最終話「均されたもの」
音は、なかった。
風も、気配も。
ただ。
そこに在るのは、光と影。
互いに、距離を保ったまま。
その均衡は、すでに意味を持たない。
影は、理解している。
もう、均衡は崩れている。
その原因が、自身であることも。
光もまた、揺れている。
導く先はない。
それでも、動こうとする。
観測ではない。
作用。
ただ、それだけが残っている。
両者は、動く。
同時に。
距離が、消える。
接触。
その瞬間。
削る。
導く。
相反するはずの作用が、重なる。
光は、広がる。
影は、それを覆う。
だが。
それは、対立ではなかった。
押し潰すことも。
弾き返すこともない。
光は、影に溶ける。
影は、光に滲む。
境界が、曖昧になる。
どこからが光で。
どこまでが影か。
それは、もはや定義できない。
互いの輪郭が、崩れていく。
存在が、保てなくなる。
それでも。
動きは、止まらない。
止める理由も、残っていない。
ただ。
続いている。
均すためでもなく。
導くためでもなく。
その結果として。
形が、失われていく。
光は、拡散する。
影は、薄れる。
境界は、すでに失われていた。
どちらでもないものが、わずかに残り。
それもまた、形を保てずに崩れていく。
やがて。
何も、残らない。
音もなく。
痕跡もなく。
ただ、消えた。
それだけだった。
風が、吹く。
遠く。
巡礼地では、人々が日常を続けている。
祈りは戻らない。
だが。
誰も、それを不自然とは思わない。
商人は店を開き。
子供は笑い。
疲れた者は、ただ眠る。
何も変わらない。
何も、起きなかったかのように。
だが、確かに。
そこにあった歪みは、消えている。
過ぎたもの。
外れたもの。
名を持たぬまま、逸れたもの。
それらは、すべて。
静かに、均された。
理由はない。
誰の意志でもない。
ただ、そうなっただけだ。
名もなき影は、静かに均す。




