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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第四章『中部藩校合同林間合宿』
67/70

#67 侵淫 序「鉄血と赤燐」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。


悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。

中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。


舞台は信濃。

いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!

 序 ~鉄血と赤燐~


 ─2031年4月24日 10:15頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 大笹街道大明神沢史跡付近〕

 〈対抗戦運営本部〉


 救護所のベッドに横たわる勝臣。

 疲れ果てたのか、寝息を立ててぐっすりと眠っている。


 校医たちが処置に当たり始める。

 少し離れた休憩室から、一人の幕士が姿を消していることにも気付かずに。


 人知れず行方を眩ませた幕士の姿は、史跡の地下へと続く薄暗い道にあった。


「──日本全国に点在し、夷狄より国土を守護する大結界……その名も浄界(じょうかい)。」

「大結界を恒久的に維持するには、多大かつ絶え間無い魔力供給が必要不可欠。」

「故に浄界は、多くの人々の畏れを集める神木や霊山、大社等を礎とする。」

「しかし人々の畏れにより生ずる魔力には“ムラ”がある……浄界の礎の規模によっては、それだけだと結界の質を一定に保つのが難しい。」

「ではどうすればいいか?答えは単純……特種の呪物を礎に配置し、結界の質を底上げする。──」


 冷たく湿った空気の中、幕士はぼそぼそと一人で呟きながら歩き続け、やがて薄茶色の鉄扉の前に辿り着く。

 皮膚がゼリーのようにプルンと揺れる……真横にあるパッドに手を翳し、指紋を読み込ませる。

 そして次に、掌の上にスライムのようなものを生成し、そのまま鍵穴に押し込むと……スライムは瞬時に固まり、幕士がそれを捻るとガチャッという音を立てて扉の鍵が開いた。


 扉の先にある部屋は、仄かな薄紫の光に満たされた空間。

 広さは20畳程度といったところで、天井から壁面、床に至るまで灰白色の植物の根でびっしりと埋め尽くされている。

 中央には一際太い根が上から下へ伸びており、途中には球状の瘤がある。

 瘤は斜めに裂け、そこから赤い光が漏れ出している。


「この菅平浄界もまた例外ではない……菅平湖の中央部地下に埋設された祠、その内部には浄界の礎となる呪物が置かれている。」

「本作戦の目的はこの呪物『クハジャの右翼』の奪取……我等の天下に欠かせぬ代物。」

「幸いにして奴の予想通り、この呪物の警備は緩かった……ただし呪物にかけられた呪縛の関係上、持ち出せるのは地下室入口周辺まで。」

「今この真上では、何も知らない藩校生たちが鎬を削り合っている……呪物を持ち出したら奴に解呪を任せ、俺たちは再び結界内へ戻る。」

「対抗戦会場の結界は浄界をベースに形成されている……とはいえ、あくまでこの呪物は結界を下支えしているのであって、これを抜き取ったからといって結界が直ちに崩壊することはない。」

 幕士は急に話すスピードを落とすと、背後の影に目をやった。

「……聞いているのか、空亡。」


 すると幕士の背後の影からヌルッと空亡が現れ、気怠げにブラブラと手足を振りながらうろうろ歩き回り出した。

「んあー?聞いてたかって?ああ、聞いてたよ……なんだっけ、ほら、あれがあれだ、えーと……」

 空亡はしばらく何か思い出そうとする仕草を見せたものの、そのまま地面に寝転び出してしまう。

「わかんね。」


 幕士は何も言わず、空亡を引っ張り上げると、瘤の前に突き出した。

 空亡は不貞腐れた様子で、幕士の方に振り向く。

「……ったく、可愛げが無ぇなぁ……少しくらいありゃ可愛がってやったのに……」

 幕士は一切表情を変えずに返す。

「知ったことか、我々は上命を絶対とすることだけが仕事だ……さっさと取り掛れ。」

「へいへい。」


 空亡は幕士の手を振り解くと、魔剣の切先を瘤に押し当てる。

「『啜り上げろ……“渦虫”』」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:30頃─


「ほほう、違和感、か……」

 䑓麓に話を振られ、机の上で縮こまる一匹のゴーデンハムスター。

 江戸幕府の特別顧問である式神・シリアンである。

「違和感の範疇を出ませんけどね……榊原勝臣君の裂傷、今さっき周囲のギョローンの映像記録を確認しましたが、転倒したわけでもなく突然負傷してるんですよ。」

 シリアンがプギッと鼻を鳴らす。

「何も無く突然……?」

 䑓麓はため息混じりに続ける。

「ええ、本当に……直立姿勢の状態から、急に膝を庇う状態になっていて……といっても、周囲は遮蔽物が多く、ギリギリ奇跡的にかなり遠くから上半身の一部が映っていた記録から推測したものですけど。一番きな臭いのは、立ってるとこから膝を庇うとこまで、たった2秒程度ですがカメラに一切映らない時間があったことです。」


