三十三時限目「魔の子供部屋を統べる主が隠し持つ奥の手について」
マイケル・ラスク戦決着!
「こ、これは……これはどういう事だっキュ……我輩の、我輩の要塞が……」
飛行艦艇ピーター&キャサリンにある一室。ネバーランド三幹部が一人たる我輩ことマイケル・ラスクは、目の前で起こった信じ難い光景にただただ唖然とするしかなかった。
「我が『ハイパーグレート・マイケルフォートレス』の切り札であるラスクモンスター達が……あんなにもあっさりと……」
侵入者の内の一人をフォートレスに誘い込み、これをラスクモンスターに襲わせ確実に始末するというのが、我輩が練っていた計画であった。
ラスクモンスターとは、その名の通り我輩が魔術と科学の粋を凝らして独自に生み出した使役生物である。少ないコストで作り出せ、高い戦闘能力と生命力を併せ持ち、中が空洞の物体に入り込んで操るなど様々な技能を持つ、まさに究極の万能生物である。故に侵入者如きがどうこうできるような代物ではない、筈、なの、だが……。
「……そうだっキュ。如何なる達人とは言え、ラスクモンスターの群れを前にしては無力の筈だっキュ。それは今までの戦いでも実証済みだっキュ」
そうだ。百戦錬磨の軍人も、古今東西の格闘技を極めたという武道家も、時代遅れの騎士どもも、どんな強者でもラスクモンスターならば勝つことができた。
弱い相手は力でねじ伏せればいい。
強い相手も基本は変わらず、ただ力が増えるかどうかの話だ。
武器が邪魔なら取り上げる。防具が邪魔なら引き剥がす。丸腰全裸の相手なら手を抜いたとて負けはしない。
肉体的苦痛で屈しない相手なら精神に揺さぶりをかければいい。ラスクモンスターの見た目と挙動は相手の心を圧し折るのに最適だ。
「……それでも屈しない相手なら、凌辱による快楽地獄で精神を崩壊させる等幾らでも方法はあるっキュ」
そう。方法は幾らでもあるのだ。どんな状況にだって対応できる筈なのだ。まして相手は鬱陶しく独り言を繰り返してばかりの若い女だ。
幾ら精神を病んでいるとは言え、あの程度ならラスクモンスターを目にしただけで本能的な恐怖心に囚われ戦意喪失するのが当然であろうに――
「――あの女は寧ろ闘志を奮い立たせ、ラスクモンスターどもを全滅させた……信じられん……信じられんっキュ……」
信じられん。どう考えても有りえんことだ。だがどうあがいてもこれが現実……ならばどうすべきか? 我輩に導き出せる答えなど、もう一つしかない。
「我輩が直に出向き、奴を始末する他ないっキュ……」
「さて……」
僕、常木譲が変身を解除しつつ改めて辺りを見渡せば、そこはすっかりこの世の地獄と化していた。
辺り一面血まみれで、骨とも筋とも臓物ともつかない肉片が辺り一面に撒き散らされている。もう『何もかもが巨大な子供部屋』なんてファンタジックかつ小奇麗で可愛らしいものじゃない。
「全くひどいもんだな。どこもかしこも血と肉片だらけだ。一体どこの誰がこんなことを?」
『どう見てもお姉さんです、っていうかアテらです、本当に有り難うございました』
「だろうね。然し自分でやっておいてこう言うのも何だが、本当に酷い有様だ。
これじゃ疲れたからといって座ったり寝転がったりもできないし、ましてどこからか聞こえてくる秀逸なボケにすっコケることもできやしない」
『座るのは兎も角として敵地のど真ん中で寝転がんなよ。あと秀逸なボケの発信源この場にはお姉さんしかいねーからコケる必要もねーし。
