表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の忘れ谷で壊れた古家を直したら、職人娘と精霊モグラの修繕工房になりました  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/26

【第26話】風の通り道

 共同倉庫の壁際には、昨日ミレナが付けた印が残っていた。


 レントたちは保管物を寄せた通路を通り、低い位置を囲むように膝をついた。外では住民二人が壁の反対側を確かめ、オルドが作業の順番を伝えている。


「一度に外すな。土が落ちるなら止めろ」


「まず板の端だけ見ます」


 レントが答えると、ミレナは細いへらを継ぎ目へ差し込んだ。土を少しずつ掻き出し、脆くなった薄板を押さえながら留め具を緩める。


 板の向こうから現れたのは、暗い空洞ではなかった。固まった泥と枯れ草、それに細く裂かれた草の茎が、隙間なく詰め込まれている。


「昔の開口部に、巣材が溜まったみたいですね」


「開いてた時期はあったらしいな」


 ミレナは泥を指先で崩し、木枠の残りを確かめた。


「枠は腐りきってない。使えるかもしれない」


 そのとき、少し離れた壁際で音がした。


 ぽふ、ぽふ、ぽふ。


 ポルが鼻先を板へ押し当て、同じ高さの別の場所を叩いている。さらに数歩進み、また床を叩いた。


「他にもありそうです」


 レントは立ち上がったが、板へ手は掛けなかった。


「印だけ付けます。中を見ないうちは、同じものとは決めません」


 ミレナが木炭で二か所へ印を入れた。


「こっちを先に開けて、風がどう動くか見よう」


 住民たちは泥と巣材を手桶へ移した。奥へ進むほど土は湿り、最後に固まった草の塊が抜けると、細い風が床近くを撫でた。


 倉庫の中に残っていた湿った木の匂いが、わずかに揺れる。


「通ったな」


 オルドが壁際へ手をかざした。


「弱いですが、床下へ入っています」


 レントは点検のために外してあった床板の隙間へ移り、綻び視を開いた。


 淡い線が床束と根太に浮かぶ。湿りの強い側では木目に沿って線が重なり、開口部から入った風の先で、淀んでいた空気が細く動いていた。一方、沈みのある床束の近くでは、荷重の偏りを示す線が濃く集まっている。


 長く見すぎないよう、一度視界を閉じる。


「風は湿った床束の周りまで届いています。ただ、真っすぐ抜ける道ではありません。途中で重い物を置いている区画に当たっています」


 セラが仮置きされた穀物袋を見た。


「袋の位置も変えないと、乾き方に差が出そうだね」


「まず通気を戻して、そのあと保管場所を組み直しましょう」


 別の塞がれた場所も、外側と内側から少しずつ確かめた。一つは同じような古い開口部だったが、床束の傷みが近い。もう一つは外側の土が崩れやすく、板を外せば周囲まで緩む恐れがあった。


 オルドは三か所の印を見比べた。


「元が通気孔なら、全部使えるようにした方が早く乾くんじゃないか」


「夏だけならね」


 ミレナは開いた穴の幅を測りながら答えた。


「冬に同じだけ風を入れたら、床が冷えすぎる。小さい獣も入りやすくなる」


「その獣より小さいのが、備蓄の下へ入るのは困るな」


 ポルは自分を指されたとは分からない様子で、印の横を嗅いでいた。


 レントは床束の位置を書き込んだ記録板を示した。


「湿気が集中している側は開けます。反対側は風が抜けすぎるので、今は閉じたままにします。弱い床束に近い場所も、先に補強です。全部を開けるより、必要な量だけ通した方が安全です」


