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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第二章 神敵顕在
28/47

028.全ては我が平穏のために

何故か時間もかかった上に、上手く書けなかった。

暴力シーンも、以上の理由で次回には必ず。

「組合は……っと、ここか」


 木造のそれなりに大きな建物を見上げて、俺はそう言った。

 建物の上には、リオネリアから教えてもらった通り、組合の目印である“薄汚れた赤い三角の旗”も棚引いている。

 ついでに建物内にいる人々の気配も探ってみれば……なるほど、明らかに街中を歩いている他の人たちとは違う。

 この気配は完全に戦闘慣れしている人たちのものだ。

 だとすると、ここが俺の目的地である“組合”で合っているのだろう。……というより、ここ以外に戦闘慣れしている“組合”らしき集団なんて存在していないからなぁ。

 まず目の前にある建物が“組合”で間違いじゃないということだけは、確かであった。


「……とりあえず、中に入ってみるか」


 ともかく、目的地にはこうして無事に辿り着くことができたのだ。

 ならば後は躊躇する理由もないし、ここは可及的速やかに目的を果たすべきであろう。

 ……なんせちょっと立ち止まっただけで、気が付けば周囲は何やら物凄く怪しい者でも見るかのような視線で俺を凝視し始めていたのである。

 そう……それこそほんの少しの間、組合の外観をボーっと観察していただけなのに、だ。……何この徹底された嫌悪感。

 このまま外で突っ立っていたら、今度こそ本当に何をされるか分かったものじゃない。

 まったく、厳しすぎだろ……この世界。

 まぁ……そんなこんなで、他にも宿屋を無料で開放してくれているリオネリアに恩返し代わりでもないが最低限として金くらいは払いたいという思い(プライド)もあった俺は、そうして早速組合の扉―――よく見ればかなり古びている上に手入れを怠っていたのか、随分と痛み始めている木造の扉―――に手をかけ、ギィーッと音を立たせながら開け放った。

 そして、そのまま組合の中に一歩踏み出した瞬間の事である。


「――ふぅーん」


 待ってましたとばかりに、そこかしこからギロリと飛んでくる鋭い視線の数々。

 加えてその鋭い視線は、俺の姿を視認すると一瞬で街にいる他の一般人たちと同様に、更なる攻撃的なモノへと変化させていった。

 我が身に叩き付けられる威圧(プレッシャー)が、最早半端ない事になっている。

 ……いや、本当に俺が何をしたって言うんだ?

 毎度の如く、思わず疑問を覚えてしまう……が、答えられる者も当然の事ながら誰もいない。

 故にこれまたいつもの如く尽きない疑問を諦めるしかなかった俺は、そこで一度溜息を吐くと、突き刺さってくる視線と威圧には無視を決め、そうしてゆっくりと組合内の様子を観察し始めた。


(ふむ……外から見た時にも予想はしていたが、結構広いな)


 内装の作りとしては天井まで吹き抜けになっており、お陰でかなり広々として感じられる一階部分には受付が中央の奥に設置されている他、狭くならない感じで丸テーブルが等間隔に配置されている。

 で、その丸テーブルの席には組合に属していると思われる者たちが何れも酒を片手に座っていて……見たところ、彼らは右手側にある酒場から持ってきた酒をそこで酌み交わしているようだ。

 ……何というか、迂闊に近づけば絡まれそうな危険な雰囲気もある。というか実際に、奥の方の席では偉そうにふんぞり返っている山賊のボスとも見紛う人物が何故か涙ながらに土下座をしている少年(・・)に対し、何やら罵りつつも頭を思いきり踏んでいる姿が目に入ってきた。……流石は悪人でも犯罪者でも利用できる仕事の斡旋所、組合である。俺は思わず本当にここは利用しても大丈夫なのかと、本気で心配した。

 とはいえ勿論、丸テーブルにはそんな悪そうな奴らばかりが溜まっているわけでもなく、他にも数こそ少ないが(本当に二、三人だけだが)席で依頼書などを真面目に読んでいる者たちもいた。

