぐれえで瞬殺だった。
パンタグラフの僕もあえなく撃沈。
先頭車両の屋根から吹き飛ばされちまった。あーあ、運命ってなんだろうねえ。蛇蝎の如く嫌悪し抗う荊の道ってか?それも一理あっかもな。ま、そんで今の僕はってーとだ。
ゲゲゲの鬼太郎だっけ?一反木綿みたいな第二の人生幕開けだってのは運命だわな。つうか一反ってのは言葉のあやで、実際の僕は大体10センチに満たねえ紙切れよ。誰かの尻拭いに使われるにしても全然足りねえ紙くずだったから。自由の青空を漂うにゃそこそこ楽しませてもらった。地球の重力から解放されて、どこまでも果てしない夢を視ててさ。でも、そんな夢もいつか覚めちまう。これが運命っていうのかね。悪かないな。世界がやけに綺麗で、キラキラ眩しいくらいに輝く黄昏の時まであっという間。暗い灰色の地面に真っ逆さま。
呆気ねえ。
下水の側溝に即行嵌っちまった。
罅割れたコンクリート床の暗渠。
生温い汚水に浸って。赤茶けたドブ色に染まって、あんなに白無垢だった体全体が次第にくすんでくんだ。ほら見てみろよ。僕じゃないみたいだろ?列記とした僕なんだぜ。僕なんだ。希望と絶望と諦めの大三角形。だんだん意識も薄くなって、霧が掛かったみたいに曖昧になっていく感じ。でも、悪かないな。強がりでも錯覚でもなく正真正銘、僕の偽らざる本音だ。そうか。嗚呼そうだな。これだけは本体の僕にも教えてやりたい。最期にこれだけは伝えたいと悔やんだ瞬間だった。
否、
でも、いっか。
僕にも分かる日が訪れるだろう。必ずきっと。なぜなら、だって僕らは……
3月30日。
あれから早いもので3日が経った。
推理小説やミステリ界には、安楽椅子探偵という和製語があるそうだが、探偵ならぬ犯人気分に浸りつつも『計画の準備』は順調に推移していた。遠足とは家に帰るまでが遠足、小学校で教えられる教訓のように、犯罪においては準備から真剣勝負は始まっているといっても過言ではなかろう。『ゲーデル問題』はさておき、細工は流々、仕上げを御覧じるのも遠くはない。というのも、事件現場の舞台として唾をつけた東京パルフィン銀行は新3億間事件の遭った姉妹銀行であり、その新宿支店を中心に、僕の分身を主要箇所に布陣して監視諜報チームを組織したのである。一度『自切』によってセパレートした紙片《僕たち》を動かすのは困難。が、しかし同時に視聴覚を共有することなら可能。例えば、北欧神話の天候神は片目を潰して魔術を会得したそうだ。失わなければ手に入らないものなら躊躇うべからず。むろん僕だけ安全圏で胡坐をかきながら、悠々自適に外の世界を覗く出歯亀になるのは趣味ではないけれど、背に腹は変えられない禁じ手というのは百も承知。それでも男にはやらなければならないときがある。
銀行の正面、電信柱の中腹、針金に巻きついた僕A
銀行の右隣、コンビニの軒先、壁に挟んだ僕B
銀行の左隣、道路沿い、駐車場ゲート脇に僕C
銀行の裏手、路地に向いた室外機の隙間に僕D
銀行の裏手、行員用通路の出入口を見張る僕E
本体の僕は、便宜上(M)マスターと呼称する。
名付けて『金太郎飴』大作戦。
お互いに同期が適った限界点、それは走行列車の車両で検証済みだった。1車両当たり約20メートルとして、3~4車両は跨っていたと推測される当時の有効範囲から推せば、銀行と斜向かいのここ総合デパートの空調完備された快適な空間は1階トイレの備品室にも及んでいた。代替用の新しいトイレットペーパーに囲まれている。ちなみに道中、電光掲示板に映された週間天気予報では、降水確率10%未満と快晴マークが踊っていた。万全を期した監視体制に抜かりはない。
(さて)
午後10時を回って閉店。
静まった館内にて、人知れず自分会議の開始を告げた。
(それでは本日の議題『瞬間接着術』を会得するには?についての討議を始める。何か意見のある者はいないか。改めて説明するまでもないと思うが一応、これは我らが3大能力、大回転、自切、紙登りとは一線を画すものだ。自己演出の最終形態といっても過言ではあるまい。トイレットペーパーのような紙ゆえの弱点。何を隠そう、風で飛ばされてしまう軽量性にある。糊やボンドといった本格的な接着剤とはいかずとも、せめて中短期的にその場に定着するための術がほしい。銀行の建物内部に潜入した際に、探偵へ『挑戦状』を残そうとしているのは承知のとおり、そしてそれを成し遂げるには歯止めがどうしても必要なのだから)
演目はズバリ、新3億円事件はまだ終わっていなかった!の巻。
発見は翌日、開店間際が望ましい。大衆に向けてのアピールにも繋がる。模倣犯の疑いでも、何でも、少しでも警察を惑わすことができれば御の字。何しろ普通の人間が銀行内に侵入した、となれば一大事。悪戯で片がつく代物でなければ警察組織も動かざるを得ない。防犯カメラがどこまで不可能性を担保してくれるかは賭けだが、遅かれ早かれ名探偵『美都里』も食いつくはず。
