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第五節

 放課後、俺は美雪さんに連れられて漫研の部室にやってきた。中はまぁ、ある意味イメージ通りというか、長テーブルが二つ向かい合わせで置かれ、そこに数人が座って黙々と漫画を描いていた。

「普段はもっとおしゃべりとかしてるんだけどね。今は文化祭に向けてこんな感じ」

 俺がいるのにも気付かず、ひたすら机に向かってペンを走らせている。ものすごい集中力だな。

「みんな、雑用連れてきたよ」

 美雪さんの言葉に反応して、それぞれ顔を上げた。

「この何にもとりえのなさそうな、いかにもアレな感じの男が佐々木太一。なんでもやってくれるから、みんなどんどん仕事押し付けちゃってね」

「ども」

 紹介の仕方もアレな感じだが、間違っちゃいないから反論できない悔しいビクンビクンッ。

 はーいとか、うぃーすとか聞こえ、短く自己紹介をされたが、正直覚えきれないので家に帰ってからの宿題にしちゃおうかな☆ 今はモブA~Dさん達でおk。

「ほんで、俺はさしあたって何をしたらいいのかしら」

「あんたみたいな人種ってすぐオネエみたいな口調になるわよね」

 あら無意識だったわごめんあそばせ。

「じゃあとりあえず、これを読んで感想をちょうだい」

 美雪さんは俺に一冊の同人誌を手渡した。

「一般的な面白いとかつまんないとか、その程度の感想しか言えないかもしれないぞ。あんまり期待しないでくれよ」

 あくまで俺は素人だからな。お客としてあれこれ言うことはあるけど、人様が作っているものにいちゃもんを付けられるほど成熟しているわけではない。

「それでいいわ」

「了解。んじゃ少し時間をくれ」

 俺は手近にあったパイプ椅子に腰をおろし、一息ついて集中してからページをめくった。

 内容は短編のよくある学生の恋愛もの。数人の男女が互いに好きあったり嫉妬しあったりして、最後はハッピーエンドを迎える作品。

 同人誌自体はページ数も少ないしすぐ読み終えたのだが、感想を人に言うとなると考えをまとめないといけないので時間がかかる。不明瞭でどっちつかずなことを言われたら困るだろうからな。

 俺はそこから十分ほどかけて読み込んだ。

「読み終わった」

 俺のその言葉に、部室にいる全員が反応して、作業の手を止めた。なんか怖いんだけど。

「それで、どうだった?」

 美雪さんが俺のそばへ寄ってきて、腕を組んだまま尋ねた。だから怖いって。

「あくまで文化祭の作品、ということで言わせてもらうぞ」

 俺は一呼吸置いてから言葉を続ける。

「結論から言うと、これだと売れないと思うぞ」

 そう言うった瞬間、部室の空気が一気に冷たく張り詰めたのを感じた。

「理由は?」

 美雪さんがさっきよりも強い口調で言った。

「まず内容はあとにして、全体的な俺の考えを言わせてもらう。俺らみたいに商業誌以外のものを読んでいる人間なら、なんていうか、作品に対してまぁこのぐらいだよなっていうボーダーラインみたいなものが段階的に設定されていると思うんだ。これから伸びそうとか、ちょっと工夫したら面白くなりそうとか、そういう可能性についても評価に入る。けど、文化祭で出品する、いわゆる一般層はそんなに甘くない。あの人達は、完成されたもの、成熟されたものしか見ていないから、イチかゼロしかない。それに達していなければ表紙を見るだけで中身を読んでくれさえもしない」

「つまり、クオリティが低いってことね」

「まぁそうだな」

 俺は少し間を置いて他の人の反応を伺ったが、みんな俺の次の言葉を待っているようだった。

「次に内容に関してだが、正直ありきたりすぎてつまらない。どこかで見たような設定と関係性にキャラ。せっかく手にとって読んでくれたお客さんでも、これじゃあ買ってはくれないだろうな」

 さっきから全員の睨むような視線が痛すぎて辛い。ちょっと言い過ぎただろうか。変な汗も出てきたし。もう帰ってゲームしたいよ。

「仲間内で楽しくわいわい作りました読んでくださいって言うならこれでいいかもしれない。けど、人からお金を取るんだったら、この程度で妥協してちゃだめだ」

 言い終えると、美雪さんは俺から同人誌をとって、中をペラペラとめくり始める。

 なんで何も言ってくれないのかしらん。アタシ地雷踏んじゃったのかしら。

「まぁ、なんだ、でも、読んでる人を感動させたいっている気持ちはすごく伝わってきた。最後に告白するシーンはリアルで個人的に好きだったし。変にカッコつけないで、今できることを特化させてやれば活路は見えてくるんじゃないかな」

 すんげー抽象的すぎて全く為にならないようなことを言ってしまった気がする。

 美雪さんはずっと無言で立ったまま同人誌を眺めているし、他の部員も下を向いてしまった。

 もっと簡単に、うん! すっごく面白かった! これなら俺も十冊は買っちゃうよテヘペロ♪ とか言っておけばよかったのだろうか。

 永遠とも思える無音の時間が続いたが、実際は数秒しか経っていなかったようで、美雪さんがくるりと回って部員たちの方に向き直った。

「みんなごめん、やっぱり作りなおそう」

 美雪さんがそう言うと、さっきまでの空気は一変して、部員たちがぽつぽつと意見を言い始め、それがやがて活発な会議のようなものへと変わっていった。

 俺はその様子をしばらく眺めていた。俺の言葉は彼女達に少しでも届いたのだろうか。そう思うと、なんだか体中が熱くなっていた。

「それじゃあ俺はこの辺で……」

 なんとなく、今日はもう役に立てそうなことはないだろうなと悟った俺は、こそこそと部室を出ることにした。

「待って!」

 廊下に出て数歩進んだところで、部室から出てきた美雪さんに呼び止められた。

「その……今日はありがとう」

 もじもじとスカートの裾を掴みながら俯いて言うその姿の破壊力と言ったらデュフフ。

「ほんというとね、早いうちに本は出来上がってたんだ。でも、本当にこれでいいのかなってGOサインが出せなくて。それで色んな人に見てもらってたんだけど、みんな本当のこと言ってくれないっていうか、テキトーにその場しのぎのことしか言ってくれなかったんだよね」

 まぁ面白いならまだしも、正直に言って人間関係に亀裂を生じさせるのもアレだしな。

 美雪さんは上目遣いにこちらを見つめ、言い放った。

「また明日も来てくれる……?」

 グハァ! 俺の中の萌心が吐血した音が聞こえた。

「ももももももちろん!」

「ホントに!? ありがとう!」

 にへへ、と全力の笑顔を向けられてしまった。俺の人生でこんなに女の子に笑ってもらえたことがあっただろうか。いや、二次元でしかない。


     ◆

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