第四一話 天文十二年七月中旬『No pain, no gain』
「さて、説教はこのぐらいにしましょう」
パンパンと空気を変えるように、わたしは手を打つ。
ほんと柄じゃないんだけどなぁ。
九歳の女の子が、元服した男の子に説教しているとか、傍目にも違和感ありありだし。
「牛一、これより正式に、小姓衆筆頭を解任します」
「はっ。姫様の信に応えることができず、改めて申し訳ありませんでした」
わたしの下知に、牛一は深々と頭を下げる。
そんな彼にわたしは続けて、
「貴方には一旦、絡繰浪漫砲の習熟を命じます。この機会に、弓を引きながら自らを見つめ直すのもいいでしょう」
「はっ。承りました」
「命は以上です。すぐに取り掛かりなさい」
「はっ!」
牛一は即座に立ち上がり、一礼して退室していく。
その所作によどみはなく流麗で、一見いつもと同じように見えるが、牛一とてさすがに人間だ。
小姓衆からの反乱やわたしの説教に、多少なりともメンタルダメージは負っている可能性は高い。
そんな精神状態でいきなり戦場に出すのも危険である。
漫画とかでも、弓道は心を落ち着ける為にやってたりすることあるし、一石二鳥だろう。
「一益」
牛一の退室を見届けてから、わたしはふてぶてしい笑みを浮かべながらかしこまる男の名を呼ぶ。
「皆の嘆願を聞き入れ、これより貴方に小姓衆筆頭を命じます」
「はっ、過分の御取り立て、恐悦至極に候。身命を捨てて忠節を尽くす所存」
演技がかってスカした感じではあるが、仕官してまだたった二か月の新参者なのに、ほぼ満場一致の推薦を得られるのは、さすが後の織田四天王の一角といったところか。
人の上に立つ資質が、やはり頭一つも二つも抜けているのだろう。
その意味ではまあ、この人事は適切と言えば適切なのだろうけど――
「とはいえ、戦時に統制を乱す行為はさすがに捨て置けません。此度の戦でわたしが納得するだけの戦果を挙げなさい。それができない時は、小姓衆は皆、一年間、三割の減給と伝えなさい」
一応、ちゃんと釘を刺すことも忘れない。
戦時に上への離反行為なんてしでかしたのだ。
一益はかかわってはいないのかもしれないけど、もう筆頭である以上、しっかり示しはつけておかないと、家中の統制がとれなくなる。
小姓衆の者たちも血判なんてものまで押してきた以上、これぐらいは覚悟の上だろう。
血判を押してない者たちにはちょっと可哀そうだが、基本は連帯責任が戦国時代である。
「はっ、承知いたしました。……が、少々、可哀相には感じますな。前兵衛が長に向かないことぐらい、姫様も家宰の爺様も、初期も初期に把握しておられた事でしょうに」
言葉こそ丁寧だが、なかなか痛いところを突いてくる。
まあたぶん、わたしを試してはいるんだろうな。
芸術方面は認めてくれたが、まだ将としては未知数なんだろうし、ね。
ふむ。
「そうね。いずれこうなるってことは最初からわかっていた」
さすがに戦時に、なんてのは想定外だったけれども。当初ここまで戦場に出張る予定じゃなかったしなぁ。
ただまあ、こういう土壇場でこそ、得てして不協和音なんてのは表層化するのが世の常ではあるのよね。
実際、この三河の松平氏だって、一致して外敵に当たるどころか身内同士でずっと争い続けている。
尾張だって史実では信秀兄さまの死後、今川の脅威が迫ってるのに、身内同士でのごたごた争いに終始してたし。
二一世紀の政治の世界とかでも、党内一致してトップを盛り立てていかねばならないところで、後ろから鉄砲を撃つ連中が出るなんて日常茶飯事だ。
悲しいけど、それが人間という生き物なのである。
「わかっていながら、前兵衛を小姓衆筆頭に据えた、と」
「ええ」
「ふぅむ。正直、いくら家を興したばかりで人材が足りなかったとはいえ、もっとマシな人材はいたように思うでござるが? 例えば、金森長近殿とか。確か古株でござったかと」
やはりその名が挙がるか。
まあ、当然の疑問よね。
さすが徳川家康から『気相の人』と評されるだけあり、長近は巧みに空気を読み、角が立たない落としどころを見つけ取りまとめる能力が高い中間管理職にうってつけの人材だ。
やや決断力に欠けるきらいはあるが、小姓の仕事は基本、二一世紀でいうところの秘書みたいなものなので、決断のほとんどをわたしやじぃがすることを考えれば、実は長近のほうが小姓衆筆頭には適任ではあったのだ。
だが、わたしはそれでもあえて牛一を抜擢した。
なぜなら――
「人は痛い目を見て、そこから学んで成長するものでしょう?」
これがわたしの持論だからだ。
実際わたしも、色々痛い目を見たから、今世ではその反省を活かして生きているところはある。
ちょっと、いやかなり、想定より上手くいきすぎててビビるけど。
「ほう、なるほど。ふむ、そういうものですか」
一益は驚きに目を見開くも、どこかピンと来ていない様子であった。
ちょっと意外ではある。
