62章 祈り
「―――こうして人魚の騎士は無事姫を救い出し、二人は何時までも仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
ダブルベッドの上。枕で古い絵本を広げ、両側の子供達に読み聞かせていた母親が顔を上げ、そうハッピーエンドを告げた。
「よかった、しあわせになれて」
「そうね」
他愛も無い御伽噺の結末に心底喜ぶ男の子に、反対側で顎を手で支える女の子は若干釈然としない風ながらも頷いた。
「さあ二人共、そろそろ寝なさい。あら」
ドア越しに聞こえる泣き声と、新しく雇われた乳母の小走りの足音。熟練の子守唄であやされるが、赤子はむずがって中々機嫌を直してくれないようだ。
「ウルサイわね。なにもあんななかなくてもいいのに」
「あれでも大人しくなった方よ。生まれた時なんて鼓膜が破れる程大きかった上に、看護婦さんに抱かれてもちっとも泣き止まなくて困ったわ」
思い出したのか、無意識に耳朶へ手を当てる。
「そう言うサンチャ、あなたもそうだったのよ?お医者さんに取り上げられた途端、火が点いたように喚き出して皆吃驚してたわ。なのに、幾ら検査しても異常無し。二人共、一体何にあんな癇癪を起こしていたのかしら?」
「ぼくは?」
何処となく姉と顔立ちの違う弟が尋ねると、母親は性格同様素直な黒髪をくるくる撫でた。
「そうね、クアスは逆に心配なぐらい静かだったわ。ちょっと泣いたかと思ったら、私とお父さんの顔を見てすぐに眠ってしまったんですもの。夜泣きも殆ど無かったし、注射もちっとも怖がらなくて」
幼い身体に流れる人魚に連なる血、彼等の故郷と同色の瞳を見つめる。
「ふふ―――とにかく、昔からあなたは手の掛からない子だったわ。少し寂しいぐらい」
「おかあさん?」
まだ人の慰め方など知らぬ、けれど心優しき長男。そして襲う眠気でやや不機嫌な長女を、母は両腕で以って精一杯抱き締めた。血の異なった三姉弟が、この街で何時までも仲睦まじく暮らせる事を願って……。




