ep1投獄
ーーーーーーーーーー第一章ーーーーーーーーーーー
ep1 投獄
意識が浮上して、最初に感じた事といえば、自分が床に横たわっていると言うこと。そして、その床がとても冷たいということだ。上を見上げると、大型のファンの様なものが回転している。その間からは太陽の光が不気味に差し込んでくる。全身から湧き出る恐怖心を拭えぬまま、赤園玲亜は目を覚ました。
「ここは……どこ?」
考えてもわからない。どうやら自分は今コンクリ製の建物の中にいるらしい事だけはわかった。目の前の状況を理解するためにも、ここまでの経緯を思い出してみる。
大学はいい。なぜなら全てにおいてスケールが大きいからだ。校舎はでかいしやってることもでかい。ノーベル賞とったりするのも大学教授だ。
そして何よりも目を見張るのが、イベント、つまりは大学祭だ。私自身は既卒の大学院生だが、参加は自由だ。本来ならば今この瞬間、私は人生で最もキラキラした青春を過ごしていると言っていい。
今は大学の近所のホテルを貸し切って飲み会をしているだけなのだが、たかが飲み会にさえ高い金を払ってホールを貸し切るとは流石だと思う。
だが私は、そんな事には目もくれず、ただ思索にふけっていた。考えても答えの出ない問題を必死に頭の中で転がしていた。
「玲亜ー!」
名前を呼びならがら駆け寄ってくるのは入学以来仲良くしてもらってる我が学友達だ。
「どこにいるのかと思えば、バーカウンターの端っこなんて目立ちたがりの玲亜じゃイメージもつかなくない?」
「ひどいな〜」
と、そんな問答をしていると、急に少し緊張した感じで、こんな事を聞かれた。
「それで、結局明美さんから連絡きたりしたの?」
「ううん、全然。あれから3日音沙汰なしだよ……」
この時、私の姉である赤園明美は消息不明になっていたのだ。いや、というよりも彼女が働いているNGOの施設とその周辺の地域からの連絡が途絶えたのだ。原因は不明。
政府により秘密裏にロックダウンされた、地域もろとも陥没した、丸ごとUFOに持って行かれた、などの憶測がすぐにネットで拡散した。
だが、当該地域に足を運んだ人は1人もいなかった。このネット社会では、大概のことは1日2日で判明してしまうものだ。だが今回に限って誰もそこへ足を運ぼうとはしなかった。そして事件が起こってから5日、唐突に姉から電話がかかってきた。
「ちょっと、お姉ちゃん⁈お姉ちゃんなの⁈今どこ?っていうかこの5日間何してたのよ!」
私は必死になって姉の真意を問うた。なぜ5日も連絡をよこさなかったのか、そこで何が起こったのか、なぜ今になって連絡して来たのか。だが姉はそれら全てを突き放すように、こう言ったのだ。
「玲亜、来ちゃダメ」
訳が、わからなかった。私が姉の元に行く理由はない。だが姉はあえて私に来るなと言った。もし、姉がそう言ってしまうほどそこが危険ならば、妹として姉を見捨てる選択肢はなかった。
だから今日、母親を説得して行こうと思っていたのだ。姉のいる所に、新井洲市に。
いつのまにか飲み会はお開きムードになっていて、ホールにはチラチラと人が残っているだけであった。自分ももう帰ろうと思う。この後母親を説得しなくてはならないのだから、早く帰らなくてはいけないし。
説得のセリフを考えながら、愛用のバイクを走らせる。高速道路から見える景色は相変わらず美しかった。
1週間とちょっと前に起こった新井洲の事など気にも止めていないようだった。
高速を抜けると、都会の雄大さから一転して普段どうりの住宅街の景色になった。
インターから10分ほどで自宅のある通りに着く。正確には大通りからまた小道に入るのだが、そこまで着けば5分とかからずに着く。ほぼ一直線の道を少し行くと、我が家が見えて来た。
家の前に出ると、リビングの電気がついてないのがわかる。少なくとも1階には誰もいないらしい。玄関の扉を開けようとすると、鍵がかかりっぱなしだった。
