表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第四章『中部藩校合同林間合宿』
65/66

#65 紛擾 破「加賀の鬼子達」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。


悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。

中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。


舞台は信濃。

いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!

 ~破「加賀の鬼子達」~


 ─2031年4月24日 10:00頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕


「ようやく会えたぞ硯桜華あぁ!!さぁ……激アツに祭りといこうッッ!!」


 凄まじい闘気!

 この人がグロブ先輩の言ってた“化け物”の一人……前田利雅先輩!?


 突進速度が尋常じゃない。

 普通に飛び出しても避けられない。

「『冥詣(めいけい)』!」

 一瞬だけ黄泉醜女様と一体化、超高速で地面を蹴飛ばし、真上へと離脱する。


 パシッ


 冥詣を切って宙を舞った次の瞬間、胸に矢印を貼り付けられているのに気付く。

 矢印は下向き……僕はその方向に引っ張られる。

「うわああああ〜っ!?」

 翼を開いても、龍翔ノ舞(りゅうしょうのまい)を試みても、姿勢が制御できないまま、ひたすら下へ下へと落ちていく。


 方向は前方斜め下。

 その先に居るのは……長身で糸目の男の人。

 男の人は手を指鉄砲の形にして、腕をまっすぐ伸ばし、こちらに狙いをつけ……


 ドヒュンッ!


 危険のにおいを感じて体を少し翻すと、目にも留まらぬスピードで黒い何かが顔を掠めていった。


 バサッ!


 今度は真上から、目の細かい網が広がって降ってくる。

「『鏡花水月・流れよ“水桜”』!」

 網を切り裂くと、木の上から驚いた様子の女の人の声が聴こえた。

 

「切れ味すごっ!チタン製の防刃ワイヤーなのに……」

 赤と青のツートンカラーのマッシュルームヘアの女の人……あの人の仕業か。


 キュイーン!


「わぁっ!?」

 五、六本のレーザーが木々の間から撃ち出され、マフラーを掠める。


「うおぉりゃあぁっ!!1、2、3、4ッッ!!」

 今度は茂みの中から半獣の姿をした女の人が飛び掛かってきて、次々にパンチとキックを打ち込んでくる。

 剛躰でどうにか凌ぎつつ、距離を取るため後ろへ離れていく。


 そして……

「また会ったわね桜華ちゃん♡さあ、今度こそ大人しくしてもらうわよ!」

 孝春先輩も来た!既に夕晴(ゆうばれ)が起動してる!


 ここでようやく僕は気付く。

 今僕に襲い掛かっている人たち、前田先輩も含めて、悉く「大傾奇(おおかぶき)」の文字と梅鉢が描かれた特攻服を着ている……つまり全員加賀藩校・壮猶館の藩校生たち。


 あれ……これって……

 僕、魑魅(すだま)そっちのけで、壮猶館(そうゆうかん)に一人狙いされてる……?


 次々に飛んでくる攻撃を躱し続ける。

 今更ながら、僕の中で大神実の力が大きくなってきているのを感じる。

 今まで感じなかった概念を嗅覚で感じ取れるようになったけど、その幅や感度が広がってきているように思える。


「なんという身のこなし!これでまだ藩校に入学して2ヶ月目だというのは驚きだ。」

「だから言ったじゃないのよ、一昨日のフルーレで会った時も、私の攻撃が全然当たらなくてビックリしたって。」

「皆の者!間違いなく奴が硯桜華だ!単発ずつの攻撃では対応が追い付かん!一斉にかかれ!」

 糸目の人が声を張り上げると、ネット弾、レーザー、斬撃が一斉に僕に向かって飛んでくる。

 もう勘付いてはいたけど、やっぱり僕を狙ってる!


