第58話 空飛ぶ宿屋で雲の上ティータイム
~雲の上カフェ、本日もひっそり営業中~
七海は、丘の上に腰を下ろし、木の根に背を預けていた。
眼下には広がる草原、遠くには青い山々。空気は澄んでいて、絶好のお昼寝日和。
「……ここ、宿屋建てたら景色良さそうだなぁ」
軽くつぶやいて、七海は手をひらりと振った。
次の瞬間――
ポン♪
音とともに、こぢんまりとした木造の宿屋が現れる。
七海専用の、持ち運び式快適ハウス。
扉を開けて中に入ると、窓辺にふかふかのソファと紅茶セット。
湯気の立つティーポットを手に、七海は大きな窓を開け放つ。
……その時だった。
宿全体がふわり、と浮き上がった。
「えっ、えっ!? ちょっと待って、今の指示してないよ!?」
しかし抗う間もなく、宿屋は空へと昇っていく。
眼下に見える景色はどんどん小さくなり、ついには白い雲の層を突き抜けた。
気づけば、宿屋は雲の上にふわりと着地していた。
足元にはふかふかの白い絨毯のような雲。
空は抜けるように青く、どこまでも広がっている。
「……すご。なんか、ラピュタにでも来ちゃった気分」
七海が紅茶を一口すすると、ふいに声がした。
「まぁ、こんなところにティールーム?」
振り返ると、金色の羽を持つ天使らしき少女が、雲からひょっこり顔を出していた。
さらに、もくもくとした白い姿の精霊たちもわらわらと寄ってくる。
「いらっしゃいませ……? ていうか、ここ宿屋なんですけど」
「じゃあ、泊めて!」
「お茶も出るんだろ? 星のかけら持ってきたよ」
あっという間に、雲の上ティータイムが始まってしまった。
七海は慌ててティーカップを並べ、出された“星のかけら”を使ってケーキを即席で作る。
ほんのり輝くショートケーキに、天使や精霊たちの目が輝いた。
「おいしーい!」
「これは天界レベル!」
わいわい盛り上がる雲上カフェ。
七海はソファに腰かけ、空を眺めながら小さく笑った。
「……まぁ、たまにはこういうのもいいか」
下界ではいつしか噂が広まり、冒険者たちが「空に浮かぶ幻の宿屋」を探し求めることになるが――
当の本人は、ただ雲の上でのんびり紅茶を楽しんでいるだけだった。