 なので悪そうな奴らをこれ以上見つめ続けるのも論外なため、真面目そうな彼らの姿を目で追いやってみれば……どうやら依頼書は、左手側の壁一面に貼られた大量にある紙の中の一枚を剥がしてきているらしいと理解する。

 次いで大幅に上昇していた視力を使ってよく見てみると、その全ての紙には依頼内容と報酬が事細かく書かれているため、まさしくその紙こそが組合に属する者への依頼書……つまりは貴重な収入源と成り得る仕事の元なのであろう。

 将来的には自分も利用するかもしれないし、覚えておこう……と、俺はそう思うのだった。


(……まぁ何にしても、仕事をもらうためには組合の一員になることが先決なのだが……)


 視線を中央の奥、受付へと戻す。

 その過程で俺の目に飛び込んでくるのはやはり数多く点在している丸テーブルと、そこで己のストレスの捌け口となりそうな存在がいないか周囲に視線を巡らしている悪そうな奴らの姿。

 ……自動的かつ(・・・・・)突発的に(・・・・)発生する揉め事へと巻き込まれる可能性・絶大である。

 おまけに、かつて幼馴染の水萌(みなも)が俺に語ってくれた異世界のテンプレの一つ―――ギルドへ行けば主人公は必ず絡まれる―――を信じるのならば、状況的に彼女の語るギルドと一致する現在の組合では絡まれてしまうのも、むしろ必然なのだ。

 故に初めて組合を利用しようと思っている人――具体的に今もなお山賊のボスみたいなオッサンに金目のある物を根こそぎ、それこそ下着ごと奪われて全裸に剥かれた上に先ほどと変わらず未だ頭を踏まれ続けている貧弱な少年などにとっては、この受付までの道は正しく絶望的な壁と言えよう……。


「ひぃっ! お、お金はもうないですぅ! だからもう許してくださいぃーっ!」

「ぐへへへへ! んー? よく見たらお前、随分とカワイイ顔してんじゃねぇか……これも金目のモノの一つだよなぁ? ――だったら、それも迷惑料として頂かせてもらうぜぇ? ウェヘヘヘヘヘヘッ!」

「ひ、ひぃぃぃいッ……!!」


 ……。

 ……え、えーっと。

 一瞬、何かヤバいものを見てしまったような気もする……が、まぁどちらにせよ俺には関係のない話だ。

 そもそも、ここまで長々と受付までの道に存在する障害について話しといてなんだが……貧弱そうな少年を始めとする組合初心者たちにとってその障害が例えどれだけ絶望的な壁であろうとも、俺からすれば躱そうと思えば躱せる程度のものであるため、ハッキリ言ってこちらが気にする必要なんてものは最初から最後まで全くないのである。

 要するに――これまたいつも通り、物凄くどうでもよかった。

 そして、だからこそ……


「……」


 俺は無言で、受付へと真っ直ぐに歩き出す。

 気負いは……ない。というか全部どうでもよかったがために、途中の障害なんて全く気にも留めていなかった。

 ……とはいえ、だからと言って障害が全くなかったわけではない。

 むしろ当然のようにと言うべきか、予想通り障害は俺の前に嫌がらせとして立ち塞がってきた。


「よぉ、新人クン? ちょっと付き合えや」「んんー? おっと、こいつはまた高価そうな剣と服じゃねーか」「よし、ならちょっと先輩として指導してやるか!」「どうせいつも通り、指導代と偽って奪い尽す例の手でいくんだろ?」「違ぇねぇ!」

「「「「「ギャハハハハハハッ!」」」」」


 奴らは口々に下衆な事を言い合い、そうしてニヤニヤとした嫌らしい笑みで俺の進行の邪魔をしてくる……が、問題ない。

 なぜならば――――


(――無駄な事を……)


