九時限目「一体化した愚物の群れを襲う鉄の巨獣と屋上での戦いについて」
バトル回後半
「何なんだよありゃあ……」
親父と共に尾原を助けて学校からの脱出を急いでいた俺(アダム・ベンソン)は、突然校舎前に姿を現したアンバランスで気持ち悪い謎の巨人を目の前に困惑するばかりだった。
「出所の怪しい薬を打ったトロールのボディビルダー……なんかではないだろうな」
「そりゃ幾らなんでもトロールに失礼だろ」
「私もそう思います」
「うん、だろうね。だから私も『なんかではないだろうな』と付け加えたんだよ。ところで尾原さん」
「はい、何でしょう」
「さっき君は倅と私を救うべく賀集を誘惑しつつああしてやっつけてくれたわけだが……もしかしてあれ、狙ってやったのかい?」
「あ、それ俺も気になってたんだよ」
まさかアレ目当てでわざと賀集に捕まったわけじゃねぇにしろ、若い女が好きでもねぇ野郎にあんな卑猥な台詞言うなんて並大抵の沙汰じゃねぇ。
「んー……狙ったと言えなくもない、ですね。ただ勿論、あれ目当てにわざと捕まったわけじゃありませんよ?
逃げてたらいつの間にか気絶しちゃって、気付いたらあんな事に……それでも何とかしなきゃいけない、その一心で――要するに即興ですね」
「即興であそこまでやるか普通?」
「普通じゃないからあそこまでやれたんだと思うよ。私が普通じゃないのはベンソン君もよく知ってるでしょ?」
確かにそうだ。普通の奴は昔助けられた恩があるからって赤の他人にあそこまで世話は焼かねえし、そもそも俺みたいなのには見た目でビビって近付きもしねぇだろう。
「然し尚信じ難いのはあの時賀集に噛み付いた小さなワニのような生き物だよ。尾原さん、あれは一体何者なんだね?」
「はい、清木場先生から貰ったお守りです。普段は金属でできたキーホルダーなんですけど、ピンチにはああして姿を変えて私を守ってくれる生きたお守りなんです。訓練すればある程度は命令にも従ってくれますし」
そう言って尾原が見せたのは小さな金属板に浮き彫りのワニがデザインされた小さなキーホルダーだった。
「これがああなんのかよ、信じられねぇ」
「然しそうなると、私達を助けてくれたカニや虫のロボットも彼の……?」
「ああ、そっちは常木先生のらしいです。詳しくは聞いてませんけど何かあれもロボットみたいな見た目で実は生きてるらしくて」
「何者なんだあの二人組は……」
「俺が知りてぇよ……」
「私だって知りたい」
まあ、そうだろうな……なんて具合に俺達のやり取りが一段落した、その時だった。
「ぬぉわーっはははーっ!」
不細工巨人の笑い声が響き渡った。
「ぬぉわーっはははーっ! ひれ伏しやがれボケどもがぁ!」
この俺、古居宇太郎は今までに感じたことのねえ感動を味わっていた。
何せ自分以外の全部が小さくなってんだ、生まれてこの方チビ呼ばわりが常だった俺にとっては何より感動的な出来事だ。
(感謝しといてやらなくもねぇぜ、稀秘。俺にこの『超絶大合体』の力をくれた事によぉー)
そう、俺がここまでデカくなれたのは稀秘が俺にくれた『超絶大合体』っつう切り札級の能力を使ったからだ。これは仲間同士で合体して無限にデカくなるってシンプルかつ最強の能力で、今はこの程度のデカさだが理屈の上じゃ太陽を指先に乗っけることだってできんだぜぇ。
(さて、そんじゃあこのクソッタレの学校を適当にぶっ壊してやるとすっかな)
俺が校舎を叩き壊してやろうと腕を振り上げた――その時。
「うぉりゃあああ――あ、ああ!? な、なんだぁ!?」
振り上げた腕が、突然後ろに引っ張られる。見てみりゃどういうわけか、俺の腕には縫い糸みてーなもんが幾つも巻き付いていた。
引きちぎろうとしたが、びくともしねえ。『この糸は一体何なんだ?』そう思った俺がピンと張られた糸を辿ってみると……
「な、何だこいつぁ!?」
そこにはわりとマジでわけのわかんねぇ奴が居やがった。
「な、何なんだあいつは……」
俺こと超絶賀集帝国の帝王・賀集敦は、超絶大合体で巨人に姿を変えた古居達の背後に突然現れた全くわけのわからねえ奴を目の当たりにした所為もあって頭がこんがらがっていた。
そいつの見た感じを一言で言えば、機械でできた蛇かウナギ……いや、ありゃウジ虫やミミズって方が正しいかもしれん。とにかくそんな感じの細長い筒型の化け物だ。
ただ、ウジ虫やミミズの癖にはシンプルだが妙に凝ったデザインで、鎌首もたげた頭と思しき所には緑色のライトだかレンズだか、とにかく目玉らしきもんがある。そいつが口元(?)から細長い糸を出して、古居の腕を縛っちゃ引っ張ってやがる。
「出たか、ヘルズスパイラル……」
そう言ったのは、いつの間にか俺以外で屋上に残っていた超絶賀集帝国のメンバーを殺し尽くしていたヤクザ気取りのトカゲ野郎だった。
「ヘルズスパイラル!? 」
「そうだ。さっきまでそこに居た彼女が盟友と呼ぶ機械生命体群で最大級、こと直接的な戦闘能力にかけてはトップクラスの性能を誇る。通称はラッキー君」
「ラッキー君!? あの化け物がラッキー君だと!? あの女どういうネーミングセンスしてんだコラァ!?
