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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第三章 極剣闘争
47/47

047.閑話『幻想人種との邂逅』

 ――姫がいなくなった。

 当初はいつもの悪い癖が出たのだと王も含めて放置していたのだが、流石に三ヶ月も過ぎれば何かがおかしいことに気づく。

 改めて姫の行動の痕跡を調べたところ、どうやら今回ばかりは単なる脱走ではなく、むしろ何者かによって誘拐されたらしいことが発覚する。

 お陰で城の中だけでなく、国中が大騒ぎだ。

 何しろ誘拐した相手が、隣国でこそあるが我々にとっては好ましくない相手――ヴァリエーレ聖王国の人間だからである。

 しかも誘拐犯は一人、二人といった個人ではなく、十数人からなる集団であると痕跡から調べがついていた。

 一国の姫を隣国の者が集団で誘拐するなど、調べがついた時点で下手をしなくとも戦争一歩手前の大事件だ。

 けれど我が国と聖王国の間に存在する国力差からして、我々がどれだけ怒りの声を上げようと無意味なのだ。戦争に突入すれば、間違いなく聖王国に蹂躙されて終わる。

 例え誘拐されたのが我が国の姫だろうと、それだけで国の命運を賭けるのは割に合わないと誰もが思っていた。

 故に――


「――では、頼んだぞ」

「はッ、お任せを!」


 穏便に解決を図るため、私たちは王の勅命を受け、国の使節団として正面から聖王国へと乗り込むことにした。

 戦争をする気はない。

 場合によっては属国と成り下がる覚悟もできているが、同時に姫も絶対に返してもらうつもりだ。

 かくして誘拐の事実確認と属国となる覚悟を以って、私たち使節団は聖王国の長である聖王のもとまで赴き、謁見まで漕ぎつけたのである。

 ところが――。


『――ほう、貴国の姫も行方知れずか。……知ってる者も多いが、実は我が聖王国の姫も数年前に忽然と姿を消してな。今も捜索中なのだが影も形も見つからん』

『は、はぁ。そう……なのですか』


 覚悟を以って臨んだ謁見で先ずは姫が行方知らずとなった件について述べたところ、それに対して返された聖王の第一声に、我々使節団一同は呆気に取られることになる。

 聖王国の姫も行方不明だと? 何だ、どういう関係が……?