(陸上競技用のライン引きみたいなもんだっけ?せっかく我が身を切り取って文字に見立てても、風で飛ばされちゃただの紙くずだもんね、あ、僕Aね)
(そういうことだ)
僕Aの声と共に、彼の視点が蘇ってくる。発言者が何か発するとその都度同期するため誰が誰と名乗らずとも把握はできた。しかし本体の僕を経由して、各A~Dへ発言内容をリンクさせているので自己申告は並列化に欠かせなかった。
(唾液が分泌できりゃ一発なのにな)
マスターの僕は名乗らず、あえて上から目線で司会進行と書記役、ついでに率直な感想を漏らしたりして調整を図っていた。元は同じ自分なのにおかしな感じだ。紙の長さによる格差か、環境や記憶によって個性が生じるらしい。
(僕B、あのさ、コンビニで弁当買って行く人を見てて思ったんですけど、原点回帰してご飯っていうのはどうですか?お婆ちゃんの知恵袋はみんな共有してるよね)
(なるほど、でんぷん糊ってか)
(僕A、それ賛成)
(僕B、お昼休みに食べ終わってゴミ箱に捨てるでしょ。それを頂戴して弁当の容器やフタにこびりついたお米で接着すれば午後3時までに間に合うはずですよ)
(異議あります。僕Cです。それでは潜入後すぐに作業を始めないとカチカチに固まってしまうんじゃないか。窓口の一般社員は早くても5時以降にならないと退行しないのでしょう?ねえEさん)
(そうだね。支店長とか役職の行員は遅いけど)
(では他に有力候補は?)
(道端の置き土産ならいつでも手に入るのにな。ああ僕Dね。要はあれだよあれ、最近は持ち帰りのマナーもなってない飼い主が多いでしょ。そんなペットの不始末を失敬してさ。ご飯粒よりよっぽど持続性もあって乾燥時間が長いし)
(却下)
(早っ!やっぱりマスターでも犬糞は抵抗あった?)
(待て待て、あのな仮に、仮にだぞ。糊代わりに犬糞を塗りたくった場合、臭いで発見時刻が早まるのは必至だ。我々は多くの人目に晒される方法を模索すべきだろう)
(さすがマスター、僕Cはその反論を支持します)
(僕B、ならこれはどう?理想はちょっと水に触れて吸着するのが最良だよね。適度に水分を含んでいて、平常時は乾いた表面に覆われていて、こちらの意志で滲み出てくれるようなものでもあればな、例えばプチトマトとか)
(僕A、その意見賛成、トマトは大きいので論外としても。小さいカナブンとかテントウムシとかを生け捕りにして、接着ポイントで腹部を潰せれば体液が飛び散る。すると程好いペースト状のそれで粘着力を持つかもしれません)
(え?虫って)
(名案でしょ)
また他人事みたいに次からと。元々同じ『僕』から分派した極めて客観的かつ様々な意見を求めていたが、僕は僕でも、実践するのが僕だから思いつかなかった発想である。
(殺生はちょっとな……いくら人間じゃないと言っても)
特にテントウムシのような輩は外敵から身を守るため、関節部から異臭を放つ分泌液を内包している。苦虫を噛み潰したような表情とはよく謂ったものだ。
(僕C、マスターの権限は絶対ですよ。ただ、でしたら別に屍骸でも構わないのでは?自然界で寿命を待つのも難しいけども、死んでいたほうが扱いやすいのは確実)
(昆虫の殻って、そんなに軟じゃない気がするな)
(はい、また僕Bね。昆虫は昆虫でもモスキート、蚊で代用すりゃいいんじゃない?当然メスの蚊でね。人間の血を吸って潰れ易いし一石二鳥ですし。コンビニの誘蛾灯に集まってくるやつなら、下で待ってれば何匹が降ってくるかも)
(はい、僕Eだけど、そもそも生け捕りにしろ屍骸にしろ、どこでどうやって捕獲するつもり?ちょっと計画的な利用法には思えないんだよな)
(……確かにご尤も)
僕の空洞な芯なら、いつかマオがお菓子を隠していたように収納スペースとしては有用だ。ご飯粒にしろ蚊の屍骸にしろ、潰さないように包み込んで運搬するだけなら可能。それに比べて弁当ならゴミ箱へ、蚊の屍骸ならクモの巣や、それこそ誘蛾灯の下でツバメの雛がそうするように、口をあんぐり開けて一日待ち構えていなければならない。
(……では、引き続き保留として)
僕は咳払いをひとつ、閑話休題。
(前回の議題『潜入』について、銀行の正面から監視している僕A、並びに裏口の行員用通路の僕Eに質問したい。定時報告の他、何か変わったことはなかったか)
(僕Aはないよ)
(僕Eも同じく)
(僕Eのほうは、つまり潜入不可ってことだね)
(可能性を検討するなら、やっぱり僕Aでしょ)
(極めて妥当的に、ね)
(情報共有はされてる。とはいえ、だ。現場の空気を直に吸っている僕Aの率直な言葉を聞かせてほしい。例の作戦内容で行けそうだと思うか?)
