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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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温泉に人が来ない理由

 卓球が終わって、広間に食事を用意してもらった。


 この辺りの珍しい特産品とやらも出て、特に筍の刺身!

 初めて食べたけどすごっく美味しかった。


 筍は旬の時期が短いため、あまり食べられないそうだ。


 そして、部屋に戻ってゆっくりしていたけど、なんとなく喉が乾いたので、部屋から出ることにした。


 長い廊下の先に人影があった。


 あれは……。


「九十九?」


 その人物の名前を呼ぶと、彼も振り返る。


「高田……、か」

「何やってるの? こんなところで」

「見て分からないか? 外を見てるんだよ」

「外?」


 九十九は窓の外を見ていた。


 既に真っ暗になっているため、奥行きのある景色ではない。

 わたしには近くの木々くらいしかよく見えなかった。


「なんで外?」

「いや、改めてこの辺りがすげえなって思って」

「凄い? 景色?」

「いや、大気魔気」

「は?」


 九十九の言葉に、少しだけ忘れかけていたファンタジー世界へ一気に意識が戻される。


「大気魔気……、大気に含まれた魔力のことだな。それが、人間界にしては濃密なんだよ」

「それって、自然が豊かなせい?」

「それもあるだろうけど……、大気魔気の流れがそうなってる。この山ってちゃんと調べたことはないけど、霊峰なんじゃないかな」

「れいほ~?」


 すぐに漢字が出てこなかったため、イメージが掴めない。


「神仏などが祀ってある山。信仰の対象となったり、神様がいるって信じられている山のことだな。有名所では富士山」

「ああ、霊峰のことか」


 富士山と言われたら、ようやく漢字が出てきた。


「神社仏閣、教会、神殿、聖廟と大気魔気が集まりやすい聖域はこの世界でもたまにあるが、天然ものでこれだけのものは久し振りに見た」


 九十九は妙に感心していた。


 寺社仏閣、教会、神殿はともかく、聖廟とはなんぞや?


「なんで、ここに人が来ないか分かる気がする」

「へ?」

「これだけ強い魔力は人間にとって毒だ。霊的なパワーを貰うやつより、行き場のない魔力が暴走しやすくなりそうで落ち着かなくなる。少しでも敏感なら長居はしたくないだろうな」

「……そうなると、あまり長くいない方が良いの?」


 予定では、2泊3日だ。

 もっと短い方が良かったのかな?


「魔界人は魔力回復しやすいから良いけど、魔力の制御ができない人間には辛いと思う。若宮も今日は少し苛つき気味なのはそのせいかもしれないな」


 いや、あれは、来島が嫌なだけだと思う。


 ああ、でも、少しいつもより当たりは激しいかもしれない。


「九十九は……、大丈夫?」

「オレは魔界人だから元気をもらう側だ。お前は、大丈夫か?」

「……わたしは、何も感じないから」


 その濃密な大気魔気とか言われても、それを感じ取れないのだ。


「これだけすごい場所で本当に何も感じないというのも凄いな。お前の体内魔気ってどうなってるんだろう?」

「さあ?」


 そんなこと、わたしの方が知りたいぐらいだ。


 これだけの景色を見ても凄いとは思うけど、魔力ってのはわからないのだから。


「魔界は自然豊かなの? それとも全然、自然がないの?」

「場所によるが、お前が住んでいた所は、ここまで木々に囲まれてはなかったと思う。でも、お前の自宅近くよりは自然があったかな」

「ふ~ん。まあ、ある意味イメージ通りかな」


 そんな風に、どれくらいここで窓の外を見ながら話しただろうか……。


 わたしは不意にあることを思い出して聞いてみることにした。


「九十九って……、記憶のない頃のわたしを知ってるんだよね」

「ああ、それが?」

「じゃあ……、わたしに名前ってもう一つある?」

「は?」

「わたしの名、『高田栞』以外に名前があるかどうか知ってる? あの、ほら、サードネームとかかな」

「どういうことだ?」


 九十九が怪訝な顔をした。


「ん~。つい昨日ぐらいかな。変な夢を見たの。小さい頃のわたしだと思うんだけど、名前のことで誰かと話している夢。名前がもう一つあるとか言ってた気がするんだよ。で、その話している相手が九十九のような気がして……」