 ドスドスドスッ


「おおうっ!」

 すると僕の目の前にグロブ先輩が降ってきて、レーザーと斬撃をもろにその身で受けてしまった。

「グロブ先輩!大丈……」

「モーマンタイ!逆剥け適度よこんなもん!」

 シュウゥ……とお腹から煙を出しながらも、前歯を出してニカッと笑ってみせるグロブ先輩。

 ドッジボールの時になんとなくタフな人(?)だと思ってたけど、想像の十倍くらいはタフだった……


「『気炎万丈・猛れよ“火麟”』!」


 ボウッ


 続いて再び発射されたネット弾が、広がった途端に燃え上がり、灰になってパラパラと降ってくる。

「大丈夫ですか桜華くん?ちょっと皆さん!桜華くんを虐めないでください!今回の獲物は桜華くんではありませんよ!」

 口を尖らせて壮猶館の面々に抗議する蜜柑。


 後ろから足音が次々に聴こえる……徽典館の皆んなが続々と駆け付けてきてくれている。


「『紫電清霜・叫べよ“霆喘”』!」

 さらに指示を下そうとする糸目の人に、目白が斬り掛かる。

 糸目の人が手の甲で刃を受け止めると、金属音とともに火花が飛び散る。

「揃いも揃って……うちの桜華に何か御用でも?」

「そうだね、じっくり話し込みたいことがあるんだ……君達の同席は拒否させて頂こう。」


「明らかに異様な状況ですわね……桜華様、お怪我はありませんか?」

 僕の前に降り立ち、心配そうに顔を覗き込んでくるリュシル先輩。

「僕なら大丈夫です、ちょっと掠ったくらいで……」

 

「うーん、うまくいかないねぇ。」

 矢印のような尻尾をつけた小柄な女の人が、木の上からぴょんと飛び降りてきた。

「はじめまして硯桜華くん、壮猶館の村井タテハっていいます。タテハ先輩って呼んでね♡」

「は、はじめまして……タテハ先輩……」

「う〜ん良い返事♡早速で申し訳ないんだけど、今から君の身柄を非公式に確保させてもらいます。」

「えっ……?どうしてですか……?」

「ごめんねー、その質問には今ここで答えられないんだ〜……とりあえず黙ってついて来てくれれば、荒っぽいマネはしないんだけど、どうかな?」

 理解が追い付かない。

 ただ、いきなり具体的な説明もなく宣言された非公式な身柄連行に応じる理由も無い……それは明らかだ。


「いいんですか、タテハ先輩……競技中の目的外行為は、即失格の対象になる重い違反行為。そっちの藩校の信用問題にも発展しかねないレベルだ……そのリスクを冒してでも桜華を拐わなきゃならない理由は必要でしょう。それが説明されないんなら、桜華も俺たちも応じる理由が1ミリも無いんですよ。」

 目白の言う通りだ。

 するとタテハ先輩は突然、腕に装着している発信機を、尻尾の先端で突き刺して破壊した。


「た、タテハ先輩!?それは遭難防止用のGPSッスよ!?壊したらめたんこに怒られちゃうッス!」

 突然のタテハ先輩の行動に驚きふためく恋雪。


「そうだね〜、怒られちゃうねぇ……でもこれ使ってウチらを監視してくる悪い奴が居るからね〜。」

 するとタテハ先輩の後ろで、壮猶館の生徒たちが次々に発信機を壊していく。

 不可解な行動に思わずキョロキョロしていると、タテハ先輩はさらに続けて話す。

「悪いけどこっちの態度は変わんないよ……桜華くんは連れて行く、詳細は話せない、応じてくれないなら力ずくで連行する。オーケー?」


「オーケー。」

 それだけ返すと、即座に冥詣を発動し、地面を後ろへ蹴って駆け出す。

「いいぞ桜華!そのままトンズラだ〜!ここは俺たちが引き受ける!」

 追おうとしてくる壮猶館の生徒たちの前を、グロブ先輩が仁王立ちで阻む。


「お願いしますグロブ先輩!」

 僕が叫ぶと、何故か恋雪と真冬先輩の声も続いた。

「ボクもお願いするッス!グロブ先輩!」

「頼んだよグロブ!」

「いや待って待って、なんか増えてる。」


 壮猶館側の方が人数が多い……けど、徽典館側の戦力もかなり頼もしい人ばかり。

 ここはとにかく、今の隙のうちに全力で逃げる。

 それ以外のことは後で考えればいい。

 今はとにかく今は逃げながら、この異常事態を運営に連絡する。


 数秒走り、壮猶館の生徒たちの輪から脱け出せたと思った、その次の瞬間……


 ドッッッ!!


