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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第四章『中部藩校合同林間合宿』
66/66

#66 紛擾 急「HYPED UP !!」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。


悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。

中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。


舞台は信濃。

いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!

 ~急「HYPED UP !!」~


 ─2031年4月24日 10:08頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈柳沢真冬 VS 前田孝春〉


 バシッ!バシィッ!


 三角形を描いた2発の飛ぶ斬撃。

 真冬は左右に体を揺らして躱しながら、孝春へと距離を詰めていく。


 前田孝春の魔槍「夕晴(ゆうばれ)」は、螺旋状の穂先に空気を取り込み、先端へ送り出す特殊な構造となっている。

 この際に送り出される空気は魔力を帯びており、孝春は魔力操作によりこの空気を鋭利な刃に成形し、撥空により押し出すことで「飛ぶ斬撃」を作り出す。

 孝春自身の技量もあり、孝春は槍を筆の如く扱い、崩れぬうちに一瞬にして様々な線形の斬撃を描くことができる。


 距離にして1m程。

 真冬が勢いよく益荒男をスイングすると、孝春は夕晴の石突きを地面に突き立て、棒高跳びの要領で益荒男を跳び越える。


「正直嫌なマッチングなのよね!アンタと戦り出すといつまで経っても勝負つかないんだもの!」


 ガンッ!


 空中から放たれる孝春の横薙ぎを、真冬は頭突きで受け止める。

「つれないなぁ、そんなら降参なり棄権なりしてくれれば、時間をムダにせず済むと思うんだけど……そんなに俺とのマッチングは嫌〜?」


 すると木陰から何本もの銃が連なって伸び、真冬目がけて発砲される。

 加賀藩校生全員が入団を義務付けられる、前田利雅率いる少年部隊「梅花隊」の者たちである。


「アンタたち!下手に手出すのはやめときなさい!」

 隊員たちの方へ目をやり、大声で呼び掛ける孝春。

 真冬へ放たれたいくつもの魔力の弾丸が、真冬に触れると……

 そのまま潰れて真冬の体の表面を伝い、霧散する。


 どよめく梅花隊の隊員たちを背に、孝春は大きくため息を吐く。

「これだから嫌なのよねぇ……」


 通常、その多寡に差はあれど、あらゆる生物は例外なく体内に魔力を有する。

 ところが、極めて稀に、体内にほぼ魔力の無い個体が突然発生することがある。


 物体には電気のように、魔力の伝導性というものがある。

 本来生物は心臓や丹田など主要な器官の魔力伝導性が低いため、精密に制御せずとも体内にある程度魔力を保持できる。

 ところが真冬の肉体は、この伝導性が極限まで高く、魔力の生産能がほぼゼロであることも併せて、体内にほとんど魔力を有さない。

 故に物理的外力を伴わない単純な魔力の塊をぶつけただけでは、魔力は立ち所に発散してしまう。


 これはソウル能力とは異なる、先天的に心身に課された制約「天賦禁制(ネイティブ)」。

 その中でも真冬のような場合を「天賦ノ(ネイティブ)(ホロウ)」と呼ぶ。


 故に真冬の肉体は生物のそれよりも、魔力を伝導する「器物」に近い。

 魔導具は魔力の伝導性が高ければ高い程、耐久力や攻撃力が高まるという傾向がある。

 それは真冬の肉体にも適用され、常人はおろか獣人や妖魔すら遥かに上回る、圧倒的な基礎身体能力を得るに至る。


 魔棍・益荒男は、無能力の純粋な魔力の塊。

 魔力伝導性の極端な高さから、他者の魔力に対し敏感に共鳴する性質を持つ。


 そのままでは魔力をほとんど知覚できない真冬は、益荒男を介することで初めて魔力を捉えることができる。


「だから嫌だと言われてもねぇ、孝春君の斬撃はちゃんと通るよ?単なる魔力の塊じゃなく、回転刃のようにすることで空気抵抗摩擦を生み、魔力をしっかり物理攻撃力に落とし込んでるからね……だから痛いし避けたいし、受けたくないのは当たり前。」

 そう言いながら益荒男を右へ左へ振り回す真冬に、孝春は顔を顰めながらスイスイと躱していく。


 ドォン!


