十時限目「再び動き出す邪悪なる気配と価値のない女生徒の栄光について」
新章突入!
「して、用件とはやはり……先の学校占拠事件についてなのでしょう?」
美しき私、稀秘こと烏丸先覚はマスターVに呼び出されるまま夢幻魔天衆専用の階段室を訪れていた。
「うむ。まあ、その、何だ……君はよくやってくれた」
「お世辞は止して下さいませんか、マスター。予想だにせぬ邪魔者の介入を許し、賀集一味は首領格の二名を残し全員が死亡、残った二名も今や獄中……お客様方も相当お怒りのことでしょう……」
よもや初仕事であのような失敗をしてしまおうとは、全く美しくない。
それも同じ職場の同業者に邪魔されたのだから目も当てられん。
きっと叱り飛ばされることだろう。或いは失望したと蔑まれ、何らかの厳罰を下されるかもしれん……私の心は不安に支配されていたのだが――
「おいおい、何を言っているんだ? お怒りだなんてとんでもない、お客様は皆大喜びだよ。『多くの人間が恐怖に震え上がり動けなくなる様は最高だった』『あれだけ調子に乗っていた癖にバカ丸出しで死んでいく悪党どもには笑わせて貰った』『言われるまま待っていた甲斐があった』『あれこそまさに最高のエンターテイメントだ』とね」
「え……?」
まるで予想外の言葉に、私は唖然としてしまった。まさかあれで喜ばれるなどとは考えてもいなかったからだ。
然しなんて無節操な連中だ、苦しんだり死ぬのは誰でもいいのか? ……まあいい、実に不本意ではあるがショーが成功したと見なされただけ良しとしよう。
「そう、でしたか……ご満足頂けたようで何よりですと、そうお伝え下さい」
「ああ、伝えておこう。個人的にはこのまま次も君に出て欲しいと思うのだが、それは規則に反するのでね」
「構いませんよ。して、次は誰です?」
「次かね? 次は阿修羅君だよ。九頭竜阿修羅君」
「ああ、彼ですか」
その名を聞いて、私は確信した。
――次の主役は地獄を見ることになるだろう。
「本日も平穏也……実にいい日だ」
昼下がりの社会科準備室。陽の当たるソファに寝転んだ僕は、ふと思い返す。
「もうすぐ週末だ……何だか早く感じるなぁ」
あの事件から一週間が過ぎ、捏海学園付属高等学校はいつも通りの風景を取り戻しつつあった。
逮捕された賀集と古居には死刑判決が下り、ゲーリー氏と和解し尾原君と恋仲になったベンソン君はぎこちなくも明るく振る舞いながら普通の高校生らしい生活を楽しんでいるし、超絶賀集帝国のメンバーによって荒らされた校舎やグラウンドも修復が進みつつつあるという。
事件を収束させた僕と清木場君はそれなりに有名人になってしまったが、それも想定の範囲内だ。あるがまま受け入れていく覚悟はできている。
「いい……実にいいなあ、こういう日々は……今日は授業もないし、このまま暫く寝ていようか……」
なんてことを思った僕だったが、そのまま寝過ごして社会科準備室に閉じ込められても嫌なのでちゃんと授業の準備を済ませて夕方には家へ帰ることにした。
「っざけんなぁ!」
職員室で資料を纏めていた私――清木場創太郎の耳に、若い男の怒鳴り声が飛び込んできた。
見てみればなるほど、見知った二人が喧嘩をしているらしい。
(見過ごせねぇやなぁ、止めに入りますかい……)
「一体何事ですか」
「おぉ、清木場先生……すんませんね、烏丸先生が筋の通らねー事を言うもんでつい声張り上げちまって……」
気だるげながらも怒気を孕んだ声で主張するのは、頭足類型の類人生物種・スキュラの青年、夜伝定信君。捏海学園大学教育学部から付属高校にやってきた、数学教師を志す若き教育実習生だ。
「何が『筋の通らない事』か。人聞きの悪い事を言うんじゃないよ夜伝君……私はただ正論を言ったまでだ」
至って冷静に言い返すのは、頭に角を生やしたカラス型類人生物種・フィンドレイヴンの烏丸先覚先生。美形のナルシストで、物事の価値を美しいか美しくないかで判断したがる化学教師だ。
「……すみません、もう少し詳しくお話しを伺っても?」
聞くに二人が喧嘩に至ったそもそもの原因とは、私も知っているある女生徒にあった。
その女生徒の名は風花千里。この春入学したばかりの一年生で、体格・人格共に高校生とは思えない程幼く総合的な知能指数も低ければ授業態度もすこぶる悪い。その為不良生徒からはバカにされ、まともな生徒の大半からも軽蔑されている。外見は可愛らしいため一部生徒からは人気があるというが、真偽は定かでない。
