二十一時限目「作戦を変え自ら動き出す卑劣なエルフの奇策について」
すまない……本当に、すまない……
「有機的可変流体金属細胞、形質I、N、V適用……」
「ひいいいああああああ! あの野郎、また形が変わりやがったああああ!」
「チキショオオオオオ! 滅茶苦茶怖ェェェェ!」
(そんな怖えか? ……まあ、怖えか)
私・清木場創太郎が次なる形質を適用し三度姿を変えると、生き残った悪漢どもはその姿に恐れをなしながらも私を殺さんと一斉に向かって来る。
(他に選択肢が無えんだから仕方ねえんだろうが……この状況でそれを理解して実行できるってのはある意味尊敬に値しねえこともねえな……)
等と思いながらも、私は四方から向かって来る悪漢どもを迎え撃つ。
手始めに正面からやって来た小鬼亜人の脳天をVultureの嘴で刺し貫き、
左右からやって来たやけに息ピッタリの豚亜人二人組をIguanaの爪で引き裂き、
毒腺を仕込んだNewtの尾から毒液を噴射する。
「更に続けて形質L、S、Z適用」
続けて適用したのはleeches、Shark、Zosimusの形質だ。
(さあ、これで読者相手のノルマは達成した……まあこの上更にこいつらの何人かを殺さず再起不能にして情報吐かせなきゃいけねぇからなぁ……下手すっと全滅させそうだし、どうしたもんか……)
「……逃がしたか」
夕暮れの街中。
街中に二人の小娘――氷上居織と季里谷麻琴――を見付けた私ことレイグ・ユリウスは、そこから作戦の失敗を悟り毒づいた。
(帰路についた氷上を街中から人気のない場所に追い込み捕縛、そのまま適当に犯して苦しめる……即興の上部下どもに任せきりなので元よりアテにはしていなかったが……やはり私自ら動かねばならんようだな)
何としてでも氷上を捕まえ苦しめねば。考えを巡らせた私は、ふと思う――『本当に氷上の確保を優先すべきなのか?』と。
(思えば今までの作戦は氷上を苦しめることしか考えていなかった。故にあの常木なる教員に妨害され失敗していたのだろう。
今回部下達に任せた作戦も、恐らく常木かその手の者が妨害に現れたが故こうして失敗したに違いない。ともすれば私がすべきことは……)
考えをまとめ上げた私がふと辺りを見渡せば、何たる偶然か。ほんの二、三百メートルほど先に目指すべき"目標"が見えるではないか。
これはまたとない好機と確信した私は、不自然でない程度の速さで走り出した。
「ああ、大丈夫だ。彼女らは無事に逃げ出したよ。別動隊が控えていないとも限らんがね、その時には僕の方でどうにかするさ。
うん、それでそっちは……何、全滅させてしまった? ああ……いや、そんなに謝らないでくれ。どうせそいつらは下っ端だ、大した情報は得られまい。その場にユリウスや奴に匹敵する大物が居たならまだしも、推測するに奴はそういう面倒な仕事を部下に任せて自分は高みの見物とシャレ込みドン詰まりになるまで腰を上げようともしない……そういうタイプだと思う。だからそいつらは全滅させるのが正解だ。
ああ、そうだ。それじゃ、ハーミットウォールを置き去りにしないようにだけ気を付けてくれ。彼、自走するの凄く苦手だから。うん、じゃあまた」
夕暮れの街中にて。僕・常木譲は別行動中の創太郎君との通話を終え、二人の女生徒を陰から見守る為歩き出す。
あの後二手に分かれた方が効率的だと判断した僕は、ユリウスの配下殲滅を創太郎君に任せ、盟友達と共に女生徒達の誘導と護衛に専念していた。
(……そういえばそろそろ僕の誕生日が近かったっけ)
僕はふと、歩きながらそんな事を思う。
僕の誕生日は七月七日――丁度七夕という行事と重なるのだ。まあ、だからどうって事はないんだが(因みに何故孤児である僕が自分の正しい誕生日を知っているのかについてはまた別の機会に解説させて頂く)。
(歳は今年で168か。自分で言うのも何だが、まあよくぞここまで歳ばかり食ってきたものだな。その癖内面はまだまだガキのまんまだってんだから呆れてしまうよ)
等と内心自嘲しながら歩いていた、その時だった。
「あの……常木譲先生でいらっしゃいますか?」
背後から誰かに声を掛けられる。振り向いてみれば、僕より若干背の高い細身の美男子が佇んでいた。やけに怪しい奴だが、取り敢えずは普通に接しておくことにする。
