休憩時間4「省かれた衝撃の過去と芽生えた愛の実り、即ち新たなる関係の始まりについて」
「狂気と友達になる」とは一体……
「友達……?」
私、清木場創太郎は困惑していた。狂気と友達になる? 一体どういうことだ?
「そうさ。人間関係と同じだよ。高圧的な態度で一方的に自分の意見ばかり押し通そうとすると相手も反発してくるが、相手の言い分を認め短所をある程度許容しつつ対等に接していけば自然に友好的な関係を築くことができる。
下手に出るのもいいんだが、君の場合は相手が相手だからね。つけ上がらせてしまうと余計酷くなる。
だからあくまで対等の関係を維持するんだ。狂気を無理に拒まずある程度自分の個性として認め、上手い具合に適合させていく……」
「……」
私は思わず押し黙る。
狂気を認めて適合させるなんて、そんなことができるだろうか。確かにそれができたならもう制御できずに爆発してしまうこともなくなるかもしれない。
だが果たして本当に、そんな事が上手く行くのだろうか? などと不安に思っていると……
「勿論、すぐにできることじゃない。時間をかけて慣らしていくしかないだろう。だがきっとその方が、君にとって相応しい……僕はそんな気がするんだ」
「……わかりました。やってみます」
「よろしい……ふむ、時間はまだあるな……そうだ、この際だ。次は僕の話を聞いてくれないか?
親友となった以上、何れ話しておかねばならないと思っていたことでね」
「ええ、お願いします」
「では話そう。僕は――」
常木さんの口から語られた彼女の過去は、私の過去なんて比べものにならない程に衝撃的なものだった。
二度に渡り家族を失った(しかもその内一回は死別)とか、夢魔の血を浴びた所為で肉体が夢魔化し性転換してしまったとか、どれも現実の出来事とは思えない出来事ばかりだった。
中でも驚いたのは――
「あれは君と出会う二十年か三十年ほど前だったかな。ともあれ当時社会人だった僕はふと何か大きなことに挑戦してみようと思い、宇宙旅行ツアーに参加したんだ。開発中のスペースコロニーを見学するって奴さ。
だがツアーの最中、コロニー中枢部が吹き飛んで宇宙空間でバラバラになってしまうという事故があってね。後で聞いた話じゃツアー客やコロニー関係者は全員脱出に成功したようで、怪我人も死人も居なかったそうだ。ただ、一人だけ行方不明になってた奴が居たがね」
「行方不明者、って……まさか」
「そう、この僕さ。宇宙船に乗り損ねた僕は緊急用の小型ポッドでコロニーから脱出したんだが、不備でもあったのか変な方向に飛んで行ってね。気を失ったんで具体的な日数は把握してないんだがかなりの長期間漂流する羽目になったんだよ」
「よくそれで死にませんでしたね……」
「小型ポッドには非常時に備えて水とか食料とか積んであったからね。あとはもう夢魔の生命力でカバーしたよ。まあそんなこんなでこのまま宇宙を永遠に彷徨うのかなんて思ってたんだが、ある日目覚めるとポッドはどこかの惑星に不時着していた。
そこの環境は地球によく似ていてね、化け物に食われたり言葉の通じない狩猟民族みたいな連中に捕まって三味線にされるかもしれないと思いながらも試しに外へ出てみたんだよ」
「化け物に食われる云々は兎も角三味線にされるって、危機的状況でもわりとブレませんね常木さん……。
それで、外に出てみたらどうなったんです?」
「うん、環境とか生物相とか、予想してたよりずっと地球に近くてね。もしかして地球に帰って来られたんじゃないかとか思ったりもしたんだけど、まあ別の惑星だっよ。ただ何より驚いたのはその惑星の人類ってのがこっちでいう在来地球人そのままの容姿でね、言葉もすんなり通じてしまったんだよ。しかも文明レベルは地球より遙かに上だそうで、故郷の惑星が手狭になったので幾つもの異星をテラ・フォーミングして移住しているらしい。
