44章 天使の舞踏
現れた聖族の知人だったのには驚いたが、快く連れて行ってくれて正直助かった。このまま僕といても、一人になった所を『蛇達』に襲われるのは目に見えている。あの少々過保護な様子なら、ちゃんと安全な場所まで送ってくれるだろう。
そう胸を撫で下ろしていると、優雅なピアノとバイオリンの音が鳴り響き始める。パーティー恒例、社交ダンスの時間だ。
「兄貴、あの女に気があるんだろ?」「っ!!!?」
危うく心臓の止まりかけた僕を、弟はゲラゲラ笑った。
「別に隠さなくたっていいだろ?へえ、兄貴はああ言う天然娘がタイプなんだな。ま、確かに本物の数百倍可愛いし、うっかり惚れちまうのも無理ねえよ」
彼が手放しに褒めるとは意外だ。てっきり心動かした事に、腸が煮え繰り返っているかと思ったのに。
「―――もし兄貴みたいに抱いてやったら、一体どんな声で啼くんだろうな?」「!!!?」
分かれた舌を出し、ケケケと愉快そうに嗤う。
「彼女は何も知らないんだ!これ以上、無関係な人に手を出さないでくれ!!」
小声で懇願する。
「分かってるさ。俺だって下手に嫌われたくはない……けど、姉貴の方はどうだろうな?」
襟元を直しながら続ける。
「女の嫉妬は怖ぇぞ。人違いと分かってた所で、何の抑止力にもなりゃしない。ライバルは完膚なきまでに叩き潰さなきゃ収まらないのさ」
わざとらしく首をブルブル。
「そんな……!?」
「ま、精々気取られないようにしろよ。俺だって、あんな犯り甲斐のありそうな子がボロ雑巾にされるのは見たくねえ」
汚らわしい言い分も、しかし内緒の代償ならば黙っているしかなかった。
僕達は適当にゲスト達へ挨拶しながら、ビュッフェの用意されたテーブルに赴く。取り皿に数種の料理を乗せ、空いた席へ。ここの所毎日人肉ばかりだった僕には、どれもこれもとても美味しかった。
「普通の飯で『蛇共』が養えれば良かったのにな。兄貴の美味そうな顔、久し振りに見た」
「そうか」
ふと刺すような視線を感じ、右方向を見やる。僕と同年代の銀髪の聖族は、厳しい表情で客達を監視していた。その切れ長の目は、まるで獲物を探す荒野のハイエナだ。連れがいるらしく、空いた腕には女性物のバッグが掛けられていた。
「あいつ、何なんだ?会場に入った時からずっとああだぞ。犯罪者でもとっ捕まえに来たのか?」
小声で弟が囁く。
「……目的は『蛇』、かもしれない」
衛兵の先輩に聞いた事がある。聖族政府には、普通では有り得ない怪事件を専門に処罰する部署がある、と。
彼に気付かれないよう、自然な動作でもう一度観察する。一見すると武器は何も持っていない。そう小声で伝えると、姉貴に相談だな、弟は立ち上がった。僕も少し遅れて席を立つ。
客達がダンスを踊る中、バルコニーから新しい参加者が現れたのが視界に入る―――彼女とあの聖族だ。
「お、噂をすれば彼女じゃんか。ちゃんと踊れるかな?ちょっとだけ見て行こうぜ」
「いいのか?」
「何、たかが野郎一人だろ?後から幾らでも始末出来るさ」
そう言って好奇心の赴くまま、空きスペースを求めて歩く二人の後を追う。勿論僕も。
(あっ!)
例のモノクルの政府員だ。クオルを訪れた時とは違い、のびのびと座ってローストビーフに舌鼓を打っている。確かにこの状態のゲストなど、まず僕の方は覚えていないだろう。
そうこうしている内に、二人は大広間の中央に向かい合って立ち、互いの腕を取った。
「あ……!」
ぎこちなかったのは、ほんの数拍。あの人は自発的にリズムを掴まえ、自在に舞い始める。さながら蝶のように軽やかで、翼を得たかの如く。
「凄え」
聖族はパートナーの変化に驚きつつも、何とか足手纏いにならないよう付いていく。美男美女が踊る様に、相対的に周りが地味に見えてしまう。
「兄貴、次誘えよ。ビューティフォー!エクセレント、お二人さん!!」
「こら!?」
弟の野次は耳に届いていないのか、あの人はすっかり陶酔した表情で舞い続ける。
綺麗だった。この穢れた手では、決して触れられない存在だと分かっていても……。
相方の手が離れ、上体が弧を描いて背中側に反らされ―――そのまま、音も無く倒れる。そう認識した瞬間、僕は反射的に駆け出していた。