 確かに彼らも街中にいる一般人と比べれば結構な戦闘能力こそあるものの、それでも俺と比べてしまえば全ての動きが素人同然と言い切れてしまう。

 つまりどういうことかと言うと……身体能力、勘の鋭さ、その他諸々の身体を動かす技術といったものの全てが俺よりも圧倒的に劣っているのである。

 故に――――躱す、躱す、躱しまくる……。

 全てにおいて圧倒的に劣っている程度の奴らが俺の歩みを止められるわけもなく、むしろその障害の尽くを一切触れることなく躱していった。


「な!」「消えた……!?」「バカな! 道は隙間なく完璧に塞いでいたはず……どういうことだ?」「どこにも見当たらない……? 嘘だろ、マジでどこ行きやがったんだ!?」


 無論、一時的にその場を凌いだだけでは、後がもっと面倒になることを俺は知っている。

 そのため、ただ躱すだけではなく後腐れがないよう気配まで完璧に断ち切ることで、俺は全ての障害を完全回避してきた。

 ……障害として邪魔してきた奴らにとっては、突如として俺の姿が消えたように感じていることだろう。

 事実、視界からは特殊な歩法を使って消え、その後も完璧な気配遮断を実行しているせいで見えてい(・・・・)るのに見えない(・・・・・・・)状態と化しているため、奴らが思わず酒の飲みすぎか幻覚症状かと己の心配をしてしまうのも……まぁ、無理もない。

 どっちにしろ酒の飲み過ぎは良くないし、人に絡むのも良くないことなのだ。……暫く反省してろ。


「さて、と……」


 そんなこんなで障害として立ちはだかるはずの奴らが己の正気を疑っている一方、全ての障害を楽々と突破した俺の方も事態の進展を迎えることとなった。

 ……というより、単に目的地である受付の前までようやく到達したという、それだけの話なのだが。

 ともあれ、まずは目の前でずらりと並ぶ受付窓口を見回し、そこで何故かたったの一人だけしか受付窓口に存在していないことを確認。


(ん? 一人? 受付窓口はあんなにあるのに?

 ……まぁ、どこを選ぶか悩む必要もないんだし、別にいいか)


 一瞬、内心で疑問を覚えるが自分にとっては大した問題でもなかったため、すぐに軽く流す。

 そんなことより場所の確認もできたことだし、次こそは目的の達成を……つまり組合への加入をいよいよ実行する時だ!

 やる気に満ち溢れた視線を上げ、受付窓口にいる女性――受付嬢(凡顔)を見る。

 その時、偶然視線が合った受付嬢が露骨に嫌そうな表情を浮かべ、更には今までの人々と同じように禍々しい悪意まで向けてきたのだが……気分がハイになってしまったせいなのか俺は全く気づかない(気にしない)

 それこそ普段なら、“なんて失礼な女だろう。つーか受付嬢の態度として非常に問題だし、そもそも凡顔のくせに生意気だ。お前、何様のつもりだ?”――と、この程度の考えは即座に脳裏に浮かび上がるはずなのだが……残念ながら、この時の俺は本当に何も考えることなく受付嬢(凡顔)の下へと突撃していってしまった。


「――ここで組合に加入して仕事が貰えると聞いてきたんだが……俺も是非、その組合の一員に加えてもらえないだろうか?」


 そして上機嫌のまま、受付嬢(凡顔)に気安く語りかける俺。

 無論、その際の表情は普段の無表情と違って機嫌の良さから自然と湧き出てくる柔らかい笑顔(偽)である。

 この街に来てからはリオネリアを除いて悪意しか向けられてこなかったが、流石にこちらが自然な笑顔(偽)でいれば相手も邪険にはし難いだろう。

 経験則からも有効な方法だと判断し、だからこそ無理してまで自然に見えるような感じの笑みを俺は浮かべて話しかけたのだ。

 だけど……


「…………」


 結果から言うと、それは失敗に終わった。

 今世紀最大の自然で柔らかな笑顔(偽)と自負する表情を浮かべた俺に対し、しかし受付嬢(凡顔)が返した反応は無視の一択。

 しかもただの無視ではなく、両者の視線は最初から最後まで合わさったまま……。

 つまり、それがどういうことかと言うと――――


 ――何とか言えよ、おい。


 イラッとした。笑顔(偽)が消えかける。と同時に、これまで封印してきた殺意が一気に覚醒し(目覚め)かけるも……ギリギリで平穏に事を運ぶという自身の決意を思い出し、俺は強引にそれ(殺意)を堪えた。