 突然背後から飛び出してきたのは前田先輩。


 ドゴゴゴゴゴゴゴ!!


 前田先輩は丸太のような両腕で僕の腰を掴むと、そのまま僕を巻き込んで、木々をへし折りながら、道中の妖魔を粉砕しながら、猛突進していく。

 とんでもないパワー……剛躰が間に合ってなかったら、間違いなく意識が飛んでた……!


「は、離して……っ!」

 前田先輩の腕を全力で引き剥がそうと試みるけど、まるで獲物を捕らえたスッポンのように喰らい付いたまま離れない。

「おっと……激しいアプローチはお嫌いか?」

 前田先輩はそう言うと急停止し、思い切り僕を放り投げる。


「うっ……!」

 受け身は取った、それでもなおこの痛み……本当に物凄いパワーだ。

 シンプルな膂力なら真冬先輩以上なのでは……?


「僕は不審な連行要請に応じるつもりはありません。するとしても大人に話を通してから……」

「あーしゃらくせぇ!!」

 前田先輩は僕の言葉を遮り、また地面を震わすような大声を張り上げる。

 ちなみに爬虫類である竜種は、空気よりも地面や草なんかの振動の方が感じ取りやすい。

 だから物陰からの接近にも気付きやすいんだけど……この図体とパワーで、直前まで僕が気付けないレベルの奇襲をしてきた、この人の技量が怖い。


「確かに俺たちのミッションは硯桜華、お前を加賀藩に連れて行くこと……だがな、俺には俺の目的ってモンもあるんだよ。」

「前田先輩の目的……?」

「何、いたってシンプルさ……俺は今大会で一番骨のある奴を探し回ってる……もう既に遊んだ奴を除いてな。」

「骨のある奴……それなら僕ではなく他を当たってください、僕はあなたの期待に応えられませんよ。」

「謙遜するな……あの硯風弥の長男、そして一昨日の直進フルーレの戦績、お前が新顔の中でも格別の上玉ってことくらいよーくわかるぜ。」

 競技で好成績を出した手前、こうした絡みも避けられないのは当然か……


 今回の競技では、各参加者に事前にフィールドマップが配布されている。

 運営に連絡できる電話ボックスはあと100mくらい先……この距離だとまた逃げても追い付かれる可能性が十分あるし、次に捕まったら今度こそ脱け出せない可能性が高い。

 目白の情報によれば、前田先輩は龍翔ノ舞の技術もトップレベルだそう……つまり下手に空中へ逃げても引き摺り下ろされるだけだ。

 

 いっそのこと……一か八か、ここで前田先輩に手傷を与えて、あわよくば隙を作る。

 相手は藩校生ながら、甲位御家人かつ十合技の技術も師範代クラス。

 どこまで通じるかわからないけど……やってみるしかない!


 スウゥ……


 再び冥詣を発動し、駆け出す。

「はぁっ……!」

 真正面からの攻撃はわかりやすく予測・防御が容易だ……だから却って側面や背面よりも油断されやすい。

 そこに反応の難しい超速度を加えれば、より確実に打撃を叩き込めるはず。

 そして打撃は打撃でも、“これ”なら剛躰を使われようが使われまいが……

「『震透撃』!」

 確実に、通る!


 …………


 ……あれ?

 ……リアクションが、無い……?


 拳は確かに前田先輩の丹田に当たっている。

 それなのに……それなのに、前田先輩は、微動だにせず、顔色一つ変えもしない。

「うそ……」


「面白い芸は覚えてるみたいだな……」

 まさか、効いてない……!?