つーか通称って何だよ普通にヘルズスパイラルって呼びゃいいんじゃねーのかテメェ!?」
俺は思わず大声を出さずにはいられなかった。だが――
「そんなもん私が知りてぇわ」
トカゲ野郎の言い分はもっともだった。
「ま、まあいい……どうせあの女はメカミミズごと古居が始末するんだ。なら俺はここでテメェをぶっ殺してやるぜ!」
「ふん、だったらお手並み拝見と行こうかい……帝王サマよぉー」
格好通りのナメた野郎だ。吠え面かかせてやる。
「案外踏ん張るな……バカにしては大したものだ」
僕(常木譲)は盟友ヘルズスパイラルことラッキー君の頭部に備わるコックピット内に居た。
機動兵器的側面のあるラッキー君は単体で動かしても十分強いのだが、僕が乗り込むことでより複雑な動きが可能になるからだ(因みに操縦は主にノートパソコンを接続しマウスやキーボートで行う)。
「まあ大したものとは言ってもあくまでバカにしては、だ。早いところ格の違いを見せてやるとしよう」
僕は踏ん張る巨人を軽く引き倒した。勿論、建造物には被害が出ないようにね。すると案の定巨人は間抜けな声を上げながら倒れ込む。
「ぬっぐぐぐぐ……」
「おや、起き上がるつもりかい? いい心掛けだ、適切だな……然し無駄なんだよ」
僕はすかさずアルファベットと数字で構成された解放コードを入力する。
その名の通りラッキー君に秘められた様々な力を解放するこのコードには幾つか種類があるが、今回入力したのは――
「武装解放コード・誘導弾、入力」
コードが読み込まれるのと同時にラッキー君の腹の一部がスライドして開き中から縦長の多段ミサイル発射機が顔を出す。
「発射」
掛け声を合図に発射されたミサイルは残らず巨人に炸裂し不恰好な巨体を破壊していく。
「ぐぎょわばびぎごべびぃぃぃぃぃ!?」
巨人の悲鳴は文字にし辛い程痛々しく効果は抜群と見えた。
さて、これで死んでくれたら御の字なんだが……
「そういう時に限って生きてたりするからなぁ」
なんてことを言っていると、
「うううぬううおおおおおおおお! 嘗めた真似してんじゃねえぞゴルァアアアア!」
ああ、やっぱり生きてたよ。
「しかも傷口が再生してるようだな……普通の武器では弾薬やエネルギーが無駄になるばかりか。となればあれの出番かな」
「おっと、戦う前に幾つか教えといてやるぜトカゲ野郎!」
さあ戦うかという流れになって、賀集はいきなりそんなことを言い出した。私は黙り込み、一応聞くそぶりを見せる。
「この俺、賀集敦率いる超絶賀集帝国のメンバーは全員、そこらの凡人じゃ逆立ちしても手に入らねえ特別な力を持っている!
