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残機ゼロの探索者〜究極の異能【可能性の選択】の代償は自我消失。世界に溶ける俺を、相棒の声だけが繋ぎ止める〜  作者: aramakid
第三章 追憶編:断片

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第30話 スモークチーズバーガー

「特製スモークチーズバーガーを」


 リリィは迷いなく言った。


「お前、すっかりハマったな」


「これは良いもの」


 俺は、肩を竦める。


「それにしても、ずいぶん楽しそうだな」


「闇市で、掘り出し物の味覚センサーを見つけた」


「おい、それ大丈夫なやつか?」


「パッチに取り付けて貰ったけど、物は確かだって」


 バーガーが運ばれてくる。

 リリィは紙包みを開いた瞬間、僅かに動きを止めた。


 そして、一口齧る。


「……解像度が、段違い」


「解像度って言うなよ」


 リリィはもう一口、噛みしめる。


「スモークの乾いた香り、チーズの塩気、肉の焦げた脂の旨味」

「全部が別の帯域として入ってくる」

「それぞれの輪郭が、はっきりしているのにちゃんと混じるところは混じる」


「すごいけど……それ、もう生身で味わえよ」


「アツアツを齧りたい」


「そういや、猫舌だったな」


 バーガーを半分ほど食べたところで、リリィの端末が震える。


「……リコール?」


 リリィが眉をひそめる。


「どうした」


「味覚センサーの回収要請」

「安全確認のため、至急返送を――だって」


 俺は鼻で笑った。


「闇市で買ったんだろ。ユーザー登録もしてないのに」


「そう」


 リリィはバーガーを見つめる。


「……不自然」


 勘定を済ませ、店を出る。

 夜の通りに出た瞬間、街の空気が変わった。

 ビルの壁面、ホログラム広告、路上のスクリーン。

 同じ映像が、示し合わせたように流れ始める。


 白い砂浜。

 青く澄んだ海。

 笑顔で歩く義体の観光客。

 ――リモート・リゾート体験。


 香り、味、温度、触感。

 すべてを再現する、と字幕が踊る。


 画面の隅に、パラダイス・リゾートのロゴ。

 さっき、リコールの連絡を寄こしてきた会社だった。


 リリィが、ゆっくり息を吐く。


「……なるほど」


「物は確かでも、出どころは相当ヤバそうだな」

「で、どうする?」


 俺は、リリィを見上げる。


 彼女は、もう一度だけ映像に目をやってから言った。


「あのバーガーの味わいは、渡さない」


 その直後だった。

 リリィの端末が震える。


「……通話?」


『突然のご連絡、失礼いたします』


 落ち着いた声。

 感情の起伏がない。


『先ほどお送りしたリコール通知について、補足がありまして』


「誰?」


『名乗る立場ではありません』

『ただ、あの味覚センサーについて“責任を持っている側”です』


 責任。

 その言い方が、妙に引っかかった。


「闇市で買った」


『承知しています』


 即答だった。


『本来、市場に出るものではありません』

『リキャブレーション用に調整された、基準個体です』


 リリィの指が、わずかに止まる。


『市販品とは思想が違う』


「……だから?」


『だからこそ、です』


 声が少しだけ低くなる。


『より豊かな体験を提供できる個体と、交換したい』

『正式な製品を。保証付きで』


 沈黙。


「いらない」


『……理由を伺えますか』


「この感覚が、いい」


 一瞬の間。

 通信の向こうで、誰かが息を吸った気配。


『では——』


 声の調子が、変わる。


『直接お会いしましょう』


「断る」


 そのまま通話を切った。


「……来るな」


 *


 翌朝。

 リリィが義体で部屋を出ると、スーツの男が待ち構えていた。


「おはようございます」


 昨日と同じ声だった。


「直接お会いできて光栄です」


「招いてない」


「承知しています」


 男は気にしない。


「こちらが交換品です」


 背後のケースが開く。

 中には、銀色のユニット。新品。調整済み。


「いらない」


 即答。


「この感覚が、好き」


 男は、初めてため息をついた。


「……そうですか、残念です」


 男が一歩、下がる。


「回収しろ」


 合図は、それだけ。

 周囲の連中が、一斉に動く。

 包囲。

 逃げ道を潰す、慣れた配置。


「センサーは壊すな」


 低い指示。


「後は、好きにしろ」


 その瞬間。

 リリィが、踏み込んだ。


 一人目。

 距離を詰めたと思った瞬間、足が宙を舞う。


 二人目。

 武器を構えた腕ごと、地面に叩き伏せられる。

 硬い音。

 金属と骨。


 衝撃が、地面を伝う。


 だが、数が違う。


 通路の両脇から、義体がなだれ込む。

 致命を避けた弾道。

 頭をかすめて、壁を削る。


「……増援か」


「リリィ!」


 アパートの前。

 横付けされた車から、ケイが叫ぶ。


 ためらいはなかった。

 手摺を踏み、空中に身を躍らせる。

 次の瞬間、アスファルトがひび割れた。


「追え!逃がしたら、私は——」


 声が、路地に反響する。


「乗れ」


 ドアが閉まり、サスペンションが沈み込む。

 アクセルを踏み抜く。

 景色が、線になる。


「来てるな」


 バックミラーに、車列。


「……企業にしては、統一感がないな」


 次の交差点を右折。


 タイヤが軋む。

 曲がりきれなかった、何台かが角の店に突っ込む。


 リリィが身を乗り出す。


 発砲。


 後続車のフロントが砕ける。

 火花。


 制御を失い、側壁に突き刺さる。


 並走してきた一台。

 距離、ゼロ。


 リリィが跳ぶ。

 ボンネットに着地。


 そのままエンジンを殴りつける。

 バックミラー越しに車が炎上する。


 リリィは、何事もなかったように並走して戻る。


「減った」


「まだいる!」


 高架に入る。

 音が、跳ね返る。

 弾丸が壁を削る。

 火花が雨になる。


 視界をタンクローリーが塞ぐ。


 「——まずい」


 ブレーキ。

 同時に、ハンドルを切る。


 車体が滑る。

 タンクローリーの鼻先を、紙一重ですれ違う。


 直後。

 後続車が、突っ込んだ。

 爆音。

 炎。

 衝撃が、高架を揺らす。


 そのまま、落下。

 追ってこない。


 ケイが、息を吐いた。


「……逃げ切ったな」


 リリィは、シートに深く腰を沈めた。


 *


 鉄板から上がる煙と、肉の焼ける匂いが充満する店内。


 リリィがバーガーを齧る。


「……やっぱり、これ」


 店内のスクリーンに、ニュースが流れる。


『——パラダイス・リゾート社が計画していたリモート・リゾート事業は、技術的課題により白紙撤回——』


 画面には例の砂浜。

 リリィはその映像を眺めながら、バーガーを一口。


「命懸けで守る味かよ」


「価値はあった」


 彼女は、そう言って噛みしめる。


 煙。

 脂。

 塩気。


 奪われなかった感覚が、確かにそこにあった。


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