 話の流れが分からず、頭を悩ませる私たちであったがその間にも聖王の話は続く。

 ハッキリ言って、話の内容は私たちの脳裏を素通りしていった。

 あまりにも求めていたものとは違った展開。そして、どれだけ聞いてみても我が国とは無関係としか思えない話。

 姫は聖王国の手のものによって、人為的に誘拐されたのだ。聖王国の姫のように忽然と痕跡も残さず消えたわけではない。

 だが――。


『貴国の姫の行方も我が聖王国の者に探らせよう。とはいえ、――それだけでは貴国も不安だろう?』


 不意に声色を変えながら述べられた聖王の一言に、我々使節団の肝が瞬時に冷える。

 一見して寛大にも協力を申し出てるように思える台詞だが、問題はその後に続いた言葉にあった。

 ……どうやら聖王は、我々使節団の目的――我が国の聖王に対する姫誘拐の疑いに気が付いていたらしい。

 加えてこの一言で、私たちは聖王が今回の誘拐事件とは無関係であると悟った。

 聖王にとっては痛くもない腹を探られるだけの、さぞかし不愉快な時間であっただろう。

 逆上されて故郷を滅ぼされやしないかと内心で震える私たちだったが、聖王はその反応だけで満足したのか気にした様子もなく視線をどこかへとやり、話を続けた。


『そこで我が聖王国内での自由通行許可証を発行しようではないか。其方らも自国の姫は自分たちの手で見つけたいという思いくらいはあろう』


 これには私たち使節団も思わず顔を見合わせる。

 どういうことだ。

 何故に聖王はここまで我が国に対して友好的に接するのか。

 本来なら他国の使節団とはいえ、大国の王が無駄に痛くもない腹を探られたのだ。

 そのまま無礼討ちにあってもおかしくはない。


『なぜ……』


 疑問が思わず口をついてしまうが、続く言葉が出てこない。

 というより何を言うべきなのか。

 少なくとも大国の王に対し、たかが小国の使節団ごときが気安く疑問を口にするべきではないだろう。

 直前まで聖王を疑っていたことも本人にはバレていたのだ。

 これ以上、相手の顔に泥を塗るような真似ができようはずもない。

 そうして無言で考え込む私たち使節団であったが、聖王は特に気にした様子もなくさっさと話を進めてしまう。


『気にするな。それより、早く其方らの姫の捜索に向かいたくて仕方がないのだろう? 既に配下の者には証書を用意させた故、それを受け取ってから行くがよい』


 そこまで聞き、もしかしたら……と一つだけ聖王の友好的な態度の原因に思い当たることがあった。

 我が国の仮想敵国は、何も南に隣接するヴァリエーレ聖王国だけではない。

 むしろ聖王国以上の直接的な脅威として、北には魔を冠する邪悪な種族が虎視眈々と我が国を狙っている。

 或いは聖王も我が国の状況を知っていたからこそ、このように協力を申し出てくれるのだろうか。

 聖王国は現在、国内と南東に問題を抱えている。

 仮に我が国が滅んだとして、今の状況で余計な敵を抱えたくないと思うのは国家の長としては当然の判断だろう。

 我が国を防波堤として利用する気満々の判断であるが、隣接する小国を生かす大国の思惑などそんなものだ。

 どちらにしろ、聖王の温情には感謝するしかない。


『――感謝いたします』


 深々と聖王に頭を下げると、聖王は気にするなとでも言うように手を振って応える。

 かくして聖王との謁見は予想外の結果を伴って終わった。

 予想外の結果ではあれど、せっかく掴めたチャンスだ。

 これを逃す手はなく、我々は早急に姫の捜索と奪還に向けて動かなくてはならない。


 そうして謁見の間を辞去した私たちは、その後、聖王から得た協力と独自の捜査により姫の行方がヴァリエーレ聖王国の北部まで続いていることを掴んだ。

 国内の問題……特に西部では神敵が現れ、甚大な被害が生じたとも聞く。

 同じく南東では小国群との戦乱が未だ収まらない様子。

 今後の聖王国は大いに荒れると予想され、治安の悪化も危ぶまれる。

 姫を奪還するまで、気を抜けない日々が続くことだろう。

 しかし、それでも私たちは全身全霊を賭けて進み続けねばならない。

 ……それが私たち使節団の――姫の親衛隊としての本来あるべき姿、果たすべき責任なのだと信じて。




 ◆    ◆    ◆    ◆




 ~ジャック=キリサキ~



 街まで荷馬車を取りに戻っていたリリィ=アドルファーティと合流した後、俺たちは日が暮れないうちに名も無き街を発った。

 北部最大の都市へと続く道すがら、ルーナを含めて無言で馬車の中に座っていた俺たちだったが、ふと前方に5人の集団が進んでいることに気づく。


「あら。あれは……」

「? 皆さん、ローブを目深まで被りながら走っていますね」


 異様な光景に、俺たちの注目が集まる。

 そう、ルーナの言う通り不思議なのはローブを目深に被っておきながら、馬車より僅かに遅い程度の速度で走っている事だった。

 普通なら馬車並みに速度を出すなんて人間の限界を超えているというべきだが、そこはまぁ……ファンタジーだから仕方ない。

 驚くべきはそれほどの速度を出しておきながらローブが一切捲れず、走っている5人の素顔が口元を除いて影も形も曝されていないところにあった。

 冗談抜きで割と凄い光景である。


(……ふとした日常にとんでもない奇跡を見つけてしまった)