「そっちの番は終わりか?それなら次はこっちの番だ!硯の坊や……ガードしな。」

 前田先輩が大きく右腕を振りかぶる。

 凄まじい危険のにおいに、ゾワッと全身に鳥肌が立つ。

「『剛躰(ごうたい)』……ッ……」


 ドズウゥンッ


「く……ぁ……ッ!?」

 ガードした腕から、骨がミシミシと軋み、皮膚がめくれ上がるかのような衝撃が、全身に伝わってくる。

 

 ゴン!ガン!ゴン!バゴン!


 気付けば僕は、あたりの木々をピンボールのようにバウンドし、そのまま大岩の側面に背中からめり込んでいた。

 

「はっ……はッ……!」

 さっきのパンチで肺の空気が全部出てしまい、空気を取り戻そうと喉が必死に空回る。

 息を整える暇も無く、前田先輩は座り込んだ僕に歩み寄ると、さらに正拳を一発、僕の胸にめり込ませた。


 ドムッ


「ぐっ……かは……っ……」

 視界の映像が乱れ、意識が一気に遠退いていくのを感じる。

 全く届かない、敵わない……そんな……こんなところで……


「……終わりか、呆気なかったな。」


 ──────


 利雅は心底残念そうな顔をすると、岩に寄り掛かってずるずると崩れ落ちる桜華の肩に、ゆっくりと手をかける。

 その次の瞬間……


 ビシュウゥッ!


 利雅の顔面目がけて高圧の水が発射され、利雅は着弾寸前で両掌で受け止めた。

 利雅は己の血が再び沸き立つのを感じ、ニィッと口角を釣り上げる。

「窮鼠猫を噛むといったところか……悪い、前言撤回だ……!中々活きの良い大魚じゃねぇか!」

「鼠でも魚でもありません……僕はドラゴンです……!」

 桜華は瞼を震わせながら、ゆらゆらと立ち上がる。

 その瞳に燃え出していたのは、「逃走」ならぬ「闘争」の意思であった。


 ──────


 この人は甲位。

 つまり晶印さんや国音さんに並ぶレベルの強さ。

 正直、まともに勝つには僕のレベルがまだ低すぎる。


 前田先輩はソウル能力を使わず、一般的な体術と十合技を使いこなして襲い掛かってくる。

 基本で固めた隙の無い戦術……ああすればこう対応してくる、という感覚は虹牙にも通ずるものを覚える。


 御庭番たるもの、いかなる時も目的を見失ってはいけない。

 でも……いや、だからこそ、今この戦いに怖気ついてはいけない。

 雑念は捨て去れ……今は電話ボックスに辿り着くため、全力で前田先輩からの攻撃をいなすんだ!


「さっきの2発はわりと本気の打撃だ……甲位でも下手な奴は伸びちまうくらいのな……それを耐えたってんなら大したモンだが、果たして……」

 なるべく外に魔力を出さないよう、皮下の傷のみ治すように水桜が調節してくれたのに……もうバレ始めている。


「どうやったかなんて問題じゃありません……僕には果たすべき使命がある、ここで負けるわけにはいきません。」

 僕を拐う目的が何かは知らないけど、甲府の皆んなを守る、廿華を守る、弥舞愛の仇を討つ……僕にはやるべきことがたくさんある。

「華奢な体に大義を詰め込んでるなぁ……男の子は体に見合わぬビッグな理想を抱くくらいが良い、母上もそう言っていた。」

「は、はぁ……」

「ときに硯桜華、こんな言葉を知ってるか?」

 不敵な笑みから一転、急に真面目な顔になる前田先輩に身構える。

 ここから何をし出すの……?


「“萌え萌えキュン”」


 …………


 …………え?


