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<前編>



明日からは冬休み。みんな嬉しそうに帰り道を歩いている。

こんな日に落ち込んでいるなんて、きっと僕ぐらいに違いない。五年二組-佐藤洋さとうひろし-手提げについた名札も曲がってしまっている。

もちろん僕だって冬休みは楽しみにしていた。宿題は少しで朝寝坊だって許される。何しろ、家でのんびりできるっていうのが最高だ。

でも今、僕の足はすごく重い。頭から湧き出た黒雲がぐるぐると巻きついているようだ。全ては今日もらった通信簿のせい。家に帰って母さんに見せれば、雷が落ちるのに違いないのだ。

「えい」

道端の石を思い切り蹴飛ばした。勢いあまってそのまま転んでしまった。ふたの開いたランドセルからこぼれ出た筆箱やファイルをしまいながら、

「でも、帰る所は一つだけ」

長い溜息ためいきをついて帽子をかぶりなおした。と、その時、

•• •

何かが頭の上で動いた。

身体中の毛が逆立った。こわばった手でなんとか帽子のつばを握り、一気に横に払った。


「なに、これ!」

いつの間に入り込んだのか、帽子の中に小さくなった毛糸玉みたいな黄色の生き物がいた。

「こら、出ていけ!」

はたはたと帽子を振っても、それは落ちなかった。地面に置いておそるおそる木の枝で突ついてみた。けど、まるで動かない。

帽子はこの前、買い替えたばかり。こんな所で捨てていくわけにはいかなかった。


「お願い、どこかにいって」

丁寧に言ってみた。すると、

・・ポーポ・・

それは子猫が甘えるような声で鳴いた。

毛むくじゃらの体の中に開いた黒い目は、ウルウルと僕を見つめている。小さな口は何か言いたそうにパクパク動いている。

「かわいい!」

思わずにんまり笑ってしまった。見たこともない生き物だけど、丸まったハムスターに見えなくもなかった。


「いったい、どうしてほしいの」

聞きながら、勇気を出してそれを摘んだ。あっけないくらい簡単に帽子から離れたそれは、僕の手の平にちょこんとのった。毛糸玉みたいな見た目と同じく、フワフワしていてとても温かかった。


「君って何なの?」

・・ポーポ・・ポーポ・・

「君は、ポーポっていうのかい?」

・・ポーポ・・

それは嬉しそうに体を振るわせた。


「ポーポしか言わないポーポ君。君の住処すみかはどこ?どこからやってきたの?」

・・ポポー・・

少し寂しそうな声が返った。

「帰る所がないの?」

・・ポポー・・

僕はポーポ君がかわいそうになってきた。

このまま道に捨ててしまうなんてできやしない。


「僕の家においで。父さん母さんには内緒だけど」優しく撫でながら言った。

・・ポーポ。ポポポポゥ・・

ポーポ君は落ちそうなくらいに手の上を跳ねた。


僕はポーポ君をそっとジャンバーの大きなポケットに入れた。いくらかわいくても頭の上は勘弁だった。



家に帰るとすぐに二階の自分の部屋にいった。机の大きい引き出しを空にしてタオルを敷いてポーポ君をおいた。


ドアをノックする音がした。

引き出しを閉めるのと同時に、母さんが部屋に入ってきた。

「ひろし。通信簿は?」

そう、ポーポ君のことですっかり忘れていた。僕はしぶしぶながら通信簿を母さんに見せた。

「なんなのこれ」

やはりお説教が始まった。

僕はじっと下を向いていた。怒った声が頭の上に落ちてくる。でもずっとポーポ君のことを考えていて全然怖くはなかった。

『引き出しの中で苦しくないかな』

『何を食べるのだろう』とか・・。


「わかったわね」

お説教が底をついたのか、母さんは喉をさすりながら部屋を出て行った。


僕は急いで引き出しを開けた。手の平にのせたポーポ君は少しぐったりしていた。

「ごめんよ。やっぱり苦しかったんだ。ねえ、元気出して」


・・ポポ・・

小さく鳴いたポーポ君は手から落ちて、窓際の鉢の横に転がっていった。

趣味ということではないけれど、僕は花だけは大切に育てていた。


ポーポ君は花の前で大きく口を開いて息を吸っている。やがてヒョコヒョコと踊り始めた。

「ははあ。君の食べ物は花の香りなんだね」

それに応えるようにポーポ君は部屋中を跳ね回った。



それから僕はいつもポーポ君と一緒だった。食事の時も、外に遊びに行く時も‥いつも僕の服のポケットの中にはポーポ君がいた。夜寝る時には枕の横で冷たいほほを温めてもらった。


おかげで僕は色んなことが楽しくてしかたなくなった。

「せっかくの冬休み。家でのんびりしているなんてもったいない」

そんなふうに考えるようになっていた。


冷たい風が吹いていても外に飛び出していく。公園にいじめっ子がいても気にならない。ブランコに乗って思いっきり空を蹴った。

ふわふわのポーポ君をポケットに入れて、僕の心はいつもぽかぽかと温かかった。


いつの間にか、僕にはたくさんの友だちができていた。

辛いことがあって悲しそうにしている友達がいれば、その子の手をポケットに入れてあげた。ふわふわのポーポ君に触った友だちは、幸せそうなほんわかした笑顔になった。


僕は一生懸命に花の世話をした。誰かのことを思って何かをするのは初めてのことだったけど、すごくやりがいがあった。

だってポーポ君は、本当においしそうに花の香りを嗅いでくれるのだもの。そしてピョンピョン跳ね回るんだ。

時々、調子に乗って、するすると服の中に入ってきて僕をくすぐった。

「やめてくれー」

僕はたまらずゴロゴロと床を転げまわった。あまりにうるさいので母さんがお説教をしにくるけど平気だった。

目を大きく開いて、しっかり話を聞いていると、母さんは怖い顔を忘れてしまった。


「ねえ、どうしてそんなに楽しそうなの」


でも、僕はニコニコしながら答えるだけ。

「それは内緒。内緒のポーポ」




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