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高 6

 約束の日がやって来た。スキー場に行く間に、涼はあることを話した。

「俺、昔は雪なんか見たくもなかったし触りたくもなかったんだよ。寒いの苦手だし」

「冬なんか来なくていいって言ってたもんね」

 続けるようにほのかに言われ、涼は驚いた。

「でも、雪ってやっぱり綺麗だよねって思い直して、スキーに行く約束してくれたんだよね」

 涼は何も言わなかった。なぜ今自分が言おうとしていたことがわかったのか。あいまいに頷いただけだった。

「もし、もう一つの世界があって、そこでもう一人の自分が生きてたらどうする?」

 先日のほのかの言葉を思い出した。もう一人の涼が、もう一つの世界でほのかとスキーに行く約束をしたのか。昔のことがあやふやなのも、もう一人の涼が存在するからなのか。

「涼、どうしたの?」

 ほのかに声をかけられ我に返った。

 スキー場に着くとほのかは輝く目をした。

「やっとスキーができるんだ。あたしの夢が叶ったよ」

 驚いて涼はほのかの顔を見た。

「ほのかの夢って、スキーに行くことだったのか」

 するとほのかは白いため息を吐いた。

「あたしの夢はスキーに行くことだって前に言ったじゃない。忘れちゃったの?」

 涼は目をそらし下を向いた。やはりそんな記憶はない。忘れたのではなく完全に空白なのだ。ほのかがそんな夢を願っていたことも初めて知った。

 とりあえず転んでもいいから滑ってみようとほのかに言われ、涼は首を横に振った。まだ心の準備ができていなかった。

「早く滑ろうよ」

「でも、転んで怪我したら大変だし」

「二人で手を繋いでたら大丈夫だよ」

 ほら、と言ってほのかに無理矢理連れ出されてしまった。手足ががくがくと震える。寒さではなく緊張からだ。

「もっとしっかり歩いてくれないと全然前に進めないよ」

「だけど怖くってさ……」

 本やネットで調べたが、実際に体験したことはないのだ。

「あたしの夢は涼と楽しくスキーすることなのに、そんなんじゃ悲しいよ」

 ほのかの残念そうな顔を見て、涼は彼氏の使命を思い出した。そうだ。彼女のためなら何だってやらなきゃいけないのだ。ほのかを悲しませるなんて最低だ。

「そうだな。ほのかの夢は一緒に滑ることだもんな」

 急に力が溢れてきた。涼はしっかりと胸を張り雪山を眺めた。

「あたしのこと護ってね」

「当たり前だろ。ちゃんと腕に掴まってろよ。絶対放すんじゃないぞ」

 うん、とほのかは涼の腕に抱きついた。涼もほのかの体を抱きしめた。

 だがやはりうまく歩けない。二人で一緒に何度も転んでしまった。ほのかの顔がだんだんうんざりしてきた。

「涼と繋がってるから転びまくりだよ」

「俺のせいかよ」 

 むっとして強く言ってしまった。ほのかは無視をして後ろに振り返った。

「あたし、滑ってくる」

 少し驚いた。まさかこんなことを言うとは。

「一人で平気なのか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと涼も後から来てよ。一人で滑るなんて寂しすぎるから」

「わかってるよ」

 そう言うとほのかは歩き出した。確かにほのかはうまく歩いている。だが「転びまくり」と言われたのはいらついた。

 やはりスキーは危険なスポーツだと思い自信がなくなってしまった。わかってると言ったが、ほのかが戻ってくるまでずっと待っていることにした。ほのかが滑っている姿を見れないのは残念だったが仕方ない。

 しばらくして、いつになったらほのかは戻ってくるのかと心配になった。ほのかはどこにいるのか。不安になって思わず立ち上がったが、雪が怖くて歩いていけない。

「ほのか……?」

 だんだん日が暮れてきた。滑っていた人たちが続々と帰ってきたが、ほのかの姿がない。

「あ、あの」

 涼はすぐ近くにいた若い女性に聞いてみた。

「ちょっといいですか。白いウェアで、水色の帽子被ってる高校生くらいの女の子見ませんでしたか?戻ってきてないんですけど」

 すぐに女性は首を傾げた。

「見ませんでしたけど……」

 涼の胸がどくどくと速くなった。他の人にも聞いてみたが、返される言葉は全て同じだった。どうしよう、と冷や汗が噴出した。いったいほのかはどこにいるのか。

「まさか……」

 涼は駆け出した。もう怖いなんていっていられない。自分で探さなくてはほのかは帰ってこない。前が見えずがむしゃらに走った。だんだん自分が雪の中ではなく、ただ真っ白なだけの世界にいるような気がした。

「ほのか、どこにいるんだ……」

 声を出してみたがもちろん返事はない。

「ほのか、どこにいるんだ……ほの……」

 目の前にうっすらと人影が見えた。すぐにほのかだとわかった。よかった、見つかった、と涼は安堵の息を吐いた。

「ちょっと待て」

 そう言ってほのかの腕を掴もうと手を伸ばした時だった。突然体ががくりとよろけた。足を滑らせ深い穴に落ちていく気がした。うわあああと叫びながら手足をじたばたと動かしたが何も掴まるものなどない。ただ落下していくだけだ。

 もうだめだ、と涼は思っていた。俺はここで終わるんだ。このまま死んでしまうんだ……。ぐっときつく目をつぶった。

 


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