026.黄昏時のヴィーラン
今回は特に進展など何もありませんが、次回以降から主人公を少しずつ暴れさせていく予定です。
それと最後、第三者視点で久々の“被害者の方々”が登場します。
「ようこそ、ジャックさんっ! ここがジャックさんに紹介するわたしの宿屋ですっ!」
目の前でくるりとターンを決めつつ、満面の笑みで振り返ったリオネリアが両手を大きく広げて歓迎の気持ちを表しながらそう言った。
見ると、彼女の背後には小奇麗な一軒家とも言うべき宿屋が一つ。
近くに存在する人の気配は俺の都合のいいことに極端に少なく、とても静かで、そのくせ立地的に日光がよく当たる上に風の通りも良い絶妙なスポットである。
一通りその宿屋を眺めてから、俺は思う。
なるほど……悪くない。
「へぇ……知る人ぞ知るといった感じの、なかなか清潔そうで良さげな所じゃないか」
「えへへっ、ありがとうございますっ。そう言って貰えると普段から小まめに掃除をしてきた甲斐があって、わたしもすごく嬉しいですっ」
そして、ふと自分が思った感想を正直に言ってみれば、少女――リオネリアも相応に照れつつ、更には懐いた子犬のようにキャッキャと喜んだ。
……。
うん、これは流石にあれだな……。
(この娘、何だか色々とチョロすぎて心配だなぁ)
信じられるか?
これでも俺たちは数分ほど前に出会った、言わば初対面の者同士なんだぜ?
それがどうして、何ゆえにここまで懐くことができるのか……少女の無防備さや天然な無垢さといったところに戦慄する。
というか出会った瞬間が丁度、彼女がひと気のない場所で襲われている最中であったせいで余計に少女の無防備な面が心配になってしまう。
むしろ、元来(正確には現在も変わらず)人に興味を持てないこの俺が思わず心配してしまうほどなのだ。
少女がどれだけ危なっかしいか、それだけで理解することができると思う。……あ、因みにお互いがいつの間にか名前呼びの関係になっているのは、単にここまでの道中の間でお互いの自己紹介をしたからである。
従って、そこにそれ以上の深い意味は当然の事ながら存在しない。
「……」
「? ……どうしました?」
「ん……あぁいや、――何でもない。そんなことより、ここで立ち尽くし続けても仕方がないし……さっさと宿の中にでも入らないか?」
「あ、それもそうですねっ。わたしもジャックさんを部屋に案内したいので、早速宿の中に入っちゃってくださいっ! あっ、それとこれは助けていただいたお礼ですので料金は勿論全て無料ですよっ!」
「……あぁ、うん。ありがとう、よろしく頼むよ」
気を取り直し、スキップしながら上機嫌に宿の中へと入るリオネリアの後を俺は黙って付いて行く。
久しぶりの休息がすぐそこまで来ているのだ、これ以上は別にする必要のない思考を続けることもないだろう。
傍らの宙に浮遊し続けるフォースとアイコンタクトを交わしてみると、そのフォースも余計なことは考えずにただ休むことだけを思えばいいと言ってくる。
……そう、だよな。正しくその通りだ。
俺は疲れた。だから休む。
それは決して無理してまで逆らうモノでもないのである。
「――では少しだけここで待っててくださいねっ。今、急いで部屋を開けるために必要なカギを取ってきますからっ!」
宿屋の中は、これまた外見の印象を裏切らない小奇麗な内装だった。
ふ~ん……とそのデザインの良さを感心しながら眺める一方、リオネリアはそんな俺に一言だけそう残すと、そのまま正面に見えるカウンターの向こうへと駆けていく。
何となしに忙しない彼女の姿をボーっとした視線で送って見てみれば、カウンターの奥の方で何やらガサゴソとした後に、一つのカギ束を片手に駆け戻ってくる。
――ただしその顔と彼女の状態は、一目見てヤバイと分かってしまうほど酷く疲れ切っていたが。
「ハァハァハァッ、く……ハァッ、お、お待たせっ……しましたっ! さ、早速っ……ハァッ、ジャックさんのっ、部屋へとっ……ハァッ、あ、案内っ、しますっ!」
「……いやいや、分かったから。急いできてくれたことは十分に伝わってきたから、さ。とりあえずは落ち着けって、な? それくらいは俺も普通に待てるから……ほら息を整いて」
