ep2調査
ep2 調査
まだ自分が小学校にいた頃、旅行先で中世の要塞を見た事がある。歴史的価値とか、そう言ったものを感じ取れる年齢では無かったが、目の前で見る城壁はとても高く、内側にいるものに安心感を与えるものなのだとわかった。
石造りのその要塞には、各所にその所有者のモニュメントであろうものが飾られており、また場所によって変わるものであったから、見ていて飽きる事がなかった。
ところが、今目の前にある“城壁“には、安心感とかそう言ったものは一切ない。
おそらくは鋼鉄で出来ているであろうその壁は、全身が黒く塗装されており、単調で、所々で赤く点滅している信号灯が不気味さを一層深くしている。自分もそうだが、内側にいるものは唯一絶望感のみを感じるのだ。
私が彼に、ここへ来た経緯を話している間もずっと、そんな印象のままだった。
「こんなのいつの間に建てたのよ……」
おそらくは、完成品を遠方から運んで組み立てたのだろう。新井洲から連絡のなかった期間だけでの建造は不可能だ。宇宙人でもない限り。
「まぁ、こんなの今考えてもわかんないし、わかるところから教えてもらうことにするか……」
「……ん?」
向こうはまだ要領を得ない様子なので、少し切り込んでみる。
「この状況で迷彩服来た人がいるなんて、こっちからしたらその方が怪しいんですけど!って事。こっちの話はしたんだし、私だって聞く権利あるんじゃない?」
そうである。もしかすると目の前の明らかに普通ではない服装の男は私をここに連れてきたと思われる防護服の男の仲間かもしれないのだから。
「なるほど……君にとって僕はアブノーマルな地であったストレンジャーって所だからね。わかった。君に色々質問した様に、僕も諸々を話すとしよう」
そして彼は語り出したのだった。事の起こる前、状況がまだ平和と呼べた頃の事を。
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自分としては、川上祐介の事を付き人だなんて思った事はない。何しろ川上祐介は金田零のただの部下であり、信頼に足る副官だからだ。
川上祐介は、同じ隊の中では自分に次いで階級が高い男だ。だからこそ、隊の副長に就任したのだ。幹部候補生の主席であった自分との相性も最適で、訓練ではいつも抜群のチームワークを周りに見せていた。
だが、周りから見れば2人の関係は部下と上司と言うか、わがまま坊主と付き人に見えるらしい。教育係なんて言う奴もいた。確かに自分は破天荒な性格をしていると思う。でも口調は大人しい方だし、川見にそんな事頼んだ覚えもない。ないのだが……。
「金田さん!金田さん!航空の連中から苦情きてますよ!勝手に別の科の機体なんか飛ばせる訳ないでしょ!って聞いてるんですか⁈」
今日も今日とて彼は騒ぐ。いや、勝手も何もこちらが再三に渡って新井洲への調査飛行を具申したのに対し、陸将は命令を待ての一点張り。事の重大さに気付いていないのだろうか。
新井洲は小規模ではあるが、都市としての役割を担う重要な地域だ。その地域から今日でちょうど1週間と1日連絡が途絶えたのだ。
しかし、何を言っても聞いてもらえそうにはなかった。だから自分でヘリを飛ばそうとしたのだ。
結果として、乗ろうとしている所を見つかり、始末書を食らっただけではあるが。
「あまり騒ぐなって、川上さん。それじゃ僕が説教くらってるみたいじゃないですか」
なぜ敬語を使っているのかといえば、単純に彼が自分より年上だからだ。
「勿論、その通りです!少しくらい待つことは出来ないんですか!」
少しも何も、待ちすぎて手遅れくらいに感じているのが現状なのだが。だがそれが隊内での共通認識である事は川見も知ってる事だ。結局の所、彼は独断専行ばかりの私に一言物申したかったのだろう。その証拠に、問答が終わった後は、口癖の次は無いと思った方がいいですよ!っで終わったのだ。
その時、待機室と扉が大きな音を立てて開いた。入ってきた男は、顔にまるで朗報を持ってきましたよ!とでも書いてあるかの如き笑顔をたたえていた。
「隊長、ついにです!我々への命令です!」
私はてっきり作戦開始の合図がなされたのだと思っていた。だが事は予想を上回り、二言目には直々の命令と来た。
疑問に思うところもないではないが、私は一旦ゆっくりと立ち上がり、あくまでも冷静に言葉を紡いだ。
「ご苦労さん」
ようやく、調査飛行の許可が降りたと見て間違いないだろう。これで1週間程謎に包まれっぱなしだった新井洲の全貌が見えるはずと、そう思った。
新井洲へは空路で行く事になった。安全性を考慮してとの事だそうだ。屋上に行くと、司令とともに、エンジン音を響かせながらヘリが待機していた。
「ありがとうございます」
本来ならばこの役、まずは偵察あってのものなのだが、ここまでとんとん拍子に、というより一気に何もかも決まるのは正直予想外すぎる。多分、陸将が根負けして気を利かせてくれたのかと思い、お礼を言うと、意外な返事が返ってきた。
「今回、お前の隊から引き抜いたのは、幕僚長からの強い推薦があったからだ。お前の経歴を見ての事だそうだが……くれぐれも気を付けろよ」
それだけ言うと、独特の音を残して歩いて行ってしまったのだった。その音は少し、普段より少しだけ、不安感をそそる様な、そんな気がした。
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日はすっかり暮れ、足下の景色も市街地や都会からただの森に変化していた。故に、辺りに響く音といえば、この回転翼が風を切る音と、ローター音くらいの物だった。
