最終話 優しい人間 〈イラスト・有〉
アリスはイローナに先導されて建物を出た。
庭木は来た時と同じくその美しさでアリスを見送り、門扉の所まで来た。
「こうして、お客様をお見送りするのは初めてです」
門をくぐるなり、イローナはそう話しかけてきた。招かれたのに帰らなかったということはそういうことなのだろうと、アリスは今更ながらに生きていることを実感した。
先程の小鬼兄弟も驚いており、兜を脱いで恭しく礼をしてきた。
「オ嬢チャン、サッキハ悪カッタナ!」
「元気デナ!」
容姿的に反省しているのか判別できなかったが、それでも彼らなりに敬意を表してくれているのだと、アリスは思った。
そして、先程の意趣返しを敢行した。
「でも、お嬢様はカンカンみたいよ。今日は食事抜きだって!」
「エエッ!? ソンナァ!?」
「サスガハ悪魔ダ! 容赦ナイ!」
などと悪態つきつつも、二人は笑っているように見えた。
やはり慕われているのだなと、アリスは実感した。
「あなた達も、次に訪問するときまでにはちゃんと礼儀作法を覚えておくのよ。食事お預けが続いて、骨と皮だけのみすぼらしい門番なんかになっちゃダメよ」
「オオ、任セテオケ!」
「次ハ、オ前ニ無礼ナ真似ハシナイ!」
口調は相変わらずで、本当に反省したのかどうか疑わしいが、アリスはヨシヨシと笑顔で頷いた。
「お客様・・・、いえ、アリス様、私がお嬢様にお仕えしてから、お客様を招くことはありましても、お見送りするのは初めてでございます。闇夜を闊歩するお嬢様に光を差し入れて下さいまして、感謝の言葉もございません。差し出がましくはございますが、またお会いしとうございます」
「こちらこそ、イローナさん。そうですわね……、今度お招きに与るときは、何かお嬢様への献上品をご用意するわ」
アリスは微笑み、イローナと門番はまた深々と頭を下げた。
「ああ、そうそう。ダキア様に一つ、言伝をお願いできますか?」
「はい。お伝えいたします」
主人への伝言を聞き逃すまいと、イローナの耳は私の言葉に集中した。そして、アリスは一呼吸の後、口を開いた。
「涙を流す怪物などはいません。ダキア様、あなたの心は“優しい人間”です、と」
「お伝えしておきます」
そして、イローナはスッと手を挙げ、前方を指さした。
「このまま真っ直ぐ、わき目も振らずに前へ進んでください。そうすれば、“こちら”に引きずり込まれることなく抜け出せます」
「そう、ありがとう。またいつかお会いしましょう」
アリスはいつもの癖でまた眼鏡をクイッと動かし、頭を下げる三名を振り向くことなく、ただ真っすぐに森の中へと入っていった。
するとどうだろうか、あれほど探しても見えなかった小道が見つかり、さらにその小道を進むと、見覚えのある大道に出ることができた。
しかも、主人を見捨てた薄情な馬もその場に立っており、出迎えてくれた。
これで帰れる、アリスは馬に跨り、出てきた小道の方を振り向いた。鬱蒼と茂る森の中、遥か先にある屋敷に向かって礼をして、その屋敷の主人とその従者達に別れを告げた。
***
後から気になって、アリスは森の館について調べてみると、奇妙なことが発覚した。
あの館は百年近く前から廃屋になっており、なんでも病弱な貴族のお嬢様が静養のために住んでいて、それが亡くなると打ち捨てられたということだ。
実際、同じ場所を訪れてみると、外観はそれとなく面影はあるものの、話の通り古ぼけて廃屋となった館が建っているだけであった。
ならば、自分が出会った少女と従者達はなんであったのか、結局は謎のままだ。
偶然にも現世と幽世が混じり合い、あの場所に迷い込んでしまったのか、あるいはどこか別の場所に引っ越されてしまったのか、それはアリスには分からなかった。
ともあれ、アリスは新たな世界に触れることができ、同時に“お友達”ができたと考えた。
太陽に背を向け、闇の中にて暮らす者達が確かに存在し、闇の中にもまた世界が存在することを知った。
明るい所だけが世界ではない。その明るさに耐え切れず、闇に呑まれた者を、あるいは蹴落とされた者を、あの少女は今日も手を差し伸べているのかもしれない。
そんな可愛らしい王様を、アリスは微笑ましく思わずにはいられないのだ。
いつかまた再会しよう。アリスはそう考えつつも、抗えぬ書物の誘惑に負け、今日も眼鏡をかけて本を読み漁るのであった。
~ 終 ~
どうも夢神 蒼茫です。
作品を読んでくださり、ありがとうございました。
吸血鬼ドラキュラのモデルとなったワラキア公国のブラド王、それに娘がいて、怪物として人知れず暮らしていたという設定の下、若干のファンタジーを加えながらという感じで書いてみました。
無辜の怪物と、本の虫のお嬢様のやり取り、最後は微笑ましいままに余韻を残して描き切れたかなと思っています。
巻末のイラストは、灰猫 様 よりいただきました! 感謝!
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