 耳を疑った。


 戦国武将みたいな髪型に特攻服を着た筋骨隆々の大男が、一際深刻そうな表情で口に出すような台詞だとは思えなかったからだ。

 人を見かけで判断するのが良くないのはわかってるんだけど、ギャップが凄まじすぎて空いた口が塞がらない。


「気になるな?そりゃあこんなこと言ったら気になって仕方ないよなぁ?そもそも“萌え”とは何なのか……」

 少なくともこの流れで大半の人が一番気になるのはそこじゃないと思います。

「“萌え”というのは、つまるところ人間から人間へ向けられる“情熱”だ。」

 あっ、こっちの反応は無視して話を進めるつもりだこの人……


 前田先輩はいたって真剣な顔のまま、やや早口で語り続ける。

「魔道を修める俺たちにとって、魔力の根源たる感情のエネルギー……即ち情熱とは、さらなる高みへ成長するために必要不可欠なモノ。」

「だがその情熱とは何処から来るのか?どうすれば沸き立つのか?人々はその問いに各々の答えを見出すという営みを数千年余に亘り繰り返してきた……そして!俺は齢5歳にして早くも己の答えに辿り着いた!それが……!」

「翡翠色の少し癖のある長い髪……」

「縦長の瞳孔を持った銀色の瞳……」

「冷たさと儚さを併せ持った端正な顔立ち……」

「そう!“硯風弥”という存在!あの方を一目見た瞬間、俺は確信した……風弥様こそが俺を一番萌えさせてくれる、最推したる存在になってくれると!それからひ弱だった俺は必死に鍛え続けた、血反吐を吐こうと全身から水を噴き出そうと、止まることなく鍛え続けた……全ては風弥様に届くため!風弥様を推し、目指し続けることこそが、俺にとって最高の情熱を生んでくれた!あぁ……激アツだぁッッ!!」

 怖い。

 お父様が強くてカッコいいことは僕もよく頷けるけど、ここまでお父様に狂わされた人がいるだなんて思ってもみなかった。

 所謂狂信的なファンというタイプの人だろうか、こういう人が突然有名人に襲い掛かったりする事件もたまに聞く。

 どうしよう……この人、戦闘力以上に凄まじく厄介なものを抱えていそうな気がする……立ち向かってやろうと考えたけど、普通にスルーすべきだったかも……


 すると前田先輩は、ダンスのエスコートにでも誘うかのように、こちらに手を差し出してきた。

「硯桜華!お前の体温、今何度だ?」

「ふぃ、ふぃーばー……?まさか体温のことを訊いてたりしますか?急にどうして?」

 今度は何を言い出すんだ……体温を訊いてどうしようというんだろう。

「良い質問だ、体温ってのはそいつの“アツさ”を推し量る重要なステータスなんだよ……俺相手にあそこまで食いついたお前の根性はタダモノじゃねぇ、そんじゃあどんだけアツい奴なんだって話だ。」

「なら聞いてガッカリするかもしれませんが……僕の平熱は35.3度です。」

 この人はガッカリすると泣きながら襲い掛かってくるというのが目白からの情報だけど、この様子を見るに下手に嘘を吐いても見破ってくる慧眼を持っていそうな気がする。

 素直に答えた方がまだ面倒なことにはならない……はず。

 そう踏んで答えると、前田先輩は少し固まった後、ボロボロと涙を流し始めた。


「おお……そうか、そうか……なんという、なんという低体温……はぁ、ふぅ……」

 何?何が始まるの?感情が全く読めなくて物凄く怖い。


 すると前田先輩は両手を握りしめ、激しく地団駄を踏みながら……凄まじい大声で絶叫し出した。

「ぐああああ〜ッッ!!なんてギャップ萌えだああああ〜ッッ!!」

 か、感動……してるの……?