(協力者の対象次第ってのもあるかも。病院感覚で日課にしてるような気もするけど、微妙だな。少なくとも1週間は見とかないと行動パターンは検討しづらいし)
(手押し車だったかな)
(荷物に紛れるには妥当な線だった。銀行に出入する人間は手ぶらばかりじゃない。かといって、手に持つハンドバッグや肩に提げるショルダーバッグ、後ろに背負うリュックサックの類に飛び乗れば、いくら軽いロール紙とはいっても本体じゃ露見する。身体に密着しないベビーカーみたいな、総合的には足腰の弱った御老人が押している手押し車が適任だという判断は下されたはず。ジャンプ台としての高さも申し分ない)
ジャンプ台。
銀行は午後3時に閉まる。大理石調の床タイルは白に近いクリーム色。トイレットペーパーがロールごと捨て置かれたら、さすがに保護色とは問屋が卸さない。違和感を覚える組み合わせ。ATMや電子記帳台との区画は分かれており、待合ブースに並んだ長椅子はどれも間隔が広く、見通しは宜しい。下のほうに転がっても発見される。用紙を書く記載台の下も同じ、車椅子対応のそれは、紙登りで登ろうと思えば登れぬこともなかったが、朱肉やペン立ての卓上ケースに紛れるのも難しく、壁際の書き損じ回収ボックスは狭すぎた。各種案内、パンフレット等の設置台、入口付近に据えられた立体ボードの裏。隠れるとしたらベストはそこだった。防犯カメラや案内係に気付かれぬよう瞬時にやるには、利用客に紛れて飛び込む他ない。ちょうど手押し車に便乗すれば。
(ではターゲットのお年寄りを2~3人に絞っておいて、あと数日様子見だな)
(異議なし)
(僕E、裏口のほうも一応念のため引き続き監視よろしく)
(了解)
準備期間の延長から翌々日。
春の日は釣瓶落とし。
(いや、あれは秋だったか)
この間、待つことに慣れた僕には早く感じられた。マオ宅を飛び出し軽トラに揺られ、バイクや4WDの洗礼を受け、幼児や野良猫と奮闘、さらに走行列車の乗り継ぎに振り回されたあの日のほうがずっと凝縮濃厚な一時だった。アクション映画に登場する猟奇的な変質者や平和ボケした冒険家などは、死と隣り合わせになると生を実感するという。生を実感する代わりに、生きた心地がしないのでは本末転倒ではないか。僕がこのやや古びた中堅デパートを根城に選んだのは、当該銀行に程近い立地条件に加えて、1階のトイレと隣接する備品室であるここが、秘密基地の安全面として優良な物件だったからだ。清掃担当のパート主婦が1日3回、補充用の備品や掃除道具を取り出している数分間、常にドアが開けっ放しになっているのもしかり、最悪、火災が起こっても、老朽化した窓ガラスの亀裂に体当たりして脱出可能な構造だった。
(そう、だから。僕の計画に狂いはなくて)
本番開始は現在、4月1日月曜日。
これから概ね1週間の幅を持たせ、第1ステージのクリア条件を満たし次第、僕A監視正面に聳えるパルフィン銀行、案内係が立つATMゾーンを突破し、窓口フロア脇の販促物『立体スタンド』の裏手に紛れる手筈は整っていた。準備は万全を期し、総本山の僕はいつでも出発できるよう備品室のラックでシミュレーションしながら待機していた。
時刻は昼休み終わりの午睡。
最初、非常事態に陥ったのは『僕』のほうだった。いつもの清掃スケジュールまで1時間ほど余裕があるものと油断していたことは否めない。ガタンっと唐突に清掃係の見知った顔と鉢合わせするに至って深刻さは悟ったが、すでに時遅し。(な、なんだ?)補充用の備品、トイレットペーパーを根こそぎカゴに押し込んでいくではないか。個数確認も碌にせず、慌しく。もちろん最深部で息を殺していた僕も例外ではなかった。
念には念を。裏目に出たのは我が保身か。