そのローター音というのが、またタチの悪い物で、外はもちろん、エンジンと物理的に繋がっている機体の中にも酷く響くのだ。
よって乗組員はヘッドセットを通してのみの会話を行う。なので、相手は目の前で喋っているのに、電話越しの声しか聞けないという違和感のある現象に見舞われる。これはいつになっても慣れない。
『それにしても、我々に直接命令を下さるとは、陸将もなかなか気遣いしてくれるじゃないですか』
『いや、今回に関しては上の方から名指しで来た……経歴を鑑みての判断らしい』
『三尉は幹部候補生でもトップの成績でしたし、そこを見込まれたのでは?』
『それだけなら嬉しいが、新卒同然の俺にこんな仕事任せるなんて、正気とは思えん』
確かに調査の具申をしてのは私だ。だが自分自身にいかせてくれなんて図々しい事は言った覚えもないし、たとえその具申が承諾されたとして、自分に仕事が回ってくるとは思っても見なかった。
だとすると、上の心理は厄介払いにあるのではなかろうか。その考えが頭をよぎった瞬間、戻った方がいいのかもしれない、と思ってしまった。
『おい、ありゃ一体なんだよ……』
とパイロットが言うのが聞こえる。乗組員全員がなんだなんだとゾロゾロ窓脇に集まってきた。
私も少々気になり、パイロットの言う方向をみる。
そこには、壁があった。どす黒く、頂上から不気味な信号灯の光を発するその壁は、行く手を阻む門番の様に、ヘリの前に姿を現した。
『おいおい、こんなもん前は無かっただろ』
『金田さん、越える前に一度引き返しますか?』
もちろん、こんな普通じゃないものを目にして、突撃をかますのは危険すぎる。今すぐ反転して基地に戻る様、パイロットに命じた。彼はすぐこれを了承し、元の方向に舵を切った。
その時、ヘリが傾き、加速を始めた。いや、加速を始めたというよりも機体そのものが回転を始めたといった感じだった。
『どうした!』
『尾翼のローターが止まってます!』
ヘリコプターは飛行機とは違い、回転翼を用いる。飛行機は前方に高速で進む事により、前から風を受け翼に揚力を発生させる。これに対してヘリコプターは、翼を回転させる事で実質的に前から風を受ける事になるので上向きの揚力が得られる。
この時、ローターが回転する事でヘリコプターは反作用による力を受け、回転運動を行う。
これを防ぐための対策としてはティルトローターや二重反転ローターなどが挙げられる。そして最も代表的なものは、尾翼にローターをつける事だ。そのローターから回転方向とは逆向き力を受ける事で、大概のヘリコプターは安定して飛べる。
もしもこのローターが飛行中に止まる様な事があれば、墜落は必至であろう。そしてそれは今この機体に起こっている事だった。
『もう一度やってみろ!』
ダメ元かもしれないが、尾翼にもう一度エンジンをかけてみる。奇跡的に、機体は安定を取り戻した。
『戻りました』
言う事を聞かない機体を無理やり動かしながら、パイロットが私に言う。だが私は確実していた。さっきのは事故ではない。
『尾翼が破損してる。狙撃されたって事だ』
最初の弾丸は接合部を壊しきれなかった様に見える。だが次はない。今度はおそらくより大きく、より致命的なメインのローターを狙ってくるに違いない。すぐにパイロットに警告をする。
『上昇して照明を落とせ。こんな低空で有視界飛行は出来ない』
その直後、先程まで聞こえていたローター音が止み、目の前の景色が夜空から一転して上空から見た森の様なまだらになった。いや、我々は今、本当に上から森を見ているのだろう。なぜならローターが狙撃され、翼が吹っ飛んだからだ。
次の指示を出す前に、機体は森に突っ込んでいた。最後に見たのは、上に鋭く突き出した枝に、パイロットが無残に突き刺さる様だった。
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目を覚ました時、夜は開けていた。あの時死んだものだと思っていたが、どうやら着地地点がぬかるんでいたお陰で、怪我をせずにすんだらしい。
ヘリの残骸は真上に見つける事が出来た。よじ登れば届く距離だったので、ひとまず機内の捜索をする。見た感じ、パイロットの遺体がそのまま残っているだけで、川見ともう1人の隊員の姿は見当たらない。運が良ければ、彼らも脱出に成功したのだろう。
声を出すには危険。そう判断して、警戒しながら山を下るとすぐに駐屯地が見える。窓の外から確認したくらいだが、中は相当荒れている様だった。ただ事ではないことはすぐにわかる。鉄柵を切る用のナイフを取り出し、中に入ろうとしたその時、1人の男が立っているのを見つけた。
いや、男ではない。どちらかというと1人の死人だ。爛れた顔に白い目。恐怖感MAXのそいつを見て悲鳴をあげなかった自分を褒めたい。
だが拳銃を取り出した一瞬の隙に、そいつは建物の中に走り出していた。
鉄柵を切っている暇はない、そう思い、正面入口の方に走ると、直後に悲鳴が聞こえた。明らかに誰かが襲われていた。
声の主を視界に収めた時、同時に死人の姿も見えた。鉄柵に足を取られ、身をよじっていた。
私はとっさに銃を構えた。一個人としても、自衛隊の歴史的にも、人を撃つのは初めての事だと言うことはわかっている。だが躊躇している暇はない。そいつは抜けない足を引きちぎり、女性に飛びつこうとしていた。
狙いを定めた私は、目を瞑りながら引き金を引いた。