そのおかげか、漂流中だったところを不時着した異星人だと説明するとすぐ政府の上役の所へ通してくれた。そこで詳しい事情を説明すると、どうやら彼らは惑星間の政治的な対立が激化した所為で戦争中だという話でね、例のスペースコロニーが吹き飛んだ事故もその戦争の流れ弾じゃないかと推測された。
責任を感じた上役達の計らいで、星で一番性能のいい宇宙船――より厳密には高速戦艦――で地球まで護送して貰えることになったんだ」
「そりゃ凄いじゃないですか……でもこれまでの流れから察するに、その戦艦で無事に地球まで帰れたってわけでもなさそうですね」
「ご名答。帰路が中盤まで差し掛かった所で戦艦が所謂宇宙海賊って奴らに襲われてね。しかもその規模が海賊っていうか大型惑星一つの軍隊並でさぁ、撃退しつつ何とか逃げ延びたんだけど運悪く小惑星や隕石が密集する危険区域に迷い込んじゃってね。
船も故障してしまったもんで、修理しないと地球に帰るどころかここから出ることすら危ういって状況に陥ってしまったんだ。しかも部品の替えが無いって状況でね」
「うわあ……そりゃキツい」
「だがその時、レーダーに宇宙船の反応があった。海賊の追っ手かとも思ったがどうやら身内の船――それも何十年か前に行方不明になったっきりの工作艦だったと明らかになる。部品を分けて貰えるかもしれないと考えた艦長は工作艦へメッセージを送るが何度やってもロクな反応が無い」
「まあ行方不明になったまま何十年と経ってんですから乗員全員死んじまっててもおかしくないですね」
「だろうね。艦長も同じことを思ったらしく、部品を取りに行く為工作艦に近付いて乗組員たちを潜入させていく。だが送り込まれた乗組員たちは誰も彼も片っ端から通信が途絶えていく……最終的に艦長自らも突入する羽目になってね。
一人艦内に残っているのもアレだったから恩返しも兼ねて僕も同行させて貰うことにしたんだ。そうしたらまあ、やっぱりというか何と言うか、居たんだよ……艦内に」
「居たって、まさか……」
「うん、化け物。それもとびきりグレートにグロテスクな奴らで、外見に違わず獰猛で凶暴なんだ。しかも恐らく同じ種類だってのに役割によってまるで別種かと思うぐらいそれぞれの形が違ってね。ただ全部に共通してるのは、そいつらが人間を餌とかぐらいにしか思ってないってことだった。
僕と一緒に潜入した面々も次々と奴らに食われ、殺され、攫われていった。結局最終的には軍人でも何でもない僕だけが生き残ってしまったが、さりとて生きてこの工作艦を出た所でこんな状況じゃどうしようもないと思ってね。
らしくもなく生きるのを諦め、然しこの化け物どもを野放しにはしておけない、遭遇者の一人として責任は取らなければと決意し、工作艦を丸ごと爆破して化け物どもを道連れにしようとした」
「すげぇ覚悟ですね。私なら意地でも脱出するか諦めて化け物どもに殺されるかしてますよ」
「ああ、僕も最初はそうしようと思ったんだが何かそれだと個人的に許せなくてね。まあ工作艦が丸ごと吹き飛んだにも関わらず生きていられたからここでこうして話してるんだが」
「そういやそうか。然し生き残ったって、どんな感じにです?」
「ああ。爆発炎上した工作艦は、何がどうなったかこれまたある惑星に落下した。偶然残骸の隙間へ上手い具合に収まって気を失っていた僕が目を覚ますと、隙間から差し込む光が見えた。
その光を目指して我武者羅に進んでいき、遂に外へ出た僕が目の当たりにしたのは、一面に広がる青空と海だった」
「……陸地がない、ってことですか?」
「そうだ。どこを見たって陸地なんて無かった。その惑星は全面が海だったんだ。しかも驚くべきは惑星の生物相だった。当然どれもが水中での生活を前提とした姿をしていたんだが……それらの全てはどういうわけか有機的なフォルムでこそあれ総じてロボットのような姿をしていたんだ。
