第一章 c
「『元形部位』、一般的には『原種の跡』と言います。元々私達は皆この世界における動植物が起源です。その起源となった物達から受け継いだ体の部分が『原初の跡』です。私の場合ですと『ホーランド族』、原種は兎とされており『原種の跡』は耳とお腹から下ですね」
そう言って少しだけスカートの裾を捲りあげて足元を見せる。
「と言うことはしっぽも?」
「ええ、恥ずかしながら握りこぶしくらいの物が」
顔を赤らめながら言うその表情はどこからどう見ても普通の女の子だ。
それが下半身は兎です、なんて普通は信じられないが事実スカートの裾から見え隠れする髪の毛と同じ小麦色の毛の生えた兎の足を見ていると信じるしかない。
それはそうと、しっぽが生えているのか。
閃助も男、いや、人類として異種族の生活事情的な物は好奇心的な意味で、あくまで知的好奇心として色々気になる。
今は主に衣類的な意味で。
あまりにも資料が無さすぎる為に気になる事は山ほどある。
食生活や多種族間の関係、学問のレベルに言語体制、他にも政治的な情勢や一般市民の生活内容など。
そう考えるとやはりまずは語学の学習を優先せざる負えない事が良く分かると閃助は考えていた。
「閃助様? どうかなされましたか?」
「ああ、ごめんちょっと考え事をしてた」
そう言うと笑顔のままメロットは首から徐々に赤くなっていく。
「大丈夫? 顔赤いけど」
「ええ、問題ありませんのでお気になさらずに」
そう言いつつも長い耳で口元を隠して少しでも顔を隠そうとしていた。
閃助が不思議そうな顔をしていた所に戸を叩く音がして、外から声がかかる。
「閃助様、お食事のご用意が出来ましたのでお迎えに上がりました」
「思いのほか早かったね、行こうか」
「は、はい」
戸惑いを隠せない様子のメロットに首を傾げるも意味が解らないので問題を棚上げにして食堂へと案内されるままについていく。
広く壁には絵画や陶器などの飾れた如何にもと言わんばかりでお値段したら幾らほどの物なのかと邪推したくなる衝動に駆られる閃助。
一概に元居た世界の通貨とレートを合わせられないにしても絶句してしまう様な物だという事はひしひしと伝わってくる。
よそ見しながら歩いている内に食堂の前まで来たようで、呼びに来た使用人が部屋の戸を引く。
短く閃助はお礼を言って中に入る、その後からメロットが続いて入り部屋の隅へ。
広く天上の高い部屋、長いテーブルに多くの椅子がある、どこかで見た事あるような、と言いたくなるほどに貴族の食卓と言った感じだ。
「いやいや、思いのほか皆の仕事が早い早い、先にこちらに向かわせておくべきだった」
獅子王は笑顔で椅子に座っていた、無論一番奥の大きな椅子にだ。
「それは別に問題ないですが、部屋を見せてもらいましたけど、俺の荷物は何処ですかね」
「ああ、すまない、忘れていたよ。どう運んだものかと言う話がこっちに回ってきていたな、貴重品や壊れ物が無いとも限らぬし、何よりあの良く分からない材質の箱では簡単に傷ついてしまうので確認を取ろうと思っていたのだがすまない、忘れていた」
「良く分からない材質?」
閃助の頭の中では所詮ダンボール箱四つほどで中身も壊れる様な物は入っていないし別に足蹴にでもされなければよいとさえ思っていた。
「うむ、あの木肌の様な色の箱なのだが兵士から話を聞いて見に行った側近でも良く分からないと言っておるのでな、爪のあるものが引っ掻いてしまい少しだけ破けたとも言っておったな、そんな脆い物だと運び辛いらしく、今はまだ閃助が置いておいたところにあるのだ」
獅子王の話を聞いて閃助はようやく事の意味を理解した。
ダンボールがこの世界にはない、ならば箱そのものが貴重なのかどうかさえ解らないのだ。だったら下手に触り破けたと言っていた以上の被害を出したくないのは至極当然。
よくよく考えれば生まれた時からダンボールなんてものはあった。別段気にも留めなかったが言われてみればその通り知らない物を運べ、なんて言われても困ると言うもの。
「あれはダンボールって言うもので、中に物を詰めて運びやすくする物なんで、それ自体が傷ついても問題ないですし、中には運ぶ途中で落としても壊れる物もほとんどないですから、好きに運んで貰えば問題ないですよ、何なら俺が行きましょうか?」
「いや、そういう訳にはいかんのだ、君はこれから、私が選んだ代表者として下々の上に立つ者の姿勢という事を学んで貰わなければならない。安易に家臣や使用人に手を貸すなどと言ってはならんのだ」
真剣な眼差しの獅子王の瞳が閃助の目を見ていた、それに圧倒されて気を引き締めた途端に、獅子王は微笑を浮かべた。
「最も、私も若い頃はそういう事も多々見られたものだ、何かしら御咎めがあると言う訳でもなし、普段から気を付ける程度の事でよい」
獅子王が言い終わるタイミングで料理が運ばれて来る。
白い陶器の皿に乗せられた、しっかりと焼き込んだ厚さ7センチほどの巨大ヒレ肉の様な物が早々に登場した。
あまりにもヘビーな一品目に閃助は思わず目を疑うが、獅子王は嬉々として短刀位の長さのナイフとフォークを4本の指で器用に持ち丁寧に切り分けて大きな口に運んでいく。
「ん? どうしたのだ、もしや肉は食えんのか?」
「いや、そういう訳じゃないですけど、少し量が」
はっとしたような表情を浮かべたと思うと満足気に頷き。
「ああ、安心したまえ、追加が必要ならば用意させよう」
どうやら量が少ないから食べるのがもったいないと獅子王は勘違いしている様子だ。
「いやいや、体の大きさ的にはこれの半分ほどで他の物が食べられないくらいには量が多くて吃驚して」
「随分と小食なのだな」
意外そうな声音の獅子王に対して側近がぼそっとあなたが健啖家なだけですよ、と呟いたのが閃助には聞こえた。
咳払いをして側近が獅子王のそばにより一言。
「獅子王様、閃助様が想定されている程度の食事量が適正かと」
「龍に空を飛ぶなと言う様な物だ、諦めてくれ」
そう言いながら巨大ヒレ肉は瞬く間に獅子王の胃袋へと消えていた。