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寝たきりのはずではありませんでしたか  作者: 九葉(くずは)


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10/10

第10話 今度は、私が選んだ結婚です

ジュリアン様と想いを伝え合ってから、半年が過ぎた。


療養棟には新しい部屋が増え、王都の外からも患者を受け入れるようになっていた。


私が作った療養手帳は、三つの施療院で使われている。


使う場所が変われば、必要な項目も変わる。


私は各施設から届いた意見を整理し、誰にでも使いやすい形へ少しずつ直していった。


自分一人で、すべての患者を支える必要はない。


支える人が変わっても、必要なことが伝わる仕組みを作ればよい。


その仕事は、私が思っていた以上に楽しかった。


「エマ様、そろそろお時間です」


ジュリアン様に声をかけられ、私は机の上の書類をまとめた。


「もう、その時間ですか?」


「今日は休みを取ると約束しました」


「あと一枚だけ確認しても?」


「確認し終えるまで、ここで待っています」


急かすことも、無理やり書類を取り上げることもしない。


けれど、約束を曖昧にはしない。


私は最後の一枚へ目を通し、きちんと机の引き出しへ収めた。


「お待たせしました」


「いいえ。では、参りましょう」


その日、私たちは初めて二人で出かけた薔薇園を訪れた。


丘の上には、以前と同じように、色とりどりの薔薇が咲いている。


私が選んだ深い紅色の薔薇も、見ごろを迎えていた。


「覚えていてくださったのですね」


「忘れたら、エマ様に叱られてしまいますから」


「叱りません。少しがっかりするだけです」


「それは、叱られるよりつらいですね」


二人で笑いながら庭園を歩く。


半年の間に、私たちは多くのことを話した。


仕事のこと。


家族のこと。


好きなものと、苦手なもの。


何に腹を立て、何を悲しいと思うのか。


意見が合わない日もあった。


療養棟へ新しい患者を何人まで受け入れるかをめぐり、何日も話し合ったこともある。


ジュリアン様は、医師として一人でも多く受け入れたいと考えた。


私は、働く人々へ負担をかけすぎれば、結局は患者のためにもならないと反対した。


最後は、一度に増やすのではなく、必要な人員をそろえてから段階的に受け入れることに決めた。


どちらかが我慢したのではない。


二人が納得できる答えを、一緒に探した。


「こちらで少し休みませんか?」


ジュリアン様が、赤い薔薇の前にある長椅子を示す。


「はい」


並んで腰を下ろすと、彼はいつになく緊張した様子で背筋を伸ばした。


「今日は、エマ様にお話ししたいことがあります」


「療養棟のことでしょうか」


「仕事とは関係ありません」


半年前にも聞いた言葉だった。


ジュリアン様は上着の内側から、小さな箱を取り出した。


箱の中には、赤い石を一つだけ飾った指輪が入っている。


「エマ様」


彼は私の前へ立ち、まっすぐに目を合わせた。


「私と結婚していただけませんか?」


胸が大きく高鳴った。


その言葉を、以前の私は六年間待っていた。


けれど今、目の前にいるのは私を待たせ続けた人ではない。


私と同じ速度で歩き、ときには立ち止まり、どちらへ進むのか一緒に考えてくれる人だ。


「お返事の前に、確認してもよろしいですか?」


「もちろんです」


「結婚しても、私は療養棟の仕事を続けたいです」


「続けたいのであれば、ぜひ」


「家のことも、どちらか一人へ任せきりにはしたくありません」


「私も同じ考えです。施療院の近くに屋敷を借り、必要な人数の使用人を雇いましょう。私も自分にできることは行います」


「もし、私が仕事を辞めたくなったら?」


「理由を聞き、一緒にこれからを考えます」


「続けたいと申し上げたら?」


「応援します。ただし、身体を壊すほど無理をしているときは、心配していると伝えます」


ジュリアン様は、少しだけ眉を下げた。


「私が無理をしているときも、同じように止めていただけますか?」


「はい。その条件は、お互いに同じです」


私だけが支えるのではない。


彼だけに守ってもらうのでもない。


できるときは手を貸し、できないときは正直に伝える。


