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生死の案内人  作者:
第二章 探し人
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Chapter2 思わぬ再会

外は間も無く夕方になろうとしている。定時は十八時だが、保育園に預けている弟の迎えや晩御飯の支度がある為、会社に許可を貰ってなるべく早めに帰らせてもらっている。

まだ多少仕事が残っているが、残りは明日へ持ち越す事にして帰り支度を始めようとした、その時だった。


「一条~、今手空いてる?」


不意に、同僚である佐々木から声を掛けられた。隣の席から椅子ごとこっちへ近付いてくる。

何と無く嫌な予感がしたが、目の前の彼は困ったように笑っていた。


「…どうかしたんですか?」

「いやー、こっちの開発作業が詰まっててさ。もし時間があるなら少しだけ手伝ってほしくて」


プログラミングの画面を指差して申し訳なさそうに告げられれば、予想通りの展開に肩を落としてしまいそうになった。


「動作も可笑しいしで、修正してると今日も終電を逃してしまいそうだ…」

「でも、僕これから……」

「頼む! 少しでいいから!」


両手を合わせてお願いされると断り難い。少しだけ、と言う言葉に負けて小さく息を吐いた。


「……もう。少しだけですよ?」

「有難う一条…! じゃあ、これとこれと…あと、これな!」

「えっ」


送られてきたデータ量に目を疑った。ちっとも少しの量ではない。

半分くらいは送られていた。これじゃあ数時間はかかる。なんだこれ、誰が半分もやると言った。

今直ぐこの同僚の頭を叩きたいくらいの気持ちだが、ぐっと堪えた。思わぬ形で残業を強いられてしまい、弟が心配で時計を見つめた。自分の代わりに迎えに行ってくれる人なんていない。

携帯を持たぬジルベルト達に連絡する手段もなく、非常に困った。然程年の差もない晴香に迎えに行かせて良いものなのか。

諦めと共に鞄を置いた。周りの人達は定時を過ぎれば其々の頃合いで上がっていく。少しずつ人の気配は減っていき、気付けば未だに残っているのは自分と隣の同僚だけとなった。


「やっべ、そろそろ終電じゃん! また会社に一泊コースになっちまう~~」


隣から嘆く声が聞こえる。頭を抱えて机に突っ伏しているが、正直頭を抱えたいのはこっちである。

また保育園に迷惑をかけていると思うと、想像するだけで胃が痛くなりそうだ。


「ちなみにこれ、期限はいつまで?」

「明後日」

「……は?」


語尾に星が付きそうな程軽い発音に、募る苛立ちを顔に表してしまう。それを見た同僚が怯えたように視線を外した。


「いや、まさかこんなに苦戦するとは思わなくて……」

「自分の力量を過信し過ぎた結果、でいいのかな」

「う……ハイ」


反省してます、との態度を露にして頭を垂れた。


「このまま残り続けても作業効率は落ちる一方なんだけど…、そもそも期限までの時間がないんじゃどうしようもないか」

「終電見送り、だよなぁ」


彼は持参している寝袋を掲げた。こうして仲良く会社に一泊コースが決まったのだった。響哉は一旦休憩だと告げて席を立つ。

鞄から財布を取り出して自動販売機まで向かった。廊下は節電の為か明かりは点々としている。夜遅くの会社というのは、普段人が多いだけにとても静かだった。辺りも暗く、人の気配もないのでより一層恐怖心を煽る。夜の校舎もきっとこんな感じなのだろう。

自販機から放たれる電気の光が眩しい。お金を入れ、珈琲を選択してボタンを押した。ガコンと音を立てて珈琲の缶が下に落ちる。床に片膝を突いて缶を取り出した。


缶を手に戻ると、物音が聞こえないので同僚の席を見た。

……寝てる。机に突っ伏して爆睡していた。暫くは起きなさそうだ。

自分も仮眠くらいはした方がいいだろうか。会議室にソファがあったのを思い出しながら、持ってきた缶を机に置いて席に着こうとした、その時だった。


妙に部屋が暗く感じられ、上を見上げると室内の明かりが一つだけ点滅していた。蛍光灯が切れかかっているのか、何度か光を失うものの直ぐに明かりは点いた。

然し、代わりに背筋が凍る程の妙な寒気が全身を這った。この感覚には覚えがある。

──まさか悪霊が会社内に?