 ……ただし、自然な柔らかい笑顔(偽)はとうとう少し崩れた歪な笑顔へと変化したまま元に戻らなかったが。


「フゥゥゥウウウーっ……!」


 とりあえず深呼吸を一つ。

 グツグツと噴火間近まで煮え滾っていた気分を、そうやって何とか落ち着かせる。

 ――よし、冷静。俺は冷静だ。殺意も既にない。

 自問自答を繰り返し、自分が色々な意味で“安全”になったことも確認。

 ……ふむ。どうやら大丈夫そうだな。

 では、――改めて会話と行こうか。

 キリッとした顔で再び受付嬢(凡顔)を視界に収めた俺は、そこで改めて口を開こうとして――――


「なぁ。ここで組合に――――」


「あ~ぁ、いつも思うけど新人って面倒な存在よねー! 問題は起こすし、弱いせいで問題にも巻き込まれるしで……もう本ッ当にかったるいったらありゃしないわー! やるなら私のいないところでやりなさいって話なのよねー! 本・当・にッ!

 ハァァァ……ま、そんなわけで余所者の面倒まで見てられないわよね~。普通に考えて。だから仮に私の所まで来てしまったとしても、どうせならそこで気を利かして私の前から自主的に消えてくれないかしらね~。

 あ、勿論もしもの場合の話だ・け・ど」


「――――……」



 ――強制的に、閉口を余儀なくされた。



(……。何だ、今の? ……独り言のつもりか?)


 だが受付嬢(凡顔)の視線は、依然として俺の視線と重なったままだ。

 口調としては確かに完璧な独り言だが……けれどこのように視線が最初から最後までしっかりと交差し続けている事から、どう見ても今の独り言はただの独り言とは思えない。

 ――というか、これは明らかに俺に向かって言い放った言葉だ。

 それだけは、既に間違いようも勘違いのしようもなかった。

 ……。

 ピキピキピキ、と。

 自然と消えていく微笑み(偽)と引き換えに、額に青筋(真)が浮かび上がっていくのが分かる。

 更に俺の浮かべている表情の方も、何というか表情らしい表情の全てが消え去った……言わば完全なる()の表情となっていた。

 加えて瞬きなんて言った煩わしい反射運動も、今はもう無用な動きだとばかりに無意識の中に止めてしまっている。


 ま、これらの状態を端的に行ってしまえば……要するに俺は、――これまでに起こった一連の出来事のせいで、一気に我慢の限界も振りきれてキレかけ寸前まで行ってしまったのだ!

 理性崩壊の瞬間である!

 そして、今度こそ俺は完全に覚醒した殺意の下、己の本能を暴走させて周囲一帯に圧倒的暴力と絶望を振り撒こうと動き出す……が、しかし――――!


(――だが俺よ、もう少しだけ耐えてくれ)


 ギリギリの直前、正しくそのように言うべきタイミングで、ホンの僅かに残っていた理性が最後の抵抗とばかりに俺自身の行動の邪魔をしてきた。

 グ、ヤメロ。止メルナ!

 俺ハ何トシテモ奴等ノ血ト悲鳴ヲ、コノ身ニ浴ビナケレバ気ガ済マンノダ!