っていうか粗方化け物ぶっ殺したんならそろそろ脱出した方が良くね? お兄さんや教育実習生さんもどっかで迷ってて案外危ねーかもしんないし』
「確かにそうだな……然し出口がどこかわからんのでな……ま、パワーのショートレンジやユニークのロングレンジ辺りで壁か床適当にぶっ壊して出るか」
『それがいいよ。こんな所もう用なんてないんだし、とっとと抜け出して――
『それはどうかな』
『――へ?』
突如金田の言葉を遮ったのは、この場にいる筈のない第三者の声だった。
『……お姉さんさぁ、こんな時におふざけはやめてくんねーかなぁ』
「悪いね、こういう空気は苦手なものだから――なんて言えれば良かったんだろうが……残念ながらさっきのは僕じゃないんだよなぁ」
『……ですよねー。いやさー、アテもそんなこったろうと思ったりはしたんだけどねー。もしもの可能性に縋らずには居られなかったって訳さ。
……で、ウダウダ引っ張っててもアレだから率直に聞かせてくんねーかなぁ、どっかから響いてる謎の声の主さん。あんた一体何者だい?』
『プッキュッキュ……よくぞ聞いてくれたっキュ、我輩こそは――
「マイケル・ラスク。ネバーランド三幹部の一人であり、優れた技師として各種設備から武器の設計・製造・調整といった諸業務を一手に引き受ける組織随一の頭脳派で、『唯一無二の知識王』『生ける百科事典』と名乗る通り凡そこの世全ての知識を持っているらしい……と。僕としたことが思わず失念してしまっていたが、声を二度聞いた途端思い出したよ」
『う、うむ……その通りだっキュ。然し侵入者、貴様何故我輩についてそこまで詳しいっキュ? それに先程の戦闘能力、見るからに只者ではないという感じしかしないっキュ。一体貴様は何者っキュ?』
「貴様は何者、か……随分な質問じゃないか。確かに久しく会っていないとは言え、嘗て交戦した敵の顔も忘れてしまったか?」
『何……ということは貴様、さては……あの時の侵入者どもっキュ!?』
「ああそうだ。まあ、此方からすればお前達の方が侵入者なんだが……然しその、何だ。ここに散らばっている屑肉ども、もしかしてお前が作ったのか?」
『そ、そうだっキュ。それらが名はラスクモンスター、我輩が生み出した使い魔だっキュ……どういうわけか貴様らに殺し尽くされ、今は一匹も残っておらんっキュが……』
(ラスクモンスター……捻りの欠片もないな)
『し、然し、然ぁしっ! まだ終わってはおらん……そう、まだ終わってはおらんっキュ! 確かに我がラスクモンスターは全滅したっキュ! 然し、否だからこそ、我が輩自ら貴様らを始末してやるっキュ!』
……ん? 今何て言ったんだこいつは。聞き間違いでなきゃ『自分も戦う』みたいな事を言ったように思うんだが。
(おいおい冗談だろマイケル・ラスク。お前はネバーランド構成員の中でも取り分け非力な事で有名じゃないか)
何せ他の面々が年齢を平均で十代の序盤から中盤辺りに留めているというのに、このラスクは乳幼児の外見なのだ。なのでこいつは他のメンバー以上に表へ顔を出そうとせず、安全圏から自前のロボット兵器なんかを操り嗾けるというのが主な戦い方――というか、こいつはそれ以外に戦い方を知らないと思っていたのだが。
『反応が途絶えた……さては貴様ら、我輩を単なる非力な科学者、機械や使役生物に頼らねばロクに戦う事もできん弱者と思っているっキュな?