「ハァハァッ、す、すみませっ、ん……で、ではお言葉に甘えて……、――すー、はー、すー、はー、すー……」
呆れ半分、そして何より本気で懐いた犬のような忠誠心を発揮したリオネリアへと少しだけ戦慄した眼差しを込めつつも落ち着くように言ってやれば、彼女は俺から言われた通り素直に息を整えようとすぐさま深呼吸をし始めてくれた。
……本当に、どうしてここまで忠誠心(?)が高いのだろう。
全く理由の見当もつかないし、ちょっと意味不明すぎてコワイ。
ともあれそうこうしている内に、軽く息を整え終わったリオネリアが再び頭を下げて謝りながらも部屋案内のために動き出す。
「お、お騒がせしてしまい、すみませんでした……改めて部屋まで案内しますので、どうぞ着いてきてください……」
なお、テンションは大きく下がった模様。
あまりの人の変わり様に、むしろ俺の方が数百倍くらい驚いた。
故に慌ててリオネリアのフォローへと回る。
「まぁ、そう気に病むなよ。別にさっきの事で俺が何か悪い印象をもったわけでもないし……というか逆にお前の体調の方を心配したくらいだしな」
――だから本当に気にするな。部屋くらい、俺はいくらでも待てる。
……慌てすぎたのか、思わず口説き文句のようなものまで出てしまった。
このスカした言葉遣いは、実に中学卒業後、つまりは新しく始まった高校生活を送る上で必要だからと半ば無理矢理(姉と幼馴染によって)身に着けさせられたものである。
けれど元から自分でも遣ってて違和感しか覚えなかったし、だからこそこっちへ移動したと同時に、最早この言葉遣いも必要ないと判断して自主的に封印したはずなのだが……ふむ。
どうやら、先ほどの路地裏の一件で中学時代の事を回想として思い出してしまったがために、その影響でこういった言葉遣いが口をついて出てしまったらしい。
……俺もまだまだ未熟だ。
「は、はいぃ……ではこちら、二階の角部屋になりますぅ~(はーと)」
そしてこちらも、相も変わらずチョロすぎることで定評な少女――リオネリア。
俺の気障ったらしい言動のせいとはいえ、一瞬で声や態度をすっかり蕩けきったものへと変化させ、何より目の中も大量のハートマークで埋め尽くしてしまうほどのメロメロ状態になってやがる。
(……おいおい、本当に大丈夫か?)
あまりのチョロさと蕩け具合に、思わずそう思ってしまうのも仕方がない。
だけど、どうやらそんな俺の心配も単なる杞憂だったようで……
「それではジャックさん、夕食は出来次第すぐに持ってきますので、それまではここでご自由にお寛ぎください~(はーと)」
メロメロ状態の弊害で少しだけ身体をフラつかせながらも、それでもリオネリアはきちんと最後まで俺を目的の部屋の中へと案内しきってくれたのだ。
道中、本当に危なっかしくて何度かハラハラさせられたものの……まぁ、終わりよければ全て良し、だろう。
全身からピンク色のハートを散らしつつ、ニコニコ《デレデレ》笑顔で少女が立ち去っていくのを見送った俺は、そうして一人静かに思うのだった。
……。
(……さて、と)
壁越しに感じていたリオネリアの気配も階下へと消えた事だし、早速始めるとするか。
「フォース」
――――ゾワァァァン……(ハ・イ)
小さくその名を呟けば、打てば響く鐘の音みたく即座に空間を揺らして反応するフォース。
うん。いつも通り、とても優秀な仲間だ。
だから――――
「――んじゃあ、後は任せた」
――――ゾワァァァン……(マ・カ・セ・テ)
部屋に入って以来、とある部分へと一心に固定し続けた視線を終ぞ動かさないまま、俺はそれをフォースに告げた。
当然、それに対するフォースの返答は了承の意を示すもののみ。
そして、そんな予想通りの返答を受けた俺はというと……――ニヤリと一度だけ笑い、そうして間を置かず嬉々として今まで視線を固定し続けてきたそこへ……部屋の中央にある、とある部分へと勢いよく飛び込んで行く。
とある部分……そう、それ即ち――部屋の中央にある、キングサイズのベッドへと!