 一体どんな仕組みなのだろう。

 昔、同じように素顔を隠すことや衣服をマントのように羽織って暮らすことに憧れていた身として、大変興味深い光景だった。

 あれって、ちょっとした動きや微風でもズレてしまったり、落ちてしまったりするんだよな。

 かつての苦労を思い出しながら、俺はだんだん距離が縮まってきた5人組の後ろ姿を見つめ続ける。

 やがて馬車はランニングする彼らと並走し、ゆっくりと追い抜いていく。


「きれいな顔立ちですね」


 ちらりとローブの陰から見えた口元に、ポツリと呟くルーナ。


「……あぁ、そうだな……」


 顔はローブに覆い隠され、口元だけしか見えない。

 けれど、彼らの美しさを伝えるにはそれだけでも十分だった。

 常人には有り得ないほどの美形……その片鱗が、垣間見えた口元から存分に伝わってきたのだ。

 なので特に否定するまでもないだろう。

 俺は静かに頷くことでルーナの呟いた一言に同意する。

 謎の顔隠し美形集団は、既に俺たちの後方へと遠ざかっていた。

 現在彼らが走っている道は北方最大の都市へと続く道であり、基本的には一本道なので運が良ければまた会う機会もあるだろう。


 かくして、僅かに垣間見た口元の美しさ……と、捲れないローブ。

 そのある意味で強烈な印象を胸に、俺たちの旅立ち初日は過ぎていくのであった。



 ……

 …………

 ………………



 旅立ち二日目。

 謎の顔隠し美形集団との再会は、存外に早いものだった。

 まぁ、昨夜は普通に俺たちもキャンプしてたし、彼らは夜通しでランニングしていたようなのでその間に追い抜かれた気配もしっかりと感じ取っている。

 ウサギとカメで言うところのウサギが俺たちで、カメが彼らと言ったところか。

 その時のランニングの速度からして、俺たちが今さら馬車を走らせて追おうと彼らが不幸な足止めでも喰らわない限りは、もう会う機会もなさそうだと判断していたのだが……。


「あ、昨日のきれいな顔立ちの方たちですね」

「……あら、そうね。いつの間に私たちより先に進んでいたのかしら?」


 御者席に隣り合って座っているルーナとリリィ=アドルファーティが首を傾げ合う。

 彼女らの問いに答えるとすれば夜中のキャンプ中に追い越されたわけだが、それはともかくとして俺たちの進行方向に昨日の5人組がいた。

 早い再会である。

 とはいえ、問題がないわけではない。


「――あ……」


 徐々に距離が近づくにつれ、徹夜でランニングしていたはずの彼らを足止めしていたモノの正体に気がついたのだろう。

 ルーナとリリィ=アドルファーティが、ほとんど同じタイミングで呆気にとられた声を上げる。

 それもそのはず。

 何故なら――謎の顔隠し美形集団は地平線を埋め尽くすほど存在しているモンスターの大群と、互いに激しく立ち位置を変えながらも対峙していたのだから。


(ほぅ……これは凄い)