有り得ない話ではない。今此処で眠ったら、目が覚める事無く死んでしまいそうな、そんな予感がする。


「よぉ、また会ったな」


不意に届いた第三者の声に目を見開いた。

声のした方角を振り向けば、空いている席の机に腰掛けて足を組んでいる黒いフードの男を発見する。

以前にジルベルト達と出かけた時に会った死神の男だ。鞘を肩に掛けて、愉悦を帯びた表情で見下ろしている。


「悪霊の気配を追ってきてみれば、まさかお前がいるとはなぁ。こいつはラッキーだ。今日はお付きの死神はいねェみたいだな」


まずい。社内で暴れられたら寝ている同僚も危ない上に、機材も壊れる。おまけにジルベルト達はいない。

焦りが心の内を支配している間に男は机から降りて刀の柄に手を掛けた。正面から対峙した響哉はじりじりと後ろへ後退する。

狙いが自分なら、同僚が巻き込まれない場所まで逃げよう。決断すると同時に響哉は後ろを向いて一気に駆け出した。

廊下に出て真っ直ぐに階段を目指す。とりあえず会社から外へ出よう。そうすれば一先ず社内の物が壊れずに済む。

自分の命の危機だと言うのに、思考は会社に迷惑を掛けたくない想いでいっぱいだった。普通は人命が一番な筈なのに、上司に怒られる方がよっぽど嫌だ。

背後から迫る足音には一切振り返らずに、響哉は階段を駆け下りた。


自分以外の靴音が徐々に距離を縮めているのがわかった。この侭だと直ぐに追い着かれてしまう。一度隠れてやり過ごすべきか。

階段を下りるのをやめて今が何階なのかもわからない侭、空いている部屋に入って適当な机の下に隠れた。乱れた呼吸を整えつつ声を殺し、静寂さが戻るが同時に緊張感をひしひしと感じる。

追いかけていた足音も響哉を見失った為か、次第に歩みへと変化するのを音で認知した。


「おいおい、今時隠れんぼとか幾つだ?」


挑発めいた発言を零しながら男は周囲を見渡した。この侭男が通り過ぎてくれるのを待つしかない。

然し次の瞬間、その願いはあっさりと砕け散る結果となってしまう。


「ひっ……」


目の前に悪霊らしき黒い影が見えた。背筋が凍る程の悪寒は、死神によるものではなかったらしい。

水溜りのような黒い渦の中から呻き声と悪霊の細い腕が伸びていた。驚きと恐怖で無意識に小さな悲鳴を上げてしまった事を後悔する。


「そこか!」


小さな悲鳴を聞き逃さなかった男は、先ず目先の悪霊を薙ぎ払った。

奇声を上げ、浄化された悪霊が霧散し、その場所に男が着地する。不敵に笑んで背後を振り返った男は机下の響哉の胸倉を掴んで其処から引っ張り出した。


「うわっ!」


力強い腕によって床に放り投げられる。全身を強く打ち、呻いた。起き上がろうと身動ぐが、刃の切っ先が喉元へ突き付けられて息を飲む。

視線を上に上げると、冷ややかな眸と視線が交わった。──殺される。本能がそう告げていた。


「安心しろ、死んだ後はきちんとあの世まで送り届けてやる。俺の罪は軽減され、お前も望み通り死ねる。いい事だらけじゃねーか。何故逃げる?」

「っ、死にたくないから逃げるに決まってる!」


振り絞るように叫んだ。死にたいと思った事なら今までに何度もある。けどそれは本当に死にたいというよりは、今の苦しみから逃れたいという意味だ。

目の前の死神は死にたいという言葉を、言葉通りに受け取っただけに過ぎない。睨み返す響哉に男は舌打ちし、片手で刀を振り上げた。

…刹那、視界の端で何かが一瞬光を放ち、眼前で爆発音が鳴り響いた。


「なっ…!」


衝撃で刀が横に弾かれる。同時に光った方角へ目を向けた。

すると、廊下の方から更なる追撃の光弾が何発も男に向かって放たれ、彼は響哉の許から急ぎ飛び退いた。


「ハーイ、響哉さん。生きてますー? 首は落ちてないですねぇ、良かった良かった」


聞き覚えのある女の声だった。煙が室内に漂っていた為、漸く新たな人影を視界に捉えた。


「リリス…」

「立てます?帰りが遅いので様子を見に来たら、まさか死神に襲われているだなんて思いもしませんでしたとも」

「ジルは?」

「ジルベルトは貴方の弟を迎えに行き、今は貴方の代わりに晩御飯やら面倒を見ていますので、到着が遅れます」


祐樹の迎えと聞いて、ほっとした。そうか、代わりに保育園まで行ってくれたのか。


「ほう、いつの間にか新しい死神が増えてんじゃねぇか。お前、死者に愛されてんな」

「そういう貴方も、響哉さんに引き寄せられた一人でしょう?」

「ははっ、違いねぇ」


男は否定せずに笑ってみせた。何故だか知らないが、確かに自身の周りには悪霊や死神といった死者が集まっている。

元々引き寄せる体質なのか、別の理由があるのか、響哉にはさっぱりだった。

落ちた刀に男が手を伸ばすのを捉えたリリスは瞬時に鞭の先で陣を描き、空気を鋭い刃に変えて前方へ放った。

手にした刀剣が火花を散らし、金属音を立てて風の刃を打ち落とし、彼は一直線に突進してくる。振り下ろされる瞬間にリリスは響哉の襟を掴んで後方へ退いた。

床を突き破るのではと思える程に、それは強力な一撃だった。強い衝撃にも関わらず、手に持つ刀は刃こぼれ一つなく綺麗な侭で、刀の周りに薄らと透明な膜が張っているように見えた。


「これだから力任せの脳筋タイプは……!」


叫んだリリスは響哉の手を引っ張り、急いで部屋を出る。


「退却しますよ! 走ってください!」

「けど、同僚が…!」

「彼なら恐らく心配は要りません。同僚さんを使って響哉さんを脅せば済む話だったのに、あの男はそれをしなかった。だから、今更手を出す可能性は低いと見ました」


確かに彼は同僚に見向きもしなかった。真っ先に此方を狙ってきた辺り、使える手段は何でも使うタイプではないのかもしれない。

一度だけ男のいる部屋の方を振り向いたが、首を横に振って前を向き、一階を目指した。



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