 叫ぶ本能(暴走状態)。だけど理性(瀕死状態)は、あくまでも冷静さを取り戻すようにと優しく諭してくる。

 曰く、確かにここへ来た当初の目的こそ果たせないだろうが(確信)、それならばせめて違う目標の“事を最後まで平穏に済ます”というやつだけでも達成しようじゃないか、と。

 ……。

 ……なるほど。


(“平穏”……そうか、そうだよな)


 自分自身の良心(理性)に諭されたことで、頭に上っていた血も少しだけ引いて冷静さを取り戻す。

 そうだ。確かに俺が今まで色々と我慢し続けてまで維持してきた平穏を、まさかこの程度の奴らのために一瞬でぶち壊してしまうというのも勿体ない。

 これでは何のために多大なるストレスを抱えてまで我慢してきたんだって話だよな、まったく。


(ふぅ…………やれやれ)


 内心でクールに溜息を吐き、未だ見つめ合ったままの状態だった受付嬢(凡顔)から実に自然な動作で視線を逸らす。

 傍から見れば受付嬢(凡顔)の独り言に完全敗北し、言い訳のように内心で捲し立てることで自分を慰め、更には尻尾巻いて逃げ出す負け犬のようにも見えてしまうかもしれないが……仕方ない。

 これも全て――仕方がないのだ。

 なんせ、こうでもしなければ俺の理性なんて再び簡単に弾け飛んでしまうし、事実として今でもかなりギリギリの状態で己の本能(10%減ったため、暴走状態90%)を抑え込んでいるのである。

 だから……これ以上はもう、俺の事は放っておいてくれ。

 俺もお前(凡顔)とは二度と関わらないことを誓うから。


「――行くぞ、フォース。もうここに用はない……(ボソっ)」


 ――――ゾワァァァン……(ム・ム・ム(え?でも……)


 小声で呼びかけるも、やけに渋るフォース。

 どうやら、受付嬢(凡顔)の俺に対する態度が余程気に喰わなかったらしい。

 ……何て主思いな眷属なんだ。

 俺は嬉しいよ、凄く感動した。

 だけど……


(フォースよ……気持ちは分かるし嬉しいんだが、残念ながら今はどれだけ凡顔(受付嬢)の態度に不満を抱いていようと仕方がないんだ。だから――ここは素直に俺の言うことを聞いてくれ。どうせこれ以上ここにいても、俺たちにとって良い事なんて一つもないんだしさ。

 まぁ……俺も“凡顔の分際で”、とは思うけど)


 ササッとフォースに向けて無言の言葉を送る(アイコンタクト)

 俺たちレベルになれば、最早この程度の意思疎通など一々口に出さずとも取れてしまうのだ。

 それ故に……


 ――――ゾワァァァン……(ショ・ウ・チ(分かり、ました……)


 とりあえず、フォースも俺の言いたい事を理解したのか、物凄く不承不承とした様子だが受付窓口から静かに退き始めてくれた。

 ……ありがとよ、フォース。

 もしも次に暴れられるタイミングがまた来たとしたら、その時こそ遠慮なく一緒に暴れようぜ……まぁ、間違いなくそのタイミングはどれだけ嫌がっても来るんだろうけどさ……。

 フッと小さく笑い、出口へと向かって歩き出す。

 何というか……俺のために怒り心頭状態へと化してしまったフォースの姿を見たことで、胸にドロドロと渦巻いていた殺意も少しだけ薄れて余裕を取り戻すことができたのだ。

 とはいえ勿論、爆発寸前だった殺意が完全に解消されたわけでもない。

 あくまで、小さな笑みを浮かべる程度の余裕を取り戻せただけなのである。


(だが、まぁ……それでも先ほどまでの殺意によって本能を暴走させているよりは、この状態の方がずっといい。これなら途中で余計な事(・・・・)が起こらない限りは、目標通り平穏無事に帰路へとつくこともできそうだ。……うん。

 本当に、このまま平穏無事に帰れるといいなぁ)


 割と本気でそう祈りつつ、しかし同時にその目標の実現は困難を極める……もしくはこれまでの経験上、できないであろうことも俺は知っている。

 なぜなら――――



 ――世界とは往々にして、俺の障害となって目の前に立ち塞がるものだからだ。



「……」


 無言で、俺は自身の足を止める。

 途中に蔓延っていた障害はこれまた描写する必要もないくらい楽々と突破してきたため、黙々と目指していた組合の出口たる扉も既に目の前に存在していた。

 あと二、三歩踏み出せば、容易に外へと出られる所まで位置しているのである。

 ……だが、そうしてゴールを目前にしたにも関わらず、俺はこれ以上の歩みを進めない。

 進めることが(・・・・・・)できなかった(・・・・・・)

 ――何故か?