「䑓麓君はその“時間帯”を不審がっているのかね?」

 シリアンが立ち上がりながらそう言うと、䑓麓はこくりと頷く。

「そういうことです、ただのギョローンの不具合ならいいんですけど、綺麗にそこだけ映らないのは流石に違和感があります。後で勝臣君からは詳しく話を聞きたいところですが……」


 ド オ ォ ン ッ


「……は?」

 突然の轟音に䑓麓が振り向いた、その先では、狭い透明な結界が史跡の地下通路入口付近を取り囲む形で展開されていた。

「あれは……?」


「うわあああっ!」

 今度は救護所から悲鳴が上がる。

「ちょ、ちょっと、何があったの!?」

 蜜樹が慌てて飛び出してくると、校医の一人が汗をびっしょりとかきながら、救護所に寝かされている勝臣を指差した。

「か、かか、勝臣殿が、と、溶けて……」


「と……溶けて……って……?」

 蜜樹が怪訝な顔で校医の指差す方へ目を向けると、そこには全身の皮膚から肉や骨に至るまで、葛餡のようにドロドロと溶け出していた。

「な、なにこれ……!?」

 そして中から浮かび上がってきたのは、先程から姿を消していた、背格好の近い幕士の姿。

「うそ……じゃあ勝臣君はどこに……!?」


 突然の事態に運営部の一同が騒然となる中、固唾を飲んで事を眺めるシリアンの背後に、手が迫り……


 ギュムッ


「あっ……う、うわ〜っ!?なにいいい〜!?」

 驚く声とプギーッ!というハムスターの悲鳴が同時に響く。

 シリアンを握り駆け出したのは、ベッドに寝かされている幕士と全く同じ姿をした“何か”。

「『止 ま れ』ッッ!!」

 咄嗟に䑓麓はマスクを下ろして声を張るが、シリアンを持った幕士は一瞬固まったもののすぐ動き出し、テントを突き破って対抗戦会場の結界へと走り去っていった。


「クソッ、逃げられた!至急結界周辺の桃山組員に連絡回してください!1時の方角から侵入を試みる者あり!ここに居る皆さんは下手に追わないで!」

 叫ぶ䑓麓。

 蜜樹はすぐさま実況席に戻ると、機材のツマミを捻り、ボタンを押す。


 ピリリッ、ピリリ、ピーーー……


 プオォーーーン!!


 小刻みな電子音の後に、甲高く皮膚を弱く摩るような警報音がこだまする。

 これは緊急警報放送の信号とサイレン。

 信号は結界を貫通し、対抗戦会場内の各所に設置された警報器が強制受信、警報音および緊急放送を再生する仕組みとなっている。

 その筈である。


 しーん……


 結界内から繋がるスピーカーから一切音は聴こえず、しんと静まり返るのみ。

 蜜樹は急いでギョローンの中継映像を確認しようとするが、途端に複数あるスクリーンがいずれも砂嵐になってしまう。


「蜜樹様!定点5番カメラも通信途絶!エリア西側全域の状況が確認できません!」

「緊急警報放送システム、チャンネル4と6も接続不能!ジャミングの有無は調査中ですが、かなり広範囲の周波数帯域が通らないものと思われます!」

「会場外縁部の桃山組員より結界内へ侵入できないとの報告多数!」

 相次いで蜜樹に届く報告の数々。

 事件発生からたった3分、突如火がついたかのように運営部は大混乱に陥る。


 ──────


「『結び 開いて 羅刹と骸』」


「『囲め 絡めよ 四百を一手に』」


「『(アーダ)』」


 ──────


 凄まじい轟音と地震。

 対抗戦会場を取り囲む結界に、重なるように立ち上がる半透明の巨大な壁。


 紛うことなき「異常事態」に、運営部の一同は押し並べて目を見開き息を呑む。

「あ、あれ……あれって……」

 甲府藩士の一人が、声を震わせながら結界を指差す。

 それに応えるように、蜜樹もまた少し掠れた声で呟く。

「筵……」


 ──────

 