見つかっても捨てられないように、実は保護色にと増量していた秘策が仇となった。増量、水増し作業は単純で、夜な夜な少しずつ周囲のトイレットペーパーから巻き取りながら私腹を肥やして今ではすっかり新品同様の厚みとなっていたのだ。(当然、視界は覆われて不明瞭だけど)緊急召集の際に、こうして借り出されるはめになるとは何たる皮肉。いったい何が起こった。地下の食品売り場で集団食中毒でも起きてトイレが渋滞しているのだろうか?閉店セールで大量に客が押し寄せて回転率が急速に上がったのか?小学校の社会見学で訪れた生徒たちがトイレの中で遊んで散らかしたのか?定かではない。ただ、とにかく2階の男性用トイレに収まったのは分かった。周囲に男たち一般客の声が複数聞こえたので場所は確定してもいいだろう。
早鐘は鳴り響く。
(おい、誰か聞こえないのか)
胸騒ぎを体現するように異変はさらに続いていた。
(各員応答してくれ、こちらマスター)
計画は目前のはずだったのに、いったい何が起きている。
最終的に『瞬間接着術』のアイテムに選ばれたのは、弁当のご飯粒でもなければテントウムシの屍骸やペットの糞でもなく、現場に設置してある【朱肉】に決定していた。事前の下調べでは練り朱肉か、スポンジ朱肉かの判別はできなかったが、それでも染料の湿り気を利用すれば、厚さ0.1ミリのトイレットペーパーを床に留めるぐらい造作ないとの判断だ。
ジャンプ台に拝借する手押し車も決まっていた。病院の待合室に通うように陽気な感覚で、足繁く資産運用の相談窓口に顔を出している地元の成金お婆さん。時間帯は決まって午後2時ごろ。今週も月曜から金曜のいずれかに姿を見せるだろうと踏んでいた。決行の合図はお婆さんが通過するコンビニの僕Bが見届けたのち、迷わずGOサインを発令し、第1ステージが開始されたら見張り役の僕Aから僕Eまでの後方支援の下、ノンストップで『挑戦状』制作の実行に移る予定でいた。
(……なのに!)
(おい、聞こえたら応答しろ!お前ら!)
(ABCDE誰でもいい、答えろ誰か!)
なんて醜態、ありえない失態ではないか。気象庁発表の天気予報に頼りすぎたのは僕の怠慢。しかし、台風の気圧配置は分かってもいくら予報でも、局地的自然現象、都会のゲリラ豪雨までは予想できなかった。
轟く雷鳴、降り注ぐ雨音。
(もうダメだ、残量を計算したら同じ作戦は立てられない!!)
彼らの定時報告を受けたのは、何時間前だったろう。思い浮かぶのは日常の他愛ない風景の連写。タクシーの運転手がコーヒー缶に口をつけている。鳩がコンビニの駐車場でおにぎりの袋を啄ばんでいる。白衣を着たドラッグストアの店員が自販機の前で佇んでいる。女子大生風の女がエコバッグを抱えて誰かを待っている。ひらひら、ひらひら、ひらひら。
どこからともなく桜の花びらが舞っている。
(これぞ正真正銘、犬死の犠牲でなくてなんだ!!)
おまけに、男性用トイレの紙切れで僕の出向。今逃げても豪雨のせいで足許はどこもかしこも濡れている。僕は分身をすべて失って、退路さえ断たれた。
(クソ、イヤだ)
(まだ死ねない)
(誰か、応答しろよ)
僕の叫びも虚しく。風雲急を告げる。
生気を失った、まさにその時だった。
「うるせえな」
恐らく隣の個室か?
携帯電話で話しているらしい明朗な罵声。
「うっせえ言ってんだろ、さっきからクソが」
(え?)
てっきり電話相手に叫んでいるのかと思いきや、ドアを開けて僕自身を咎めた。女のように美しい男。グレイのスーツ姿が決まっている。しかし、僕が驚いたのは(え?)僕をホルダーから取り外し、ボーイスカウトの握手がそうするように指を2本差し出すと、芯に突っ込み、僕の体をくるくる回しながら、溜息混じりに言い放ったのである。
「やっと見つけたぜ、手間掛けさせやがって、この怪盗トイレットペーパーさんがよう」




