後編
大変お待たせして申し訳ありません。お楽しみいただければ幸いです。
「チッ。てっきり女だと思ったのに男かよ。っていうか、触手に捕まる男とかねぇわ。折角カッコよく助けたってのに、意味ないじゃん」
「す、すみません」
舌打ちしながらブツブツと文句を言っている青年は、それでも抱き留めたオレを放り出したりせず、丁寧に地面に降ろしてくれた。
こんな平凡な男(しかも中身はおっさん)を助けさせてしまって申し訳ない気持ちになる。
だって、本当は可愛い聖女だった筈なのだ。それがどう見てもモブな男。申し訳ない。
目も合わないが、せめて精一杯の感謝を伝えるべきだろう。
「あの……」
「あ?」
「危ない所を助けて下さって、本当にありがとうございました」
「……あー……うん」
深々と頭を下げれば、青年はバツが悪そうに頭を乱暴に掻いた。
「あーその、何だ。アンタも無事でよかったな」
そう言う青年はやはり悪い奴ではないのだろう。
今も不機嫌そうな顔をしているが、実際には照れているだけではないだろうか。このぶっきらぼうな感じが、何だか懐かしい。
「ジョニー様!」
思わずニッコリしているオレにベアトリスが突進してきた。いや、本当にそれ以外に表現しようがない勢いで突っ込んできて、そのままオレの腹へと一撃を入れる。
グフッと思わず噎せた。正直、瞬間的にはさっきの触手よりダメージが大きいが、本人には全く悪気はない事をオレは勿論知っている。
「ご無事ですのね!? お怪我はないのですね!? 良かった! 本当に良かったですわ……!」
「う、うん、心配かけてゴメンね」
「本当に心配しましたのよ。でも、もういいのです。ジョニー様がご無事ならそれでもう……」
ベアトリスはそう言って、ポロポロと涙を零しながらとても美しく笑った。
こんなに心配をさせてしまうなんてと心が痛む。しかも、捕まった理由はキャロラインが捕まるんだと思ってそちらばかりを警戒し、自分が狙われる可能性を考えずに油断していたせいだ。謝る以外の選択肢はない。
ニコニコと可愛らしく笑うベアトリスを見て、オレを助けてくれた青年が口笛を吹いた。
「これはこれは、こんな所にこれほどの美女がいるとは……」
野性的な美貌の青年がそう言ってニヤリと口角を上げる様子は、オレの目にも酷く魅力的に映る。彼がモテるのは間違いないだろう。
「初めまして、美しき姫君。この度、皇国国王により勇者を拝命いたしましたヴィンセントと申します。どうぞ、ヴィクターとお呼び下さい」
大袈裟な動作で近づき、跪いてまるで姫君にするように彼はベアトリスの手を握り、左右で色の違う双眸でジッとベアトリスを見つめた。
きっと、こうやって彼に見つめられた女性はそのまま恋に落ちるのだろう。それくらい格好良くて凛々しい騎士といった風情だ。
対するベアトリスはパッとその白い頬を真っ赤に染めて…………いない。
それどころか、眉を限界まで寄せて、口角を下げながら口を引き結び、忌々し気に舌打ちした。
王家に連なる公爵家の姫として、この顔は有りなんだろうか? つい先程綺麗な涙を流しながら微笑んだ姫君と同一人物とは思えない。ちょっと不安になるほど強烈な不満顔だ。
「チッ! いいカッコしいの軟派なタコ野郎が……ちょっと私の愛しいジョニー様をカッコよく助ける事が出来たからっていい気にならない事ね。次に許可なく私の愛しいジョニー様に触れたら炙り焼きにするわよ」
「…………」
声ひっく! 顔こっわ!!
そりゃ絶句するわ。オレも可愛い従妹姫の変貌に足が震えているもの。
凍り付いたその場に、触手を燃やし尽くした兄達が駆け寄って来た。
「ジョニー、大丈夫かい? 怪我はないね?」
「う、うん。アレク兄さん、心配かけてゴメン……」
「兄上がご無事ならいいのです! もっと早く助けられていたら、兄上は苦しまずに済んだというのに……力不足で申し訳ありませんでした!」
「そんな、オレこそ足を引っ張ってゴメンなレイナルド」
「良かった! 良かったよぉ!」
「泣くなよ、ラファエル。心配してくれてありがとう」
兄弟達によって、ベアトリスと共にあっという間に揉みくちゃにされるオレ。取り残されるオレを助けてくれた青年。ちょっと、待って! お礼しないと、お礼!
