32章 疑惑
波止場を出てすぐ、塾へ向かう委員長と遭遇。急いでいる筈だが、彼女は快く僕の挨拶に応えてくれた。
「勉強は捗っている?」
「うん、まぁね」
弁護士志望ともなれば、勉強量は経済学の僕とは比較にならないだろう。しかもそれが免許を取るまでずっとともなれば、体力的にも相当タフでなければやっていけない。
「アス君なんて賢いからもう全然余裕で」
「話中済まない」
突然横から話し掛けてこられ、吃驚して目を丸くする委員長。
「怖がらなくて大丈夫だよ、委員長。彼はよくこの街に来る観光客で」
「あ、そうなの……ごめんなさい。私その、知らない男の人だったから……」
謝罪に、こっちこそ御免な、可愛いお嬢ちゃん、三十代前半の男性は手をパタパタと振った。
「ただその、こっちのアス君に大事な用があって」
「僕に、ですか?」
確かに一度、彼の鞄を引っ手繰りから取り返した実績はあるが。また何か困り事だろうか?
安堵の息を吐いた同級生はペコリ、頭を下げる。
「そうだったんですか。―――じゃあ優秀な衛兵さん、ちゃんと解決してあげてね。バイバイ」
「済みません、気を遣わせてしまって。お詫びに今度何か奢りますね」
「ふふ、ありがとう」
遠ざかっていく同級生を見送り、僕は男性に向き直った。
「自己紹介がまだだったな。俺はフリージャーナリストの、Jとでも呼んでくれ」
言いつつ名刺を渡す。
「はあ……えっと、それで僕に大事な用と言うのは?」
するとJ氏は周囲を警戒し、取り敢えず喫茶店に入ろう、見られると拙い、声を潜めて提案した。
一応一度詰所に戻って先輩に断り、僕等は海辺の喫茶店へ。入って早々J氏がチップを店員に渡し、奥の個室へ案内してもらう。
(最近何処かで見たような展開だな。でも、こうして記憶に残っているって事は、もしかして彼も……)
「まずは改めてありがとう」ペコッ。「あの鞄には商売道具の他にも、通帳や財布を入れててね。危うくとんでもない事になる所だった」
「いえ。人々を守るのが衛兵の仕事ですから、お気になさらないで下さい」
頼んだホットコーヒーが到着し、早速共に啜る。
「早速だが、本題に入ろう」カチャン。「―――アス君。俺と一緒に、今プルーブルーを騒がせている連続強盗犯を捕まえてくれないか?」「え!?Jさん、犯人の目星が付いているんですか?」
すると彼は突然着ていたジャケットの襟を掴み、僕に背中を見るよう促した。言われるまま覗き込み、吃驚仰天。
「い、何時ですか!?警察に被害届は!!?」
真新しい包帯の上を叩きながら、昨日の晩だが、まだ理由あって届は出してない、簡潔に答える。
「そんな!?怪我しているのに何故」
「警察は伏せているが、犯人達は金目の物と一緒に、被害者のパスポートを奪っているんだ」
聖族政府発行の身分証明書には、名前や顔写真だけでなく現住所も記されている。つまりは、
「脅迫のため、ですね……では、Jさんも」
「ああ。今朝政府駐在所で再発行したばかりだ」
「犯人の顔は?」
今までの被害者達は皆、背後から襲われて即座に昏倒させられた。声で男女のペアとは判明しているが、人相などは全く分かっていない。
「見た。だが偶然助けが通り掛からなかったら、今頃確実に鮫の餌だっただろう」
「じゃあ尚更警察へ急ぎましょう!人相書を」
「いや―――犯人の身元は既に分かっているんだ。ただ言い訳出来ない証拠が無い限り、奴等は金の力で揉み消しにかかるだろう。俺への報復とセットでな」
?加害者達は金持ちなのか?似た身としては肩身の狭い話だ。
「そもそも、先に調べていたのは別の件なんだ。それが偶々同一犯で、昨日襲って来たのも半ば想定内だった」腰のホルスターを叩き、「うっかりこいつとカメラを宿に忘れてさえいなければ、な」
「別の?奴等、他にも何か犯罪を?」
だとしたら益々とんでもない連中だ。しかし何故、J氏は衛兵の中でも一番新米の僕に相談を?
「犯罪……そうだな、あれは些か度を超している。聞きたいか?―――分かった、ショックだとは思うが我慢してくれ」
カップを置き、テーブルの上に両手を組んで前屈みになるジャーナリスト。
「―――俺が最初調査していたのは、君のストーカーなんだ」「……は?」
口をぽかんと開けた僕に対し、彼は言葉を続ける。
「例の引っ手繰り事件の翌日だ。俺は君に改めて礼がしたくて、あの門の所へ向かっていた。そこで」
「見つけた、と?」
「ああ、いたのは男の方だ。死角に隠れ、微動だにせず君を凝視していた」
「ちょ、ちょっと待って下さい!?可愛い女の子ならまだしも、何で僕なんかを?」
耳を疑う僕に対し、奴等の尾行はプロ並みだった、恐らくもう何年も続けているんだろう、J氏は淡々と告げる。
「どうもその視線に厭な物を感じてな、こっちも観察し始めた訳さ。そうしたら今度は女の方が現れて、男と場所を交代した。何度訪れてもそうだ。大抵どちらかが勤務中の君を見張っている」
不覚にも程があるが、全く知らない。何者だ、そいつ等?
「男は十代後半、女は二十代前半。顔立ちが似ていて、男の方が姉貴と呼んでいた事から姉弟と推測した俺は、ちょっとしたツテを頼って奴等を調べてもらった。隠し撮りの写真を添えてな。そうしたらどうだ。そいつ等の家では、以前にも不審な事故が起こっているじゃないか。で、これは何かあると確信して、本格的な証拠集めを開始したって訳さ」
「それを奴等に勘付かれて、逆に……」
しかし勇敢な人だ。怪我を負わされながら、些かも戦う気概を失っていないとは。
「襲撃の時、奴等はハッキリ認めたよ。これ以上自分達の事を嗅ぎ回るつもりなら殺す、とな」
「じゃあ、今こうして僕に話しているのも」
「危険だろうな。だが逆に言えば、こいつは又と無いチャンスだ。現行犯なら、幾ら奴等でも言い逃れ出来ない」
「いいえ、一般人のあなたには手出しさせません。衛兵の僕がいる限りは」
握手。
「で、Jさん。犯人達の名前は何と?」
すると彼は口元に手を当て、君には酷過ぎる事実だが、と再び前置きした。
「犯人は、アス君―――君の姉弟だ」




