【第5章― 女子中学生温泉紀行 湯煙の向こうで少女たちが見たものは一体・・・? ―】はるばる来たぞ! 温泉へ!
ここから第5章です。
尚、章タイトルから期待されても「お色気回」というものは存在しませんのでご了承くださいませ。
夢を視た。
見たこともない場所で話す小さな男の子と女の子の会話。
それがお互いに楽しそうで、すごく微笑ましく思える。
会話の内容については、聞こえていたはずなのに、はっきりとは覚えていない。
だけど、その情景がやたらとリアルだった気がするのが妙に印象的だった。
*****
「は~。まさか……、高田の彼氏が笹さんとはな~」
駅で来島が九十九の顔を見るなりそう言った。
ワカがわたしとその彼氏を同行させることは伝えたようだが、肝心の名前は告げてなかったらしい。
酷い話だ。
でも、九十九と来島はお互いに見知った存在だったので、紹介の手間がなくて済むのは助かるとも思った。
さて、ここは電車の中。
今回のメンバーは、わたしとワカ、それに九十九。来島とその妹、それに来島の友達とかいう深谷くんという少年。
来島に妹が居ることは知っていたけど、わたしは会話したことも、会ったことすらなかった。
小学校は一緒だけど、その頃、来島とは友人じゃなかったし、流石に妹連れでゲームセンターに来ることもないから、会う機会がないのが仕方ない。
でも、正直似てない兄妹だと思う。
赤髪、狐顔の兄に、黒髪、狸顔の妹。
ただ彼女はワカと面識があったようで、先ほどからちょっとした会話をしている。
なんでも昔、ワカが通っていた日本舞踊のお稽古場に一緒に通っていたらしい。
意外な繋がりがあるもんだね。
「笹さん、正直に言ってくれ。高田にどんな脅され方をしたんだ? 笹さんほどの男があの女の手に落ちるとは……」
「それが昼間から公衆の面前では話せないようなことを……」
「おおっ!? 高田も成長したもんだな~」
なんだか少し離れたところで、お互いに人聞きの悪いことを言い合っている気がする。
なんて男たちだ。
そして、近くにいる深谷くんが困っている気配がしている。
どうやら、彼はお人好し系のようだ。
来島の友人とは思えない。
彼らは座席の配置の関係で、わたしたちから少し離れた所に陣取っていた。
まあ、あまり電車にいるお客さんも少ないから、多少、広く使っても注意されることは無いだろう。
わたしは、宿泊を伴う旅行なんて去年の修学旅行以来だった。
部活の県外遠征や合宿は旅行とは少々違うので、除外してしまうと、その前のお泊りがある旅行は、小学校の修学旅行……。
あ、いかん。
暗くなってきた。
さらに、昔の旅行は親戚の法事。
そして、それ以外は母の里帰り。
つまりは、友人たちと行くような旅行は今回が初めてなのだ。
何事もないことを祈りたい、心の底から!
「電車なんて、ワカと街に行くときぐらいしか利用したことがないからなんか新鮮だね」
彼らの会話に聞き耳を立てていた所で気分が高揚するとは思えない。
寧ろ、腹が立つ気がしてきた。
仕方がないから、わたしはわたしで友人との会話を楽しもう。
九十九の方も、わたしの護衛のことは今ぐらい忘れて、年相応に楽しんでほしいとも思う。
「そうねえ。今回は街と真逆の方向だから、景色が全く違うという部分が特徴ね。望さんは、行ったことあるのよね? どんな所か教えてもらえる?」
ワカがそう言うと、来島の妹、望さんはその可愛い顔を分かりやすく歪める。
「もう! 若宮先輩、『さん』付けは止めてくださいってさっきから言ってるじゃないですか! 昔みたいに『望』って呼び捨てしてくださいよ」
ワカに突っかかれる辺り、気が強いようだ。
そして、驚くべきことに、どことなくあのワカが気圧されている気もする。
「い、いや、もう互いに中学生だし、私は日本舞踊もやめちゃったからそこまで親しみを込めて話すわけには……」
「嫌です! そう呼んでくれるまで返事しませんから」
「……ほう?」
あ、ワカの雰囲気が変わった。
いや、これは相手にも伝わりやすいように分かりやすく変えて見せたというべきか。
「高田先輩からもそう言ってくださいよ。親しくしてた先輩から『さん』付って距離を取られている感があって寂しいとは思いませんか?」
あれ?