当然教員達からの評判も良いとは言えず、入学から三か月と経っていないにもかかわらず退学にすべきとの声も耳にする。
では私はどうかと言えば『その流れに賛同はしないがこいつを擁護する気もない』というのが答えになり、常木先生に至っては(大抵の不良生徒に対し寛容なために奇妙な友好関係を築いており、更にその内の幾人かを更生させた実績があるにもかかわらず)『並の不良生徒と違い内面的にさしたる面白みもないためどうでもいい』と思っているという。
賀集一味の在籍・存命中は誰もがそちらの方に集中しきっていた為放置されていたのだが、先の事件を受けて一味が壊滅してからは一変『常に手頃な敵を見繕い攻撃していなければ気が済まない』という人間の心理を反映するかのように多くの生徒・教員より様々な形での攻撃を受け続けている(然し先程も言った通りこいつは絶望的なまでのバカである為その現状に気付いておらず、気付いたとしても無駄に図太い神経で開き直って無視し続けている)。
さて、そんな風花だが、そこまで批判が殺到しているのなら何故退学にならないのか? それはこいつがただ一つのある一点に於いてのみこの世に唯一無二の特別な存在だからに他ならない。
というのもこいつは背に何らかの翼を持ち空を飛ぶことができる以外は在来地球人類と何ら変わりのない姿をした『有翼人』という種族なのだが、何故か通常鳥や蝙蝠、或いは昆虫のそれに似ているはずの翼が『結晶のような細長い菱形の板三対』であるという特徴があるのだ。更にその飛行能力は通常の有翼人と比べものにならないほど高く、滞空もできるという。
この事に目を付けた捏海学園大学の教授達は奇跡のような存在であるこいつを研究材料として確保しようと策を弄し、金と権力に物を言わせ孤児だったこいつを半ば強引に引き取り、形式上だけの生徒として付属高校に在籍させつつ研究材料として利用している。
そんなわけで退学にしようにも、学園側から圧力がかかってしまうというわけだ(そして今読者諸君は『何で一教師のお前がそんなこと知ってんだ』って聞きたそうな顔してると思うが、常木先生が面白半分で盟友使って調べたのを教えてもらったんだと思ってくれりゃいい)。
そんな捏海随一の嫌われ者たる風花を、何と擁護している奴がいる。教育実習生の夜伝定信君だ。
元不良ながら教師に救われ自身も『落ちこぼれを助けてやれる教師』を目指しているという彼は、事情をよく知らない為か風花にかつての自分の姿を重ねているらしく、何とか奴を更生させんと奮闘しているらしかった。
そしてそれが風花を『外見の美しさに見合った生き方をしようともしないクズ』と見做し忌み嫌う烏丸先生の怒りに触れたらしく、二人は喧嘩を始めてしまったという。
「いい加減気付き給えよ夜伝君、奴に生きている価値など無い。まして君のような優秀な教師となりうる男が関わるべき相手ではない」
「ふざけねーで下さい、烏丸先生。生きる価値のねえ人間なんぞ居るわけがねぇ。
もし居たとすりゃ、そいつに生きる意味を与えてやるのが教師ってもんでしょうが」
「情に流されるんじゃないよ。教師とは理想と正義感だけで務まる仕事ではないのだよ」
「……現実を見ろってんですか? なら『誰からも見放された生徒がいる』って現実を見ますよ」
「ふん、勝手にし給え。どうせ無駄骨であることは明確だ。後で悔いても知らんよ私は」
「構いませんよ。やらねえで悔いるよりゃやって悔いる方がマシってもんです。そんじゃ俺、これから授業の打ち合わせあるんで……」
そう言って夜伝君は職員室を出て行ってしまった。
「ほーんと、もう何なのかしらあのキョーイクジッシューセーとかいう奴! このあたいにセッキョーとかわけわかんないわ!」
「まあまあ落ち着いて下さいよ千里お嬢様。はい、お待たせしましたプリンパフェですよ」
その日の夜。僕こと、捏海学園大学付属高等学校特別学生寮職員の西大洋は食卓で不機嫌そうに愚痴をこぼす千里お嬢様にプリンパフェをお出ししていた。
何でも帰り際、教育実習生の男から教室に呼び出され説教をされたというのでご機嫌斜めらしいのだ。
「ありがと、タイヨー。あんたはほんといいヤツよね。優しいし、私の身の回りの世話は何でもやってくれるし」
