更新曜日変更のお知らせ
コミカライズ開始にともない、これまで隔週金曜日更新でしたが、
コミカライズ更新日に合わせ、しばらくはその周知のため隔週の水曜日にしたいと思います。
次回更新は4月1日(水)です。
これだけだとあれなので、2巻発売の時に諸々の理由で浮いたSSを上げておきます
信秀と信光のお話です
「おお、松平勢が退いていくぞ!」
「い、生き残ったのか!? うおおお!」
守山城に高らかに勝鬨があがる。
時は天文四年(一五三五年)、まだつやが生まれて間もない頃のことである。
「ふぃぃぃ、なんとか凌ぎ切ったか」
守山城の主、織田信光は大きな嘆息とともにその場に座り込む。
守山城は尾張領の東の守りの要である。
そこに群雄割拠する三河をわずか六年で統一した希代の英傑、松平清康が八〇〇〇もの大軍を率いて乗り込んできたのだ。
「九死に一生を得たとはこのことよ。しかし、なぜ敵は退いたのだ?」
守山城に詰める守兵はわずか五〇〇ほど。
初戦こそ死力を尽くして敵を押し返したものの、もはや疲労困憊。
守山城の命運はもはや風前の灯火ともいうべき状況だった。
逆に言えば、松平勢は勝利目前であり、ここで退く理由が見当たらなかったのだ。
だが、その疑問は、後詰め(救援)に駆け付けた兄信秀の言葉で氷解することとなる。
「清康めが、討ち取られたのよ。家臣の乱心で、な」
「家臣の乱心!? そ、そのようなことがあり得るのですか!?」
「儂としても一か八かの賭けじゃったが、なんとか上手くいったようで胸を撫で下ろしておるよ」
「ま、まさか兄者の差し金ですか!?」
信光は思わず目を見開き兄に問うや、
「あまり大きな声では言えんがな」
「おおお……」
否定しないことに、信光の口から感嘆の吐息が漏れる。
正直、自分は絶体絶命の状況に、完全に絶望しきっていた。
次、敵が攻めてきたら玉砕覚悟で撃って出て、武士らしく華々しく散ろう。
もはやそれしかないと思い込んでいた。
それをこの兄は、守山にいずして敵の総大将を討ってしまうとは……っ!
「さ、さすがは兄上ですな」
もうそうとしか言えなかった。
思えば先の那古野城も、謀を用いてほとんど兵を消耗することなく奪い取ってしまった。
家督を継いでまだ一〇年足らずながら、すでに織田弾正忠家の領地は先代の父の数倍以上に膨れ上がり、主家である織田大和守家を上回るほどになっている。
「俺などとはやはり、おつむの出来が違いすぎます」
自分では逆立ちしても、何度人生をやり直しても、達成できる気がしない。
まったくとんでもない兄を持ったものだと思う。
だが、不思議と嫉妬は湧かなかった。
「適材適所よ。逆に儂では到底、あの清康めの猛攻を凌ぎきれなんだであろう。おぬしの奮闘が稼いだ一日が、この大勝利を呼び込んだのじゃ」
折に触れ、兄がこうして自分の武勇を立ててくれるからだろう。
敵には情け容赦ない奸計を巡らす兄ではあるが、不思議と身内には裏表がないところがある。
本音で言ってくれているのがわかるのだ。
まんざらでもないどころか、自分が誇らしくて仕方なくなる。
この世で一番尊敬している人間が、自分の武勇を認め、頼みにしてくれているのだから。
「正直、羨ましくて嫉妬を覚えるほどよ。おぬしの武の天稟にはな」
「っ!? あ、兄者が俺に嫉妬を!?」
嫉妬するならば、普通は自分のほうだろうと思っていただけに、信秀のこの言葉は青天の霹靂もいいところであった。
「おうよ。真正面から堂々と強敵に立ち向かい、打ち勝つ。武士としてこれ以上の誉れはあるまい。今回の事も、那古野のことも、儂のやり方は卑怯者のそしりは受けても、決して褒められるものではないからのぅ」
そう言う兄の顔には、自嘲と苦悩が滲んでいた。
信光から見ればどちらも、とんでもない大戦果ではあるが、当の本人は誇らしさより、恥や罪悪感を覚えていたらしい。
「やはり兄者は格好いいですな」
思わず口から漏れたのは、そんな言葉だった。
「あん? おぬし、耳と頭は確かか? どこをどう聞けばそうなる?」
いぶかしげに信秀が眉をひそめる。
「俺の頭が悪いのは、兄者もよく知っているでしょう?」
「学問が苦手なのは知っているがな。地頭まで悪いと思ったことは一度もないぞ」
「兄者は相変わらず身内に甘いですな」
「これに関しては事実を述べているにすぎん」
心外だとばかりに信秀は鼻を鳴らす。
「俺も事実を言ったまでですよ。兄者が格好いいのは紛れもない事実です」
「それは事実ではなく、お前が胸中に抱くものにすぎん」
きっぱりと切り捨てられる。
まったく面倒臭い兄である。
「そうです? 皆の為に汚れ役を買って出るなど、なかなか出来ることではありますまい?」
ここまで裏で思い悩んでいるぐらいだ。
決して好きでしているわけがない。
同腹の弟として、素の兄を信光は知っている。
身内にはとかく優しく、面倒見の良い兄である。
民に対しても、しっかり善政を敷いている。
そんなまっとうな神経の持ち主が、陰謀術数を張り巡らせる事に何も思わないはずもないのだ。
ただ織田弾正忠家の為、生き残る為に手段を選んでいられない。
この戦国乱世では、強くならない限り、全て奪われるだけなのだから。
だが、信光がこういう事を言うと、
「やれやれ、またそれか。おぬしは儂を美化しすぎじゃ。儂はそこまで聖人君子ではない。全て自分の野心を満たすためにやってるだけのことよ」
いつも決まってこうして否定されるのが常だった。
家族思いだったり、利他的なところもけっこうあるのに、この兄は絶対にそれを認めようとしない。
自分は性格がひねくれ、ねじ曲がっていると思い込んでいるのだ。
自分への厳しさがそうさせるのであろう。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「だから違うと言うておろうに」
「はいはい、わかっておりますよ」
「むぅ」
昔は真正面から論破しようと抗弁していたものだが、自分は頭が悪く、弁も立たない。
言葉を弄したところで、知恵者の兄を説得などできないことは思い知っている。
ゆえに最近は、こうして柳に風で受け流すことにしていた。
これならば勝てはせずとも、負けることはない。
後は折に触れ、ちくちくちくちく言い続けるのだ。
しつこく、しつこく、持久戦で。
意固地な兄が根をあげるまで。
そして、そんな信光のコケの一念が、口では否定しつつも、若き日の信秀の心の支えになっていたのだ。