 その答えは、簡単だ。


 ――――バガァァァアンッ……!


 大きな音を立てて、蹴り破られる組合の扉。

 建物の外の光を後光に、果たしてそこには古びた扉を一蹴りで破壊した体勢のままでいる大男を先頭に、三人組の無頼漢がまるで出入り口を塞ぐようにして立っていた。

 ――はい。てなわけで、俺はこれで強制的に組合から出ることができなくなったわけだ。

 世界そのものが障害説、これにてQ.E.D.(証明終了)……。


(いや、冗談はこれくらいにして……っと、できれば平穏な帰路につくためにも、このまま何事もなく俺の前を通り過ぎてくれないかなぁ)


 ……まぁ、このタイミングでの出現から考えて、いつもの様に何事もなくとはいかないだろうが。

 そして案の定、先頭の大男は何か導かれているかの如く気配を完全に断っていたはずの俺の姿を一瞬で見つけ出しやがる。

 まったく……期待してない予想通りの展開をどうもありがとうよ、このクソ世界(障害)

 でも正直、予想通りすぎてお腹一杯だから。もうそんなお約束みたいな展開いらないから、本当に。

 だけど――――


「何だぁ? ……ちッ、昼間のガキといい……今日はよくゴミ共(・・・)が湧いて出る日だなァ、おい?」


 ――やはり世界は、どうあっても俺の邪魔をしたいらしい。

 無視してくれればいいものの、わざわざ目敏く俺の姿を目にした大男は、周囲の人たちにも聞こえるような声でそう言い放つ。

 それにより、それまでは大男ひとりにしか認識されていなかった俺の姿が、一気に周囲の注目を集めることとなってしまった。


「うわっ、何だあいつ」「あんな所に人なんていたのか!?」「っていうか、マジでベルザリオさんの言う通りゴミ(・・)じゃねぇかッ!」「何で今まで誰も気づかなかったんだ!?」「それより、……おい! あの野郎、さっき俺たちが狙いを付けていた奴じゃないか!?」「何ィッ!?」「……あ、本当だ!」「くそ、マジか! あの野郎、よくも俺たちを虚仮(こけ)にしてくれやがって!」「絶対に許さねぇッ!」


 あぁー……、あーあーあーあーあーッ!!

 厄介事が加速度的に増えていくっーッ……!

 聞こえてきた周囲の喧騒の中、後半のは完全に受付へと向かっていたつい先ほどの俺に対してちょっかいをかけようとしていた奴らの言葉だが、どちらにしろ絡もうとしている意志がある時点で面倒なことに変わりはない!

 最悪だァーッ……!