 真冬が益荒男を地面に振り下ろした、次の瞬間……


 バァンッ!


 真冬の背後に回り込んだ孝春が、背中合わせのまま槍の穂先を真冬の頸に当てると、真冬が大きく吹き飛ばされた。

 真冬は即座に空中で回転し、両脚を開いて着地すると、薄く冷や汗をかきながらニヤリと笑みを浮かべる。

「あっぶね〜……これだから君との戦闘は油断できないんだよ……とうとう使ったね、ソウル能力。」


 孝春は眉を下げたまま答える。

「仕方ないでしょ……相変わらず敵を煽るのが好きなのね、性格がよろしいことだわ。それにしても、どうして突然対抗戦に復帰したのかしら?目白君たちはもちろん、利雅にすら自分の存在に言及しないでほしいと言っていたアンタが、何か気心に変わりでもあったの?」

 孝春の問いに対し、真冬は苦笑いしながら立ち上がる。

「うーん……まあ色々思うところあって……なんて言ったら答えになってないか……簡単に言えば尻叩かれたんだよ、死んだ家族たちからね。」


 孝春は少しぽかんとした後、ニタリと笑って夕晴を構え直す。

「ふーん?ちょっと気になる話じゃないの、アンタをボコすついでに聞かせてちょうだい?」

「えー……いや、別にそんな面白い話でも何でもないと思うんだけど……」

 真冬は目を細め、少し苦い表情で返すのだった。


 ──────


 ─2031年4月24日 10:08頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈飯石蜜柑 VS 村井タテハ & 横山隆輝〉


「『パワースレイヴ』!11!12!13!14!」

 呪布を巻いた両拳で、蜜柑へ立て続けに殴り掛かる隆輝。

 蜜柑は火麟で防御に徹し、なかなか攻撃へ転じることができない。


 横山隆輝のソウル能力「パワースレイヴ」。

 連続した攻撃が命中すればする程、その回数に応じ、能力効果の付与された魔導具による攻撃力が加速度的に上昇する。

 連撃と見做されるのは、連打間隔3秒以内の攻撃に限られ、連撃が途切れると攻撃力は初期値に戻ってしまう。


 隆輝はこの能力を呪布に付与し、バンテージ代わりとして拳に巻き付けている。

 イノシシの獣人であることに由来する優れたバネを活かした、拳打を主体とするシンプルなファイトスタイル。

 ワンパターン故に読まれやすい欠点もあるが……


「54!55!56!57!」

「(パンチがどんどん重くなっていく……スピードも同じくらいのペースで上がっているし、防戦一方では早々に限界が来る……!)」

 蜜柑は咄嗟に右へステップを踏み出そうとするも、左足に左方向の矢印が貼り付き、その場でひっくり返ってしまう。


「きゃあっ!?」


 ガキン!


 蜜柑はすぐさま仰向けになり、隆輝の拳を剣で受け止め右へ逸らす。

 しかし次の瞬間、隆輝の拳に左方向の矢印が貼り付き、裏拳が蜜柑の胸に命中する。


 ゴッ!


「う゛あっ!」

 蜜柑はそのまま勢いよく地面を転げ、木に衝突した。


「横山センパイナイス〜♫ようやく一発当たったね♡」

「ナイスアシスト!タテハちゃん!」

 2人で「いぇーい!」とハイタッチするタテハと隆輝。


 タテハ蜜柑の方へ振り返ると、目を細めて頬を掻く。

「いやぁ、ごめんね?蜜柑姫に恨みはないんだけどさ、これはどーしてもやらなきゃいけないお仕事なんだよね……とはいえキミを放っておくと厄介なのはわかってるから、しっかりおねんねしてもらわないとね。」

 蜜柑は地面に突っ伏しながらも、歯を食い縛り、タテハの居る方向を睨む。

「ダメ……桜華くんは渡しません……」


「そこをなんとか許してほしいな〜?まあ訳あって事情は説明できないんだけど、止むに止まれぬ超重要ミッションなんだよね……だいじょぶだいじょぶ、桜華くんは拐うけど悪いようにはしないから♡」