本当に生物なのかとも思ったが、外見がどうあれ彼らは確かに生物だった。何て興味深い存在なんだ、是非彼らについてもっと知りたいと、僕は強く思った。全くもって信じられない事が起こったのはその時だった。
ふと彼らが僕の元に近寄って来て、電子音か機械音のような音を立て始めたんだ。すぐにそれが鳴き声だということに気付いた僕は、じっと耳を澄ませてみた。すると……鳴き声が、言葉のように聞こえ始めたんだ」
「鳴き声が、言葉に?」
「ああ、何故そうなったのかは今もわからんがね。彼らは言ったよ。『お前から強い好奇心を感じる。面白そうな奴だ。お前さえ良ければ我々が配下になろう』とね。
いきなり過ぎて驚いたが、聞くに彼らは平穏すぎるこの惑星での生活を退屈に感じていて、然し自分達だけでは星の外で生きていけないどころか星を出ることすら敵わないと自覚していたというんだ。
故に自分たちを星から連れ出し導いてくれる指導者のような存在を求めていたそうでね。これ以来僕と彼らは盟友になったというわけさ」
そう言って僕は予め連れて来ておいた数名の盟友達を清木場君の前に呼び出す。
「ほう、こいつらが……」
「まだまだ沢山いるんだが、普段は自宅に待機させているんだ。兎も角その話に乗った僕らは、然しどうやって地球に帰ろうかと頭を抱えることになる。すると彼らは、それなら御誂え向きの奴がいると言って僕をある所へ案内した。
そこは比較的浅い海の底で、潜って行くとそれはそれは太長く巨大な鉄のワームらしきものが蜷局を巻いた状態でじっとしていた。聞けばこのワームは元々優れた技術者で、星を出たいが為に自らを改造するも改造の反動か長らく眠りについたまま目覚めなくなってしまったという。
他の技術者の尽力で目覚めさせる方法は分かっていたが、その為には最低でも自分達と同じくらい、望ましくは自分達より大柄な者の助力が必要らしい。僕は迷わず彼らに協力し、遂に長大な技術者を目覚めさせ海の惑星を脱出。盟友となった機械生物達を連れて地球に戻ってきたってわけさ」
余りにもスケールのでかすぎる話だったが、常木さんが嘘を言っているようには見えなかったし、何よりその盟友とやらをこの目で見た以上信じるしかなかった。
ともあれこれで私の生き方は決まった。狂気をある程度認め順応する。
難しいかもしれないが、頼れる親友もいるし頑張れる筈だ――などと思っていると、ふと常木さんが口を開いた。
「いや然し、何だな。一応これで清木場君の問題が解決に向かい始めたとは言え、それでもまだ僕は君が心配でならないよ。もし叶うなら、これからは今以上に君を支え、癒していきたいと思うのだが……」
それこそはまさしく僕、常木譲の本心に他ならなかった。狂気を友とするという選択も決して楽ばかりとは言えないだろうし、この先彼に何があるかわからないからだ。
「常木さん……有り難うございます。でも大丈夫ですよ、今までのままでも。
私には常木さんがいるんだと、そう思うだけで勇気が沸いてくる。それに私には家族や、貴女のお陰で仲良くなれた皆もいる。
それだけの支えがあれば狂気と友達になるぐらい――
「いいや、駄目だ」
清木場君の言葉を遮り、僕は言う。
「確かに君の言い分にも一理ある。だが支えだけでは駄目だ。今の君には支え以外にもまだ必要なものがある」
「ほう、そりゃ何です?」
「癒しと快楽、さ」
「――……どちらも、間に合ってますが」
言葉こそ冷静ながら、彼が一瞬動揺したのを僕は見逃さなかった。ふふん、中々可愛い奴だ。
「強がったって無駄さ。今一瞬動揺したろう、それも図星だったって感じのだ。夢魔の眼は誤魔化せない……流石に直接心を読むことはできないが、その気になれば血の巡りや筋肉の動き、体温の上下等から凡その心情を察するぐらいはわけないんだ」