「あ、アレク兄さん、彼にお礼を…」
「ああ、そうだったね。ジョニーが無事だったことに気を取られて、すっかり忘れていたよ」
「すっかり忘れていたの!?」
「え、コイツ誰だ?」
「うーんと、誰だっけ?」
「存在すら忘れたの!? オレを助けてくれた人だよ!」
ワタワタとそう言えば、兄は麗しい笑顔を浮かべながら青年の方へと向いた。
「私の可愛い弟を助けてくれてありがとう。もし怪我の一つでもあれば生かしてはおかない所だけど、感謝しているよ」
「兄上を助けたからっていい気になるなよ」
「夜道には気を付けてね」
「オレ、命狙われてない?」
「わあああああああ!? すみません、すみません! 家族愛が深い人達なんです! オレが襲われたことにまだ動揺しているみたいで……本当に助けて下さってありがとうございました!!」
兄弟達の余りにも余りな言葉に、慌てて前に出て頭を下げる。
オレの命の恩人に感謝するどころか恩人を脅している兄弟達の愛が重い。
「ジョニー王子。無事でなによりです。けれど、大きな怪我はなくても擦り傷や打撲はあるんじゃないですか? 向こうで治療をなさってください。ご兄弟方、お従妹様も。私はこちらの方にお話がありますので」
「え、あ、うん?」
少し離れた所にいた明音が余所行きの聖女の顔で微笑んだ。
いつもなら『正兄ちゃん』って呼ぶのに。
そう言えば、明音はさっき彼の事を『隠しキャラ』とか言っていた気がする。
ここで出会うのってお助けサポートキャラだって話だし、彼がそうなんだろうな。
つまり、話を付けるから待っててって事かな?
誰がオレの手当てをするかで揉める兄弟達を横目に、オレは少し離れた所から思案気に明音たちの方を見た。
「初めまして。皇国の勇者様。私は王国より聖女を拝命しておりますキャロラインと申します。先ずは我が国の尊き方をお助けいただきました事に感謝を申し上げます」
「いや、別に大したことじゃない」
「私達は魔王を倒すという使命の下、ここまでやって参りました。勇者様に置かれましても、目的は同じであると愚考いたします。なれば、大変不躾ではございますが、もし宜しければ私達とご一緒に……」
「断る」
明音の言葉を遮って、青年は顔を顰める。
「オレにも仲間はいる。課せられた使命も、それを支える矜持もある。最終目的は同じでも、その道筋は同じでなくてもいい。違うか?」
「……いえ、仰る通りです」
「ただし、聖女がこちらに来るのなら歓迎する。こちらは精鋭だ。そちらのお飾りの護衛よりも魔王討伐を達成できる可能性は高いと思うが」
「お心遣いありがとうございます。されど、こちらにもこちらの矜持があります故」
「まぁ、そうなるわな」
青年は面白くなさそうな顔をしながら、溜息を吐いた。
その時、青年の仲間たちが青年を呼ぶ。何と全員が女性だった。
「ヴィクター、話は終わったのか? それならこの結界を解いてくれないか? 私達を守る為に張ってくれたのは分かるが、この場所から動けないのは不便で仕方がない」
「もうヴィクター、早く行こうよぉ! 私ぃ、もう野宿飽きちゃったぁ!」
「……女の子がいる。やだ。ヴィクターは私達の勇者なのに」
凛々しく際どい装備の女戦士に、短いスカートをはいた魔導士風の女の子、それから、細身の体にぴったりと張り付く黒い服を纏った少女。
因みにみんな美人だ。やはり、美男子は美女に囲まれているものなんだろうか。王宮の外では、オレの兄弟達も良く囲まれていた。王宮内だと何故かオレが兄弟従妹に囲まれていたけど。
そんな事を思いながらも、いつの間にか話が付いたらしい明音と青年は互いに背を向けた。どうも交渉は決裂したらしい。
無理もない。彼は王国と並ぶほどの大国である皇国の勇者だというから、国から背負わされた使命がある。それに、今は緊急事態だからそれ所ではないが、そもそも王国と皇国は仲が悪いのだ。世知辛い話だが、一緒に仲良くとはいかないのだろう。
だが、ここで顔を合わせられた事は幸運だったかもしれない。皇国の勇者は決して悪い男ではないと分かった。
彼ならば、また偶然どこかで会った時には共闘出来るかもしれない。
とりあえず、今度は邪魔にならないように、もう少し訓練を増やそう。後、もっと素早く隠れるようにならないと。
そう思いながら明音に声を掛けようとした時、青年が何かを呟く。
「逆ハー女の逆ハーレムに入るなんて冗談じゃないっつの」
その言葉に、明音がピタリと足を止めた。
それに気づかず、尚もブツブツと青年は呟いている。