「はぁ……はぁ……これが“推しの子”というやつか……俺はお前が尊くて仕方ない……」

「僕はあなたが怖くて仕方ないです。」

「そしてお前もまた硯風弥のファンときた、これはお前は俺にとって推しであり、親友でもあるという証だ。」

「僕がお父様のファンなのは当然です!お父様なんですから!それといきなり親友扱いはちょっと……距離を縮めるのが早すぎませんか?」

「カタいこと言うんじゃねぇよ、マイハニー……この邂逅だ、お前とは既に輝かしい過去と未来の数々が俺の中に溢れ出している……そうだ、あれは俺とお前が全武大の決勝で相見えた時……」

「過去もそうですが勝手に未来まで妄想しないでください!?」

 ま、マイハニーって……ますます正気を疑うんですけど……


「拉致は一旦後回しだ!マイハニー……さっそく俺に撃ち込んで来い。」

 今度は何を言い出すのかと思えば、拉致は一旦後回しで、こっちに攻撃を続けろと言ってきた……ここはそんな挑発に乗らず……と言いたいところだけど、これって本当に挑発なのかな?


「どうした?何を怖気付いている?俺に立ち向かうんじゃあなかったのか?」

「怖気付いてなんて……いませんよっ!『海嘯撃』!」

 ノーガードの前田先輩の顎に一撃を入れる。

「はぁっ!たぁっ!」

 さらに胸、脇腹に一発ずつ、震透撃と海嘯撃を叩き込んでいく。


 ノーガードで打撃を次々に受けているにもかかわらず、前田先輩はまるでお構いなしに顰めっ面でブツブツ何か呟きながら考え込む様子を見せる。

「良い打撃だ……鋭さ、速さ、軸のブレなさ、竜種由来の膂力の強さ、秘めたポテンシャルは俺以上……だが、この魔力の揺らぎを利用した打撃の数々……これは……これは……」


「ノオオオオオ〜〜〜〜〜〜ンッッ!!」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:03頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈飯石蜜柑 VS 村井タテハ〉


 どこかから聴こえる利雅の絶叫に合わせて、木々がガサガサと揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。

「あの大声って前田先輩の……」

 蜜柑が言いかけたところで、タテハはやれやれと首を横に振る。

「なんかあったみたいだねぇ……まぁセンパイならどーせ大丈夫だろうけど……」

「一人にして大丈夫なんですか?」

「センパイはマイペースの極みだからねぇ……ウチらも呆れ半分、忠誠半分ってとこだし。仕事はちゃんとこなしてくれるからこそ忠誠半分なワケだけど。今回もなんとかしてくれるっしょ〜。」


 タテハはそう言いながら、尻尾をピンと伸ばして蜜柑を指す。

「さてと……みんな方々に散らばっていったけど、姫様はどうすんの?ウチの相手?」

「ええ、直進フルーレに続き2度目となりますが、よろしくお願いします!」

「ふふっ、今は敵同士だっていうのに……相変わらずだなぁ、姫様のそーゆーとこ可愛くて好きなんだけどね♡」

「よ、余裕そうですね……タテハ先輩の手口はとっくに私たちにバレてるのに……」

「まあね、その点で不利なのは最初からわかってるし、能力バレはお互い様でしょ?」

「ええ、ですので最初から宣言させていただきます……こちらはゴリ押しで参ります!」

 口に小火を立てて剣を構える蜜柑に対し、タテハは変わらず余裕そうにクスクス笑う。


「そっかぁ……じゃあ……」

 タテハが口を開くとともに、木の上からドサッと音を立てて、先程桜華を殴りつけていた獣人の少女が降りてきた。


「直接挨拶すんのは初めてだねぇ、アンタが甲府の姫君・飯石蜜柑かい……狩り甲斐がありそうだ。」


横山(よこやま) 隆輝(りゅうき)

~壮猶館(加賀藩校)高等部11年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家(かがはっか)」・横山家の長女 / イノシシの獣人~


 タテハはマスクの下でにんまりと笑顔を浮かべる。

「お揃いだね、ウチらもゴリ押し♡」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:04頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈グロブ・スター VS 前田直靂〉