 彼らの足元には既に十数体以上という大量のモンスター共の死体が転がっており、その戦いの激しさと彼ら自身の強さを物語っている。

 最早ちょっとした戦場であった。

 決して街から街へと移動するためにある、きちんと整備された道の途中で遭遇していい光景ではない。


「…………」


 その時、リリィ=アドルファーティから困ったような視線がチラチラと送られてくる。

 その視線には、一体俺はどうするつもりかという意思がありありと込められていた。

 偶然だろうと何だろうと、こうしてモンスターの大群に道を塞がれてしまった以上、そこからモンスター共を排除しない限り馬車で道も通れないのだ。

 故にリリィ=アドルファーティとしては俺の考えを聞きたいところなのだろうが、先日の脅しが効いているせいで正面から聞くこともできない――といったところか。

 ……よしよし。

 露骨に脅してみたことがまったくの無駄にならず、上手く効果を発揮し続けてくれてるようで大満足である。


「馬車を止めろ。――俺が行く」


 そして安心しろ。

 この件に関しては、元からお前に言われるまでもなく俺の手でどうにかするつもりだった。

 短くリリィ=アドルファーティにそう告げれば、奴は安心したようにホッと息を吐き、それから間もなく馬車に急制動がかけられる。


「しっかり掴まっててね、ルーナちゃん!」

「え? ――は、はい!」


 そう言って、ルーナが馬車の手すりにしっかりと掴まったことを確認した次の瞬間。

 リリィ=アドルファーティが勢いよく馬車を牽く馬の手綱を引っ張った。

 かくして――


 ――ギャリギャリギャリーッ!


 急制動をかけられたことで車輪と地面が擦り合い、掻き消す事の出来ない慣性という名の物理法則によって車体と馬が横滑りする。

 ルーナとリリィ=アドルファーティはその際に発生した遠心力によって身体ごと飛ばされないよう、必死になって車体にしがみ付く。


「じゃ、ジャックさまーっ!?」


 一方で俺は端から車体にしがみ付くこともせず、結果として当然のように馬車から勢いよく投げ出された。

 傍で見ていたルーナからは悲痛の声が上げられ、釣られて顔を上げたリリィ=アドルファーティも一瞬ギョッとしたように驚く。

 ……いや、別にそんな反応をするほどのことでもないだろ。

 空まで飛んでおいて、今さら俺が落下死なんてするはずもない。

 まぁ……言ってなかった俺も悪いが、この展開は計算通りなのだ。

 だから――くるりと空中で姿勢だけを整える。

 落ち着いて自分の飛ばされる先を見やれば、果たして狙い通りに俺はモンスター共の方向へと勢いよく投げ出されていた。


(じゃ、まずは挨拶代わりに――“喰らい尽くせ、『我喰』”――ッ!!)


 全てを破壊する隕石のように、俺は超スピードで身体ごとモンスターの群れに突っ込んでいく。

 幸いにしてジャックミサイル(仮称)の軌道上には謎の顔隠し美形集団もおらず、うじゃうじゃと蠢く大量のモンスター共しかいなかったため、躊躇なく『第二兵装:我喰』も呼び出す。

 最初から手加減なしでの全開だ。

 その結果――究極の破壊が、齎された。


「「「――――」」」


 音もなく、触れる端から掻き消えていくモンスターの群れ。

 解放された『我喰』の能力により、その剣身に近づくだけで即時、物質のエネルギーへの変換と超吸収が行われる。

 故に決着は一瞬だった。


 ――すたッ、と。

 着地と同時に『我喰』を虚空に還し、振り返る。

 まず目に入ってきたのは、唖然と口を開くルーナの表情だった。

 何度か俺の力は見せてきたと思うが、そんなに驚くことか?

 一方でリリィ=アドルファーティは僅かに表情を強張らせていたくらいで……まぁ、奴のことはどうでもいい。


 ジャックミサイル(仮称)の軌道上と『我喰』の超吸収による範囲外にいたことで難を逃れたモンスター共。

 その生き残りをサクッと『第三兵装:偽翼』の銀刃生成で始末しながら、バタバタと崩れ落ちていくモンスター共の死体を背に、俺は謎の顔隠し美形集団に目を向ける。


「――っ!」


 自分たちがだいぶ苦戦していたモンスターの群れを一瞬で始末してしまった存在の登場に、彼らは反射的に緊迫した雰囲気を纏う。

 流石に手に持った剣先を向けてくることまではなかったが、雰囲気的に俺を警戒しているのがハッキリと伝わってくる。


「ふっ……(ニヤリ)」


 なので警戒心を解くように、俺は笑みを浮かべ、フリーになった両手を広げながら彼らに近づく。

 ほら、何も怖くないだろう?