 ─2031年4月24日 10:15頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈新閃目白 VS 本多政佳〉


 ジャキン!ジャキジャキジャキジャキ……


 無数の太い有刺鉄線が、壁や天井を埋め尽くしながら、廊下の向こう側から迫ってくる。

 この廃ペンションは全部で5階。

 今は昇り降りしながら4階に居る。

 1階と3階の廊下が使用不可で、4階の廊下もそろそろ使用不可……このままだと全ての階の廊下が使い物にならなくなる。

 防戦一方の状況はどうにかして打開しなければならない。


 一番手っ取り早いのは、この廃ペンションから脱出してしまうことだが……

 それでまた戦闘場所がとっ散らかって、運悪く逃げている桜華と出会し、本多先輩を実質的に加勢させる……なんてことは避けたい。

 リスクを抑えるためには、なるべく本多先輩をここに閉じ込めるべきだ。


 このままダラダラ逃げていても安全圏が減るだけ。

 まずは本多先輩の居所を突き止めること。

 どこに居る?

 辺り一面、凄まじい血の匂いだ……鼻はまず使い物にならない。


 有刺鉄線は俺の移動に合わせて襲い掛かってきている。

 つまり本多先輩はどこかから俺の位置や移動を観測している。

 居場所はそう遠くないはずだ……この建物内のどこかには居る!


 廊下を駆け抜け、棟の端へ。

 螺旋階段の壁を跳びながら駆け上がり、5階の踊場に立つ。

 この廃ペンションは5階建ての本館とその南にある3階建ての別館の2棟で構成され、本館と別館は2階にある連絡通路でのみ繋がっている。


 本多先輩の思惑も多分俺と似たようなものだろう。

 下手にスピードのある俺を外に出して、前田先輩の妨害に回したくない……だから俺を建物内に押し留めていたいはず。


 有刺鉄線は螺旋階段の下階方向へ伸びていく。

 螺旋階段に南向きの窓は無い。


 おそらく本多先輩は別館のどこかから、俺の動きを監視している。

 より高く、そしてこちらから発見しにくい場所……別館の3階か?

 

「『ジーナ』」

 傍に召喚したのは、全身にスパークを纏った、全長2mはある雀蜂の式神。

 桜華のイクチと同じようなものだが、こいつは“切り札”……相手に手数を少なく見せるために、あえて普段は多用しないでいる。


「行け、窓は避けろよ。」

 ジーナを飛ばし、螺旋階段から2階へ、そして連絡通路を通って別館の3階へ向かわせる。

 飛翔速度はもっと出せるが、あくまで俺と同じ程度に抑えてもらう。


 窓の下の壁に背を当てて座り込み、這うように横へとずり動く。

 さっきの攻撃で飛んできた、トイレの鏡の破片を手に持って上に傾け、窓越しに別館の窓の様子を伺う。

 横一列に並んだ窓ガラスは、所々が霞んだり割れたりしている。

 日の当たる位置とも逆で中は暗いが……廊下の中程に、怪しい人影のようなものが見える。


「ふぅ……」

 窓側へ向き、上段突き構えの姿勢を取る。

 少しずつ姿勢を上げ、ジーナの動きを待つ。


 ジャキジャキジャキジャキジャキジャキンッ!


 連絡通路側から、大量の有刺鉄線が出る音が聴こえる。

 ジーナが連絡通路を通過した……これで本多先輩は、俺が本多先輩の居所を突き止めた上で強行突破を試みてきたと考えるだろう。

 ジーナにはそのまま階段から3階へ昇ってもらう。


 ザッ……


 人影が振り向くような動きをする。

 背を向けたな……今だ!


 瞬間、剣を勢いよく突き出す。

 青白い光線が直線状に伸び、人影目がけて空を突っ切る。


「『迅閃(ブリッツ・)弩貫(バイェスタ)』!」


 ドギュウゥーン!


 刺突主体で戦う俺が、遠距離から接近を拒否してくる敵にできること……それは「狙撃」!

 刺突の勢いに龍翔ノ舞を混ぜ、割れた窓からすぐさま人影の居る廊下へ転がり込む。

 

 土埃が舞う中、人影を探す。

 手応えが薄い……クソッ、あの速度と威力でも通らねぇってどういうことだよ……!