「はい、確かに僕が常木ですが……貴方は?」
「失礼、申し遅れました。私、こういう者でして……」
「株式会社紫豆出版のグラント・ジュリアスさん、ですか」
男が差し出してきた名刺には、国内でそれなりの規模を誇る出版社の名前があった。
話を聞くに彼はこの春入社したばかりの新人記者だそうで、現在ある雑誌で捏海学園付属高等学校の特集記事を組むべくネタ集めに奔走していた所、偶然僕を見付けたという事だった。
「然しこの人混みでよく僕がわかりましたね。白黒に銀髪のケットシーなんて有り触れてますし、そんなに目立つ外見じゃない筈なんですが」
「それはもう、常木先生は有名人で御座いますから。下手なタレントより力強く色濃いオーラが出ておりましたので」
そういう割に質問文の末尾は『ですか?』と、自分の発言に確信を持てていないかのような口ぶりだった(もしすぐに僕だと分かっていて問い掛けて来たのなら文末は『ですね?』となっているのが普通の筈だ)が、そんなことは些細な問題だと受け流した僕は一先ず歩きながら彼と少しばかり話してみることにした。
「――つまり、社会科教師を目指そうと思われたのはドラマの影響ということですか?」
「ええ、そうです。『サンダーティーチャー』のトビー・ヴィレッジ。彼の不思議な魅力に心奪われた僕らは彼と同じ社会科教師になろうと決意したんです」
「なるほど……」
僕とジュリアス氏は暫く歩きながら話し続け、やがて踏切に差し掛かる。
「おや、踏切だ。ここは一度閉じると中々開かないんだよな……」
「ええ、その所為で『開かずの踏切』なんて呼ばれもするようで」
刹那、背後から何やら『チャキリ』というような感じの音が微かにだが耳へ入ってきた。
その音に何かを感じた僕は、周囲に気付かれないよう太腿の辺りへ手を添える。
(ふん、まんまと引っかかりおって……)
踏切前。私ことレイグ・ユリウスは、憎き常木譲の背後に立ち奴の後頭部へ拳銃を突きつけていた。
(そう、全ては我が作戦だったのだ……効率的に氷上を苦しめるため邪魔者である常木を排除すべきと考えた私は、雑誌記者を装い奴に接近。取材するフリをして奴を確実に仕留められるタイミングを見計らっていた……。
そしてその努力が功を奏し、私は今こうして奴を殺せるあと一歩の所まで辿り着いたというわけだ……フッフフ、愉快なものよ……あとはただ一発、この引き金を引き奴の頭へ風穴の一つでも穿ってやれば奴は確実にあの世行き……ンッフフフ……愉快……愉快愉快……愉快愉快愉快っ!)
或いは滑稽と呼ぶべきか、黒い鋼に鉛の礫を吐き出させんと、私は引き金に人差し指を掛ける。
(さあ死ね常木譲! このレイグ・ユリウスの手によって! 呆気なく惨めに、ただ藁のよう――に゛い゛っ!?」
刹那。私の腕はあらぬ方向に曲がり、暴発した拳銃は虚空に火を噴き地に落ちた。
「っ、ぐおああああああああああああああ!?」
「……愚鈍いんだよ、間抜けが」
僕こと常木譲は、背後で腕を押さえながら苦しみ悶えるジュリアス一切姿勢を変えずに吐き捨てる。
「雑誌記者を装い僕を油断させ背後から撃ち殺そうとしたんだろうが、そんな作戦が通用するとでも思っていたのか?
全く滑稽だな。ただそれだけの為に何らかの方法でこの区画一帯からありとあらゆる通行人を退けた、その技術だけは認めてやらなくもないが……それ以外には何ら誉めようがないってのは正直どうかと思うぞ?」
「ぐ、ぬがぁぁぁぁあああああ……き、貴様……私の腕に何をした……?」
「質問文に質問文で返してんじゃないよ。いやお前の場合それ以前の問題だが……簡単な話だ。何やら背後で妙な金属音がしたから仕込み刀で適当に峰打ちをかましてやっただけのことさ」
「う、ぬぅう……」
「然し全くバカな奴め。これだけの広範囲で人払いをするだけの技術力があるならそれをもっと有効活用すればいいってのに、これが世に言う才能の無駄遣いって奴か。
全く呆れてモノも言えないとはこのことだな。いや実際僕はまだ喋り足りないわけだが――」
「言いたいことはそれだけか、常木譲」
「……『まだ喋り足りない』と言ったよな?
