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25章 ニアミスの再会



 プルルル、ガチャッ。「はい、こちらはクローバーの家です。お電話ありがとうございます」


『ああ、済まない。いつも急で悪いが、今夜の宿泊予約をしたいんだ。部屋空いてる?』

「大丈夫ですよ。―――はい、お一人で。夕食は如何なさいますか?」

『ん?この時間でもまだ大丈夫なのか?なら折角だし頼むよ。俺はダイアン、今船を降りたから、そっちには後十分ぐらいで着く』

「ダイアン様ですね、分かりました。女将さんとお待ちしています」

『ああ、宜しく』

 

 ガチャッ。『「ん?今の声、まさか……!!」』




 カランカラン。プルーブルーの個人経営宿、クローバーの家。その玄関扉が開かれたのと、住み込みバイトの少年が相棒の黄色いオウム、「ふー」を伴いカウンターへ隠れたのはほぼ同時だった。


「済みませーん、予約したダイアンだけどー!?」


 呼び掛けつつ入って来たのは、三十代後半の鼠色の髪の男性。仕事明けだろうか、高級そうなスーツとYシャツはすっかりよれよれだ。第二ボタンまで外したシャツの内側から、髪と同色のふさふさした獣毛が覗いている。

(妙に聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱりあいつか……!)

 親子程の年齢差のある相手に対し、少年は郷愁と友愛、そして幾許かの恐怖がない混ぜになった感情を覚えた。

(今、女将さんはキッチンにいる。あいつがここの常連だと仮定すると、そっちへ向かう瞬間が脱出の唯一のチャンスだ!) 

「掘ら」「ふー、シッ!」

 開きかけたオウムの嘴を塞ぎ、親友の様子を窺う。幸い、向こうは潜んだこちらに気付いてないらしい。革トランクをぶら提げ、従業員以外立入禁止と書かれた奥へ入って行く。

「おーい、女将さーん!それにやけに声が良くて料理上手でお尻の可愛いバイト君、留守かー!?」

(しかもさり気にセクハラの上、しっかりバレてるし!?これは意地でも逃げないと本気で拙いぞ!!)

 客の足音が遠ざかるのを確認後。二十五年間成長していない少年は、愛用の三節棍片手に夜の街へ脱出した。




「ぎゃあっ!!」


 一晩身を隠せる場所を求め、従業員服で大通りを歩く少年。その耳に、男性の野太い苦鳴が届いた。

「はーね」

「分かってるよ、ふー。こっちの方からだ」

 脳裏に浮かんだのは、正体不明の自分を快く雇ってくれた女将の物憂げな顔。

 ここ数ヶ月、この街では男女二人に因る連続強盗事件が発生していた。かく言う彼女の友人も襲われ、現在も火傷と頭蓋骨損傷で入院中だ。


―――あと少し傷が深かったら危なかったらしいわ。だからハイネ君も犯人が捕まるまで、夜道を一人で歩いちゃ駄目よ?

 

 恩人含め既に何人も殺めてきた自分には、正直その程度の犯罪者など脅威でも何でもない。が、勿論忠告はしっかり聞き、今日まで大人しくしていた。相手は魔術を使った不意打ちを専門とするらしいし、片方は自分の苦手な女性だと言う噂。何より放浪の身で目立つ行動は御法度、と考えている内に現場へ到着だ。


「そこまでです」「「っ!!?」」


 驚いた。まさか件の凶悪犯達が、自分の見た目とそう変わらない年齢だったとは。

 二十歳前後の女性にパンプスで脇腹を踏み躙られ、被害者が苦痛の呻きを上げながら手を伸ばす。

「た、助けてくれ……ぐえっ!!」

「止めて下さい。金品を奪ったのなら、もう彼に用は無いでしょう?解放してあげて下さい」

 三節棍を相方の少年へ構え、襲撃を警戒しつつ諭す。

「何だよ手前、年下のくせに説教か?大体何だよ、その変な顔の鳥。巫山戯てんのか?」

「悪党に死を!この社会のゴミ溜め共め、脳味噌ぶちまけろ!!」

「こら、ふー。挑発するんじゃない」

 黄色い頭をぺしぺし叩いて説教。

 阿呆な畜生に馬鹿にされ、血が昇り易い性格なのか少年は歯を剥き出した。

「この糞オウム野郎……それに飼い主も武器向けやがって、これで立派に正当防衛成立だな」

「それは僕の台詞です」口の端を上げる。「痛い目に遭いたくなければ、消えた方が賢明ですよ」

 これまでの被害者と同じく、伏せた男性の衣服の背面は焼け落ち、所々には火傷。命に別状は無さそうだが、早急な手当てが必要だ。

「あぁ?手前、何様のつもりだ?」

「ただの旅の武芸者ですよ。―――でも暴力は良くないですね。取り敢えず大声を出して、優秀だと有名な衛兵さんでもお呼びしましょうか」

「「!!?」」

(顔色が変わった?成程。警察よりも彼等に知られる方が、こいつ等には都合が悪いらしいな)