 蜜柑はタテハの言葉に一瞬釣られそうになるも、すぐに我に帰る。

「ほ、ほんとですか!?……って、そういう問題ではありません!正式な手続きも承認も得ていない勝手な身柄拘束がダメだと言っているんです!一藩の姫として、そこは譲れません!甲府藩の誇りに賭けて、このような不正を見過ごすわけには……」

 

 タテハは蜜柑の元まで歩み寄ると、屈んでニコリと笑みを浮かべ、蜜柑の唇にそっと人差し指を当てる。

「いいのかな?甲府の誇りとかそんな大層なもの、軽率に賭けちゃってさ……」

「え……」

「やっぱりさ、なんか姫様って羨ましいんだよな、そんな簡単に口にできる程の誇りとか、その誇りをいつでも重んじられる誇り高さとか……まるでこっちの信念が足りないみたいじゃん?」

「そ、そんなことは……」

「あくまで個人の感想だよ〜、だいじょぶだって、別にキミが嫌いなわけじゃない……ふとそう思っただけ。それじゃ横山センパイ、トドメ頼みますね〜♫」


「可愛い顔に傷付けたりしないから、安心しなよ姫様。」

 隆輝はそう言いながら拳をポキポキと鳴らして蜜柑に近付き、立ち止まると腕を大きく振りかぶった。

 蜜柑はそれでも動ぜず、隆輝をまっすぐ睨み付ける。


 ブォンッ


 腕が振り下ろされた、次の瞬間……


 ドロッ


 立ち所に隆輝の腕が液状に溶け、その場でぶらんと力無く垂れ下がった。

「……何だ!?」


 すると隆輝の袖の中から、小さく細長い狐が2匹飛び出してくる。

「『ピーキング・O』、お前の右腕は封じたぜ。」


「(甲府出張時に前田センパイを無力化した能力!ソウル使いは管狐だったのか!)」

 管狐による隠密性を活かした奇襲。

 事態を察したタテハは、すぐさまハッチに矢印を貼り付けようとするが……

「『止 ま れ』」

 人化したソウカの発した言霊で、ピタリと固まってしまう。


「大丈夫か姫様!」

 駆け付けたハッチに、蜜柑は胸を庇いながら立ち上がって答える。

「ありがとうございます!ちょっと良いのを貰ってしまいましたが……折れてないです、まだ全然いけます!この際いくらでも暴力的手段に出ていいので、とにかく桜華くんの拉致を阻止しましょう!」

 蜜柑の言葉にソウカも軽く噎せながら頷き、変面を張り替える。

「ᕦ(ò_óˇ)ᕤ」


「横山センパイ、片腕でなんとかなりそうですか〜?厄介なのが来たね〜、ちょっとこれは想定外だな……私も頑張ってやんちゃしないといけないね?」

 タテハは特攻服の背をビラッと広げると、無数の矢印型の尻尾を扇状に展開した。

「た〜っぷり可愛がってあげるよ♡」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:08頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈グロブ・スター VS 前田直靂〉


「……やるな。」

 所々に爪痕が付き、バチバチと音を立てる直靂の腕。

 両腕のレーザー刃も一部が割れている。


「ふぅ……ふぅ……お前こそとんでもないな、それは高純度の浄化瘴気……全身に遺物を組み込んだサイボーグだったとは……」

 鋭い爪と前歯を剥き出し、肩で息をしながら話すグロブ。

 グロブもまた、体のあちこちに切り傷や擦り傷を負い、毛皮は土で汚れている。


「攻撃力、敏捷性、耐久力……いずれも高水準、二足歩行のモルモットがここまで動けるとはな。」

「モルモットなめんなって言ってんだろ?凶器持った奴との殴り合いなんざこれまで何度となくやってきたしな。」

 カラカラと笑うグロブに対し、直靂はモノアイの輝度を上げ、低い声で唸るように返す。


「褒めてなどいない、貴様が所詮その程度の芸しか無いと言っている。近接一辺倒のわかりやすいパワータイプ……うちにも似たようなのが居るが、対策など考えずとも思い付くから助かるものだ。」