果たしてそれは素晴らしく心地の良さそうな見た目に違わず、結構な勢いで飛び込んで行ったはずの俺をその衝撃ごとバフンっと包み込むように受け止め、更には柔らかく受け止めると同時にこの上ない至福をもたらしてくれた。
気分は、正しく天国にいるかのよう。
どちらかと言えば、俺は固いベッドの方が好きだったはずなのだが……久々すぎる休息もあってか、それさえもが既にどうでもいい。
(いや……むしろ久々の休息だからこそ、このような柔らかいベッドがいつもの固いベッドよりも快適に感じられるんだろうな。
うん、至福至福。本当……これは実にいい)
加速度的に意識が微睡みへと堕ちていく中、俺はふっかふかで陽だまりのように柔らかくて心地いい枕へと顔を埋めながら、そんなどうでもいいと断じたはずの思考を続ける。
だが結局は断続的に襲ってくる睡魔には勝てず、俺はその後、数十秒ほどで夢の世界へと旅立つことになるのであった。
……ってなわけで、おやすみー。
……。
…………。
………………。
――――ゾワァァァン……(オ・ハ・ヨ・ウ)
「んー……おはよう」
――で、思う存分寝て起きたわけなのだが……。
「……。夜……じゃないし、見たところ夕方にも見えないよな。これはまだ昼と考えるべきか?」
数時間ほどの休息から目を覚まし、そうして窓の外を見た俺の目に飛び込んできたのは、燦々と輝く十三の色違いの太陽だった。
体感的には既に夕方か夜に差し掛かっているはずが、実際にはまだ真昼間のように明るい外の景色を見てしまうと、何だか色々と混乱してきてしまう。
確か、あの太陽って夜になると一瞬で月に変わるんだよな……十三コ同時に。
かつてアンリミット超神帝国で仕入れた予備知識を脳裏に浮かべ、俺は思わず嘆息する。
そもそも時間感覚という概念が存在していないってところが、地球と比べて超絶不便だよなぁ……この世界に生きる人たちって、本当にどうやって朝食や夕食を食べるタイミングを見極めているのだろうか?
やっぱり腹が減ったら喰うという野性的な感じ?
……まぁ、どうせ後で夕食を食べるためにリオネリアとも会うんだし、その時にでも詳しく話を聞いてみよう――――
「――って、そうだ! リオネリアの夕食!」
すっかり忘れてた!
時間が想像以上に過ぎている可能性があるということは、そのせいでリオネリアの夕食も何らかの理由で残っていない可能性があるということなのだ!
うわぁ、どうしよう。
これで本当に何も残っていなかったら、かなり期待した分だけのショックと何気に俺の生命を最も脅かす可能性がある空腹という名の状態異常で、気分は色々な意味で天国から地獄への直行待ったなしである。
……まぁ幸いなのは、今のところこれが単なる最悪の可能性に終わっていることくらいだろうか。
つまり現実では、まだ夕食がどうなっているかは分からないということだった。
(……とりあえず、何事もなくリオネリアの夕食にありつけられればいいなぁ)
よいしょっと……と、久々の睡眠により凝り固まった身体を解しつつ、ベットから起き上がった俺は「一先ずは様子見も兼ねて一階の食堂へ行ってましょう」とフォースに促されたのもあって、そのまま早足で部屋の出口たる扉へと向かう。
そして、部屋へ来た時と同じ道を今度は逆に辿って行けば……
「――あ、ジャックさん。おはようございます。随分と長い眠りのようでしたが、疲れはしっかりと取れましたか?」
「あぁ、お陰様でな」
最後に見た時と違って、かなり落ち着いた様子のリオネリアがいた。
やはり、あの時の興奮は絶体絶命の危機から救われたことによる一過性のものだったのだろう。
とは言っても、階段から下りてきた俺を見て瞬時に頬をカアッと赤く染める辺り、全部が全部一時的な感情によるもの……とは言い切れない。
というか間違いなく、この少女は俺のことを憎からず思っている。
……まぁ、ハッキリ言って愛だの恋だのに興味はないし、どうでもいいんだが。
ともあれ、お互い受付のカウンター越しにだが軽く挨拶を交わす。
「それで、だ。夕食の件に関してなんだが……」
「夕食ですか? ……あぁ、確かにジャックさん、ぐっすり眠ってらしたようですものね。部屋まで呼び行ったとき、扉の前に“暫く寝る”と書置きがしてあったので、一応今も取り置いてありますけど……食べますか?」
「お、おう、勿論食べるさ。……それにしても書置き、ねぇ」
ちらり、と背後の空間に目をやる。
リオネリアがいるためいつもの空間震動こそなかったものの、代わりに胸を張って自慢げな……どこか達成感に満ちた上に褒めてほしそうな雰囲気が伝わってきた。
……そうか、やはりお前か。
書置きが俺ではないとしたら、それは必然的にフォースの仕業だということは分かっていたのだが……そこには、一つだけ不思議な点がある。
即ち、フォースはいつの間に文字を書けるようになったのだろうか?
