高 1
「ちょっと、涼、何寝てるのよ」
怒ったような声が聞こえ、涼はむにゃむにゃ言いながら目を開けた。すぐ目の前にほのかの顔があった。今自分がどこにいるかよくわからなかったが、しばらくして高校の自習室だと気が付いた。ほのかと向かい合わせに座ったまま居眠りしてしまったらしい。
「先生、睨んでたよ」
ぼんやりした頭でほのかの声を聞く。
「ごめん……なんか、ぼうっとしちゃってさ……」
ゆっくりと体を起こし背筋を伸ばした。目をこすり教室内を見回した。
もう自分は高校生になったのだと改めて気が付いた。苦手な教科を必死に勉強し、何とか入学することができた。それだけじゃない。ほのかとも恋人同士になれたのだ。ほのかを彼女にするなんて、奇跡でも起きない限り無理だ。ほのかはやはり美しくなった。ほのかに想いを伝えたことで、自分も何倍も成長したと感じた。
「これから、涼って呼ぶからね」
そう言われた時に、完全にほのかは自分のものになったのだと思った。「新入生で、すごく可愛い子がいるぞ」と校内に広まった時すでに涼とほのかは恋人同士になっていた。何人もの男子がほのかに恋をし、涼を羨んだ。「今日もまた告白されちゃった」なんて言葉を聞くと優越感に浸る。勇気を出して本当によかったと心の底から思った。
「すごいよな。まさか俺たちが恋人同士になれたなんて。こんなに幸せなことってないよな」
照れたようにほのかは顔を赤くした。
「うん。本当、びっくりした。恋人同士になるなんて」
つられて涼も照れてしまった。
入学式の帰り、歩道橋で涼はほのかに告白をした。体も声も震えていた。もしほのかにふられたら、この歩道橋から飛び降りるかもしれないと頭の隅で考えていた。それほどほのかが好きだったのだ。ほのかと一緒にいたいと何度も祈った。その涼の祈りを、神様は叶えてくれた。
「俺が告白した時、お前何て答えたんだっけ?」
ほのかに聞いてみたが首を傾げた。
「なんだっけ……?忘れちゃった」
告白する直前は覚えているのに、告白した直後がわからないのは少し不思議だと思った。
「まあ、でも、こうして恋人同士になれたんだから、別にどうだっていいじゃない。過去のことを考えたって意味ないから」
ほのかに言われ、そうだな、と涼は頷いた。
毎日夢を見ているようだった。ほのかがすぐそばにいて、にっこりと笑っている。このままずっと一緒にいられるのだと思うと、どうしてもにやけてしまう。これからどんな日々を送るのだろう。きっと誰もが憧れる人生が待っているはずだ。
「たくさんデートしようね。いろんなところに行こうね」
ほのかにそう言われ、涼は暇さえあれば次のデートの場所はどこにしようか探している。彼女が喜ぶならなんだってやる。それが彼氏の使命だと考えた。ほのかにもっと好きになってもらう努力をするのだ。もちろん不安だってある。ほのかの好きなタイプの男が現れて、涼と別れたいなんて言われたらまずい。ずっと涼だけを愛してくれるかはわからない。そのためほのかの言うことは全て聞いた。ほしいと言ったものはすぐにプレゼントしたし、行きたいところにはどこにでも連れて行った。無理をしてでも嫌われないように、そして何よりケンカをしないように気をつけた。
「チクショー!羨ましいなー!なんで清谷と付き合ってるんだよー!」
高校生になって初めてできた友人の田所篤という男子に悔しそうに言われた。
「俺はほのかと昔から一緒にいたからな」
「昔から?あんな可愛い子知ってたのか?」
「まあな。付き合ったのは高校生からだけど」
ああー!と田所は目をつぶり唸った。
「田所にも可愛い女の子現れるよ」
励ましのつもりで言ったが、何だか嫌味に聞こえたようで悪い気持ちになった。
田所と別れた後、自分が言った言葉を思い出した。昔からとはいつからだろう。幼稚園の頃か。小学生の頃か。はっきりと記憶に残っているのは歩道橋で告白した時だけだ。なぜわからないのだろう。ほのかと恋人同士になれたことが嬉しくて忘れてしまったのか。だがそんなマンガのようなことが起きるわけない。
ほのかに田所について言ってみた。ほのかはすぐに首を横に振った。
「あたし、涼以外の男の子と仲良くしないから。ずっと涼のそばにいるから」
さらに優越感の波が押し寄せてきた。
「なあ、俺たちが初めて会ったのっていつだっけ?」
ふと思い出し聞いてみた。ほのかはなぜか目をそらした。
「そんなことどうだっていいじゃない」
「でも……いつだったかわからなくてさ」
もう一度言うと、ほのかは目を閉じた。
「もう過去なんかどうだっていいでしょ。どうしてそんなことが知りたいの?」
逆に聞かれてしまい涼は仕方なく口を閉じた。なぜ言わないんだろう。
ほのかはネガティブ思考が嫌いだからだと解釈した。過去は変えられない。そんなことを気にしている暇があったら、これからどうするのか考えた方がいい。もうこの質問はしないと決めた。