鍵を開け扉をくぐり、家の中に入る。
「お母さん?いるー?」
返事はない。2階にいるのかと思い、階段を上がっていく。階段を上がり終え、一本道の廊下に入った所で、案の定半開きのふすまから寝室で母が寝ているのが見える。ついさっき私が、帰ったら話したい事があるからリビングにいてねと連絡したのに、呑気なもんだと思う。
「ちょっとお母さんメールしたのに何寝てんのよ…………え?」
そこに母親がいた。眉間に穴を開け、血と脳味噌を飛散させて。
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
何も考えられずに、だが体だけは母のもとに動いていた。体を揺すっても目を覚まさない。いや、まずは上体を起こさなければ。いやそれよりも散らばった脳を戻せば……。
「……っ、違う!違う違う違う!何してんのよ!」
我に帰ってから、手のひらの感覚に吐き気を催す。私は冷静ではなかった。母は死んでしまったのだ。それは動かぬ事実であった。
「誰がこんな……」
思い当たる節はなかった。母は優しく、人当たりの良い人間だった。殺される言われなどあるはずもない
そもそも母はどう考えても眉間を撃たれている。傷口の周辺から、そんじょそこらの拳銃と比較にならない威力を持った銃であることは、素人でもわかる。この日本国内でそんなものを所持出来る人などそうそういない。思い当たる節がなくて当然だ。
「早く……早く警察に……」
その時、首筋にかすかな痛みが走る。
振り向くとそこには白い防護服のようなものを着た人が立っていた。
手には、何やら先端に針のついたものを装填した飛び道具の類。
この殺害現場にあって、圧倒的な存在感と違和感を放っていた。場違いすぎると思った。。
気づけば私は走り出そうとしていた。逃げ道などない。だが、本能が私に、ここにいたら殺される、と訴えていたのだ。
だが、2、3歩歩いた後、私は意識を失った。
意識が浮上して、最初に感じた事といえば、自分が床に横たわっていると言うこと。そして、その床がとても冷たいということだ。上を見上げると、大型のファンの様なものが回転している。その間からは太陽の光が不気味に差し込んでくる。全身から湧き出る恐怖心を拭えぬまま、私は目を覚ました。
「ここは……どこ?」
考えてもわからない。どうやら自分は今コンクリ製の建物の中にいるらしい事だけはわかった。そして、ここに至るまでの経緯を思い出した。
部屋の端には、何やら小窓のようなものがあった。鉄格子で覆われており、そこから抜け出すのは困難かと思われたが、すぐにその鉄格子のフレームが錆び付いて取れかかっているのが目につく。
「もしかして……殴ったらいけるかな」
すると案の定、格子は音を立てて反対側に倒れ、そこからの脱出を可能にした。
「よかったけど……ここ本当にどこ?」
小窓を抜けた先は廊下になっていた。その廊下を抜けるとエントランスのような場所になっていた。
そして、1つの看板が目に飛び込んできて、それに書いてある文字列を読み、私は愕然とした。そこには上手な筆字でこう書かれていた。
『陸上自衛隊新井洲駐屯地』
なぜ、私が陸自の基地にいるのか。そもそもなんで新井洲にいるのかわからなかった。陸自の基地など本来誰も入れないはずではないのか。
だが同時に好都合だと思った。もともと姉を探しに新井洲に来たかったのだから。
「ここの人なら、何か知ってるかも」
姉の行方と言わずとも、職場の事なら何か知って人がいるかもしれない。そう思って正面入口を出た所で、さっそく人影を見つける。
その人は私とは反対後方を向いており、鉄線の向こう側にいたが、話ぐらいは聞いてもらえそうだった。
「あのー!すいません!ここの方でしょうか?」
返事はない。警戒されているのだろうか。そういえば私は許可を取って入ってる訳ではないことを思い出した。
「あ、すいません怪しいものでは無いんです。ただ、気づいたらここに……」