……うーむ、不思議だ。というか謎だ。
後で本人に直接どういうことか教えてもらおう。
「――お待たせしました。こちら、ヴィーラン名物の仔豚人の香草焼きです」
「ん? おぉ、ありがとう」
とまぁ、そうこう色々と考え込んでいる間にも、リオネリアは完成していた料理を温め直した状態で改めて俺の座っているテーブルまで運んできてくれていた。
一瞬でテーブル周辺を満たす香ばしい臭いと美味しそうな見た目に、これまでは何ともなかったはずの俺の腹も思わず嬉しい悲鳴を上げてしまう。
というか……いやいや、何かこれ予想以上に美味しそうなんだけど!
ついでに腹の虫だけでなく、俺の目も驚きで大きく見開かれることになった。
何というか、これは見てるだけで今すぐにでも齧り付きたくなるような……そんな理性と我慢の限界をガリガリ削られていくような感じさえしてくる。
ハッ! まさか、これが――これが久々にありつけるまともな食事の威力だとでもいうのか!?
だとすれば、俺も我慢をする必要は全くないということに……
「……っ……(ゴクリ)」
無意識の中に目の前の料理を凝視しつつ、生唾を呑む。
そっと視線を横に逸らせば、そんな食い入るように料理を見つめる俺に対してリオネリアが苦笑しながらも「どうぞ」と遠慮なくそれを食べるよう促していた。
いいのか? 本当に遠慮なく喰ってしまっても、いいのか?
何度視線でリオネリアに問いかけても、返ってくるのは「どうぞ」の一言。
……そうか、なら俺も遠慮しない。――喰うッ!
てなわけで食欲は限界突破!
直前まで何か考え事をしていたような気もするがそれも全部どうでもいい!
今はただ目の前の御馳走を喰う事だけが全てだ!
故に――――!
「――いただきます!」
俺は再び、自らの欲望に流されるまま勢いよく目の前の御馳走へと喰らいついたのであった。
……。
…………。
「――ふぅ、ごちそうさま」
満腹満腹。
あれから僅か数分で食べ尽くした俺は、そうして自らの腹部を擦りながら満足感に浸る。
これほど満たされた気持ちになったのは、果たしていつ振りだろうか? ……あぁ因みにこれは当たり前だが食欲の話であって、決して睡眠欲の話ではない。
何せそれだとついさっき満たされたばかりになってしまうからな。だから自分が馬鹿に見えてしまうような話は、例え気が緩んでいても絶対にしない。それが俺――ジャック=キリサキという男なのだ。
……兎にも角にも、そうして満足感へ浸って極楽気分を味わっていた俺に、この楽園を提供してくれたリオネリアがニコニコ顔で近づいてくる。
「はい、お粗末さまでした。それで……お味の方はどうでしたか?」
「え? あぁ、うん。すごく美味かったよ」
「! そ、それはどうもありがとうございます……とても、嬉しいです」
すると空になった食器をサッと持ち、またまた赤くなった顔を隠すようにして、ぱたぱたと受付カウンターの奥にある厨房へと消えていくリオネリア。
途中、「きゃー! 人生で初めて自分の料理を褒められちゃったー!」という少女の小さな呟きが聞こえてきたが……え、冗談だよな?