「まあ、それが仕事ですからねぇ。それに、僕にできることなんてこれくらいしかありませんから。
お嬢様が喜んで頂けるならそれが僕の幸せってもんですよ」
美味しそうにプリンパフェを頬張る千里お嬢様。多分僕の話なんて聞いちゃいないだろうが、まあ所詮そんなもんだろうと思ってしまえばどうってことはない。
「いい心がけよタイヨー。そういうソンケンなタイドはあいつらにも見習ってほしいわ」
それを言うなら謙遜だとは誰もが思うだろう。だが僕はその程度のこと気にしない。
「あいつらっていうと……学校の?」
「ええ、そーよ。あのナマイキでウザったいバカなヤツら! あたいがどれだけコーカな人間かも知らないでバカにしたり変な目で見てきたり、ホントなんなのよって感じ!」
「はぁー、そうですかぁ。そりゃそりゃ確かに鬱陶しい連中ですなぁ。お嬢様の価値を理解してねぇなんて」
「ええ、マンシにチするって奴よ!」
(それを言うならバンシにアタイする、だろう……)
パフェのクリームで口回りを白く汚した千里お嬢様は、腹立たしげにスマートフォンを機動する。見ているのは大方SNSのツギッタかビンスタラムだろう。どちらにも本名かつプリクラ写真のアイコンで登録しておられる千里お嬢様は、ご自身の写真をネット上にアップロードすることにハマっておられるのだ。
「……!」
ふと、パフェを食べながらスマートフォンを弄っていた千里お嬢様の手が止まる。
「どうしました?」
「タイヨー……すごいことになったわ。ちょっとこれ見てみなさい」
言われるまま手渡されたスマートフォンの画面を見る。
「これは……ツギッタのメッセージ通知画面ですか――!?」
瞬間、僕は一瞬目を疑った。
それがメッセージ通知画面である以上、書かれているのは当然お嬢様へのメッセージだ。なので基本的にそこまで大したことは書いてない。具体的に言えばその八割は無意味であり、二割は広告だ。
だがその中で最新のメッセージ一件だけは違っていた。
「これは……もしや……」
「フフン、すごいでしょ?」
それは大手芸能事務所の関係者によって書かれたスカウトメッセ―ジだった。
文面には『千里お嬢様の写真をネット上で見掛け、アイドルとして活躍できると確信した』といったような事が書いてある。普通なら如何にも怪しい話だと一蹴している所だ。よくある詐欺かイタズラで、お嬢様レベルでもなければ真に受けるわけがないと考え真面目に相手をしなかっただろう。
(だけどこのメッセージは何なんだ……そこいらのイタズラ者や詐欺師が適当に拵えたものとは何かが決定的に違う……!
上手く説明できないが、信じずにはいられない、信じることが当然なのだと思ってしまいそうになる……)
そんな不思議な説得力の源である何かが、このメッセージには確かに込められているような気がした。
ともあれ僕がスマートフォンをお嬢様に返すと、彼女は即座にメッセージへの返信を済ませ、そのまま近日中に会う約束まで取り付けてしまっていた。
そしてその日以後もトントン拍子に話は進み、学校関係者までも巻き込んで千里お嬢様アイドルデビューの話は信じられない程順調に進んでいった。
「アイドルデビューした暁にはあたいを今までバカにしてきたヤツらをヒマザヅかせてやるわっ! あーっはっはっはっは!」
(あの千里お嬢様がアイドルデビュー、ねぇ……正直信じられないけど、まあ彼女自身や学校関係者は幸せそうだし、身を任せていればいいだろう。
彼女に何があったって、僕自身が無事である限り僕はそれを受け流す覚悟ができている……)
それはこの仕事を始めてから一切揺らいだことのない僕の信条だった。僕自身、この仕事は自分が楽に大金を稼ぐ為にやっているのであって、決して彼女や学校の為にやっているわけではない。風花千里をお嬢様と呼ぶのだって、一種の冗談と言うか皮肉に近いもので、あんなクズに心からの敬意なんてこれっぽっちもありゃしないのだ。
(そうさ。すべては他人事……この西大洋にとってこんな奴はただの金儲けの道具に過ぎないんだ……)
でもこの後、他人事にしたって驚かざるを得ないような予想外の事態が待ち受けていることを、僕はまだ知る由もなかったのである。
次回、いきなり不自然すぎるアイドルデビューを果たした風花千里に起きた衝撃の変化とは!?