「……!」
「そう緊張しないでくれ。君を食い殺そうとか体よく利用してやろうなんてこれっぽっちも思っちゃいないよ。寧ろ救いたいんだ。悪さをするつもりならこんなやたら回りくどくてひたすら面倒なだけの作戦考えもしないって。効率も悪けりゃ確実性だってまるでないからね。
僕は君を心から愛し慕っている。だからこそ君の支えとなるだけでなく、餓えと渇きに苦しむ君自身を癒しで満たし快楽で潤したいのさ。或いは快楽で満たし癒しで潤すのでも構わんがね……」
「や、ちょまっ!?」
言いつつ僕は、上着を脱ぎ捨て清木場君へズイッと迫る。
すると彼は当然戸惑いながら後ずさるわけだが、それを追う形で僕は彼に尚も迫る。
やがて壁際へ追い詰められた彼は赤面しながら言う。
「ま、待っ、待ってっ、ちょい、落ち着いて下さい常木さん!」
「落ち着け、って……そりゃあ的外れな要求だよ清木場君。何せ僕あ至って冷静なんだからさぁ……傍目から見れば色に狂った馬鹿な阿葉擦れの暴挙にしか見えないのは百の百乗も承知だがね、それだけ真剣ってことさ……」
「で、ですがね常木さん、私ら親友同士でしょう? ならそのテの行為に及ぶのは、その……筋が通ってねぇっつうか、倫理的に間違ってると思うんですよ。
幾ら狂気を認める生き方を心がけようったって、そういう狂気は認めちゃいけねぇ部類のものでしょう?」
「確かにな――では、そのテの行為に及ぶのが当然の関係になってみるってのはどうだい?
例えばそう……恋仲、とか」
「……それ、告白のつもりですかい?」
「ああ、まぁね。正直に言ってしまうが君と初めて出会ったあの日、僕は君を見てこの上無く素敵で魅力的な男だと本能的に確信してしまっていたのさ。
夢魔特有の性衝動が僕の中で荒れ狂い、君が欲しい、君を男として愛したい、君に女として愛されたいという気持ちが日増しに高まっていったんだ。
だから言うよ清木場君――否、創太郎君」
そうだ。僕は彼を愛している。
「君が好きだ、恋人として付き合ってくれ」
ああ、言った。言ってやったぞ。
「無論君が良ければ、だがね。もしこのまま親友で居たいとか、僕がそもそも好みのタイプじゃなくて魅力を感じないとか、或いはその他の要因もあって女として意識できず恋愛感情を抱くこともできないってんならそれはそれで構わないが……どうかな」
人事は尽くした。
どんな返答が来ようとも、天命としてあるがまま受け入れよう。
僕は覚悟を決めた。
「……実は、ですね……その……私も、ね、常木さん。
……貴女のことを、その
……何時からか、女性として意識、しちまってましてね……」
おお、なんという。
これは実に、嬉しい誤算という奴だ。
「ほぉう……つまり……?」
「私も、貴女を愛してる……。
もし叶うなら、恋人になりたいと、ずっと思ってたんです。
……照れ臭えわ何か怖えわで……中々、言い出せませんでしたが……」
「そう、か……」
「ともかく、そんなわけで……改めて宜しくお願いします、譲さん――」
「ああ。此方こそ宜しく、創太郎君――」
気付いた時、僕らの唇は無意識の内に重なり合っていた。
ああ、これが所謂ファースト・キスって奴か。
味も匂いも感じはしないが、味覚じゃない何かに訴えかけてくるものが確かにあることを、僕は感じていた。
(これが接吻の味って奴か……気に入った)
かくして僕らは結ばれた。
そしてこれ以後も僕らは様々な――例えば創太郎君が生死の境をさ迷った挙げ句僕とはまた違った形で不老の身体を手に入れたり、どういうわけか巨大怪獣やテロリストと戦うことになったりというような――騒動や困難に遭遇しては乗り越え、やがて今のようなノリになっていくのだが、こういった番外編ばかり何話も続く状況はわりかし問題なように思うので、それらの話はまた別の機会にさせて貰おうと思う。
次回、本編再開