その時、そいつがこっちに向き直った。そして私は悟った。血の気の引いた肌に腐り落ちたかのような顔面。極め付けはその目が白濁している事だった。
こいつは、人間では無い。そしてそいつは私を認識した瞬間、臨戦態勢に入った。私に向かって突進してきたのだ。
「え……ちょっと……まってよ……」
私自身は逃げたい一心なのに、体は全く言う事を聞かない。足がすくんで動けない。無理やり後ろに行こうとしたら、足が追い付かずにこけてしまった。
だが幸いな事にそいつは有刺鉄線に足を取られ、身動きが出来ずにいた。それでも腕をバタつかせ、こちらに来ようとする執念だけはあるようだった。
そして私がようやく五感を取り戻し、立ち上がろうとしたその時、そいつの喉の奥からこの世の物とは思えぬほど不気味で邪悪な雄叫びが聞こえてきた。
私は以前、サファリパークでライオンの雄叫びを聞いたことがある。とても勇敢で威圧するような声だった。陸上競技場で砲丸投げを見た時も、同じような声を聞いた。
人間でも動物でも、圧倒的な存在感を放つものから発せられる雄叫びは、それだけでひれ伏してしまいそうな感覚に陥らせる力がある。
だが、今目の前のモノから発せられた声には、嫌悪感しか湧いてこない。例えるなら、キレ症のおじさんが若者に対して理不尽に騒ぎ立てているような、または更年期を迎えたおばさんがヒステリックに喚き散らしているような、そんな声だった。
文字に起こすとキシャァァァァとかウギャァァァァと言った具合だ。
本当に気持ちが悪かった。そしてついにそいつは有刺鉄線を振り切った。というより、有刺鉄線が絡まった足を無理やり体から引き離したのだ。
こいつが私に近づく前に、ここから離れようと思い、振り返ろうとしたその時、ドォンという音と共に耳の横でヒュンッという音がした。
音のした後、目の前のヤツの鼻の頭に、1つの穴が空いた。誰かに撃たれたのは明白だった。
後ろを振り返ると、1人の迷彩服を着た茶髪の青年がいた。年齢は20歳前後か。手には拳銃。おそらくたった今化け物を貫いた弾を撃ったのは、この人だろう。
人を撃つのが初めてだったのか、青年は顔面蒼白になり、息も絶え絶え冷や汗をかいていた。
「君、大丈夫かい?」
青年はすぐに正気に戻り、私に声をかけてきた。
「僕は陸上自衛隊三等陸尉、金田零」
「赤園玲亜。君、ここの人?年上には敬語使わないとダメだよ。私は君の1つ上だから」
ここに来て初めて“マトモ“な人間に会った嬉しさからか、初対面なのに友達感覚で話しかけてしまう。
「失礼、でもなんで僕の名前を?」
「名札に付いてるよ、君の年齢」
彼は少し困難したような顔をしたが、すぐに先程の顔に戻り、私にこう言った。
「とにかく、話は後だ。今はここから離れる事だけを考えて」
そう言って私の手を引き、基地の中でも最も大きい建物の方に行ったのだった。
いくつもの階段を駆け上がった後、彼は見つけた部屋の中に即席のバリケードを建てた。私は彼に質問した。
「ねぇ、金田君だっけ?ここで何が起こってるの?」
彼は答える。
「わからない。僕はさっき様子を見に来たばかりだからな。乗ってたヘリが撃墜されたんだ」
私は少し落胆した。いや、彼が悪いわけでは無い。ただ、姉の事を知ってるかもしれないという私の期待がそうさせたのだろう。そして彼は気になることを私に言う。
「玲亜さんだったね。僕は空路だけど、君はどうやってアレを乗り越えたの?」
「……?乗り越えた?何言ってるの?」
私が答えると、彼は一言知らないのかと言い、窓を指さした。流れるように私も目線を窓の外に向ける。そして、私は再び愕然とした。
窓の外から見えるのは、小都市新井洲の街並みと自然、そしてその1番奥の高さ約10メートルほどの外壁だった。もちろんそんなものは新井洲にあるはずもない。だが壁自体は確実に目の前にある。私は今日で何度目になるかわからない絶望の表情をたたえ、彼に向き直った。