「残念だったね、新閃目白君。」

 得意げな、低くねっとりとした声。

 土埃はすぐに晴れ、廊下の西側に本多先輩の姿が現れる。

「君が高速・高威力を兼ね備えた攻撃手段を多数持っていることはよく把握している……そんな相手に無防備なまま背後を取らせると思ったのかい?」


「……その袴の下に防弾チョッキでも着込んでるんですか?」

 本多先輩のソウル能力「鐵血載掌(てっけつさいしょう)」。

 自身の血液中にある鉄分を増幅し操作する、加賀本多家相伝のソウル能力。

 血筋を重んじる譜代大名家らしい能力だ。


 さっきの有刺鉄線の数々も、全て本多先輩の血液から増幅された鉄分でできたもの。

 辺りに広がる凄まじい血の匂いも、この能力で増幅された鉄分によるものだ。


 鉄血載掌は鉄の構造物からなる様々な飛び道具を駆使する、遠隔攻撃主体の能力。

 強襲は避けられた……だが、失敗はしていない。

 近接戦に……俺の土俵に持ち込めた!


 ヒュッ、ヒュッ、ヒュウゥッ


 右側頭部付近に2発、左脇腹付近に1発、右胸付近に2発……次々に乱れ突きを撃っていく。

 本多先輩は後退しながら躱していく……だがスピードに明らかに追い付けていない、そろそろ限界のはずだ。


 ギギッ、ガッ!


 すると突然、本多先輩は立ち止まり、右腕で俺の刺突を受け止めた。

 生身で受けただと……一般的な防弾ガラス程度なら一撃で叩き割る刺突だぞ!


 よく見ると、本多先輩の全身の皮膚に血管が浮き上がり、かつ黒っぽい銀色に染まっている。

 鉄血載掌は体外に鉄分を出力するだけの能力じゃなかったのか……?


「『鉄血載掌・剛脈(ごうみゃく)』……鉄分を体外ではなく体表面の血管内で増幅させ、皮膚の硬度を鋼鉄並みに高める。謂わば“血の鎧”みたいなものだ……」

 本多先輩はニヤリと笑みを浮かべると、オールバックの髪を逆立て、先程とは打って変わって前進しながら次々に虎爪を撃ち込んでくる。

「いつから私を遠距離攻撃しか能が無いと決め付けていたのかな?」


 鉄血載掌に近接対策の技があるとは聞いたことがあるが、近接特化の技があるとは聞いたことが無い。

 能力や術式に対する解釈を拡大し、より高い番付へ昇華させる技術を「展開術式」という。

 俺の「伏雷(トゥルエノ)」や直升の「落下星」のように、本多先輩もまた鉄血載掌という能力に対する解釈を拡大し、「剛脈」という展開術式に発展させているということだ。

 

 ガンッ!ガキンッ!


 剣で打撃を往なしていくが……さっきの迎撃とはパワーが明らかに違う。

 そして胸を使って大きく息を吸って吐く、独特の呼吸法も使い出した。

「血液中の鉄分を増幅、取り込んだ大量の酸素を全身に流す……要するにドーピングですか。」

「正解だ、流石は新閃の御長男……一代にして改易から旗本の頂点まで返り咲いた家の秘蔵っ子は、頭の回転も凄まじく速いということだな、本当に君は優秀だ。」

「……うるせぇな。」

 桜華のことも、蜜柑のことも、俺のことも、さっきから家柄の話ばかりだ。

 最初は嫌味かと思ったが、トーンからして普通に褒めてそうだというのも薄気味が悪い……何が言いたいんだよ。


「だったら何なんですか、俺が新閃の子だったらあんたに何か良いことでもあるんですか。」

 俺が問い掛けると、本多先輩は腕を下ろして頷く。

「そう……聡明な君なら何となくでも察してくれるだろうと思ってね、我々が何のために硯桜華を拐おうとしているのか、ということを……」

「悪いですが……何も言わないんじゃ、わかるものもわかりませんよ……俺の立場は変わりません、桜華は渡さない。」

「ならば少し踏み込んで言わせてもらおう、我々は硯家ひいては硯桜華を“疑っている”。」

「……は?」

 疑っている?どういうことだ。


「嫌疑の詳細を伝えることはできないが……ただ一つ言えること、それは我々が硯桜華を“危険因子”と看做しているということだ。」

「危険……因子……」

 桜華が危険因子?