……ふん! そう思いたくば思うがいいっキュ! そしてこれより貴様らの眼前で起こる出来事に腰を抜かすがいいっキュよぉぉぉぉ!』
如何にもやられ役臭い台詞が響き渡ると同時に、部屋全体が思わせぶりに音を立て揺れ始める。
如何にも思わせぶりな展開だな、一体何しでかすかねあいつ、なんて金田と暢気に語らっていると、音と揺れはより激しくなっていく。そして遂に壁の一枚が外からの強烈な打撃によって粉砕され、土煙の中から打撃の主であろう巨大な何者かが姿を現した。
『プゥーキュキュキュキュキュ! どうだっキュ! これぞ我輩渾身の最終戦闘形態、究極戦艦アルティメットデストロイヤーだっキュ!』
壁を破って現れては『究極戦艦アルティメットデストロイヤー』を名乗るそいつは実にわけのわからない奴だった。
確かなのは――
1.とてつもなく巨大だということ
2.喋りからしてその正体がマイケル・ラスクだということ
3.名前の割に見た目の艦艇らしさが皆無だということ
――この三つくらいだろうか。
(然し全く、何なんだあのデザインは。本当に艦艇要素ゼロだぞ。馬鹿でかい戦車の上半分を取っ払って軍服を着たオランウータンの上半身を生やしたような……しかもオランウータンの両腕が何故かパワーショベルのアームになってんだから余計意味不明だぞ。着ている軍服が海軍のものならまだ良かっただろうに陸軍のものだし……)
あれこれと思う所はあったが、面倒なので取り敢えずこれだけはと思う一点のみ指摘してやる。
「究極戦艦アルティメットデストロイヤー、って……戦艦なのか駆逐艦なのかどっちなんだ?」
『……はぁ?』
全く意味が解らない、理解不能だと言わんばかりのこの反応、どうやらこいつ本当に知らないらしい。
「いや、だからな、お前のその姿……究極戦艦アルティメットデストロイヤー、というのは、戦艦なのか駆逐艦なのかどっちなんだというのが気になってな」
『……はぁー? お前はさっきから何を言っているんだっキュ? 戦艦ってんだから戦艦に決まってるっキュ。どっからクチクカンなんて言葉が出てくるんだっキュ? そもそもクチクカンって何だっキュ?』
……唯一無二の知識王、生ける百科事典の異名が聞いて呆れる発言だった。
「駆逐艦というのは簡単に言えば艦砲や魚雷を装備した比較的小振りな軍艦のことだ。駆逐という単語から英語ではデストロイヤーと言うんだ。
だから究極戦艦アルティメットデストロイヤーを完全に和訳すると『究極戦艦究極駆逐艦』、と……もう戦艦なんだか駆逐艦なんだかわからないし、それ以前に究極という単語がダブってて意味不明、命名者の無知無学ぶりをひけらかしてるようで間抜け臭さ全開というか――」
『長い。三行に纏めるっキュ』
「三行も必要ないよ。記号類含めず三字で十分だ」
『ほう、面白い。ならば言ってみるっキュ。我輩の究極戦艦アルティメットデストロイヤーは――』
「ダサい」
『――は?』
「だからさぁ、ダサいって言ってんだよ。何から何までダサ過ぎる。欠片ほどのセンスもない。
具体的に言えばまずその名前だろう。さっきも言ったが何なんだよ究極戦艦究極駆逐艦って。仮にデストロイヤーを破壊者と訳したとしても究極戦艦究極破壊者で尚ダサいったらないぞ。お前どんだけ究極好きなんだよ。究極ってそんなに安い言葉じゃないんだから使うならもっと大事に使えよ」
『……』
「次にそのデザインだな。もう何と言っていいのかよくわからないんだが……何だ、その……勘弁して下さいと言いたくなるくらいに哀れなのかもしれない。ともかく名前以上に酷いんだ。パーツそのものはいいってのに組み合わせがまるでなってない。頭の悪い小学生だってもっとましなものを考えるぞ」
『……』
「何よりいけないのは戦艦だ駆逐艦だと名付けてる癖に艦艇要素がまるでないって事だ。戦車もショベルカーもオランウータンも陸のものじゃないか。せめてその軍服が白だったらまだ少しはましだったんだろうがそのデザインはどう見ても陸軍のそれだよな? 全く人を馬鹿にするのも大概に――
『だぁぁぁああまれぇぇえええぃっ!』
「おっと」
空間ごと抉るように降り下ろされたショベルアームの一撃を、僕は無駄のない動きで回避する。
「批判に逆上してろくに反論もせず相手を力任せに殺そうとするなんて……頭脳派が聞いて呆れるなぁ」
『黙れ! 黙れ黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れえいっ! 他人の欠点を論い、言い掛かり同然のいい加減な罵り言葉を浴びせる以外に能のない社会のゴミめがぁ!