さっきの戦いを見るにテメェもそういう力の持ち主のようだが、そんな安っぽくてチンケでショボいガキの手品とは次元の違う代物をな!」
「ほう」
「どんな力かってのを簡単に言やあ、それはつまり魔人! 常識なんてものを軽々超えていく魔人の力だ!」
「魔人、ねえ……どんなことができる?」
「どんなことができるかだとぉ? バカな質問してんじゃねーぜ! 俺は魔人だぞ!? どんなことだってできるんだよ! できることを挙げるよりゃあ、できねーことを挙げる方が却って時間がかかっちまう! それが魔人の力なんだ!」
賀集は俺に返答する間も与えず説明し続ける。
「腕っ節の強さや体の頑丈さは当然十倍以上に膨れ上がった!
真っ暗闇でも真昼みてーにものが見える!
耳や鼻だってどんな獣よりよく利くし、その気になりゃあ炎も氷も風も雷も出せる!
手で触れずにものを動かすことだって簡単だ! 身体を変化させるのだってほぉれ、この通り!」
そう言って賀集は背中に蝙蝠のような翼を生やしてみせた。ハッキリ言って似合ってねぇというか、如何にも強引に取って付けましたって感じがする。
「例えばこの翼! こいつがありゃあ空だって余裕で飛べる! この体一つでどんな所にだって行けるしどんな奴とも戦えるんだ! そうなりゃ俺達オーガはまさに無敵の種族になれるんだ!
何せ『完璧で非の打ち所がない種族。その弱点は精々空を飛べないことぐらいだ』なんてしょっちゅう言われてたぐれぇだしよぉーっ!」
何だそれ、聞いたことねえぞ。つーかオーガの弱点って普通に色々とあるし、『空を飛べないこと以外に目立った弱点がなくほぼ完璧で非の打ち所がない種族』なんかじゃ絶対にねぇだろ。ましてそれが翼を得た程度で無敵になんぞなるわけがねぇ。
「なあトカゲ野郎、話を聞いてるだけで震えが止まんねぇくれー怖えだろぉ!? 俺って超恐ろしいよなぁ?」
こいつ、調子に乗りきってやがるな。その変な自信がどっから湧いてくるんだか私にゃまるでわからねぇ。ここは……
「ああ、全くもってその通りだな。私も今になってお前の恐ろしさに気が付いたよ……」
「おお! そうだろうそうだろう!? ハハハ、もっと言え! もっと恐れろや!」
「はあー、怖え怖え。
そうやって明確な根拠も確証もねえ嘘っぱちのガセ情報でそこまで他人を威圧した気になってられるお前の絶望的なまでのバカっぷりが……本当にもう怖くてしょうがねぇよ、ひひひひひ……」
言った瞬間、それまで調子に乗りきっていた賀集の表情が一瞬にして怒りに歪む。
「な、ん、だと……てめぇ……!? 今なんつったぁ!? もう一ペン言ってみやがれぇ!」
お、こりゃ予想以上に食いつきがいいな。マジで恐ろしいほど絶望的なバカだぜこいつ。
「何だよ、聞こえなかったのか? なら何度でも言ってやる……お前は絶望的なバカだ。
オーガなんぞが非の打ちどころもないほどに完璧な種族だなどという、クソのような大嘘を疑いもせず信じ込み、あまつさえそれで他人を威圧できるなどと考えてやがるただの大バカだ」
「~っっっ! てンめぇぇぇー、図体ばかりデカくして角つきの鬘被った程度で強くなった気でいやがる腐れトカゲ如きが偉そうに!」
「そっちこそクソみてえな面でいちいちギャアスカ騒いでんじゃねぇや、一々鬱陶しいんだよ。
ったく、バイクの免許も取れなさそうな腐れ脳味噌がぁ~」
運転免許云々は正直想像で言っただけだった。だが――
「んがああああああああああ! てめえ、決して言ってはならねえ事をよくも言ってくれたなぁぁぁ!?」
どうやら図星だったらしい。これまでにないほど怒り狂った賀集は、自棄を起こしたのか如何にも無駄に金のかかってそうな衣類を引き裂き、私を殴り殺そうと半裸で向かってくる。
「ふん、図星かよ。まあお前じゃあ確かに運転免許は無理だろうなぁ。頭云々以前に、ルールに従うって事をしようとしねえんだからなぁー」
「言いてえこたあそれだけかああああああああああ! 死ねやあああああああ!」
賀集の勢いは凄まじく、分厚い鉄筋コンクリートでできた屋上の床に目で見えるほどの亀裂が走るほどだった。だが私は動じない。ただじっと、力を込めて待つ。