 直靂は腕から展開したホログラムモニターを操作すると、続いて現れた「AUTHORIZE」と書かれたアイコンを押す。

「『機動錬成(きどうれんせい)(リュウ)”』」


 直靂の身体の各部にあるパーツが、火花を帯びながらグニグニと変形していく。

 両腕は鍬形の刃に挟まれたレールガンとなり、上背部からは龍頭の触手のようなユニットが8本伸びる。

 さらに腰背部から上下平行方向にウィングとブースターが伸び、ボボボボ……とエンジン音を鳴らしながら身体が浮き始める。


「へ、変形だと……ロボの変形ってもっとこう、あちこちのパーツが組み変わったりひっくり返ったりするもんじゃなかったっけか?」

「それは前時代的なロボやメカの話だろう……実地戦闘用と子供のオモチャを一緒にされては困るな。」

 直靂は呆れた様子で返すと、グロブの方を向いたまま後方へ飛び立ち、両腕のレールガンから青白いレーザーを放つ。


「なっ……速ぇ!」

 グロブは側転して躱そうとするが、間に合わず、レーザーの一本が脇腹を貫通した。

「ぐぉ……!」


「馬鹿正直な近接パワータイプ……手の届かぬ場所から遠距離攻撃を続ければ、容易くジリ貧へ持ち込める訳だ。」

 直靂はさらにグロブの周囲をグルグルと大きく旋回しながら、両腕や背中のユニットから立て続けにレーザーを撃ち続ける。


 前田直靂もまた、柳沢真冬と同じ「天賦禁制」を持つ者の一人。

 直靂は生まれつき両腕・両脚が無く、大部分の臓器機能も大きく欠いているため、高度な医学的介入が無ければ生命を維持することすら叶わない。

 直靂は自身のソウル能力と加賀藩の高度な医療技術により、全身の大部分に魔力により作動する人形「傀儡(かいらい)」のシステムを組み込んだ半機人である。

 その代償により、直靂は一般的な甲位御家人の約1万倍もの魔力量およびそのキャパシティを有し、それに加えて本来ならば拒絶反応を起こす他者の魔力を安全に受容できる。

 この特性は浄化瘴気による魂の汚染にも有効であり、全身にある遺物を組み込んだ各ユニットを用いた攻撃は、特に対妖魔戦においては一撃一撃が必殺級となる。


 ──────


「五体満足で生まれてこれなかったこと……これは、神にも仏にも味方されずに生まれてきた、哀れな身ということの証。」

 両親は事あるごとにそう言っては、泣きながら俺に謝ってきた。

 健康に産めず申し訳ない、と。


 土佐守家における最大の凶事。

 それは俺がこの世に生まれ落ちてきたことそのもの。

 俺が生きているだけで、家族は後ろ指を指され、世嗣への不安から土佐守家の信頼は失墜していく。


 「人は誰しもが迷惑をかけて生きている」とはよく言ったものだ。

 少なくともその迷惑は決して全ての人間において等価ではない。

 俺が生きているだけで、いったい何人分、いや何十人分の負担が土佐守に……家族にかかる?


 家族や仲間に負担をかけながらでなければ生きていけないというのなら、尽くせる全力を賭して恩に報いるのが筋というもの。

 だから俺は休む間も何もかも惜しんで、ただひたすらに全てを傀儡の研究に費やした。

 肉体の自由を失うくらいなら魔力など要らなかった、そんな気持ちを押し殺して、土佐守家を守り加賀藩を支えるため……


 今も、死力を尽くし、ここにしがみついている。


 なのに、それなのに、貴様は。


「グロブ・スター……俺は一目会った時から貴様が憎い。」


 人間でもない、異端も異端の、人外の貴様は。


「物言わぬ肉塊となれ。」


 何故のうのうと生きていける?


 ──────


 ドスッ!ドスドスドスッ!


