終章 潮風と人に恋した人魚の騎士
「ふぁー……」「朝まで寝てたのにまだ眠いの、ロウ君?」
宇宙暦八百年、八月。師弟の霊がそんな風に喋っているとも知らず、就任半年の新女王と衛兵は共同墓地の前を通過した。
幾分ふくよかになった身体に臙脂色のワンピースを纏い、クイーン・リリア・クオルは手に持ったバスケットの蓋を少し開けた。
「しまった、さっきので傾いちゃったわ。あーあ」
「これぐらい大丈夫ですよ。すぐ食べる物ですし」
覗き込んだアスはそうフォローし、クオルの短い夏の太陽を見上げた。
「今日も見事なカンカン照りですね。刑務官さん達もさぞや仕事のし甲斐があるでしょう」
「夢中になり過ぎて、熱中症になってないといいけど―――と思ったら、いた。キイス!!」
再婚した妻に呼ばれ、蔓籠を背負い麦藁帽子を被った男性が立ち上がる。彼の前には青々と茎を伸ばし、見事な夏野菜を実らせる苗が十数本植わっていた。
首に掛けたタオルで額の汗を拭いながら、元刑務官キイス・クオル、旧姓バーモン氏は日焼けした顔で家族に微笑みかけた。
「お昼、持って来たわよ」
「いつも済まないな。今日のメニューは?」
「カツサンドよ。冷たいレモンティーもあるから、何処か涼しい所で食べましょう」
「ああ。そうだ」
後ろ手に籠をゴソゴソ。取り出したのは、もぎたての瑞々しいトマトだ。泥をタオルで拭い、二人へ差し出す。
「ありがとうございます」
「美味しそうね」
ガブッ。シャリッ。溢れ出す果肉を啜り、控えめな甘さと青臭さを堪能する。
「初めて作ったにしては上出来だわ。これは生食用?」
「一応な。余ったらソースにでもしてくれ」そう言って、身重の肩をポンポン。「さ、身体に障る。とっとと木陰へ移動しよう」
「ええ」
妻が満面の笑みで応え、夫の腰に手を回した、その時だった。
ザッ、ザッ……船着場方面から近付く、一組の足音。「あっ!!」保護者達より一早く振り返った衛兵は、飛び出さんばかりに目を剥いた。
その態度の変化と、酷く中性的な黒髪の訪問者を交互に見やった後。全てを悟った女王は、そっと息子同然の彼の背中を押した。不意の事態に、普段では有り得ない程よろめく。どうにか体勢を整え顔を上げると、人形のような手がほんの数センチ先にあった。
「す、済みません!?あの、今日は一体何の御用で―――!!?」
しどろもどろに応対を始めた衛兵の邪魔にならないよう、早足にその場を後にする女王夫妻。
「あの子も隅に置けないわね。まさか私達に隠れて、あんな可愛らしい彼女を作っていたなんて」
「全くだ」
揃って含み笑う背後で、どうやら話は纏まったらしい。最早身体の一部と化した槍を右手へ、そして左手で壊れ物を扱うように低体温の手を握る。
早まる鼓動を五月蝿く感じつつ、人に恋した人魚の騎士は非常な努力で口を開いた。
「で、では今日一日、僕が責任を持って王国内を御案内させて頂きます。まずあちらにいらっしゃるのが現女王の―――あ、あれ?リリアさん!?刑務官さんまで……あ、いえ、済みません」頭をポリポリ。「では、王族の方々は後で紹介するとして―――丁度良い時間ですし、まずは王国唯一のレストランでランチでも如何ですか?」