織田四天王の一角なのだから、これぐらい知ってそうなものだけど。
あ~でも、一益もまだ二〇に満たない年なのよね。しかも、才能に恵まれ、なんでもできたタイプ。
そりゃまだ体感ないのも頷ける話だ。
「特に柔軟な若いうちがいいわね。人間、年を取ると性格も固まるから」
「ふむ、つまり今後の成長の為、こうなることがわかっていながらあえて抜擢した、と」
「そういうこと。うちはじぃ以外は若い子しかいないからね」
そのじぃも、もう還暦を過ぎている。
かくしゃくとはしているけど、長生きもしてほしいし、あまり無理はさせられない。
彼の後釜となれる人材を、早急に育てたかったのだ。
「よくさ、相手の立場に立って考えろ、って言うじゃない?」
「至言かと存じます。そうすることで見えてくるものも色々あるでござりますゆえ」
「そうね。でもけっこう難しいのよね、これ。人って自分の事で精いっぱいになりがちだから」
わたしも前々世ではそうだった。
岩村城の防衛戦で、とにかく自分がどうするのが正解か考えるので頭がいっぱいで、敵の武田勢の立場にも、後詰めを送る信長の立場にも、もっと言えば頑張ってくれてる家臣たちの立場にも立ててはいなかった。
「で、意外かもしれないけど、牛一ってその辺、実はできてるわよ?」
少なくとも、前々世のわたしよりは全然できてる。
「……それは本当に意外でござるな」
一益が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目をぱちくりさせる。
彼の中では、牛一の評価は、本当に低いみたい。
「でも他の小姓衆の仕事の抱え具合とか、進み具合をちゃんと見て、ちょっと背伸びすればできるぐらいの分量の仕事を一人ひとり割り振ってるみたいよ? じぃがなかなかできることじゃないって前に褒めてたわ」
「家宰様が?」
「ええ。他にも失敗の指摘をするときも、失敗そのものを責めるよりも、まず相手がどういう仕事の仕方をしてるか観察してからやってるし」
「あ~……人によってはおっかねえでござりますなぁ、それは」
「まあ、ね」
わたしも苦笑をこぼしつつも、すぐに真面目な顔つきに戻り、
「でも、これらの事を見るに、牛一はちゃんと相手の立場には立とうとしてるし、十全ではないかもだけど立ててはいるのよ。後少し、後少し何かが足りないだけ。それをつかめば、きっと牛一は化ける!」
グッと拳を握りしめ、わたしは熱っぽく語る。
少なくとも、わたしにはその確信めいたものがあった。
「ふむ、なるほど」
得心がいったように一益も頷くも、
「しかし、あの堅物が物になるとは正直思えないでござりますがねぇ?」
どこか疑わしげに、首を傾げる。
まあ、あの空気の読めなさや頑固さを知っていると、そうなるのもわからないではない。
ただ、
「そう? でも人って痛い目を見たらけっこう変われるものよ」
少なくとも、わたしはそう思ってる。
だってわたし自身が、それで変われたって思ってるから。
それを全員に当てはめるのは暴論と自覚はしているし、勿論、それでも変われない人だっていっぱいいるだろう。
痛い目を見て、それで委縮してしまって、とにかく波風立たないようにと消極的になってしまうひともいる。
それはそれでその人の選択ではある。
ただわたしとしては、困難にぶつかった時に試行錯誤して大きく飛躍してくれる人が望ましい。
下手に才能があってとんとん拍子で出世して大きな挫折を知らずに来た人よりも、逆境をばねに成長できる人のほうがしなやかな強さがあり、いざって時に本当に頼りになると思うから。
今後の下河原織田家には、そういう柱になれる人材が絶対必要になってもくるだろうから。
「だから、家臣たちにも変われる機会だけは与えてあげたい、かな」
「ふむ、なるほど。そこまでの深慮があったわけですな。感服しました」
「別にそんな大層なもんじゃないって」
「いやいや、ご謙遜を。あの前兵衛をどう変えるのか、姫様の手練手管をぜひ間近で拝見させていただこうと存じます」
「わたしはもう、これ以上は何もしないわよ」
わたしはひらひらっと手を振る。
天は自ら助くる者を助く。
結局、本質的な意味では、人は他人を救えない。
冷たく突き放すようだけど、あくまで自分の事は自分でどうにかするしかないのだ。
自ら答えを見つけてくれないと、意味がない。
そういう人材でなければ、上には据えられない。
上手くいかなかったらいかなかったで、ドライとは思うがそこまでの器だったと適材適所に割り振っていくだけである。
ただ出来ることならば、理想論ではなく、現実に対応した一段も二段も上の答えを何とかつかんでほしかった。
機会は与えた。助言も。
それらを物にできるかどうかは、後はもう牛一次第だ。
それにそもそも――
「申し上げます! 三の丸の物見より、今川勢が城北東の高地に本陣の設営を始めた、と」
さすがにもう、そんなことを考えていられる余裕もなさそうだし、ね。