 だが予想に反して、彼らは近づいた分だけ素早く後ろに引いた。


「……」


 まぁ、急に緊張を解けと言われても厳しいよな。

 諦めずに、笑顔で近づく。

 すると先程と同じように、彼らも後ろへと引く。

 ……。


「……あの、ジャックさま?」


 ふと服の袖を引かれる感覚に我に帰る。

 気がつけば笑顔から真顔に変わって睨み合っており、そんな俺たちをルーナが困ったようにすぐ近くから見上げていた。


「ジャックさま、お顔が怖いですよ?」

「……」


 無言のまま、俺は優しげな笑みを浮かべたルーナに馬車の元まで連れ戻される。

 どうやら謎の顔隠し美形集団との会話は、そのまま彼女が引き継ぐらしい。

 無垢な少女に緊張も解れていく彼らを横目に、俺は馬車の座席に身を下ろす。


「……」

「……」


 何か物言いたげな目で見てくるリリィ=アドルファーティに、つい鋭い眼差しを向けてしまう。

 言うな。

 僅かな敵意を向けられたんだ。

 そのせいで穏便にいくはずが、反射的に睨み返してしまったんだよ。

 原因も分かってる。――【狂天】だ。

 冗談抜きで制御できない己の中に宿る狂気に、心底どうしたものかと思い悩む。


「…………」


 押し黙る俺に、リリィ=アドルファーティも口を挟めず気まずそうに沈黙する。

 馬車の中は、すっかりお通夜じみた雰囲気となっていた。


「――……ジャックさまー!」


 それから暫く経ち、笑顔で手を振りながら戻ってくるルーナ。

 裏表のない少女の笑みに、馬車のお通夜じみた雰囲気も自然と霧散する。

 見れば、彼女の後ろには謎の顔隠し美形集団の一人が付いてきていた。

 俺の記憶では、確か常に彼らの先頭に立っていた人物だ。

 もしかしなくても、彼らのリーダー的存在なのだろう。


「……で、何の用だ」


 先程と違い敵意はないようだが、思いっきり睨み合っていただけに然りのようなものが残っていた俺は憮然としながら問いかける。

 すると、ルーナに連れられて馬車の近くまで来たリーダーはジッと俺を見つめてから、徐にその頭を深く下げだした。


「――先ほどは、大変失礼いたしました。あれほどのモンスターから見ず知らずの我々を助けていただき、心より感謝しております」


 ややハスキーの高めな声からして、女なのだろう。

 謝罪と感謝の言葉を口にした謎の顔隠し女は、そうして俺の反応を待つように頭を下げたまま微動だにしなくなった。


「……」


 チラリとルーナに目を向けると、ニコニコとしながら頷かれる。

 いや、どういう意味? そこで頷かれても分からないから。

 何となく謎の顔隠し女たちとの仲を取り持とうとしてるのは分かるが、具体的にどうして欲しいのかまでは分からん。


(そういや、こいつ……妙にフォースに対抗心を抱いてたな)


 あらかた、常に無音のフォースとコンタクトが取れてるので自分も……とかルーナは思ってるのかもしれない。

 というか、十中八九そうなのだろう。

 それだけは何となく分かった。

 頻りに意味不明なアイコンタクトをぱちぱちと送ってきてるルーナを見て、俺は己の考えが間違っていないと確信する。


(だがなぁ……)


