最終授業「全ての終焉と新たなる始まりについて」
あの問題作がついに完結!
『続いてのニュースです。
児童虐待の疑いで逮捕された名嘉村幸泰容疑者の初公判が昨日沖縄地裁にて行われ――』
夜明け前、薄暗い部屋の中で僕は目を覚ました。
つけた覚えのないテレビからは、ニュースキャスターの無機質な声が流れ出る。
どうやらつけっぱなしで寝てしまったようだった。
「……ダメだな。失業してからいつもこれだ」
むくり。起き上がった所で、全裸だと気付く。
いよいよ本格的に堕落し始めているらしい。
「……やはり人間、働いていないとダメだな。
たった半年と油断していたが、存在意義を失うと根本的に魂が劣化するらしい」
裸体に軽くシャツを羽織る。
品のある行動ではないが、まあいいだろ……
「……いや、良くないか」
ふと鏡を見て我に帰る。思いの外色々と隠せていない。
せめて下くらいは何か履いておこう。
そんなこんなで短パンを穿き、僕は階段を下っていく。
腹が減った。明らかに早いが朝食にしよう。
「よし、こんなものだろう」
丁度良く冷飯と卵があったので、刻みネギと鶏挽き肉を加えて簡単な炒飯を作る。
具を多めに入れたからか、出汁の芳香が食欲をそそる。
「頂きます」
自宅に一人なんだから礼儀作法なんてどうでもいいとは思うが、やってはいけない理由もあるまい。
炒飯を食べながら、ふと過去の出来事に思いを馳せる。
もうかれこれ三年ほど前になるだろうか。
当時まだ高校教師だった僕らは、捏海学園大学付属高等学校で地理や歴史を教えながら、
職場に現れる悪党どもを撃退する生活を送っていた。
(思えば色々な奴等と戦ったっけな。
不良生徒の集団に、謎の怪人や魔術師、果ては巨大な怪獣や界隈で名の知れた賊の一団まで……)
やたらと個性豊かで、それぞれの目的を掲げていた悪党たち。
一見纏まりがないように見えた奴らの背後には、ある集団の影があった。
夢幻魔天衆。
件の捏海を拠点に暗躍していたこの集団は、なんと同校の関係者で構成されていた。
筆頭を勤めるのは当時教頭だったキース・ヴァッシーレ。
その下には職員や生徒、教育実習生といった面子からなる部下が十一名ほど。
間接的に数多の怪事件を引き起こしたこの集団は、ただ『人々を苦しめる』という目的の為だけに動いていた。
(いや、それは語弊があるな……。
奴らはただ闇雲に人間を苦しめてたわけじゃない。
引き起こされた事件は全てが娯楽だったんだ)
夢幻魔天衆はある客に雇われていた。
その客とは、他人が苦しんで破滅する様子を安全圏から眺めることを何より好む性根の腐りきった連中だった。
夢幻魔天衆はそいつらを満足させるべく、裏で日々働いていたわけだ。
夢幻魔天衆は手強い相手だった。
挙動が読めず、思いがけない策略に翻弄されることもあった。
連中を相手取る度、僕らはあくまで長生きし過ぎただけの民間人に過ぎないと実感させられた。
(正直、僕らだけでは勝ち目なんて無かっただろう。
だが幸いなことに、僕らには大勢の味方が居てくれた)
協力者は多かったが、中でも印象的なのは金田だろう。
突如託されたパロディドライバーというツールに宿っていた彼女は、創太郎君に次いで大切な僕の相方だった。
僕と彼女は共に数多の戦場を駆け抜け、数多くの強敵を退けていった。
(そして月日は巡り、夢幻魔天衆と戦い始めて一年半が過ぎた)
目まぐるしく起こる事件を解決し続け、やがて僕らは夢幻魔天衆の面々と直に渡り合うようになっていた。
その時点で夢幻魔天衆からは死者もや脱退者が複数出ており、既に追い詰められていたのかもしれない。
だがそれでも集団を仕切っていたキース・ヴァッシーレは野望のために足掻き続けた。
然しやがて彼は戦いに疲れ、己の悪行を悔い邪悪な"客"らを滅ぼし尽くすべく自らの命を擲ち死んでいった。
そうして、全てが終わった。
などと安堵したのも束の間、ヴァッシーレに心酔していた構成員の女生徒が発狂してしまう。
狂気に駆られた彼女は捏海学園大学に隠されていた秘術を解き放ち、この世の何ともつかない魔物と化す。
それは七日七晩暴虐の限りを尽くし、惑星そのものを滅ぼすと言われる禁断の存在だった。
(ま、幸いにもその女生徒と術の相性が最悪だったので、
全力を出しきっても二日で都道府県四が限界な程度の力しかなかったらしいが……)
そうは言っても有害なことに変わりはなかったので、件の魔物は僕らが責任を持って始末したわけだが、
戦いの余波で捏海学園大学と付属高等学校は跡形もなく崩壊してしまった。
(不味いことをしたと後悔したが、最早後の祭り……。
無辜の学生や職員たちが全員無事だったのがせめてもの救いだったが、校舎学舎と共に捏海の学校としての法人格も消滅……。