「聖女は確かに美少女だけど好みじゃねーし、好みの美女はモブに夢中だし、何かやたらとキラキラした男共はこえーし。イベントの為に遠回りした意味ねーじゃん」
「ちょっと、アンタ待ちなさいよ」
「は?」
青年が足を止めた。
少し驚いているのは、聖女の態度が変わったからだろう。
見定める様に目を眇めた後、明音は言った。
「アンタ、『空良』でしょ?」
「…………あ?」
「え?」
聞きなれた、けれど、この世界で聞く筈のない名前にオレは目を見開いた。
同時に、青年も驚愕に目を見開いている。
「どう、して、その名前、を……」
「やっぱり! 何か口調とかでそれっぽいなって思ったのよ」
「――――お前、もしかして『明音』か?」
「そうよ。やっと分かった?」
ニヤリと笑う明音に、青年はクシャリと顔を歪めた。
「……んだよ、お前もこの世界にいたのかよ……」
「それはこっちの台詞よ」
「……ははっ……」
明音が突き出した拳に、泣きそうな顔で拳を突き合わせる。母親のお腹の中から一緒だった双子だけの挨拶。
「――――又、お前に会えて嬉しいよ、兄弟」
「――――私も嬉しいわ、兄弟」
そして、同時にお互い手を掴み、壮絶な顔でガッツリと組み合った。
「じゃあ、当然こっちのパーティーに入るよなぁ? お兄ちゃんのパーティーなんだからさぁ!」
「あはは、冗談じゃないわ! 兄のハーレムなんて誰が入ると思うの? アンタがこっちのパーティーに入るのよ!」
「あっはっは! ふっざけんなよ! 何で妹の逆ハーレムに入るんだよ! 気持ち悪いわ!」
「私のハーレムじゃないわ! 私を含めて『ジョニー王子のハーレム』よ!」
「余計に入る訳ないだろ!? ジョニーってあのモブ男だろ!? 男のハーレムに何でオレが入ると思うんだ!? いや何で男のハーレムの比重が男3で女2なの!? 突っ込み所多すぎるけど、入る事だけは絶対ない!!」
「入りなさいよ! 後悔するわよ!」
「入った方が後悔するわ!! もういい! 達者で暮らせ! オレはオレの道を行く!!」
明音の手を振り払って、青年――『空良』が去ろうとする。
オレは慌てて立ち上がり、その背を追った。兄弟達が驚いている。
でも構っている余裕はない。だって、明音は彼が『空良』だと言った。――――明音の双子の兄で、オレの甥っ子の『空良』だと言ったのだ。
「待って……っ」
「空良、本当に後悔するよ」
「しねーよ」
「待ってくれ……!」
オレが手を伸ばしながら駆け寄ると同時に、明音が空良に言う。
「ジョニー王子って、転生した『正兄ちゃん』だよ」
「皇国勇者パーティーは本日この時を持って解散する! 皆、今までお疲れ! 皇王に宜しく!!」
「えええええええええええええ!!?」
空良は晴れ晴れとした笑顔で宣言した。
解散って、勇者パーティー解散って、えええええええええ!!?
★ ★ ★ ★ ★
その後の事だ。
高らかにパーティーの解散を宣言した空良こと、皇国の黒髪の勇者ヴィンセントは、パーティーの女の子たちに散々泣きつかれたが全く前言撤回せず、袋叩きにあった。
それを止めたのは、オレの兄であるアレクシスだ。
「ごめんね。ジョニーを選んだ彼を許してあげて欲しい。君たちよりもジョニーを選ぶことは当たり前の事だから仕方がないんだ。魔王は必ずジョニーが倒すから、君たちは皇国を守って欲しい」
「はわわわわわわ……!」
そう言って微笑みながらも有無を言わせない兄に、一瞬で顔を真っ赤にして鼻血を噴出させた彼女たちは骨抜きになった。その後は、何を言っても『はわわわ』としか答えないまま、ぽややんと彼女たちは皇国へと戻っていく。
兄の魔性が怖い。滅茶苦茶言ってるのに納得させている。そして、どさくさに紛れてオレが魔王を倒すとか言っているけど、普通に無理だ。
空良には最初凄く泣かれた。そこにはもう最初の斜に構えた青年の姿はなかった。
「正兄が死んで、明音が死んで……オレ、オレは……」
「空良……」
「明音が差し違えた組長の傘下の組を全部ぶっ潰して、裏社会を縦横無尽に荒らした後、裏社会を牛耳っていたボスとやり合って相討ちになったんだよな。世界中に恐れられたジャパンの『クレイジードッグ』とはオレの事だ!」
「この妹にしてこの兄あり!」
「ちょ、クレイジードッグって! ダッサ!」
「オレがつけた訳じゃねーって。で、気が付いたら、ギャルゲー『ピチピチギャルと世界を救う!~勇者はオレだ~』に転生してたんだよ」
「とんでもないゲームとゲームがドッキングしてないか!?」
確かこの世界は恥ずかしい名前の乙女ゲームの世界だったのでは?