まさか聞こえていなかったって事はないだろうし、そもそも他人の言葉を遮って発言するなんて失礼じゃないかな。
少なくとも、新人とは言え入社凡そ三か月、紫豆出版程の優良企業で人と直に接する機会の多い雑誌記者なんて誇るべき仕事をしている真っ当な社会人としては、決して褒められた行動じゃないだろうねぇ。
寧ろ糾弾、白眼視されたって文句は言えないよ」
「確かにそうだな。お前の言う通りだ……然し安心するがいい。私が先程貴様にくれてやった名刺の記述は虚偽のものなのでな」
「ほう……ならば問おうか愚か者。お前は一体何者だ?」
こう聞かれたら通常すべき返答は二つに一つ。『普通に名乗る』か『名乗る必要はないと突っぱねる』かだ。
前者を選ぶのは常識があったり頭のいい奴で、後者を選ぶのはよっぽどの大物や自分を大物だと思っているバカのどちらかだ(と、思う)。
そしてこの雑誌記者グラント・ジュリアスを名乗っていた男はと言えば――
「貴様如きに教える名などないっ!」
――後者だった。
多分大物では確実にないだろう。大した理由や根拠もなく自分を大物だと思っていて、しかもその癖自分が大物だと言うことを自分で確信できていない(つまり、確信に至るだけのものを持ち合わせていない)中々のバカだ。
「……だが今回は特別に教えてやろう」
訂正。こいつは中々のバカなんかじゃない、どうしようもないくらい救いようのないバカだ。
だがそのバカの発言は、僕を驚かせ、またある意味で納得させるに十分でもあった。
「我が名はレイグ・ユリウス! 夢幻魔天衆随一の天才敏腕美少女プロデューサー、プリティファング様にお仕えする誇り高き戦士!
常木譲、プリティファング様の神聖なるご計画を土足で踏み躙る畜生よ! 我らが栄光の為、その命貰い受ける!」
「夢幻魔天衆のレイグ・ユリウスだと? なるほど、やはりそういうことか……」
僕はサッと振り返り身構える。
素性がわかったのなら話は早い。取り敢えずこの男を適当に叩きのめして拘束するだけだ。
峰打ちで砕き折った筈の片腕がいつの間にか元通りになっているが、これだけの広範囲で人払いをやってのけるような奴なら腕の修復ぐらいできて当たり前だろう。
(そもそもこいつ程度なら、腕一本折れていようが居まいがさして変わらんだろうし)
等と思っていた僕だったのだが――
「抗うつもりか常木譲……ならば此方も全力を出すまで――出でよ、グレイ・スレイブ!」
ユリウスは懐かポケット辺りへ手を突っ込み、中から一掴み程度の何かを取り出し撒き散らす。
空中に散らばったそれらは一見球状の遊戯銃用弾丸――俗にBB弾などと呼ばれるもの――に見えたが、路面に落ちた瞬間瞬く間に膨張を始め、すぐさま覆面をした色の無いヒト型の何かへと姿を変えた。
(灰色の奴隷だったか……まるで特撮に登場する戦闘員みたいな姿だな。
あの灰色をした粒から生まれた……というよりは粒そのものが変化した感じか。一体どうなってるんだ、あんなもの見たことが無いぞ……)
僕は内心混乱していた。
あのグレイ・スレイブなる謎の生命体、幾ら数が居るとは言え体格はそこそこ華奢であり、しっかりとした作戦を立てれば僕のような華奢な女でも生身で退けることは不可能ではない。だがそれでもあの物量は驚異であるし、奴らが何らかの驚異的な能力を隠し持っているとすれば盟友達の助力が必要になってくる。
一番手っ取り早いのはラッキー君を呼び出すことだが、街中への被害を考えれば他の面々の方が適切だろうか。
そう思って僕は盟友達を呼んだのだが――来ない。というより応答さえもないのである。今まではこんなこと、ありはしなかった。
(一体どういうことだ……ラッキー君を初めとする盟友達の中には空間を破り通路を作って瞬間移動ができる者が幾らかいる。
だから大抵はどこに居ようが関係なく駆けつけてくれる筈なんだが……)
「どうした常木譲、先程までの余裕はどこへ行った?
さては我がグレイ・スレイブの軍勢に怖気付いたな? それでお得意の金属ミミズを出そうにも出てこないので焦っているのだろう?
だがそれも仕方のない事だ……何せこの場所は――貴様は人が消え失せただけの街道だとでも思っているのだろうが――既にこの世から隔絶された独自の空間なのだからな! 外界からの接触などできよう筈もない!」
「……何だと?」
ユリウスの言葉に、僕は心底耳を疑った。
(この世から隔絶された空間……一体どういうことだ? 何が起こっている、一体!?)
次回、ユリウスの正体とは!?