貴様のようなカスは徹底的に殺してやるっキュ! 最早己の過ちを悔い改め謝罪する時間さえ与えない程に、心置きなく全力で!』
「ふん、やってみるがいい」
『アシスト・ショートレンジ スタンドバイ・ドクター』
軽く挑発しつつ、僕はNETAカートリッジを交換する。
変身したのはアシストのショートレンジ。医者か看護士の要素を取り入れた細身のアンドロイドといった風体で、金田の説明と幾度かの試験運用からあまり戦闘向きではないという結論を出していたフォームだった。何せ本来の運用目的が『医療技術を用いての補助』なものだから、当然戦闘能力なんて期待する方が間違いだろう。
ともすれば到底、如何にふざけた名前・外見とは言え少なくとも戦闘能力だけは有り余っていそうな相手へ立ち向かうのに使うのは間違いだと考えるのが普通だろう。
(だが意外にも、このフォームの最上位技は敵を殺すというその一点に特化したものなんだよな)
『なぁだその姿はぁ? まるで不器用なガキの工作か中国製の安いパチモン人形だっキュ! そんなもの我輩の剛腕で叩き潰してやるっキュ!』
「ふん、言っておけ。どの道決着は一瞬でつく」
『アシスト・ストライク デッドリー・ドラッグ』
極太の無限軌道走行装置をフル回転させ、ショベルアームを振り上げながら突進してくるラスク。
一方僕の手元には、必殺技のコマンド入力で生成された少し大きめの広口瓶。
『なあんだその小石のようなものはっ! そんなもので我輩を殺す気かっキュ!? 舐めるなっキュぅぅうううううう!』
ショベルアームが振り下ろされようかという、その瞬間。
僕は手に持っていた広口瓶を、剥き出しになった奴の顔面目掛けて投げつけた。左眉へ当たった瓶は粉々に砕け散り、中に詰まっていた液体を撒き散らす。
『プーッキュキュキュキュキュキュ! 何が出て来るのかと思えばただガラス片と色水を撒き散らしただけかっキュ!
こんなもので我輩をどうこうできると思っているなんて考えが甘いにも程があるっキ――』
「果たしてそうかな」
『――なにぃ? どういう意味だっキュ? この程度の色水とガラス片で、我輩の無敵ボディが――……あ……?』
「無敵ボディが、何だって?」
『……が、っぐ、ぅぐ……ぎ、ああ…………ば、かな……こんな……目が、焼……け……』
瓶の砕け散った個所を中心に、ラスクの顔面は焼け爛れていく。
(ふむ、効いてきたか……アシスト・ショートレンジで生成した劇薬――詳しい成分は知らないが金田曰く『違法過ぎて場合によっては死刑判決も免れない代物』――が。
奴の全体からすればごく僅かな量を地肌に浴びせてやっただけだというのに、この短時間で既に顔面の殆どが焼け爛れ、脳をやられたからだろうが言葉を発することさえ満足にできなくなりつつある……もうわざわざ此方から引導を渡してやるまでもあるまい)
『あ、お、おい! きさ、ま! まて! まてえ! 我輩は、まだ。負けてお、お、おらんぞ!』
後ろで何やらラスクが騒いでいるが、僕は無視して進み続ける。
『逃げ、る、な! 振り向、っけえ! 戻って来て我輩とっ、たたっ、かっ、たたか、たったっか、っかたたた、たたったえばああああああっ!』
十何歩か歩き続けた所で、鉄屑と腐った肉が間抜けな悲鳴を伴い崩れ落ちる音が聞こえて来た。
振り返りもせず音だけ聞いた僕は、やっぱり死んだか、然しまあ案外長持ちしたもんだなんて思いながら足早にその場を後にした。
次回、ジェニファーVS蛮族軍団ブラックフット隊!