 そうと分かれば話は簡単だ。怪我人を足蹴にする女性へ、背を伝う汗を隠しながら棍の先端を向ける。

「僕も正直な話、余り騒がれたくない身です。大人しく去ってくれれば通報はしません。どうですか?」

「私達と取引しようって訳?虫も殺さないような顔して、この餓鬼」

「見た目程善人じゃありませんよ、僕は」

 しかし罪状はともかく、この強盗共に比べれば悪意は大分温い方だろう。一体若き半生で何があったのか、凡そ男女には良心と言う物が見受けられなかった。

(詰所まで約三キロ。彼を背負っても、全力疾走すれば充分逃げ込める距離だな)


 ゲシッ!「げっ!!」「これでいいんでしょ、糞餓鬼?」


 怪我人をこちらへ蹴り飛ばした女は、帰るわよ、年下の男にそう声を掛ける。

「いいのか?こいつ等は俺達の顔を見ているんだぞ?」

「通りすがりの旅人の証言なんて、どうせ警察はまともに受け取らないわ。行くわよ」

「あ、ああ。―――おい、今度会った時が手前等の終わりだからな。精々大人しく余生を過ごせ」

 そう捨て台詞を吐いた少年は、先に歩いていった女の後を追い路地の闇へ消えた。

(良かった。あのまま戦いになっていたら、きっと負けていたのは僕だ……)

 額に流れる複数の汗を袖で拭い、男性の傍へ屈み込む。

「立てますか?取り敢えず起こしますね」

 傷に触れないよう肩を支え、上体を持ち上げる。良かった、思ったよりも怪我は軽い。頬に痣はあるものの、頭部も特に損傷していないようだ。


「あれ、君は確か―――あ!あの時のカジキマグロ少年!!」「は?」


 男性は少年の空いた手を掴み、若干ハイになりながら捲し立てる。

「二ヶ月前、船着場で引っ手繰りをブチのめしてくれただろう?覚えてないのか?」

「あ、ああ……あの時の人でしたか。災難ですね、選りにも選って同じ街でまた犯罪に遭うなんて」

 放浪者の自分が言うのも何だが、ここは宇宙でも有数の観光都市だ。これをキッカケに嫌いにならないといいが。 


「―――いや、充分収穫はあった。矢張り俺の思った通りだ」「え?」


 男性は懐のポケットを探り、真新しい名刺を差し出す。

「フリージャーナリスト……何だ、記者さんだったんですね。じゃあ、この街へも取材で?」

「半々だな。あの時俺と一緒にいた若い衛兵、知っているか?」

「ええ。彼なら殆ど毎日何処かしらで会いますよ」

 四ヶ月前、初めて街に降り立った時も門の所で挨拶してくれた。同僚である大人達に可愛がられつつも、凄く頼りにされているのが印象的だった。

「ちょっと気になる事があってな、ちょいちょい来て調べていたんだよ。けど、やっと尻尾を掴んだと思ったらこのザマだ。カメラさえ忘れてなきゃ、写真が証拠になったんだがな……」

「彼女達を御存知なんですか?なら、早く警察へ行った方が」

「いや、奴等も馬鹿じゃない。決定的証拠が残ってない以上、嫌疑を掛けられる筈が無いと高を括っていやがるのさ。それに」ズボンのポケットを探り、「金と一緒にパスを持ってかれた。恐らく実際の被害者はもっと多いぞ。報復を恐れて届を出すに出せない、な」

「それは酷い……でも、だったらどうするつもりです?このまま泣き寝入りですか?」

「まさか。一つ俺に作戦がある。そのためにも一刻も早く傷の治療をしないとな」

 立ち上がりかけた記者に肩を貸した武芸者は、少し恥ずかしがりつつもある提案を行う。


「―――実は僕、丁度今夜泊まれる場所を探していたんですよね。手当てしますから、タダで床を貸してくれませんか?出来れば温かい朝食付きで」


 大胆不敵な取引と無邪気な笑顔に、大人は傷も忘れて大笑いした。



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