 ビシュウゥッ!ジュウゥ……


「うおぁっ!?あ、危ねえぇっ!」

 すんでのところで光線を躱すグロブ。

 光線はその背後の岩を蒸発させ穿つ。

「刃物や銃器の持ち込みはOKな競技だがよ、殺し合いじゃねぇんだぞ!?ちったぁ火力ってもんを……」

 そう抗議するグロブの前には、先程桜華を射撃したロボットのような人物が立つ。


「惚けるな……知っているぞ、貴様はいくら損傷を受けようとも、魔力が許す限り再生し続けることを。」


前田(まえだ) 直靂(なおふる)

~壮猶館(加賀藩校)高等部11年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・前田家(土佐守家)の長男~


 直靂が再び掌を構えると、グロブはやれやれと首を横に振る。

「まったく荒っぽくて困るねぇ……にしても初めて見たよ、本物のサイボーグってやつはさ。」

「それがどうした。」

「いやあ、なんか親近感湧くなって……」


 ズドンッ!


 グロブが言いかけると、突然大型の光弾がグロブの足下の地面に穴を開けた。

「うおお危ねぇ!荒っぽいねぇ〜……流石“加賀の荒事鬼”と呼ばれるだけはあるぜ〜……」

「何を吐かすかと思えば、貴様と俺が似たもの同士だと?戯言も休み休み言え、この下等生物……!」

「おいおいひでー言い草だなぁ、俺は何もバカにして言ってるんじゃねーぜ?単にお近付きになりた……うおっ!?危ねぇ危ねぇ撃つなって!」

「生かしておけばよく喋る……大人しく研究所にでも帰ってもらおうか、鼠畜生。」

「発言が物騒すぎるっつーの……そして今の言葉取り消せ!モルモットだって色々あるんだよ!俺は実験用じゃねぇ!そして黙らせるってんなら上等だぜ!メカ相手でも余裕なくらいにゃ腕に自信ありだぜ?近接戦上等!」


 グロブがファイティングポーズを取って小刻みに跳び始めると、直靂は両腕から青白い光と陽炎の立つ刃を展開する。

 その様子を見たグロブはあんぐりと口を開ける。

「い、いやちょっと……そういう凶器は聞いてない……」

「謙遜するな、近接がお望みならとことん相手してやろう。」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:05頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈柳沢真冬 VS 前田孝春〉


「弱いものイジメはしたくないけど、今回は急ぎの用なのよ……だから邪魔しないでちょうだい、“甲府最強”?」

「その異名って健在なの?名乗るには烏滸がましすぎるからやめろって言ってきたんだけどなぁ……」

 蜜柑の居る場所より30m程離れた地点で対峙するのは、再帰の益荒男・柳沢真冬と、疾る斬撃・前田孝春。


「このやり取りも2年ぶりよねぇ……今までどこで何してたのよ、あなた。」

「どこにも行ってないし何もしてなかったよ、ずーっと草っ原で寝てた。」

 真冬の返答に、孝春はケタケタと笑いながら、籠手の紐を締め直す。


「あっはっは!草っ原ねぇ、あなたなら本当に呑気に寝てそうだわ!」

「まあそんな訳だから、リハビリってことでお手柔らかに頼むよ。」

 すると孝春はすぐさま真冬の言葉を遮る。


「お断りよ、そんなこと言いながら、あなたは激しくしてくるじゃないのよ……『万里を排せ、“夕晴”』」

「あはは……わかってんじゃん、『息吹け、“益荒男(ますらお)”』」


 ガゴオォンッッ!!