「これは甲府だけの問題には留まらない、この国全体にすら波及しかねない重大な問題だ……我々は大義のために……」

 本多先輩が何か言い続けているが、その声は遠く霞んでいく。

 聴こえない……いや、聴く気が無いの間違いか。


 〜〜〜〜〜〜


 昨日の飯盒炊爨の折、桜華に話そうとした、俺の「戦う理由」。


「──なあ桜華、その前に一つ訊かせてくれないか。」

「なんですか?」

「長瀞の事件のことだ……辛いなら別にいい。」

「……いえ、目白がそう言う時は、大抵心配しすぎな時です。構いませんよ。」


 そういうところだぞ……と言うのは止めてやった。

 長瀞の事件の概要は既にテレビで散々流れているし、被害者の情報もネットに溢れてしまっている。

 智多川弥舞愛という犠牲者の存在も、彼女を虐めていた生徒もまた被害に遭ったということも、この1週間で何も知るべきでなかった俺たちにまで情報が届いてしまっていた。

 こうして知り得た情報から話をするのはあまり良くないだろうが、それでも桜華に訊きたいことがあった。


「……なんで助けた。」

「はい?」

「その時、襲われていた加害者までなんで助けた。」

「それは……それこそ目白なら、僕の考えていたことはわかるはずです。」

 人の思い出は命と同等であり、その価値は平等。

 だから桜華は加害生徒や教師を助けた。


「桜華……お前は悪事を働いた人間でもいずれ更生できると、己の所業を悔い改めると思ってるかもしれないが、人間はそう簡単には変わらない……悪人は所詮悪人だ。お前が助けたそいつらが、また別の人間を標的にいじめを再開する可能性だってあるんだぞ。お前は助けた人間の将来にまで責任が持てるのか?」

「そ、それは……」

 言い過ぎた、口に出してからそう自分でも思った。

 しかし桜華の態度は揺るがなかった。


「もし未来がそうなるとわかっていても、それでも僕は助けないわけにはいかなかったと思います。わかってます、身勝手ですよね……目白の言う通り、その人が将来働くかもしれない悪事にまで、僕は責任は取れません。でも……」

「でも?」

「その人たちにも、帰りを待つ家族が居たんです。たとえ罪を犯して魂が汚れていたとしても、僕は自分の物差しで他人の命の価値を計りたくなかった。……目白の言うことも間違ってはないと思います……本当に救うべき命を選別することに、僕は向き合えていないのかもしれません。でも……」

「桜華が人の思い出を守り、蜜柑が人の誇りを守ろうというなら、俺は人の“善意”を守りたい。」

「え?」

 いきなり差し込まれた言葉に、再びきょとんとする桜華。

 それでも俺は続ける。

「別に俺の正義だけが正しいとか、お前らの正義が間違ってるとか、そういうことを言いたいんじゃない。俺はお前らみたいに全ての人間のことを考えられる程器がデカくないし、根本的に物の見方が違うからな。それでも……せめて手の届く範囲で、善良な人間が傷付くことだけは、どうしても許せない。だから俺は身勝手に人を守る。」

 戦う理由……別に何か深い意味があったわけじゃない、ただこれまでそういう話をするタイミングが無かったから、この機会にでもと切り出そうとしただけだった。


 桜華は俺の言葉を呑み込むと、柔らかく微笑んで返してくれた。

「よかったです……僕もあなたも、道は違えど、身勝手に人を守るのは同じで。目白の戦う理由……そういえば今まで聞いたことありませんでしたね。」

「まあな……別に大義なんてカッコつけみたいなこと、人に積極的に話したいとは思わねぇよ。」

「では何故僕に話してくれたんですか?」

 またきょとんとして首を傾げる桜華。

「それは……」


 〜〜〜〜〜〜


 俺の守りたい“善良な人間”の中に、お前が居るから。

 ただそれだけ。


「未だに新閃家を没落士族と貶める連中はいくらでも居る……だが、私はそうは思わない、それどころか新閃家は先見の明に優れた素晴らしい高家とすら思っているよ……だから私は君のその目を信じて訴えて……」

「本多先輩。」

 ゴチャゴチャうるせぇんだよ。


「本多先輩……家柄とか大義とか関係無いですよ、俺の根底にあるのは、人の善性は脆く尊く守らねばならないと思う、身勝手な使命感だ。」

 毛を逆立て、牙を剥き、爪を伸ばす。

「信念の根底を否定されたら、侍がやることは一つ……」


「刃を向け合うしかありませんよ。」


 俺はただ桜華を守る。

 桜華の善性を侵そうとする、全てのものから。


 ──────


 ─2031年4月24日 10:15頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈(かしわで)リュシル VS (ちょう)連翹(れんぎょう)


 ブオォンッ!


 バキイィッ!