どちらか一人の犠牲で成り立つのではない関係を、二人で作っていく。


「最後に、もう一つ」


私は彼の持つ指輪を見た。


「これを選んだ理由を伺っても?」


「赤い薔薇がお好きだからです」


「正解です」


ジュリアン様が安堵したように笑う。


「では、お返事をいただけますか?」


私は左手を差し出した。


「はい。私と結婚してください」


彼の表情が、喜びに輝く。


指輪が薬指へ通される。


以前の指輪とは、色も形も違った。


何より、これを受け取る私が違う。


家同士に決められたからでも、長く待った時間を無駄にしたくないからでもない。


私自身が、この人と生きたいと思って選んだ指輪だった。


「ありがとうございます、エマ」


初めて敬称をつけずに呼ばれ、頬が熱くなる。


「私も、お名前でお呼びしてよろしいですか?」


「もちろんです」


「では……これからよろしくお願いします、ジュリアン」


「はい。こちらこそ」


彼が私の手を包む。


「抱きしめても?」


「それも確認なさるのですね」


「大切なことですから」


私は笑って、うなずいた。


「お願いします」


抱きしめられた身体は、温かかった。


その腕の中で、赤い薔薇の香りを吸い込む。


私はもう、誰かに選ばれるのを待ってはいなかった。


自分が選んだ人の隣に、自分の意思で立っている。


それから半年後。


私とジュリアンは、ヴェルヌ侯爵邸の庭で結婚式を挙げた。


庭には、母が育てていた赤い薔薇が咲き誇っている。


婚礼衣装の確認には、ジュリアンも毎回出席した。


一度だけ急な診察で時間を変える必要があったが、彼は事前に事情を説明し、仕立屋へ自分で詫び、私の都合を尋ねた。


予定が変わっても、私の時間まで軽んじられたとは感じなかった。


二人の婚礼だから、二人で準備した。


招待客への手紙は私が整え、返事の確認はジュリアンが引き受けた。


料理は二人で試食し、林檎の焼き菓子を必ず加えてもらった。


「本当に結婚するのだな」


支度を終えた私を見て、兄が目元を押さえた。


「兄様が泣いてどうするのですか」


「泣いていない。少し目にごみが入っただけだ」


「室内ですけれど」


「今日は風が強いんだ」


窓の外の薔薇は、ほとんど揺れていない。


私は笑いながら、兄から渡された花束を受け取った。


赤い薔薇だけを束ねたものだった。


式には、療養棟で働く人々も出席してくれた。


私は誰かの妻になる前に、療養棟の運営を担う一人の人間として、そこに居場所を持っている。


結婚しても、それが消えることはない。


アーヴェル伯爵からは、丁寧な祝いの手紙と、療養棟への寄付が届いた。


セドリック様からの手紙はなかった。


けれど伯爵の手紙には、息子が領地で実務を学び直していることが短く記されていた。


失った信用は、まだ戻っていない。


それでも以前のように誰かへ後始末を任せず、自分の仕事と向き合っているという。


リリア様は王都を離れ、気候の穏やかな土地で療養している。


今は体調を自分で記録し、必要なときには医師へ相談しているそうだ。


セドリック様へ、夜中に使いを送ることもなくなった。


二人が将来どのような道を選ぶのかは、私には分からない。


もう、分かる必要もなかった。


庭へ出ると、ジュリアンが待っていた。


礼服に身を包んだ彼は、私を見るなり幸せそうに目を細める。


「きれいです、エマ」


「ありがとうございます。ジュリアンも素敵です」


私たちは並んで、家族と友人たちの前へ進んだ。


誓いの言葉を交わす。


楽しいことだけではなく、つらいこともあるだろう。


意見が合わず、互いに腹を立てる日もきっとある。


それでも、どちらか一人に我慢させて終わりにはしない。


話し合い、尋ね合い、二人で答えを選ぶ。


「これからも、よろしくお願いします」


「はい。何度でも一緒に考えましょう」


誓いの口づけのあと、大きな拍手が庭を満たした。


赤い薔薇の花びらが、祝福するように風へ舞う。


六年前、私は誰かに幸せにしてもらえる日を待っていた。


今は違う。


仕事も。


居場所も。


隣を歩く人も。


すべて、自分で選んだ。


これは、待ち続けた末に与えられた未来ではない。


私が自分の手で選び、愛する人と二人で作っていく、私の人生だった。

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