「ぐっ……うぅ……」

 その場でよろめき、そのまま地面にドサッと突っ伏すグロブ。

 懸命の回避も直靂の弾幕の前には虚しく、4本のレーザーが次々にグロブの胴を貫いていた。


「はぁ、はぁ……あんにゃろ、マジで手の届かねえ距離からレーザービームで芋ってくるとはなぁ……サイボーグかっけ〜とか言ってる場合じゃなかったぜ……」

 グロブは息を切らしながら、脇腹に空いた穴に手を当てる。

 穴からは墨のように真っ黒なペースト状の液体が、糸を引きながらドロドロと流れ出ていた。


「喋る巨大なモルモット……中身はどんなものかと思えば、ますます得体が知れないな……せめて白い綿なら愛嬌があったものを。」

 5m程先から銃口を向けながら、直靂はモノアイを光らせ呟く。


「余計なお世話だよ、モルモットはそもそも引きちぎって中身出すようなもんじゃねーから!」

「つくづく癪に障る奴だな……何故だ……」

 肩をわずかに震わせながら、何かを問う直靂に、グロブは傷を庇ったまま首を傾げる。


「俺も貴様も異端であることは同じの筈……なのに、人間の俺は死に物狂いでなければ日の元すら歩けず、下等生物の貴様はまるで何も気に留めぬかの如くらりくらりと人に囲まれ生きている……何だこの違いは……」

「お、おいおい待て待て……なんか色々拗らせてねぇか?つか俺だって努力してるぞ、そこまで言われると流石に傷付……」

「黙れッ!」

 一人語りを続けていた直靂は、グロブの反論を遮ってさらにレーザーを乱射する。


「俺はただ貴様を足止めするためにここに来たのではない……貴様の存在を否定するためにここに来たのだ!俺が俺を肯定するために!」

 直靂は再び腕からホログラムモニターを展開・操作すると、再び人型に戻り、両脚に何枚ものプレートを装着し、左腕を大きな砲身に、右腕を大剣に変形させる。

「『機動錬成“(ギン)”』!」


「最初は何の生物かと正直戸惑ったが、やはり貴様は特殊な傀儡ということで間違い無さそうだな……甲府藩のアズマや江戸幕府のシリアンのような特殊な式神であれば異常な耐久力故に手出しできないと思ったが、ただのモルモットの皮を被っただけの傀儡というならその心配も無い。」

「お、お前……俺の秘密を易々と解き明かして……!」

「大した秘密じゃないだろう、少し戦えば判ること……くだらんお喋りも終わりだ、腹を括れ。」

 わざとらしく驚いてみせるグロブに対し、左腕の砲口を突きつける。


 圧倒的不利。

 その状況にもかかわらず、グロブは不敵に笑みを浮かべ呟いた。

「お前……なーんにもわかってないぜ、俺のこと……」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:10頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈狗神恋雪 VS ???〉


 徽典館と壮猶館の衝突が起きた地点より北東に約500m。

 双方の主力がそれぞれの方角へ散っていく中、流れに乗り損ね逸れてしまった者が一人。


「うわ〜ん!みんなぁ〜!どこにいるッスかぁ〜!?」

 狗神恋雪である。


「(目白先輩と一緒にあの本多政佳って先輩を引き付けてたのに、途中で目くらましの攻撃を食らって明後日の方向にダッシュしちゃったッス……匂いで追いかけようにも、遠すぎるし、血の錆っぽい匂いが邪魔でよく嗅げないし……)」