 互いの魔剣……否、魔槍と魔棍が、銅鑼の如き轟音を立て衝突する。


 ──────


 ─2031年4月24日 10:03頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈膳リュシル VS 長連翹〉


「君とやり合うのは些か分が悪いな……近接戦は得意じゃないんだ。」

 口を尖らせて不平を漏らすのは、先程桜華にネット弾を撃ち込んだ少女。


「私はさっさと仕事を済ませて、平和なうちに帰りたかったんだけど……どうして邪魔しちゃうかな。」


(ちょう) 連翹(れんぎょう)

~壮猶館(加賀藩校)高等部11年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・長家の長女~


 相変わらず木の上を張る連翹を見上げ、リュシルは額に青筋を浮かべてニコニコしながら語りかける。

「桜華様を拐おうと画策した時点で平和に済む可能性はゼロでしょうに、よく言いやがりますわね……とっとと降りてきては如何です?」


 リュシルは背から短い斧を取り出すと、始令を唱える。

「『貪れ、“熊鰐(くまわに)”』」

 始令に合わせて、斧の柄はリュシルの背丈程まで伸び、さらに先端の刃は刃渡60cm程の巨大な鉞のものとなり、反対側は端から小銃に変化した。


「早くおいでください、そうじゃなきゃ……私……」

 リュシルは木の幹に対して鉞の刃を縦に刺し、ゆっくりと上げていく。

「貴方の臓物、ブチ撒けてしまいますわ♡」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:05頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈新閃目白 VS 本多政佳〉


 薄暗い廃ペンションの廊下。

 窓枠を背に目白と対峙するのは、先程桜華に超高速の狙撃を試みた糸目の少年。


「一代にして没落士族から大大名格まで復活を遂げた新閃家、その長男……君の立場ならわかるだろう?今、硯家がどういう立ち位置に置かれているか。」


本多(ほんだ) 政佳(まさよし)

~壮猶館(加賀藩校)高等部12年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・本多家(加賀本多家)の三男~


「だったら何ですか、規定違反の拉致が黙認されるべきだとでも?」

 牙を剥き睨み付ける目白に対し、政佳は飄々とした態度で返す。

「それが諸藩ひいては幕府の為になるのならば、そうあるべきであろうことは言うまでも無いよ。」


 目白は霆喘を正眼に構える。

「今一度訊きます、本多先輩……あんたらが桜華を拉致しようとする理由は何だ?」

 政佳は手揮琵琶の虚歩の構えを取る。

「繰り返すようで悪いが、諸般の理由から答えることはできない……従えないなら捩じ伏せる、それまでだ。」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:10頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈榊原勝臣の探索圏〉

 

 徽典館と壮猶館の衝突の傍ら、菅平湖より北東のエリアでは、勝臣が茂みの中を彷徨いていた。

「桜華くーん!どこにいる!こっちで合っているのか〜!」

 勝臣の呼び掛けに対し、そこに居ないはずの桜華の声が答える。

「大丈夫です!こっちです!こっち〜!」


 勝臣は声のする方向へさらに歩を進めると、草の間に紫がかった黒髪が覗くのを見つける。

「そこか……今助ける、そこで待っていてくれ!」


 急いで草を掻き分け、茂みの中を進んでいく勝臣。


 その足元では、一匹のムカデがネズミに巻き付き肉を貪っていた。


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:人物〉

村井(むらい) タテハ】

 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・村井家の長女で、壮猶館の高等部10年生。

 16歳で、段位は丙位。

 壮猶館の主力である加賀八家の次期当主の一人であり、年少ながら老獪な振る舞いから「悪婆鬼(あくばき)」の異名を持つ。

 気さくでノリが軽く、名前呼びされることを好み、特に目上には「タテハちゃん」と呼ぶことを強要する癖がある。

 右目以外を黒いマスクで覆っており、その表情は伺えない……と思いきや、右目だけでも表情はかなり豊か。

 普段は前田利雅の傍で補佐役のような役割を担っており、利雅のマイペースさには心底呆れつつも、その実力自体には高い信頼と評価を寄せている。

 強かで悪賢い面も持つ一方、自身の小柄で病弱な身体に強いコンプレックスを抱える一面も。

 悪魔のような矢印型の尻尾がどこから生えているのか、そもそも本物なのかは、本人曰く「ヒミツ♡」らしい。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

ここまで読んでくださりありがとうございます!

よろしければ、ブックマーク・☆評価・感想をいただけますと、執筆の励みになります!

今後ともよろしくお願いいたします(o_ _)o))

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