 原付のような駆動音とともに、巨大な鉞を勢いよく振り抜く。

 つい額に青筋が浮かんでしまうのを笑顔で誤魔化しながら、次々に木を切り倒していく。

「どちらにいらっしゃるんですの〜?さっさと出てこないと、も〜っとキツいお仕置きが待ってますわよ〜?」

 

 接敵からかれこれ10分以上が経ったけれど、肝心のお相手はなかなか釣れない方で、一向に姿を見せてくれない。

 暴れる度に「ひっ……」と怯える声は聴こえるのですけどねぇ。


「出てくるわけないじゃん!さっき臓物ブチまけるとか言ってたくせに!」

「チッ……」

「し、舌打ち〜!お仕置きなんて言って私を弄ぶ気満々なクセに!怖いよ君!」

 姿を見せずにちょこまか動き、威嚇するとギャンギャン喚く……小賢しい猿のようですこと。


「ならば仕方ありませんわね、ここ一体を丸々消し飛ばして差し上げましょう。」

 我々は桜華様を守るために時間を稼ぎさえすればいい。

 向こうが怖気付いて逃げ回るだけなら好都合なのだけれど、あまりにも逃げが過ぎるから何か仕込んでいるのではないかと不安になりますわね。

 

「真冬先輩やあのモルモットは置いておいて……可愛い後輩達は今どこかで、貴方方の誰方かに虐められ泣いているかもしれない……それを思えば、さっさと貴方を見つけて、捕えて、ブチのめして、加勢に向かいたいですわね。」


 ──────


 リュシルは一つ軽くため息を吐くと、斧頭のマフラーから青白い炎を噴かせ、ハンマー投げの要領で鉞を大きく振り回し始める。


 ブオオオオォォォォォンッッッッ!!


「な、何コレ……!?」

 樹上に隠れる連翹が見たもの。

 それはリュシルを中心とした竜巻から飛び出し、襲い来る無数の「飛ぶ斬撃」。

「孝春先輩と同じ……だけどなんかヤバい!絶対ヤバい気がする!」


「『鬼術・三十二番』!『気導 絶境 不動の太極』!『不動球儀(ふどうきゅうぎ)』!」

 連翹は髪を振り乱し、大急ぎで両腕を真横に伸ばしてぐるりと前後方へ回し、球状の結界を作り出す。


 そして斬撃が結界に着弾した、その瞬間……


 ボオオォォンッッ!!


 激しい閃光と轟音を伴い、斬撃が爆発する。

 

「(これが噂に聞いた膳リュシルのソウル能力……自身の肉体や魔力に爆発性を付与する『ブレイク・フリー』!)」


 ボボボボボボボボボボボボボボボボッッ!!


 閃光は次々に弾け、爆風は辺り一帯を包み込む。

 森が光と炎に包まれ、煙が全てを覆い隠す。


「うっふふふふふ……連翹殿は、どーこだっ♡」

 

 爆発の嵐は10秒、20秒、30秒……100秒続いたところで、ようやく止んだ。

 草も木も真っ黒く焦げ、小さくプスプスと音を立てながら煙を上げている。


 焦土と化した戦場に、連翹は結界を張ったままポツリと残っていた。

「うふふ……みぃーつけたっ♡」

 リュシルはそのまま左右にゆらゆらと体をゆっくり揺らしながら、熊鰐をくるくると回して連翹に歩み寄っていく。


「ちょ、ちょっとタンマ……い、いや……来ないでよ……!」

 尻餅をついて近付かないよう懇願する連翹だが、リュシルは全く動じる様子を見せない。

「そんな釣れないこと言わないでくださいな、ようやくまた会えたのですから……心行くまで踊りましょう?」

 

「や、やめてってば……来ないで!来ないでって……」

 両手を前に出し、懇願し続ける連翹。

 リュシルはさらに笑みを浮かべ、ズカズカと歩み寄っていく。

 そして熊鰐を裏返し、斧頭を連翹目がけて振り下ろした、その時……


 ガチイィンッ!


 突然地面からトラバサミが飛び出し、リュシルの左太腿に勢いよく噛み付いた。

「んっ……これは……」


「だから来ないでって……言ってあげたのに……」

 連翹は結界を解くと、むくっと立ち上がりギザギザとした歯を剥き出して笑みを浮かべる。

 次の瞬間、連翹の左腕が大鎌の刃に変化し、リュシルへ振り下ろされる。


 ガキンッ!ガガッ……ギギ……


 辛うじて熊鰐を両腕でスイングし、大鎌を受け止めるリュシル。

 鍔迫り合いとなる中、連翹はリュシルの顔を覗き込むように見つめる。

 リュシルもまた気になって連翹と少し目を合わせると……

「べ。」

 連翹が深く息を吸って舌を出し、それが突然真っ黒な銃口に変化した。


 ドォン!


