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<後編>


<後編>


正月の元旦、近所の神社に初詣《はつもうで》に行った晩のことだった。母さんが箪笥《たんす》からよそいきの服を出してきた。

そうだった。明日から遠くの祖父ちゃんの家に行く予定だった。けれど、その服はだめ…。


「いつものジャンパーじゃだめ?」

僕は母さんに聞いた。

「だめよ。だって新年のご挨拶に行くのよ」

「僕、あれが気に入ってるんだけど」

今度は、電車の時刻表を確認している父さんに言ってみた。

「よそいきの服が窮屈なのはわかるけど、ほんの二日間だけの辛抱だよ」

僕は困った。あの服のぴっちりしたポケットには、ポーポ君は入らない。


「どうしたんだい。あの服を着て、新年の挨拶をばっちり決めるって言っていたじゃないか」

「ううん、そうなんだけど」

頷くしかなかった。ポーポ君のことは、父さんにも母さんにも、誰にも話していなかった。


寝る前に、枕の横のポーポ君に言った。

「明日から二日間、祖父ちゃんの家に行くんだ。寂しいけれど君とは行けない。でも安心して。スイセンにはちゃんと水をやっておくから」


…ポポーゥ…

ポーポ君は優しい目でじっと見つめ、僕の頬にキスをするようにすり寄った。


僕は心配だった。

最近、ポーポ君の体は少しずつ小さくなっていた。最初に会った時は、鶏の卵ぐらいあったのに、今はウズラの卵ぐらいしかない。

…もしや、留守中に消えてしまうのでは……いや、そんなことはない。だってすごく元気だもの…

そう思って、僕は目をつぶった。


次の日、スイセンの鉢にたっぷり水をさして祖父ちゃんの家に行った。

・

・

久しぶりに会った祖父ちゃんはすごく喜んで、「大きくなったもんだ」と僕の肩をぎゅっぎゅっと揉んでくれた。僕は祖父ちゃんの頭を優しくなでてあげた。

「それは、やることが逆よ」

母さんが恥ずかしそうな顔をする一方で、父さんや親せきの人たちは楽しそうに笑っていた。

…あれ、前は、僕、ずっと もじもじしていたのに…

変な感じがしたけど、すごく心地よかった。離れているのに、ポーポ君がすぐ近くにいるような気がした。

・

・

二日目の夜、家に帰ってきた僕は、自分の部屋に駆け込んだ。

「ただいま!」

ところが、ポーポ君はいなかった。


机の引き出しの隅から隅、押し入れの奥から奥を探しても、どこにもいない。

そして、ああ、なんてこと……。

窓の横のスイセンは、花びらをみんな落として、枯れてしまっていた。鉢の土は、まだぐっしょり濡れている。僕は心配しすぎて、水をあげすぎたのだ。


「ポーポ君、君はどこ……。かくれんぼなんてしないで……。

ねえ、ポーポ君、どこにいるの?」

僕は部屋中に呼びかけた。


「どうしたの」

母さんと父さんがやってきた。


「ポーポ君がいなくなったんだ。花が枯れたから……死んでしまったのかもしれない」

「ポーポ君?」二人は顔を見合わせた。

僕は、これまでのことを全部話した。


「なんで、話してくれなかったの?」

母さんは優しく笑った。

「この頃、お父さんとよく話しているのよ。ひろしがいつも楽しそうねって。そんな様子を見ていたら、私達もとても嬉しいねって……。ポーポ君がいてくれたからなのね」


父さんも母さんも、一緒にポーポ君を探してくれた。


「ひろし、来てごらん」

父さんが呼んだ。スイセンの鉢を虫眼鏡でのぞいている。

「ポーポ君って、これかな?」

干からびた花びらの中にポーポ君がいた。小豆ほどに小さくなってしまっている。


「ポーポ君……死んでしまう……」

「まてまて、よく見てごらん」

父さんの静かな声に、僕は破裂しそうな胸をやっと抑えた。


虫眼鏡の中のポーポ君は笑っていた。


「そんなになってしまって……大丈夫?」

苦しい息で、やっと聞いた。


…ポーポ ポーポ…

かすかな声だった。でも、しっかりした声だった。


ポーポ君は、僕の目の前で少しずつ小さくなっていった。そして……とうとう、見えなくなってしまった。


涙が止まらなかった。唇がぶるぶる震えて何も考えられなかった。


•

•

•


…ポポ。 ポポー…

どこかで声が聞こえた。


「ポーポ君?」

僕は泣きながら眠ってしまっていたらしい。布団をはねのけて起きあがった。


夜明け前の、紫色に少し明るくなった部屋に、ポーポ君がキラキラ光りながら浮かんでいた。光のかけらが、僕の耳もとに流れてきている。


『これで、お話ができます』


ポーポ君が言葉を話した。野原をわたる風のような、ささやく声だった。


「戻ってきてくれたんだね」

手の平にのったポーポ君には、もう体はなかった。光だけ……だった。でも、とても温かかった。


…私は戻ってきてはいません。でも、消えたりもしていません…

ポーポ君は優しく言った。

その意味はよく分からなかったけど、何よりも嬉しかった。

「うん……うん」

僕は鼻水をすすりながら、何度もうなずいた。


…私は、あなたの心に住んでいる温かさの現れ…

…あなたのへこんだ気持ちに呼ばれ、ランドセルに入っていた毛糸玉に宿ったのです…


「毛糸玉…」

思い出した。

冬休み前に、黄色いセーターを編んでくれた母さんから、残りの毛糸玉をもらった。それで何か作ろうと、ランドセルに入れておいた。

終業式の日の帰り道、石を蹴って転んだ時にランドセルから飛び出して、そこにポーポ君は宿ったのだ。


…私が外にいられたのは、毛糸玉の残りがなくなるまでだったようです。

今、あなたの心の中には、私が帰る場所ができています。私の帰りを待ってくれている、とても素敵な部屋です。あなたは私のことを十分に知ってくれました。名まえをつけてくれて、いつも優しくしてくれました。

それではヒロシ君。さようならではなくて、ずっとよろしくです。最後にお話ができてよかったです…


「ちょっと待って」

呼びかけると、ポーポ君はにっこり笑ってお辞儀をした。そして僕の体にすっと入りこんだ。


「ポーポ君・・」

どうしてそうしたのかは分からない。僕は目を閉じて、そっと胸に手を当てた。

まぶたの後ろにほのかな光が見えた。


「ああ……ポーポ君、君はそこにいるの?」

小さく聞くと、光は大きく広がった。

とても悲しかった。でも、とても嬉しかった。何より、すごく温かかった。


「ポーポ君、君はいつも一緒なんだね。僕の心に住んでいて、いつも僕を温めてくれる。僕の心が温かいと、君の部屋も素敵になるんだね」


僕は立ち上がってカーテンを引いた。朝の光が、まぶしく目に飛び込んできた。


「さあ、ポーポ君!」

僕は窓を開けて、透き通った空気を胸いっぱいに吸った。




おしまい


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