ここでわたしを巻き込もうとする辺り、彼女は見た目よりかなりいい性格をしている気がした。
そして、社交的のようだ。
会って、まだ数分しか経ってないわたしにも、即座に話を振ることができるってかなり凄いと思う。
「ワカ……、当人の希望を叶えても良いんじゃない?」
わたしも九十九と再会した時に呼び方を変えるなと言われた。
さらには鳥肌が立つとまで言われた覚えもある。
だから、耳慣れない呼び名では違和感があるって状況は分からなくもない。
まあ、こればかりは当事者の問題ではあるが、なんとなくワカは本心から嫌がっているわけではなさそうなので、そう口にしてみた。
「……つまり、高田も望の味方をする気?」
「素直じゃないね、ワカ。お互いに言いやすい方が良いでしょう?」
既に呼び捨てている辺り、ワカもそうしたい気持ちはあるってことなんだろうね。
「若宮先輩……」
「だって、こっちも『先輩』呼ばわり! 前は『恵奈ちゃん』だったのよ? 私だって寂しいじゃない」
ああ、向こうも呼び方を変えていたのか。
それならワカがそう言いたくなるのも分かる。
確かによそよそしく感じるのだろう。
「いや、そこはけじめなので『若宮先輩』のままで」
「わけわからんわ!!」
きっぱりと言い切る望さん。
思わずワカにしては単純な突っ込みになっている。
「流石に年上を『ちゃん』付けで呼ぶことはできませんよ。兄や他の方の目もありますし」
ワカの憤慨に対して、困った顔で答える望さん。
……うん、普通の感覚ではそうだよね?
それにしても……、わたしの後輩に「シオちゃん先輩」と不思議な呼び方をする子がいたけど、やっぱりどこかずれていたのか……。
わたしにだけだったんだよね。
いや、あの後輩の場合は、一応、敬称でもある「先輩」という単語が付いているだけマシなのかな?
「周囲の目……、それを言われたら仕方ないか。ここは私が退いてあげましょう」
そう言って、ワカは肩を竦めた。
彼女は割と言動が無茶苦茶に見えるけど、周囲とか体面を気にする部分はある。
彼女が退いてくれたら、望さんは嬉しそうに笑った。
来島の妹とは思えないほど素直な反応で可愛らしい。
でも、一つ違いだというのに、わたしたちより背は高かった。
いや、自分やワカが平均より低いことは自覚しているけど、やっぱりどこか悔しさはあるのだ。
「それで、今、向かっているところの話でしたね。自然豊かで、空気が澄んでいるところです。自然いっぱいの周囲は、緑の木々で溢れかえり、また、これらの自然の圧倒的な存在感が……」
「うん、もう良い。分かった」
望さんの言葉をワカは遮るように返答した。
どうやら、話を聞いた限り、向かう先はとにかく自然しか無いということはよく分かる。
まあ、たまにはそんな所も良いかもしれない。
そんな風に会話をしていたら、目的地に着いたらしい。
わたしたちは、電車から降りて無人駅を通り過ぎた。
電車の中ではちらりと海が見えたのだが、ここは見渡す限り木しか見えない。見事なまでの照葉樹林。
つまりは山奥だった。
望さんが言ったように、自然がいっぱいというのに間違いはないことはよく分かる。
そして、やはり自然しかないことも。
「こんな所だから、流行らなくてな~。でも、サービスは良いぞ」
と、言って両手を広げる来島。
確かに春休みだと言うのにあまり流行っている様子はない。
ぎりぎりの予約でも宿泊できるわけだ。
でも、凄い。
圧倒されるような迫力。
一面は緑なのに、その一つ一つが微妙に違う。
駅が5つ分。
そこまで遠くに来たわけでもないのにここまで景色もその色も違うことに驚いてしまう。
すっごい非日常感に溢れた場所だった。
ワカも着くなり、目を丸くして何も話さない。
「こりゃ、すげえ……」
九十九が驚きを素直に口にする。
彼は魔界人だから、なんとなくわたしより自然に慣れていると思っていたけど、そ~ゆ~わけじゃないのかな?
いや、ほら、魔法の世界って自然あふれる冒険の世界ってイメージだったから。
そういえば、わたし、魔界について全然、知らないんだよね。
流石に、少しぐらい勉強しておかなきゃ駄目かな。
「素直に驚いてくれたなら連れてきた甲斐はあったな」
そう言って、来島は細い目をさらに細くして笑った。
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