 狸の獣人である恋雪の嗅覚は、常人のそれを遥かに上回る。

 しかし、強力な嗅覚はわずかな匂いを拾うことにこそ優れはするものの、強い匂いが立ち込める環境においては匂いを拾いすぎることでかえって撹乱を受けてしまう。

 現在恋雪を広域に取り囲むのは、本多政佳の残していった猛烈な「血」の匂い……故に恋雪は目白の匂いを見出すことができず、迷子になってしまっていた。


「桜華先輩は見失っちゃったし、目白先輩にもついてけなかったし、今日のボク、全然役に立ててないッス……」

 恋雪はその場でちょこんと座り込み、落ちていた木の枝で地面をカリカリと弄りながら、大きくため息を吐く。


 すると地面が突然プニプニと弾力を持ち、枝を跳ね返してくる。

「……ん?なんスか……?」

 恋雪は目を細め、もう一度地面をツンツンと突くと、今度は地面にズボッと枝が沈み、泥のようになって枝にまとわりついてきた。

「……雨なんて降ってたっけ……?」

 恋雪がうーんと唸りながら地面を覗き込んでいると……


 バカッ


 突然、恋雪の後頭部が、抉れたように大きく欠ける。

「へ……?え?え?」

 恋雪は自分の後頭部へ手をやると、ドロドロと溶けた自分の一部が手につくのを感じ、目を白黒させる。

「な、な、何スか!?何スか!?何が起きたんスかあぁ〜!?あ、あたまが……でもいたくない……ど、どうして……」

 さらに恋雪の頭の上には、大きな猫のような耳がピョコッと生えてくる。

「ふえぇ!?猫ぉ!?ボクは狸ッスよ!?四次元ポケットなんて持ってな……」

 突然漂ってきた異様な気配に、恋雪は口を噤んでゆっくりとカクカクと後ろを向く。

 

 どこからともなく垂れ下がるピアノ線に釣られた、頭が3個の道化師のような顔をした、巨大な木偶人形。

 手足からは鋭い鉤爪が長く伸び、裂ける程に吊り上がった口角とは裏腹に、死んだ魚のような目がカッと見開いて恋雪を見つめていた。


「う、うわああああああ〜〜!?!?」

 響き渡る狸娘の悲鳴、しかしそれに気付く者は誰も居なかった。


 ──────


 ─2031年4月24日 10:10頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈硯桜華 VS 前田利雅〉


「違う!違う違う違う違う!そうじゃあねぇッッ!!」

 殴りつける度、首をブンブンと横に振って否定してくる前田先輩。


 震透撃による防御貫通も、海嘯撃(かいしょうげき)による波状攻撃も、吸い込まれるように通らない。

 ただ硬いだけじゃない、この人は十合技を使いこなしてる……散力や貼靠あたりを駆使して、僕の打撃を上手くまとめて打ち消しているんだ。

 十合技はシンプルに技術が高ければ高い程強い……それに打ち勝つには、より練度の高い十合技をぶつける他無い。

 今の僕には……それが足りない。


「マイハニー、少しは解ってきたか?自分に何が足りねぇのか……」

 僕のパンチを胸で受け止め、額にトンと指を置いてくる前田先輩に、僕は眉を顰める。

「僕に足りないもの……十合技の技術とか、でしょうか……?」

 僕の問いに、前田先輩はそっと僕の手を取り答える。

「穿つ打撃と波打つ打撃……この二つ、誰から教わった?」


「震透撃と海嘯撃のことですか?震透撃は僕が考案したもの、海嘯撃は天貝先生が考案してくれたものです。」

 僕の返答に、前田先輩は大きく両手を広げた後、困った様子で鼻柱を摘んだ。

「かぁ〜……アニキの仕業かぁ……マイハニー、これは俺とアニキとの教育方針の違いだ。だがな、おそらく硯風弥なら……俺と同じダメ出しをした筈だ。」

 

 同じダメ出し?お父様でもするダメ出し?どんなダメ出し?

 僕が左右に首を傾げていると、前田先輩は一呼吸置いてさらに続けた。

「お前の得意とする震透撃や海嘯撃……厳しい言い方をすれば、それらはお前の“悪癖”のようなものだ。技と言うには数歩及ばんな……」

 そんな……僕が自分の身体能力とソウル能力を掛け合わせて考案した震透撃や、それを活かして天貝先生が考えてくれた海嘯撃が、ただの悪癖……?

「それらの悪癖を真に“技”としてぇのなら、まずは原点に立ち戻れ……簡単な話だぜ、基礎を見直すんだ。」


「基礎……ですか。」

「共通して言えること……それはシンプル、魔力操作が雑だ!」

「魔力……操作……えっと……」

 確かに言われてみれば……魔法を使って戦うようになってから二か月も経ってないけど、その間僕は「魔力強化による打撃=魔力を手足に籠めれば良い」くらいにしか考えてなかった。


「魔力とは魂から湧き出、心身を司る生命のエネルギー!単に魔力を乗せただけ、それっきりの打撃なんてものは、魔力無しの力尽くと大差無ぇ!真の“魔力強化”とは、魔力の流れを指先まで認知し、自在に操れてこそ初めてそう呼べる!」