「――ちッ、おいこのゴミクズが。俺様は“無視”が一番嫌いなんだよ……何とか言ったらどうなんだ? えェ、おい?」


 挙句に機嫌が悪いのかどうかは知らんが、とにかく大男の八つ当たりが酷いこと酷いこと。

 これまた丁度いい獲物発見とでも言いたげな下衆顔で、悪意を全開に奴はガンガン絡んでくる。

 おまけに、これも少し観察してみればすぐに分かることだが……どうやら目の前の大男が、この組合の中においてボス的な存在であることは間違いないらしい。

 ……ふむ、なるほど。

 だから組合内の雰囲気も秒読みで俺に絡むことを是とするものへと変化していっているのか。

 物凄く納得した。

 しかし……


「――ベルザリオ様ぁ~ッ!」


 どうもそう呑気に納得していられるような暇は、そもそも俺にはなかったらしい。

 或いはそんな暇があったなら、目の前の大男を力づくで強引に退けてでもさっさと組合の外へ出ていればよかったのだ。

 響いてきた受付嬢(凡顔)の声に、最悪の未来を一瞬で想像できてしまった俺は自らの選択に心の底から後悔する。

 『あぁ、これは本当に面倒なことが起きる。最悪だ』――と、そう考えながら受付窓口の方をちらりと見やれば……案の定、そこには表面上こそ悲壮感に満ち溢れた表情を浮かべつつも、けれど内心ではニヤニヤとした嫌らしい笑みを俺に向けて浮かべていること確実な受付嬢(凡顔)がいた。

 最早悪意が見え見えすぎてドン引き必至である。

 ……ともかく、そうこうしている間にも受付嬢(凡顔)はついに自らの悪意を俺に向けて解き放とうと口を開き、そして――――



「聞いてください、ベルザリオ様~! そこの異教徒ってば腰に下げた剣がちょっと良い物だからっていうのをいいことに、それを使って私たちに脅しをかけてきたんですよ~! ……挙句に私にはセクハラしてきますし、他にもこの組合を乗っ取るとか言ってました~! きゃー助けてくださいぃ~!」



 ――意味不明なことを、ほざき出しやがった。


(は? 急に何を言って……つーかセクハラ? 凡顔の分際で何て世迷言を……夢見てんじゃねェよ!)


 あまりにもあんまりな発言に、俺もついつい驚愕に目を見開いて呆然としつつ、内心では華麗に暴言を吐き返してしまう。

 ――が、そんなこと今はどうでもいい。

 問題は周りが注目している中で受付嬢(凡顔)に発言を許してしまったことにある。

 周囲は敵だらけ。

 当然、俺に悪意を持って陥れようと思う奴こそあれど、味方しようと思う奴はいない。

 となると……それはつまり、どういう事なのか?

 答えは、――これまた簡単だ。


 ――受付嬢(凡顔)の世迷言は、しかし誰もが真実として受け止め、パンデミックの如き勢いで組合中に広まっていった。


「あ、俺も見た!」「俺も俺も!」「あの野郎、嫌がるデリツィアちゃんに無理矢理キスしようとしてたぜ!」「組合を乗っ取る宣言も確かに大声でしてたしな!」「む……あの剣、妙に威圧感や謎の力を感じるというか……多分、どこか別の神の力でも宿しているんだろう」「あぁ、それで奴は調子に乗ってたのか!」


 飛び交う喧噪。

 その内容も、聞けば聞くほど尾ひれやら何やらでどんどん酷くなっていくという負のスパイラルへと突入していたのだが、何れにせよ最初から捏造された根も葉もない世迷言であることに変わりはない。

 よって、俺にとっては本当に心の底からどうでもよかったんだが……


「なるほど、だから俺らのボスであるベルザリオさんにも平気でケンカ売ってたのか!」

「――何だと?」


 しかし次に続いた世迷言には、流石に目の前にいる大男――周囲の人たちが口にするベルザリオという男にとっても、無視できない話であったらしい。

 その証拠に、大男(ベルザリオ)は唐突に――キレた。

 ぶわり、と急激に膨れ上がっていく怒気。

 見れば彼の額には既に幾本もの青筋が浮かび上がっており、目もヤバいほど血走っているという、これまた怒気というよりも狂気を感じさせられる姿であった。


「ケンカ……この俺様にケンカ、ねェ?」


 正直、何が彼をそこまで駆り立てているのか俺には分からない。

 だが狂気に血走らせた目で『その話、本当だろうなァ?』と周囲の奴らに無言で話の続きを促しているところを見るに、どうやら“ケンカを売った”という言葉そのものが彼自身の自尊心を著しく傷つけてしまい、実際にこうしてキレる切っ掛けとなったらしいことだけは分かった。

 ……っていうか、プライドを傷つけられたから怒り狂うって……これ完全にヤバい奴じゃないか。

 いや本当、こんなの俺にどうしろって?