学生や職員は政府の特別措置で他の教育機関に移っていった)
それは僕らも例外ではなかった筈だが、今回は事情が違った。
今までは派手に暴れても捏海が各方面に無理のない範囲内で圧力をかけてくれていたし、
そうでなくても捏海の名は諸方で恐れられていたのでマスメディアはおろかネット社会でも騒ぎにならず済んでいた。
だが今や捏海は法人格さえなく、まして圧力をかけることなどできはしない。
メディアは僕らについて過剰なまでに騒ぎ立て、その煽りを食らった僕らは退職と夜逃げを余儀無くされた。
(夜逃げ先は人類の侵入を阻む秘境だったが、生活は気楽なものだった。元々揃って頑丈でしぶとい方だったからだろうな。
だがそんな生活も長くは続かず、メディアの無人機に住まいを突き止められてしまう)
紛れもない危機だった。万事休すか。僕らは絶望していた。
だが、その中で諦めず可能性にすがる者が居た。
金田だった。
金田は言う。
『開発していた技を使う時が来た』
曰くその技とは、ドライバーとカートリッジをフル稼働させ全世界規模の情報改竄を行うというもの。
それを聞いた僕らは共に悪い予感がしたので技の発動を止めようとしたが、金田は強引に技を発動。
『大切に思われているのは嬉しいが、自分も二人が大切だ。
大切な二人が苦しむ姿を見るのは嫌だ。だからもうこれしか手がない。
申し訳ないがお別れだ。
今までありがとう、どうか幸せになってくれ。
さらば』
涙声で言い残し、彼女は光の粒子となって消滅した。
残されたのは、外枠だけになった、脱け殻のようなドライバーのみ。
平穏を手にした僕らは、涙を堪えて秘境の住まいを後にした。
(そうして今に至るわけだが……そろそろ定職についてもいい頃合いか)
食器を洗いながら僕は思う。
揃いも揃って働く気になれず、有り余った貯金を切り崩しながら今までやってきた。
収益を得るような活動もしてきたが、あくまで道楽のようなものだ。
安定して生きる為には再び社会人にならねば。
考え込んだその時。
「お早うございます、早いですね」
「ああ、創太郎君。まあね、目覚めたから起きただけだがね。
それを言えば君も早いじゃないか、まだ夜も明けてないぞ」
起きてきたらしい創太郎君が顔を出していた。
手元を見るに、どうやら彼も朝食をとるらしかった。
「不思議と目ぇ覚めちまったんですよ」
「……またエナドリ漬けだったんじゃないだろうな」
軽く言葉を交わす内、話題は就職の話になっていた。
「――というわけで、僕としてはそろそろ仕事探すべきかなと思うんだが」
「奇遇ですね。私も思ってましたよ。何かしら稼ぐ手段確保しねぇと」
「それもあるが、働くという動作がないと魂が腐って仕方ないんだ。
よく『働いたら敗け』だの『鬱の特効薬は退職』だのと抜かす奴がいるが、所詮下郎の戯言ということだな」
炙って乾かしたフライパンを仕舞いつつ、僕はテレビの電源を入れる。
そろそろ情報番組が始まる頃合いだ。今日はどんな企画をやるだろう。
などと番組を心待ちにしていた、その刹那。
異変は起こった。
『学校教育をっ、ぶっ壊ぁぁぁっす!』
突如映像が乱れ切り替わるテレビ画面。
写し出されたのは、老けた顔の太った男だった。
所謂電波ジャックとかいうあれだろうか。
察するにこの男が引き起こしたものだろう。
チャンネルを変えても同じ映像しか映らないので放置していると、男の演説が始まった……のだが
「……やけに喋りが拙いな。手にした台本をただ読み上げているだけ、という感じだ」
「声も見た目の割には妙に若いですよ。中学生の作文発表かっつう」
然し、僕らがそう感じたのも無理はなかった。
何を隠そうこの男、橘ユタカとかいう名前だそうだが、何と11歳の小学生だという。
「11にしちゃデカいな……」
「そういう種族なんですよ多分」
「顔がもう中年だぞ……」
「そういう種族なんですよ多分」
「いやどういう種族だよ」
そんな橘少年の演説は、顔出しで派手にやらかす小学生の例に漏れずくだらないものだった。
曰く、彼は『少年少女を学校教育から守る党』の代表で、党には8歳から14歳までの子供52名が所属。
その目的は『義務教育制度と学歴社会の完全破壊』だとかで……
『だからね、僕たちは思うんですよ。
子供は自由であるべきだって。
今の子供は大人に縛られ過ぎです。
自由になれば、埋もれた才能が開花して世の中はもっと良くなります。
学歴なんてものも無意味です。
そんなものはただの肩書き、本当に役立つ実力とは何の関係もありません。
だから僕たちは、子供を縛る学校と戦います。学歴社会と戦います。
役に立たない無駄な勉強ばかり強いる学校をぶっ壊し、子供に真の自由を!