 誤解があるとすれば、あれでフォースはきちんとモールス信号を使ってるのだ。

 決して今のルーナのように、ただ祈るような眼差しで法則性もない合図を送ってきてたわけではないのである。


「……。ハァ……」


 まぁ、いい。

 フォースに関する誤解は、そのうち解くとしよう。

 ルーナから再び謎の顔隠し女へと目を向ける。とりあえず今は、こちらの用件から片付けるか。

 溜息を吐いた後、何はともあれと俺は目の前の女に頭を上げさせる。

 ほら。別に気にしてないから、いい加減に頭を上げて前を見ろ。


「はい。――ありがとうございます」


 面倒そうに告げた俺の言葉に、けれど感謝の言葉を述べながら女が顔を上げ――黄金の瞳と交差する。

 ――人間ではない。

 予想以上に美形だった女の素顔を見て、何故だか俺は直感的にそう思った。


「……ヒト……?」

「あっ、まさか……」


 僅かに漏れ出た俺の呟きに合わせ、リリィ=アドルファーティも何かに気づく。

 何か知ってるのかと、思わず振り向こうとしたその矢先のことだった。


「お察しの通りです」


 突然、黄金の瞳をした女が被っていたローブを外し、その隠されていた素顔を完全に曝け出す。

 瞳と同じ黄金色の髪が軽やかに舞う。

 この世界に来てから一部の例外を除いて金髪の人間しか見てこなかったが、それらの中でもダントツで透明感のある美しい黄金である。

 けれど、それ以上に俺たちの注目を集める要素が彼女にはあった。


(耳が、長い……?)


 まさかの人語を話すモンスターか?

 横に長く尖った耳を見て、俺は新種のモンスターかと疑う。

 だとすれば、本物の魔性ってことでこの美しさも納得だ。

 ……。

 ……念のため、人間かどうかだけは確認しておこう。


「モン――」

「――エルフッ!? どうしてこんな所に!?」


 開きかけていた口は、しかし隣にいたリリィ=アドルファーティの驚愕の声によって遮られる。

 ……。ふむ。

 いつもだったらイラッとするところだが、とりあえず尋ねる前に答えを知れたので満足する。

 どうやらモンスターではなく、〝えるふ″という人種らしい。

 人種……。

 あれ? 自分で言っておいてなんだが、ヒト、だよな?


「驚かせてしまい申し訳ない。現在、我々はこの辺りで逸れた同胞の捜索に当たっておりまして……」


 ともあれ、推定ヒト科のえるふ女は言う。

 曰く、彼女らはこの国の聖王から情報提供を受けて来たとのことで、もし彼女と同じ〝えるふ″の少女を見つけたら教えてほしい、と。


「助けていただいた上で、このように願い出るのは図々しいことかと思いますが……今はとにかく手掛かりが欲しいのです。何卒、心に留めておいてくれるだけで構いませんので、どうかよろしくお願い致します」


 言い終えると同時に、「それではお先に失礼いたします」と最後にもう一度だけ深々と頭を下げ、えるふ女は忙しない様子で仲間を連れて走り去っていった。

 ……。

 つまり――結局、どういうことだ?

 高速で走り去っていく謎の顔隠し美形集団改めえるふ集団を後目に、俺は彼らとの交渉役を買って出ていたルーナへと目を向ける。


「どうもエルフの方たちのお仲間がいなくなってしまったらしいです」


 あぁ、それはもう分かってる。

 問題はどうして初対面の俺たちに協力を求めてきたのか、ということだ。


「それは……エルフを見るのが初めてで、目的地も一緒のようでしたし……何より困ってそうでしたので力になれないかな、と思いまして……」

「ふーん」


 要するにルーナの独断というわけか。

 俺に断りもなく、そいつは随分と勝手なことをしてくれたものだな。


「ぅ、も、申し訳ございません……ジャックさま」


 まぁ、過ぎたことはいい。

 次からは勝手な判断は慎んでくれ。

 しょんぼりとするルーナだが、流石に今回は反省すべきだ。

 慰め役は、どうせリリィ=アドルファーティ辺りがするだろうからな。放っておいても問題ないだろう。


「えるふ、ねぇ」


 さっさと馬車に乗り込み、同乗者たちがやって来るのを待ちながら呟く。

 目的地が一緒なら、近いうちにまた会うかもしれない。

 妙な縁ができたものだ。

 感慨深げに思いながら、ふと俺はえるふ集団が走り去った方角に向けて独り言ちる。


「ところで……えるふって結局、ヒトでいいんだよな?」

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