二十二時限目「卑劣なエルフの持つ驚異の技術とその驚くべき正体について」
待たせて本当ごめんなさい!
「どうした常木譲、先程までの余裕はどこへ行った? さては我がグレイ・スレイブの軍勢に怖気付いたな? それでお得意の金属ミミズを出そうにも出てこないので焦っているのだろう?
だがそれも仕方のない事だ……何せこの場所は――貴様は人が消え失せただけの街道だとでも思っているのだろうが――既にこの世から隔絶された独自の空間なのだからな! 外界からの接触などできよう筈もない!」
「……何だと?」
この私、レイグ・ユリウスの宣告を耳にした常木譲の表情は、表立った動揺こそ見せていないものの確かに驚愕と絶望の色に染まっており、精神的な余裕など消え失せていることは明確と言えた。
「ふん、驚いたか? 驚いたであろうな? まあ無理もないことよ。幾ら科学技術が進歩した西暦2418年とは言え、人間一人の意志で独自の空間を人為的に生成するなどという技術がこの世に存在するはずもない……。
それを夢想した学者ならば幾人か居たかもしれん。
或いは作家ならば幾百幾千と居たであろう……。
だが実現に至った者は居ない……居る筈がないのだ……どいつもこいつも、科学などというものに囚われているからな……」
「ほう、まるで自分が科学でない技術を扱うかのような口ぶりだな?」
「……察しのいい奴だな。その通り、この私レイグ・ユリウスは科学に全く依存していないというわけでもないが、こと戦闘に関しては科学ならざるものを扱う一族の出でな。
その力は全てに於いて科学に依存しきった俗世の愚物どもを凌駕する。その神髄、本来ならば貴様如きに態々教えてやるような事ではないが――今回は特別だ。冥土の土産として教えてやろう!」
私は常木譲に返答する間も与えず喋り続ける。奴がどのような表情をしていようが関係ない。例え今のこの私を『敵前で自慢げに延々と自慢話を始める傲慢な愚か者』だと思っていようが、そのような認識などすぐに粉微塵にしてやれる。それだけの力がある。だから私には関係ない。
「その力とは即ち『魔術』!」
「魔術、だと?」
「そうだ! 或いは『魔法』『魔導』『呪術』『妖術』などとも呼ばれよう、この地球に於いては事実無根の虚構にして空想と見做される超常の力! 科学という現実の対極にある幻想の秘術! それこそ我らユリウス一族が二百年以上に渡り受け継いできた科学ならざる技術というわけだ!」
「……つまりこの空間は魔術で作られたもの、ということか」
「如何にも! これなるは『ブランク・ディメンション』と言う魔術でな、可変性に富む独自の異空間を作り上げそこに数多ある『貌』なるデータを適用、地の利を得て戦うというのが発展的な用法なのだが、先程も言った様に基本外界と隔絶され内外の干渉が完全に断たれている為、こうして単純に敵を閉じ込め一方的に叩きのめす使い方もできるというわけだ」
「成る程。然し魔術か……実に信じ難いものだ。僕は社会科教師で特に考古学や民俗学といった歴史的分野が専門なんだが、地球史に於いて魔術とは初歩的な科学が拡大解釈されたものというのが認識なのでね」
「確かにな。だが我が魔術がその程度でないことは言うまでもなく、そも我がユリウス一族は生来の魔術師ではない。その力は外部より齎されたものだ……」
「外部?」
「そうだ。私の十数代程前の祖先と夫婦になった在来地球人……そいつは、恐らく貴様も名前くらいは知っているであろうさる企業に勤めていたのを逃げてきた何人かの一人でな」
「逃げて来た……? いやそれ以前に、僕も名を知るその企業とは一体何なんだ……?」
「その名は――シンバラだ」
「――シンバラだ」
その固有名詞を耳にした瞬間、僕・常木譲は自分が確かに絶句したのを感じた。生命維持など最低限のものを除き、身体がロクに動かない。これ即ちヤツの口にした言葉がそれほどまでに衝撃的だったことを意味している。
シンバラ社――隕石バブルより遥かに昔、西暦1900年代初頭より現在まで500年以上もの長きに渡り存続するこの企業の名を、僕は嫌と言う程知っていた。というか、創太郎君共々実際に務めていたこともあるから中身がどうなっているのかはわりと知っている――つもりだったのだが……
(確かに世間からは主にその技術力を指して『謎だらけ』『人類の二世紀先を行く』『変態的』『わけがわからない』と言われ、優良企業として賛美される一方不気味がられ、恐怖心を抱かれることもザラだという。
その影響力は当然全世界へ及ぶほどに強烈だ。『独自の戦闘部隊を持っている』とか『独自の怪物を生み出し操っている』なんて話も単なる眉唾物の噂とは断言できない……だが魔術だと? そんなものまで擁しているなんて……あの会社は一体何なんだ……)
「言葉を失っているな? 如何にも信じられないといった風な表情をしている……だがこれこそが事実だ。
我がユリウス家はシンバラより伝来した魔術を習得した後天性の魔術師……そしてまた、シンバラからの逃亡者は複数名居り、それらは何れも配偶者や弟子を得た……この意味がわかるか?」
「言葉のままに解釈するなら『魔術師は世界各地に複数名存在する』……だがこの流れでそう訊いてきたということは――つまりお前はこう言いたいんだろう――『夢幻魔天衆には魔術師がいる』と」
「その通りだ。まあどいつもこいつも肩書きばかりで実力は私の足元にも及ばんがな……」
一通り離し終えたらしいユリウスは、『さて』と一呼吸おいて言葉を紡ぐ。
「話はここまでだ、常木譲。これより私は、お前を殺す。お前を殺し全ての障害を排除してこそ、プリティファング様の勝利は――……」
声高に言葉を紡いでいたユリウスの口が、不自然なタイミングで動きを止める――まるで電池切れを起こした機械のように。
その表情から読み取れる感情は驚愕。予想外の出来事に絶句しているという感じで、不覚にもこの僕自身も驚愕の余り奴共々絶句していた。
「……おい、常木……常木、譲よ……」
予想だにしない出来事に絶句しつつも、私ことレイグ・ユリウスはどうにか言葉を口にしていく。
「貴様……何をした? これは一体、どういうことだ……外界と隔絶されているブランク・ディメンションの中で何故、お前の懐から携帯電話の着信音がするんだ……答えろ、常木譲ゥッ!」
「『答えろ』と言われても、なあ……正直、僕にもどういうことなんだかわからないんだがね……取り敢えず電話に出てもいいかな。もしかしたらメールかもしれないし、或いは何かの拍子に設定したアラームを解除し忘れてるってだけなんてこともあると思うし」
「おい待て! 勝手にスマートフォンを取り出すな!」
「おや、電話だ」
「話を聞け! というかやはり電話なのか!?」
「見慣れない番号だな……」
「無視するな! というか予期せぬタイミングでかかってきた見知らぬ番号からの電話に出るな!