「そ、そうです! 確かにあの異教徒はケンカを売ってました!」

「あ、俺も見ましたぜ! あの野郎がベルザリオさんにケンカを売る瞬間!」

「何て奴だ! これはもう遠慮なく()っちまうしかないですよね、ベルザリオさん!」

「そうだそうだ! こんな奴、すぐに()っちまいやしょうぜ!」


 まぁ、だけど普通に考えてどうしようもないことだけは確かだ。

 ……うん、悩む必要もなかったな。

 秒速で解決だ。ただし事態は何にも良くなっていないけど。

 むしろ気が付けば、限りある時間を悩むという最高に無駄な事へと使い切ってしまったせいで、事態は余計に悪化の一途を辿っているわけだけど!

 ……つーか本当に何なんだ、こいつら?

 どうしてこんなにも意味不明な嘘を吐いてまで煽ってくるんだ?

 俺が一体何をしたっていうんだよッ!?

 加速度的に酷くなっていくアウェー感満載な空気の中、割と本気でそう思う。


「――そうか。だとしたら……そいつはまた随分と嘗め腐ってくれたものだなァ、おい」


 しかし現実は、そんな俺の疑問に答えることなくどんどん悪い方向へと進んで行く。

 具体的には、いきなりガッ……と掴まれる襟。

 当然、掴んできたのは狂気をも見せ始めている様子のベルザリオで、掴まれているのは絶賛理性が死滅中の俺だ。


(……あぁ、そういえば)


 ふと、その時。

 俺は思い出す。


(この構図、どこかで見覚えがあると思ったら中学時代の時とそっくりじゃないか)


 こちらは常に独りで、周りは全て敵で。

 いつ、どこで、何をしようと俺は絡まれ続ける。

 思い出せば、あれは正しく最悪な日々と言えた。

 んー……でもあの時はどうやって自らの平穏を勝ち取ったんだっけ?


(えーっと……そうだ、確かリーダー格を徹底的に叩き潰したんだったな)


 思えば、意外と簡単だった平穏の勝ち取り方。

 そういや当時も実行した時は、そのあまりの簡単さから何故もっと早くに暴力手段へと踏み切らなかったんだと思ったよなぁ。

 ……。

 ……あれ?


(待てよ……同じようなシチュエーションってことは、今回も暴力手段に踏み切った方が結果的としては平穏への近道となるんじゃ……?)


 目の前で汚い唾と一緒に罵声を浴びせかけ、更にはこちらの襟を掴んでいる手とは逆の……空いたもう片方の右手で殴りかかろうとさえしている大男――ベルザリオの姿を視界に収めつつ、俺は自らの閃きにハッと目を覚ます。

 そうだ……思えば、そもそも始めから我慢をする必要なんてなかったんだ。

 何より――――


「…………」


 ゆらりと顔を無言で上げ、目の前にいるベルザリオ含めた周囲の面々の()を見る。

 ……あぁ、よくよく見てみれば確かにどいつもこいつも目が笑っていやがる。これは、間違いなく俺を見世物代わりに愉しんでいる目だった。

 おまけに、もう少しよく観察してみると……何と目の前のベルザリオまでもが怒り狂っていると見せかけて、その実、目の中には嗜虐的な色が見え隠れしていることに気づいてしまう。

 ――なるほど、根っからのクズってわけか。

 俺は瞬間的に理解し、そこで改めて自らに問う。

 『果たして、これは本当に我慢をする必要があるのか?』――と。

 答えは当然――No(ノー)、だ。

 そして、それが意味する事はつまり――――



(――こいつら相手に暴力を振るわない理由も、これで完全になくなったってわけだな)



 プツンっ……と。

 その時、脳裏に一つの音が響き渡る。

 紛れもない、それは……俺がある状態(・・・・)に切り替わった合図。


 ――それは俺が人知れず、静かにキレた音(・・・・)だった。

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