「閉じたままなら、また詰まっているのを忘れないか」


「塞ぐ場所にも印を残します。点検できるよう、床側にも入口を作りたいです」


 ミレナは記録板を見て、短く頷いた。


「格子戸と点検口。両方作ろう」


 選別してあった古板が作業台代わりの木箱へ運ばれた。


 ミレナは乾いた部分だけを切り出し、細い材へ揃えていく。枠の中へ木片を組み、指一本も通らない間隔を残しながら、風が塞がれない幅を探った。


「狭すぎると泥で詰まりやすい。広すぎると入り込まれる」


「掃除のときに外せる形がいいですね」


「釘で打ちつけない。横から木栓で止める」


 仮に組んだ格子を開口部へ当てる。レントが内側へ手を入れると、風は通るが、枠の端で少し弱くなった。


「下側をわずかに広げてもよさそうです。泥が溜まったとき、見つけやすくなります」


「なら一本削る。固定位置はここでいい?」


 レントは綻び視を短く使い、壁材へ負担が偏らない場所を確認した。


「上より左右で受けた方が安定します」


「分かった」


 ミレナが材を削り直していると、足元で乾いた音がした。


 外した留め具の金属片を、ポルが口にくわえている。


「その獣、それを置け」


 オルドの低い声に、ポルは動きを止めた。毛を少し膨らませ、床下の穴際まで下がる。金属片は離さず、黒い鼻だけが忙しなく動いた。


 オルドは追わなかった。


 しばらくポルを見たあと、倉庫の外へ出ていき、戻ってきた手には平たい小石が一つあった。表面が水に磨かれ、灰色の中に白い筋が走っている。


 オルドはそれを、ポルから二歩ほど離れた床へ置いた。


「そっちなら持っていけ。金属は置け」


 ポルは穴際から出ず、小石とオルドを交互に見た。


 やがて金属片を床へ落とし、素早く小石へ近づく。鼻先で一度転がしてから、口にくわえたまま木箱の陰へ退いた。


 オルドは落ちた金属片を拾った。


「信用したわけじゃない」


「危険な物と分けられるなら、それで十分です」


 レントが言うと、オルドは倉庫の隅を指した。


「資材と混ざらない場所に、小石を三つだけ置く。持ち去る物が増えるならやめる」


「試すなら、そのくらいでいい」


 ミレナも作業の手を止めずに答えた。


 ポルは木箱の陰から目だけを出し、小石を前脚の間へ抱えていた。


 格子戸が仕上がると、開放する一か所へ取り付けられた。左右の木栓を抜けば外せるため、泥や巣材が溜まっても掃除できる。閉じたままにする開口部には補強材を当て、周囲の土が崩れないよう押さえた。


 続いてミレナは、床板の一部へ切り込みを入れた。


「ここなら床束の真上を避けられる」


 レントは線の集まりを確かめ、荷重が左右へ逃げる位置を選んだ。切り替えた板の裏へ受け材を付け、片側だけを少し持ち上げられる形にする。


 住民の一人が指を掛けて持ち上げた。


「道具はいらないな」


「閉じたときに浮かないか、踏んで確かめてください」


 板を戻し、端へ順に体重をかける。軋みはなく、周囲の床板とも高さが揃っていた。


 点検口を開けると、床下の暗がりを弱い風が通り抜けていた。湿った床束の周囲で淀んでいた空気が動き、土の匂いが少し薄くなる。


 セラは乾いた板へ移していた穀物袋を開き、底近くの麦を手に取った。


「昨日より冷たさが残ってない。まだ乾燥は続けるけど、空気は動き始めてるね」


「これで終わりではないな」


 オルドは仮置きされた袋と薪、低く積まれた資材を見回した。


「重い物が片側へ寄ってる。取り出すたびに袋を動かす場所も残ったままだ」


「棚と区画を作る前に、荷重を分けます」


 レントは記録板へ、点検口と格子戸の位置を書き加えた。


「食料と資材を混ぜず、床束の上だけに重さが集まらないようにする。通気を塞がない棚の向きも必要です」


「次に困らない形にするなら、まだ板が要るね」


 ミレナは残った古板を数えた。


「使える分は足りない。棚全部は作れない」


「必要な高さと数を先に決めましょう。材料を増やす前に、減らせる無駄がないか見ます」


 倉庫の低い壁際では、格子の向こうから細い風が入り続けていた。


 全面を開けたわけではない。傷んだ場所を避け、入りすぎる冷気を抑え、後から掃除できる形にしただけだった。


 それでも、閉じ込められていた湿気には、確かな逃げ道ができていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