まあお前が最低限の面子しか電話帳に登録しない物臭だというのなら別段止めはせんが――」
「僕って意外と心配性だから少しでも関わった相手の番号はすぐ電話帳に登録しちゃう癖があるんだけど……まあいいや」
「良くないだろ!」
「もしもし常木ですけど」
「本名を言うなぁーっ!」
「貴方はもしかして、この電話を通じて僕の個人情報を上手い具合に抜き出して悪用しようとしてるクソッタレの方ですか?」
「相手が誰かもわからないのに無礼極まりないなお前! 穏やかな口ぶりで敬語めいた喋りなら何を言っても許されると思ってるのか!?」
最早聞こえていないのか聞いていないのか、兎も角私の言葉に奴が反応する事はなかったが、それでも私は必死で突っ込み続ける。
「ああ、違う? それは失礼。カタギの方でしたか――って、その地の底から這い出て来た動き回る下痢便にイトミミズを混ぜたような声、まさかお前……やっぱりか……何でこんなタイミングで、というかお前がこういうことすること自体重大なルール違反であって……。
いやそれは確かにそうだが、だからと言ってそれで読者が納得するわけが……ああ、まあそうだが……いやふざけるなよお前! それは幾らなんでもアウトだろ! そういうのはもっと自然に行われるべきであってだな……ああもうわかったわかったわかったよ! 僕の持ってる予備の奴でいいんだろう? 番号は……よし、901に0が四つだな?」
通話を終えた常木はスマートフォンを懐に納め、ポケットからかなり型の古い携帯電話を取り出した。
(二つ折り式の構造に画面と分離した数字キー……その昔は『ガラケー』、昨今は『遺物』『化石』などと呼ばれる骨董品か。
世辞にも高性能とは言えないながらその外観を好む骨董品好きどもには需要があると聞いたこともあるが……よもやこうして実際に目にする事になるとはな)
「やあ、待たせてしまってすまないね。もうすぐ終わるから待っていてくれ」
「……ふん、構わん。然し先程の相手は何者だ? このブランク・ディメンションによる阻害さえ物ともせず貴様に通話を仕掛けてくるなど、並の相手とは思えんが……」
独自の空間を作り出すほどの魔術による防御をも掻い潜る技術の持ち主だ。どのような相手であれ只者ではないことは確かだろう。更に常木と何やら親密そうな関係である以上、私やプリティファング様はおろか夢幻魔天衆にとってさえ脅威となりかねない相手だ。警戒しておくに越したことはない。
然しこの直後に奴の口から飛び出したのは、余りにも衝撃的な言葉だった。
「ああ、あれかい? 作者だよ」
「……は?」
困惑せざるを得なかった。
「……すまん常木、もう一度言ってくれるか」
「ああ、いいとも。まあ混乱したって仕方ないさ、僕だってまだ信じ切れてないんだ。こっちが奴について言及するんならまだしも、奴自身がこちら側に介入してくるなんて前代未聞だからね。
それで何事かと思えば『新しい力をやるから主人公らしい活躍をしろ』だよ? 全く、バカ通り越してサイコパスとはこういう奴の事を言うんだろうね。
……何だったら気持ちの整理がつくまで休憩してもいいよ。僕は逃げも隠れもしないから、さ」
「結構だ。逃げも隠れもしないとは言え何もしないというわけではあるまい? ならば貴様が何かする前に始末した方が合理的だ」
「言う割には通話中の僕に手を出さなかったようだが」
「あの程度、何かしている内には入らん……さあ来い、常木譲。殺してやる」
「『殺してやる』か……いい台詞だ。安易だが不純物のない強い意思を感じる」
常木の手に握られた旧型携帯電話は瞬く間に複雑な変形をこなし、やがて携帯電話としての面影が全く見られない奇妙な小型機械へと姿を変える。
あまり詳しくは知らないが、その形状はまるで――
(子供向けドラマの登場人物が戦いに用いるような、所謂"変身ベルト"という奴だな。一見すればただの玩具なのだろうが、然し奴の場合本物と見て間違いあるまい)
ならば選択肢は一つだ。
「行け、グレイ・スレイブ! 奴を殺すのだ!」
常木に変身の隙を与えてはならない。そう判断した私は、無数のグレイ・スレイブを奴目掛けて嗾ける。
(あのテのものは大抵複雑なプロセスを経ねばならん。ならばこのタイミングで潰しに向かっても十分間に合う!)
次回、譲が作者から新たに授かった力とは!?