「うぉるああああああああ!」
「――ぅおらぁっ!」
力を込めた右拳を、ギリギリまで近付いてきた賀集の顔面へ全力で叩き込む。鼻の折れた感触が伝わってくる。
「ぐぶべぁっ!?」
吹き飛ばした賀集の巨体(とは言っても私より小柄ではあるが)は、ひび割れた屋上に叩きつけられそれっきり動かなくなった。
殺したわけじゃねぇ、ただ意識を失わせただけだ(もし殺すつもりならもっと容赦のない方法を取っていた)。というのも――
「本当は殺してやりてえ所だ。あそこで巨大化して常木先生のラッキー君とやり合ってる奴らも、こうして屋上で私達に殺された奴らも、本を正しゃあお前に誑かされた所為でこんな目に遭ったんだからな。
お前は間接的に大勢を苦しめ、殺したんだ――別にわざわざ生かすほどの連中だとは微塵も思わねえが、わざわざ殺すほどの奴らでもねえのにだ。
本来ならここでぶっ殺すのが筋だとは、私自身が一番思ってんだよ。殺して構わねーって、上司や地方自治体からも言われてるしな。だがお前はここで殺さねえ。何故か? 別に殺すのが怖えとか、更生させてやろうとか、そういう純粋で高潔な想いからじゃあ断じてねえ。
お前らが普通のテロリストじゃねえからだ。生け捕りにして然るべき所に差し出して、知ってること洗いざらい吐露って貰わなきゃならねぇのよ。今後、同じような犯罪者が出ねえとも限らんからなぁー」
未だ気絶したままの賀集を縄で縛り校長や理事長にその旨を報告した私は、そそくさと屋上を後にした。
「さあ、始末をつけてやろうじゃないか」
ラッキー君を駆る僕(常木譲)は、姿勢を整えつつある醜い巨人の身体へと巻き付き、全身の振動から最も太い動脈の位置を探る。
「一番太いのはここか……よし」
血管を見つけた僕は、そこに尾の狙いを定めコードを入力する。
「武装開放コード・注入器、入力」
尾の先端部から飛び出た針状の注入器を、太い動脈に突き刺す。
「ふんぎゃあああああああ!」
「おやおや、再生能力を持っているとはいえやはり痛覚は正常に機能しているのだね……まあ、どうだろうとお前は恐らく死ぬわけだが」
再生能力を持つらしい巨人に対抗すべく僕が考えたのは、注入器による毒殺だった。とはいっても一般的に知られている毒素や劇薬で毒殺するわけじゃない。僕が使うのはもっと有り触れた猛毒――有り触れ過ぎていて、世間一般では毒とさえ認識されていないような代物――だ。
その猛毒とは――
「武装開放コード、追加入力・エタノール――注入!」
コード入力を決定するエンターキーが押された瞬間、巨人の体内に純度100%のエタノールが流し込まれる。文字にするのが面倒な、狂ったような叫びを上げる巨人。
純度100%のエタノールは肝臓をすぐさま突破したようで、同時に理性も破壊したらしく意味不明な言葉を口走り始める。
やがて運動機能が低下したのか千鳥足でふらつき始め(周囲への被害を出さないようその場に留めるのにわりと苦労した)、暫くするとそのまま校庭に倒れ込み動かなくなった。
「ふむ、アルコールが脳幹に到達したか。記憶も吹き飛んでいるだろうな……」
倒れ込んだ巨人からするりと抜け出たラッキー君(を駆る僕)は、若干無責任な気もしたが仕方がないのでそのままその場を後にした。
これは後で分かったことだが、この時の醜い巨人というのは賀集の取り巻き達が大勢合体したものだったらしく、毒殺から程なくして彼らの合体は強制解除に至ったらしい。
また合体していた面々はそのほぼ全員が完全に死んでいたらしいが、ただ一人賀集の右腕として知られる古居宇太郎という男だけは奇跡的に生き残っていたようで、清木場君が身柄を確保していた賀集共々警察に逮捕されることとなった。
詳しいことは未だ捜査中だというが、少年法が廃された時代である以上終身刑はなくとも半世紀以上の懲役は免れないだろうと言われている。
ともあれ賀集敦率いる『超絶賀集帝国』絡みの一連の事件は一先ず幕を閉じた。
次回、早くも新たなる事件が動き出す