闘い・・・2
「しかし、こうもうまくいくとはなあ。」いささか、当の本人である香純も少しばかり戸惑いを隠せないでいた。しかし、これから忙しくなることは明白である。香純は一人、せわしなく蠢いていた。
夜も耽りやがて、香純達はそれぞれの生活へ戻る時間が迫ってきた。「お前、明日。うちに来いよ。今晩は、まあ。ほどほどにな。わっはははあ。じゃあな。」香純に一言伝えた林松は、そのまま店の扉を勢いよく通り抜け、ひたすら家路を急いだ。「あ。はは。大丈夫ですよ。たぶん・・・。」頬に流れる汗をしっかり拭うそぶりをしながらも香純は、咄嗟にこう答え新社長である林松の背中を静かに見送った。
それぞれ別れた後、香純は店のすぐ裏側にある「新号機」というあまりにも合格率に影響してしまいそうな学習塾の前で、静かにトクを待っていた。するとそれから、数分後のことだった。目の前の扉がゆっくり開いたかと思うと、「や。」と目配せしつつトクが現れた。香純に近寄ってきたトクは、いきなり両手を大きく広げたかと思うと次の瞬間、香純の肩に自身の両腕を絡ませてこう言った。「ごめんなさい、待たせてしまって。」と、トクは香純の耳元で小さく静かに伝えた。そして、自分でも背伸びをして思い切ってやってみたことに対して、当然自分でも恥ずかしさが徐々に募ってきていた。ただそれとは反対に、香純には相当覿面であったようだった。「い、今。たった、今だから。う、うん。大丈夫。た、たいして、待ってないからさ。ははは。」互いの唇の間隔は、ほんのわずか数センチであり、トクの自然な吐息がそれまた自然に感じられる状態であった。それに触れそうな状態の中なんとか、かろうじて答えた香純は、彼女の積極的な行動に対して正直、困惑気味であった。香純の状態なぞに対して構わないといったトクは、もはや周りの目など気にもしない様子でこう言い放った。「香純さん。私さ。一緒に住むと決めたのなら・・・。あの・・・。今日がいいな・・・。」両手をしっかりトクに握られた状態で香純は、ただその目をパチパチと、ただ単に動かさずにはいられなかった。香純にはこの話を無下に断る理由など、一切どこにも見当たらなかった。むしろ、願ったり叶ったりの展開であるはずなのに、なぜか香純はいま一つ、己の気持ちがすっきりしないでいた。
「それってさ・・・。」香純が、静かに言った。
トクは小さく溜息をつき、小声で呟いた。
「え・・・。なあに・・・。」
多少驚いたような表情を一瞬浮かべた香純に対し、トクは努めて冷静に問いかけた。しかし、二人とも小刻みに揺れる鼓動を耐えるのに必死であった。
「実は、俺もさ。今日、今しかないと思っているんだ。」
と、香純が言った瞬間、二人の間には静かではあるけれども、和やかでゆったりとした時間がしばし流れた。それぞれの衣類は隅の方になり、体温は吐息に合わせながらも次第に互いに高まっていった。
一見、好青年風な男である香純であったが、、魅力ある女性の前では、やはり「男」であった。この人との間に、自分の子供が出来たらどんなに幸せなのだろうか・・・。と・・・。
女であること。男であること。男であること。女であること。
「いつでも親父になってやる。」
そう己の心に決めた、香純たちの一夜であったのだった。
「それでいいのか、良くないのか。」
判断に迷う時、香純は・・・。
次回、闘い・・・3。お楽しみに。