33章 残された臣下達
朝を迎えたクオル城は騒然としていた。
「いた、レイ!?」
「いや、物置や倉庫には!」
「部屋も空っぽだよ!おまけにボビーもいない!!」
少女王と王国唯一の衛兵、ついでに食いしん坊ラフ・コリーのいなくなった城内で、王族姉弟と物語使いは深い溜息を吐く。
「大体レイ!あなた、何で昨日の内にアス君を保護しておかなかったのよ!?あの子にもしもの事があったら、キイスに申し訳が立たないわ……!」
半泣きの皇女へ、治療者が口を開く。
「無茶言わないでリリア。あの時は幻覚のピークだったの。とても誰かが傍にいられる状態じゃなかったわ」
恩師に託された古い本を開き、どうしてもっと早く異変に気付けなかったのかな、私の馬鹿!自責の言葉を呟いたその時、
キィ。「―――あらあら、今日の朝ご飯は随分遅いのね。お婆ちゃん、もうお腹ぺこぺこだよ」
のんびりとした口調でそう挨拶したキュクロス・レイテッド宮廷魔術師は、車椅子を押して食堂へ。
「それ所じゃねえよ婆さん!クランとアスが行方不明なんだ!!」
叫んだ皇太子へ、あら、じゃあ聞いたのは私だけ?暢気に言う。
「あの二人なら、今日はバカンスだよ」「「「ええっ!!?」」」
「今朝早く部屋に来てね、明日には戻るからって言っていたよ。ほら、最近アスの調子がどうも悪いだろう?仕事出来ない所へ連れて行って、無理矢理休養させてくるらしいよ」
「俺達に黙ってか!?つーかそれって……!」
顔を真っ赤にしてどもる弟に対し、姉はひたすら困惑する。
「そんな……そんなにストレスを溜めてまで、あの子は身を粉にして働いてくれていたの……?」おろおろ。「お婆様、二人は何処へ行くと?」
「それは言っていなかったねえ。でもクランちゃんの事だから、きっと誰も気付かない内に帰って来るよ。その時にはきっと、アスも元気になっているさ」
パンパン!老婆が皺の寄った掌を叩く。
「さあ、私達もご飯にしようじゃないかリリア」
「え、ええ……分かりました。レイ、リオウ大臣を呼んで来て」
城下まで捜しに行った同居人の名を出す。
「ああ」
「セミアちゃんは朝食の手伝いをお願い。時間も遅いし、夕食の残りを温めるわ」
「分かった」
「じゃあお婆ちゃんは火の番でもしていようかねえ」
そう言っていそいそと暖炉へ車椅子を進める魔術師を残し、三人はそれぞれの仕事へ向かった。
一人になった彼女は早速身を乗り出し、弱った火に乾いた薪をくべ、火掻き棒で用済みの灰を隅へ寄せる。
「―――本当にこれで良かったの?」「知るかよ。俺は伝言を伝えただけだ」
独り言のような問いに、車椅子の背に凭れていた学生服姿の少年の幽霊は、欠伸を噛み殺しつつ答える。
「ったく、あの餓鬼。暗い内から寝床蹴飛ばした上、人を留守電代わりに使いやがって」
「アスも一緒に?」
「ああ。病人は病人らしく寝てればいいのによ、奇特な衛兵だぜ全く」
パチッ、パチッ。薪が弾け、火の粉が舞う。
「それがあの子の良い所よ。頑張り屋の働き者で、責任感も強くて」
「……そう言や昔何処かの街にいたな、あんな餓鬼。如何にも童貞臭え顔した奴で」
「あなただってそうでしょ?ふ」
含み笑いが止まる。老婆の視線の先には、玄関から現れた賢き狼の姿。
「どうした?―――ああ、いつものストーカーか。んじゃ、俺はそろそろ帰って寝直すわ」
「ええ、またねロウ君」
王国の守護獣に聞こえないよう小声で挨拶を交わし、元教師は教え子を見送った。