「お前は『高田栞』だろ? それ以外の名前があるなら千歳さんにでも聞けよ」


 九十九はあっさりとそう答えた。


「そうだね。そうするかな。九十九だって何でも知ってるわけじゃないんだもんね」

「そうそう。人を当てにするなよ。それにただの夢だろ?」

「夢と言うにはちょっとリアルだった気がするんだ。それで気になっちゃって……」


 そう、あれは夢。

 だけど、ひどく現実に似ていた気がして……。


「気にするな。オレが夢魔に襲われた時みたいならともかく、無害な夢はただの夢だ。……っと、そろそろ戻るか。あまり遅くなるとまた若宮がうるさそうだ」

「この時点で、戻るのがちょっと怖いかも」


 それで話は終わった。


 わたしたちは二人、別々の部屋に向かう。


 その途中、ふと、九十九の肩を見た。


 わたしとは違う肩。

 兄である雄也先輩ほどじゃなくても、そこそこ広い背中だ。


 さっきまで横にいて普通に話せていた男の子は、少しでも離れてしまうといつもと雰囲気も全く違って……、「男の子」ではなく「男性」に見えてしまう。


 わたしは今まで異性とまったく縁がなかった。


 話すことができる男友達がいなかったわけではないけれど、ここまで近くでマジマジと見ることができる異性はいなかった。


 父親がいないせいもあったんだと思う。

 つまりは異性慣れをしてないってことで……。


 だから、そのせいだ。


 今、顔が紅いのは。

 今、耳まで熱くなっているのは。


 それ以外の理由であるはずがないのだ。


*****


「あいつは……、本当に忘れているのか?」


 先程の会話で、オレは一つの疑問を抱いた。


 部屋に戻る前、高田の姿が見えなくなるのを確認した後、ちょっと立ち止まって考えてみる。


「単に可能性として挙げたのか、本当に夢を見たのか……、思い出しかけているのか微妙なところだな」


 彼女の言った言葉、「もう一つの名」。

 それは、恐らく魔界での名前のことだ。


 魔界で生まれた以上、魔界での名前が存在する可能性はあるのだ。


 それに気付いただけだろうか?


 思い出しかけているとしたら、それは封印の綻びを指し示す。


 それはそれで問題だ。

 記憶が戻らないままの自覚のない状態で魔力が解放されることもある。


 ただでさえ、一度暴走状態を目の当たりにしているのだ。

 あれを防御することはできても、止めきれる自信は今の自分にはない。


 もし、夢で見たというのが本当なら……。


「『過去視(かこし)」の可能性があるな……。オレと真逆か」


 魔界人は自分の意思とは無関係に過去や未来の夢を視てしまうことがある。

 特徴は現実と間違えそうなほどにリアルな夢。


 五感だけではなく、魔力を感じる第六感まで働くため、起きるまで夢かどうか分からないこともあるらしい。


 オレは「未来(みらい)()」と呼ばれる方だ。

 人間界の耳慣れた言葉では予知夢や正夢といえば分かるか。


 その時点で起こりうる可能性の高い事態を夢に視る。


 ただ、厄介なのは自分だけでなく見も知らぬ他人の未来であったりするので、あまり嬉しいことではない。


 さらに困ったことは、それが起こるまでは、それが本当に未来なのかも確かめようがないところだろう。


 そうなるとただの夢と大差はない。


 それに対して「過去視」は実際にあったことを夢に視るというやつだ。

 兄貴はこのタイプだったりする。


 そして、これも実際に起ったことかを確かめることが難しいらしい。


 自分の身にあったことならば覚えもあるだろうが、他人の過去とかを視てしまえば確認も難しいのだ。


 つまりは、こちらもただの夢と思い込むしか無い。


 そして、高田もハーフとはいえ、魔界人だ。

 いずれかの能力は必ず備わっているはずと思っている。


 しかし、魔力を封印された状態でそれが可能かどうかは謎だ。


 そもそも、「未来視」や「過去視」については、詳しいことが分かっていないのが現状なのである。


 それが夢か、予知か、歴史なのかを確かめる手段も手法も確立されていない以上、これは仕方がないことだといえるだろう。


 加えて、夢を視るのは寝ている間のことなので、魔力が関係しているかも分からないのだ。


「帰って兄貴に相談するか」


 ここで考えても仕方がないので、オレはそう結論付けることにした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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