 銃声とともに、リュシルの白い左頬の肌に赤い一筋の線が走り、血が滴る。

「行儀の悪いお口ですこと。」

 目を細め睨み付けるリュシルに、連翹もまた目を細めてニタリと笑みを浮かべる。

「君程じゃないさ、火力も含めね。」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:15頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈狗神恋雪 VS ???〉


「いや〜っ!来ないでぇ〜っ!」

 頭が欠けた状態のまま、泣きべそをかきながら一目散に逃げ回る恋雪。


「ヒーホー!そんな必死に駆けずり回って、本当に逃げ切れると思ってんのぉ〜?」

 巨大な木偶人形はケタケタと高笑いしながら、猛スピードで恋雪を追い回す。


 恋雪は山道から急カーブすると、木々の鬱蒼とした斜面に入り、木々を掴んで低空を飛びながら斜面を上がっていく。

「小賢しいねぇ〜!ビビってる割に煙に巻く気は満々と来た!でも無駄だよぉ〜?」

 木偶人形が腕を振ると、地面がグニュッと手前側へくの字に曲がり、恋雪は反り立った地面に激突した。

「ぎゃうぅっ!?」

 

 よろめき尻餅をついた恋雪の眼前に、木偶人形は上下逆さまになって現れる。

「諦めなよ狗神恋雪……ここがどこだか、まだわかんないのー?」

「菅平の山ん中ッス。」

「そういう意味じゃねーよ、ホントに分かってないんだ?」

 木偶人形は恋雪の返答に呆れた様子で首を振ると、空に向かって右腕を大きく伸ばし、人差し指をクルクルと回し始める。

「ようこそ……」


 恋雪が訝しげに空を凝視すると、空にたくさんの星型の星が浮かんでいるのが見える。

「(お星さま……にしては、あんまりにもコミカルすぎる見た目ッスね……)」

 そして木偶人形が右腕を振り下ろすと、星々がカタカタと震え、留め具が外れたかのように次々と落下していく。


「ここは……“夢の世界”!」


 木偶人形の高笑いとともに、星が恋雪目がけて一直線に降り注ぐ。

「ぎゃーっ!お星さまが落ちてくるなんて“愛をとりもどせ”以外で聞いた事ないッス〜!」

「それ、落ちてくるのは“空”だからね。」

 着弾とともに爆炎が巻き起こり、追い込まれた恋雪は斜面を転げ落ちていく。


「逃げてばっかじゃ埒が開かないッス、とりあえず反撃なり何なりしないと……」

 恋雪は転がり落ちる途中で受け身を取って起き上がると、神威を分断する動きをする。

「『疾風怒濤・風巻けよ“神威”』!」

 跳躍して空中で体を捻り、縦向きに回転して木偶人形に向かって飛び出す。

「『烈風剣舞・円転』!くらえ〜!」


 ザシュッ!


 斬撃は木偶人形の顔面ど真ん中に命中し、木偶人形は縦にパカッと割れる。

「や、やった……!」

 恋雪が喜んだのも束の間、木偶人形は両腕で割れた体の左右を持つと、断面同士を押し付けて元通りになった。

「えぇっ!?な、なんでもありッスか!?」

 ここで恋雪はようやく異常に気付く。

 そもそも恋雪は神威を手に持っていない。

「あれ!?神威は!?神威はどこッス!?」


「お前バカだなぁ〜……ここは夢の世界って言ったでしょ?それもここは僕の明晰夢の中、何をどうしたって僕の思い通りにしかならないのさ!」

 ここは夢の中の世界。

 木偶人形の言葉でようやく事を理解した恋雪は、ポカンと口を開けて驚きを示す。


「へぇ……?夢の中ッスか……?」

「お前マジで気付いてなかったの?じゃなかったら頭のそんなとこに大穴開いた時点で死んでるし、頭から直接猫耳生えてくることなんてないだろ!バカだなホント。」

「う、うるさいッス!バカって言った方がバカなんスよ!バカ!」

「お前も言ってんじゃん……まあいいや、とりあえずお前はここから出れないから、諦めなよ。」

「あ、あんた……名前はなんていうんスか……」

「名前?あー、僕が知っててお前が知らないのも不公平っちゃ不公平か。」

 木偶人形は少し顎に手を当てた後、やれやれとため息を吐いて胸に手を当て、名乗り出す。


奥村(おくむら)福殷(ふくいん)……加賀八家の奥村福殷だよ。」


奥村(おくむら) 福殷(ふくいん)

