7(エピローグ)
今日は、1時間前に6話を更新しております。
まるで尾を引いているかのように長く伸びた雲たちが、水色の空を、さわやかに染め上げていた。
「晴れてよかったですね。お嬢さま」
ドリカの視線を追いかけたのだろう。メイドのフロリーが、ドリカの髪を華やかに結い上げる手を止めることなく言う。
「そうね」
「ドレス、よくお似合いですよ、お嬢さま」
「ありがとう」
深紅のイブニングドレスをまとったドリカは、鏡台の前でやわらかく微笑んだ。
卒業パーティのためにと、シグナからもらった紅いドレスは、一度手放したはずだった。
けれど、昨日、シグナに寮の前まで送ってもらい、部屋に戻ると、ドレスはおろか、商人の手に渡ったはずの調度品すべてが、まるで何ごともなかったかのような様子で、部屋の中に鎮座していた。
フロリーが言うには、品物は、ドリカが売った直後に同じ値段でシグナが買い取るという形を取っていたそうだ。実際に手続きをしていたのは、今、ドリカの髪を結っているフロリーだそうだが。
さらに話を聞くと、どうやらフロリーはもともとウェイク家に仕えるメイドだったらしい。しかも、シグナの乳兄弟で、幼い頃は一緒に庭を駆け回った仲だそうだ。
2年前、フロリーがドリカのメイドになったのも、シグナに言われてのことだったらしい。
何故かヘタな男よりも腕っぷしの強いフロリーを見込んで、シグナが、自分と結婚するまで、ドリカを守って欲しいと頼んできたそうだ。
幸い、フロリーが格闘技を披露する機会はなかったけれど、今回の件も含め、思っていたよりも、シグナがドリカのことを見ていてくれたのはよくわかった。
「……まったく、あの時のシグナさまと来たら、せっかくドリカさまを家に招待したのに、ロクに口も聞かずじまいだなんて、ヘタレですよ、ヘタレ」
数年前の話をされて、そんなこともあったな、と思い返す。
あれは、婚約が決まった直後くらいの時だったろうか。ウェイク家に招かれて訪ねてみたはいいものの、ふたりで散歩でもしてきなさい、と公爵夫人に言われて、屋敷の外に出てみても、むすっとした顔をして、ただひたすら庭を歩くのみ。
ドリカから話しかけてみても、「…ああ」とか「…そうだ」とか「…違う」とか、ほぼ三文字でしか答えが返って来ないし、そのあとはまた黙り込んでしまう。
「わたし、シグナさまは、てっきりわたしとの結婚に興味がないのだと思っていたわ」
目の前の鏡で、フロリーの手により磨かれていく自分を確かめながらドリカが言う。
「違いますよ、お嬢さま。むしろその逆です」
ピンクの珊瑚を薔薇の形に埋め込んだ髪飾りを手に、フロリーがぱたぱたと手を振る。
「興味がありすぎて、逆に何も言えなくなってしまっていたのです、あの方は。でも、ドリカさまが本気で逃げようとしたので、やっと告白したと。やっとですよ、本当にやっと」
ヘタレすぎる…! とつぶやきながら、フロリーは、ドリカの首に、髪飾りと同じ珊瑚で作られたネックレスをつける。
そして、ドリカの肩に、細かいレースで編まれたケープをかけた。
「さあ、これで準備は完了です。おきれいですよ、お嬢さま」
「ありがとう」
ドリカは、立ち上がって、全身が映る姿鏡の前に立った。
シグナに贈られた深紅のイブニングドレス。
最初にドレスを見た時、体をほっそりと見せてくれる胸元の開き具合と、ドレスの襞の中に隠れているレースの刺繍がとても気に入った。
けれど、ドレスは最初から売るつもりでいたから、一度も袖を通さずにおいたのだ。
それがまさか、この身にまとえる日が来るとは。
「……シグナさまは、気に入ってくださるかしら?」
思わずこぼれたこの発言には、ドリカ自身も驚いた。
けれど、どうにも気にかかることも事実で。
フロリーは、どうやらドリカよりもはるかにシグナのことを知っていそうだから、うまくやってくれているとは思うのだけれど、念のため訊ねてみると、フロリーは、にっこりと笑って答えてくれた。
「大丈夫ですよ、お嬢さま」
「そう? よかっ…」
ほっと息をつこうとしたドリカの声に重ねるように、フロリーはこう付け加えるのだった。
「たとえどんなボロを身にまとっていたとしても、中身がドリカさまだったら構わないと思いますよ、シグナさまは」
「………」
「そのドレスを選んだ時は、あの人が着たら、どんな豪華なドレスもかすんでしまうなあ…。っておっしゃってましたし、ドリカさまがお忍びの服を着ていらしたのを見かけた時も、本当に美しい人は、着ている服が質素でも、魅力を隠せないものなんだなあ…。って。あ、もうこんな時間。さあ、お嬢さま、そろそろ大広間に参りましょうか。シグナさまももういらしてると思いますよ」
フロリーが、いきいきとした表情で、寮の部屋のドアを開ける。
「…………そうね」
思いがけない方向から、シグナの本心を知ったドリカは、自分の顔がじわじわと赤く染まっていくのをつぶさに感じながら、シグナのもとへと向かうのだった
Fin
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(C)結羽2018
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