明音を見れば、コクリと頷いた。
「乙女ゲーム『キラキラ王子様と胸キュンラブ!~聖女は誰のもの?~』とギャルゲー『ピチピチギャルと世界を救う!~勇者はオレだ~』は同じ会社が作ったゲームなの」
「タイトルから他人とは思えないゲームだもんな」
「同時発売された二つのゲームにはオンライン限定のお遊び要素があった。全く同じタイミングでサポートキャライベントに突入すると、サポートキャラじゃなくてもう一つのゲームの主人公が現れるっていうものよ」
「それは何か嬉しいな」
同じ作者の作品がリンクするとちょっとファンはニヤニヤしてしまう。そのようなものかな、と二人に聞けば、頷きつつ微妙な顔をされた。
「そうなんだけど、このイベントには落とし穴があって…」
「ゲーム内で相手の誘いに乗ると、自分のゲームから主人公が消えるんだ」
「は?」
ゲームから主人公が消える? 主人公なのに?
「えっと、消えるとどうなるんだ?」
「ゲームができなくなる」
「え!?」
「主人公が消えた時点で、消えた方のゲームは終わりなの。終わるともう駄目。リセットしても真っ黒な画面に『END』の文字が浮かぶだけになる。当時、かなり話題になったよね」
「このサポートキャライベントって結構後半のイベントでレベルもかなり上げなくちゃ辿り着けないし、一秒でもズレるとレアイベントは発生しない。しかも、レアイベント発生チャンスは各ゲーム一回だけ。偶然発生しても、お互い必死でレベル上げして愛着もある主人公を譲る訳ないから、大体の奴は写真だけ撮ってイベントをクリアーせずリセットして、普通にやり直してサポートキャラを入れるんだ」
「たまに二つのゲームを買ってやる奴もいたけど、かなり大変だから、成功した人は殆どいないな」
「世界的にもとんでもなく人気があったから、発生自体は極稀に起こる事もあるけどね。まぁ、所詮はお遊び要素だから」
「お遊びの割に容赦なくエグイって評判だったな。その一点だけはマジでクソゲー」
「それ以外どっちのゲームも滅茶苦茶高評価だったんだけどねぇ」
つまり、空良と再会できたのはかなり奇跡的だったという事か。
思わず息を吐いてそう呟けば、明音と空良は笑う。
「だって、正兄ちゃんだからね」
「正兄だったから、引き寄せたんだよ」
「うーん、よく分からないけど、又、会えて嬉しいよ」
そう言って頭を撫でれば、空良は子供の頃の様に擽ったそうに笑った。
★ ★ ★ ★ ★
「ベアトリス、頼むわ!」
「任せて、キャロライン! これで終わりよ!」
目の前のモンスターを仕留めながら叫ぶ聖女キャロラインの声に、公爵令嬢であるベアトリスは優雅に舞うように剣を振るう。
「ジョニー、危ないからこちらへおいで」
「お任せください! ジョニー兄上にはかすり傷一つ負わせません!」
「ジョニー兄さま、危ないから僕の後ろにいてねー」
「下がって! 正兄はオレが必ず守る!」
にこやかに自分を引き寄せる長兄、アレクシス。自分の目の前に立つ二人の弟、レイナルドとラファエルと勇者ヴィンセント。
ズシン、とオレ達に襲い掛かって来た最後のモンスターの体が地面へ沈んだ。
最後の一体を仕留めたベアトリスが、剣から血を振り払いながら、隣を歩くキャロラインと軽く拳をぶつけ合う。
「流石ですわね」
「そっちこそ、見事だわ」
そう言って軽く笑い合った二人は、次いでこちらを冷たい眼差しで見つめた。
「男共、使えねぇ…」
ご、ごめんなさい。使えない男で。
こうしてジョニーの護衛が一人増えた。――――いやいや、増えんでいい、増えんで。
まだ、魔王城まではそこそこ遠い。
【おしまい】
実際には『兄妹』ですが、字面を優先して『兄弟』と表現しています。