~壮猶館(加賀藩校)初等部6年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・奥村家(分家)の長男~


「か……加賀八家……!?じゃあ、あんたも桜華先輩を拐おうとしてる人たちの……!」

 ぎょっとする恋雪に、木偶人形はくるりと顔を回転させて上下逆さまにする。

「ああ、まあ、それは先輩たちの役割かな……僕らの役割はあくまでゲームに参加したまま、梅花隊の行動圏に藩校生たちを近寄らせないこと……それに尽きる。」

「それじゃあ他にも夢の世界に入り込んだ人が居るってことッスか!?でも、でも……なんで徽典館の主力が集まるとこでやらなかったんスか?」

「これ質問コーナーじゃないんだけど?まあ親切に教えてやるとすれば、この能力は敵味方関係なく巻き込むリスクがあるのと、さっき言ったように普通にゲームに参加して運営を撹乱・接近を妨害する目的があるんだよ。だから敢えて君らが騒いでたとこよりも離れた場所でやってたわけ、他の先輩方を邪魔しないようにね……まさか君が引っ掛かりに来るとは思わなかったよ。わかる?君、普通に逸れちゃったんだよ。」

「ぐう……それはぐうの音も出ないッス……」

「出てんじゃん。」

 すると、恋雪は少しうーんと考える素振りを見せた後、徐に駆け出す。


「どこ行くのー?何しても無駄ってさっき言ったよねー?」

 呆れ返った声で、だらだらと両腕を垂らしながら、再び追跡を始める木偶人形。

「に、逃げるが勝ちって言葉もあるッスから〜!」

「それは逃げるしか能の無いバカを励ますための言葉だろーが!」


 鬱蒼と茂る笹の中へ潜り込む恋雪。

 サラサラとか細い音しか立てずに、細い枝葉の隙を抜けていき、猛スピードで行方を眩ませる。

「待てよおぉっ!」

 木偶人形は鋭く大きな爪を振り回し、茂みを切り裂くが、既に恋雪の姿は消えていた。


「くそー、狸だからかなまじ逃げ足は速いね……脚の一本くらい折っといてもよかったな〜?まあ、逃げたところで策があるわけでもないみたいだし、逃げるだけなら放置しても問題無いか〜。」

 木偶人形は悔しげにブツブツと呟きながら、その場を後にする。


「はぁ〜……逃げ切れた……でもこれからどうしよう……」

 笹に包まれながら小さく息を吐く恋雪。

 奥村福殷の察する通り、彼女に策など無い。


 安堵も束の間、恋雪のすぐ傍で、独りでにガサガサと笹が揺れ出す。


「な、こ、今度は何ッスか……!?」


 身構える恋雪の目前に、モゾモゾと笹を潜って現れたのは……

 

「恋雪ちゃんか〜……!よかった、巻き込まれてるのは私だけじゃなかったんだね〜……!」


 本宮根子であった。


「根子先輩……!?どうしてこんなとこにいるんスか……!?」


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:人物〉

本多(ほんだ) 政佳(まさよし)

 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・本多家(加賀本多家)の三男で、壮猶館の高等部12年生。

18歳で、段位は乙位。

 壮猶館の主力である加賀八家の次期当主の一人であり、加賀八家次期当主たちを厳格に取りまとめる様子から「実事鬼(じつじき)」の異名を持つ。

 見た目通りの堅物で、冗談が通じずノリも悪いため、後輩たちからは若干煙たがられがち。

 加賀八家筆頭である加賀本多家の次期当主としての自覚は非常に強く、風紀や規律に厳格な振る舞いにも反映されている。

 同級生の前田孝春とは反対に、ソウル能力「鐵血載掌」を使った中遠距離主体の戦闘を大の得意とするが、複数の中国拳法を独自にアレンジした我流の武術も会得しており、ソウル能力との合わせ技により近接戦でも全く油断ならない。

 そんな彼でも次世代の加賀八家筆頭というプレッシャーは荷が重過ぎるためか、心の底では同じ境遇を共有できる仲間を探している節がある。

 日本語・英語・フランス語・中国語の4カ国語を操るマルチリンガルで、TOEICのアベレージは900点以上。

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