 前田先輩は鼻息荒く、捲し立てるように続ける。

「竜種故の敏捷性やパワーといった基礎能力、そして風雲竜故の風や水の“流れ”を読み取るセンス、マイハニーの潜在的なスペックはどれを取っても俺より上だ。才能あるぜ。だからこそ持ち腐れなんてのは勿体ねぇ!磨け!光れ!高みを目指せ!」

 さらに前田先輩は続ける。

「マイハニー、本当なら今すぐにでもお前を拐ってよかったんだが、少し方針を変えるとしよう……俺はここでお前を強くする!」


「あ、あのっ!」

 ちょっと色々待ってほしい。

 まず僕を拐う拐わないという話の時点でついていけないのに、そこから方針転換で僕を強くするなんて言われても訳がわからない。

「全く話についていけてません!そもそも何故僕を拐おうとするんですか!?そして僕はまだ何も言ってないのに方針転換ってなんですか!?」


 すると前田先輩は左手を差し出し、クイッと顎を持ち上げてきた。

「それじゃあハニー……弱いままでもいいのか?」

「……っ!」


 徐に思い出されるのは、二つの声。


 〜〜〜〜〜〜


「うんっ……!おかえりなさいっ……兄様っ……!」


「あのね、桜華……私、桜華と一緒に海に行きたい……!」


 〜〜〜〜〜〜


 弱いまま?

 そんなの、いいわけ……


「いいわけ……ありませんッッ!!」


 角を出し牙を剥き、差し出された腕を握り返す僕に、前田先輩は不敵な笑みを浮かべていた。


「フッ、極アツ……そう来なくちゃなぁ……!」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:13頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 大笹街道大明神沢史跡付近〕

 〈対抗戦運営本部〉


 徽典館と壮猶館の衝突が激化していく中、その状況を把握できていない運営本部の元に、一人の負傷者が舞い込んでくる。


 高田藩の榊原勝臣である。

「はぁ、ふぅ……」

 勝臣は血の滲む膝を抱え、蹲った状態で担架に乗せられ運ばれていく。

 

 心配そうに見送る蜜樹に、䑓麓(だいろく)が不審そうな顔で話しかける。

「膝に裂傷ですか……ギョローンには何か映ってなかったんですか?」

「それが見えない場所での出来事だったのよ〜ん……周りに学生は居なかったから、たぶん単独事故だと思うんだけど……」

「ギョローンに死角なんてほぼ無いでしょ、赤外線カメラとかも搭載してるし……余程の遮蔽物でもあった感じですか。」

「䑓麓君、何か気になることがある感じかしら〜?」

「いや……まあ、山でなら木やら竹やらでああいう感じの怪我をするのはよくあることでしょうし……」


 どこか煮え切らない態度の䑓麓に、蜜樹は首を傾げる。


「䑓麓君……なんかビリッと勘付いたことでもあるん感じ〜?おばちゃんに行ってみな?」


「まだモヤッと程度ですけど……なんかゾクゾクとイヤな感じがしてます……まるで、うなじに虫でも入ってきたみたいな。」


 そう語る䑓麓の足元を、一匹のムカデが人知れず通り過ぎていった。


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:人物〉

前田(まえだ) 孝春(たかはる)

 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・前田家(対馬守家)の長男で、壮猶館の高等部12年生。

 18歳で、段位は乙位。

 壮猶館の主力である加賀八家の次期当主の一人であり、年長者として加賀藩の少年部隊・梅花隊を面倒見良く取りまとめる姿から「和事鬼(わごとき)」の異名を持つ。

 オネエ口調が特徴で、ファッションへの拘りは加賀八家次期当主の中では一際強い。

 目下の者への愛情が非常に強く、仲良くなれば他校生の後輩でも弟や妹のように可愛がり出す。

 槍術の腕前は加賀藩でも随一で、平時はあまりソウル能力を使わず、魔槍「夕晴」の特性で発生させた気流を撥空で「飛ぶ斬撃」に変えることで、短槍使いでありながらアウトレンジからの攻撃も得意とする。

 面倒見の良さに加えて温和で大らかな性格から「梅花隊の母」と呼ばれる一方、対抗戦や全武大では磨き上げた武術のぶつかり合いを楽しむ好戦的な一面も。

 戦いの場でもメイクは欠かさず、肌年齢は10代前半をキープしているらしい。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

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