学歴などという無意味なものを振りかざし身勝手に振る舞う悪党に鉄槌を!
さあ皆さんご唱和下さいっ!
学校教育をっ、ぶっ壊ああああああっす!』
「アホか」
「アホですね。もしかしたらバカかもしれませんが」
「ああ。だが子供50人ばかりでここまで大規模な電波ジャックを行える辺りただ者ではないな」
見れば奴等は、どこからか捕まえてきた中年男――後に知ったが橘の元担任らしい――を磔にして刃物を突き付けている。
尚更油断はできないだろう。
「ええ。ほっといたら何仕出かすかわかったもんじゃねぇ。早急に止めねえと」
「ああ。幻想ばかり見ているあいつらに、一つ教育してやるとしよう」
かくして僕らは再び壮絶な戦いに身を投じていくこととなる。
これから先に何が待つのか、正直予想のしようもない。
だがそれでも僕らは進む。
きっと命が尽きるまで。
或いは命が尽きて尚。
「……始業時間だ。着席しやがれガキどもが」
「さて採点だ。単位を取ったら生かしてやろう」
僕らの歩いていく道は、その気になれば、夜でも明るい。
はい、というわけで『常変』こと『常木先生は変態の癖に有能で妙にいい人なので何か面倒です』、これにて完結となります。
これが最終話です。誰が何と言おうと最終話なんです。
投げっぱなしだとか、無責任だとか、なんで続けないんだとか、そんな意見があるかもしれません。
確かに仰有る通りだと思います。
こんな所で無理矢理終わらせるのは間違いでしょう。
真の創作屋たるもの、何時如何なる事情があろうとも連載は続けねばならず、
不人気ややる気の欠如は連載を中断する理由になどならないのだ
という主張は全くもって正義だと思います。
然し、それでも言わせて下さい。
限界なんです。
既に更新が何ヵ月単位で滞ることが多くなりました。
話のネタは浮かびこそすれそれをどのように纏め上げていいものやらわからず、そもそも筆を執る意欲すら失せていきました。
現行連載の続きをろくに思い浮かべられもしない癖に、新作の案ばかり浮かぶようになりました。
恐らく作品形式からして私に相応しくなかったのだと思います。
勿論その上で抵抗を試みました。
然し、私ではどうにもなりませんでした。
よく見られるように、更新停止して新作に着手する、創作活動自体を暫く休止するという選択肢もあったことでしょう。
ですが私は思いました。
それで本当にいいのか。いいわけがないだろう、と。
更新停止しておいて『書けるようになったら書けばいい』なんて思っていたら、結局何時まで経っても書かないままです。
或いはその状況を恐れて『書かなければ』という使命感に囚われ無理をして、却って自分を苦しめてしまうでしょう。
そうしてストレスを溜めていれば待ち受ける展開は決まっています。
腐ります。
それはもう、見るも無惨なほどに腐ります。
腐った挙げ句、怒りや憎悪のままに暴れ回ることになります。
また、そもそも作品そのものの質が落ち、劣化するのも確実でしょう。
ともすれば、私自身のみならず周囲の人々まで不幸になるに違いありません。
そんな展開は誰だって望んでいない筈です。
少なくとも私自身は望んでいません。
そして、無理に連載を続けて作品を劣化させ、ストレスで暴れ回る作者の醜態を晒すよりは、いっそ連載を打ち切った方がまだマシだと思います。
そもそも、この作品は作者共々既に読者の皆様から価値無しと見做され、忘れ去られていることと思います。
Twitter時代のある時期を境に、更新告知ツイートへのリプライはなくなり、感想ツイートが投稿されることもなく、創作クラスタのフォロワーからネタにされることもなくなりました。
それはひとえに私と、私の作品が嘗て持っていた総合的な価値というものが失われたから、
つまり創作クラスタや読者の皆様にとって私が不都合で無価値になったからに他ありません(口や態度が悪く付き合いたくなくなった、なども含みます)。
ならば自分は何をすべきかと考えた結果
『無理矢理にでも完結したということにして終わらせる』という選択肢に辿り着きました。
そうして一区切りをつけた上で、失った価値を取り戻すべく新たな創作活動に着手していければと、現状は思案しております。
この後書きが果たして何人の目に届くかわかりませんが、
もし読んで下さった方の中に『仕方ないから今後のお前に改めて期待してやろう』という方がおられましたら幸いです。
読者の皆様、誠に申し訳ございませんでした。
今後はこのようなことが無いよう責任ある創作活動を心掛けるよう精進致します。