流石に人生で初めて褒められたってのは不憫すぎるのを通り越して哀れすぎる話なんだが……。
……。
(……まぁ、いいか。別に)
厨房の奥から漏れてくる少女の楽しそうな鼻唄を聞き、俺はそう判断する。
過去がどうであれ、今が楽しければ別にそれでいいと思うのだ。
そんなことより、今気にするべきなのはもっと大きな問題――即ち、この宿屋を利用する客についてだろう。
デクスオーロの試練迷宮を経て、位階を現段階で上げられる限界まで上げきった俺は、こと生命の気配(特に敵意や殺意)を察知する事についてはこの世界の神をも凌ぐ自信がある。最早それは、一種の異能力と言っても過言ではない。
つまり、この宿屋に沁みついた気配も過去数年レベルまでなら容赦なく遡ることができるし、実際にそうした結果、俺はこの宿屋には過去数年に亘って自分以外の客が全く利用していないことが分かってしまったのだ。
ハッキリ言って、この結果……というより惨状は酷い。あまりに酷すぎるというものである。
むしろ、これでよくリオネリアは今まで無事に生きてこられたものだと思う。
先の路地裏での一件を見る限り、彼女には頼る者もいないことは明白で、更にこの宿屋の現状では当然の事ながら収入もあるはずがなく、年齢的にもまだまだ子供と言うべき少女が本当の意味で独りで生きている姿には、流石の俺も同情せざるを得ない。
(――あぁ、でも……なるほど、だからか)
そして同時に、そこまで考えが至った事で俺は、どうしてあの時リオネリアを救ったのか、何より人間不信なはずの自分が何故この少女には簡単に気を許せているのか、その理由についてようやく理解することができた。
――似ていたからだ。
俺とリオネリアという少女の本質が、孤独が、他者から排斥されてきた歴史の全てが、最早どうしようもないまでに似ていたのである。
しかしだからこそ、この同族嫌悪ならぬ同気相求とも言うべきものが逆に何らかの偶然や必然を起こし、こうした俺とリオネリアの現状の関係を作りだせているのだろう。
……まぁ、それが分かったところで、別に何かが変わるわけでもないのだが。
ただ何となく……そう、何となく俺はこの瞬間、リオネリアとはこれまで以上に仲良くできるんじゃないかと、そんな気がしたのだった。
……。
そうして暫くすると、ようやく食器を洗い終わったのか、リオネリアが布で手を拭いつつ厨房から出てきた。
お互い、また軽く手を上げて挨拶でもしようとする――が、そこで彼女は俺の方を見て、何やら不思議そうに首を傾げる。
「あれ、どうかしたんですか? 何だか物凄く嬉しそうな笑顔を浮かべていますけど……」
「え? あぁいや……気にするな。何でもないさ」
おっと、どうやら直前までの思考がうっかり表情にまで出てしまっていたようだ。
これも少女に対して仲間意識を持ってしまったが故の油断だろうか……だとしたら、これ以上気が緩まないように気をつけないと。
似た者同士、仲間意識を持つことは結構だが目的を見失っちゃあ意味がない。
くそ女神に復讐するために磨き続けた俺の牙は、こんなところで錆びつかせてはいけないのである。
だからこそ俺は、いつの間にか緩んでいた気を強く引き締め、そうして改めてリオネリアと向き合った。
「ところで、完全に食べ尽くしておいて言うのも何だが……本当に良かったのか?」
「? 何がでしょう?」
「あーうん、言葉が足りなかったな。つまりは、だ……見たところ俺以外に宿屋を利用する客もいないみたいだし、その、食費もバカにならないと思うんだが……」
「え? あぁ、はい、そうですね。確かにお客様も来ませんし、宿屋の経営だけでは大変ですが……でも一応この街の組合の方からも仕事をもらっていますので、ジャックさんが心配するほどではありませんよ?」
「ふーん、って――組合……?」
何か重要そうな単語が出てきたな。
もしもこれから街で生きていくとしたら、まず間違いなく役に立ちそうな情報だろうし……ここは実際にこれまで街で生きてきた嫌われ者の先輩に、後輩(仮)として詳しく話を聞いてみよう。
……無論、俺とリオネリアでは嫌われ具合が圧倒的に違うというツッコミはなしの方向で。
「因みに、その組合ってのは……具体的にどういうものなのか聞いてみても?」
「えぇ、勿論。構いませんよ。そもそも組合というものは――――」
ニコリと微笑んだリオネリアが、そのまま笑顔で続ける。
聞けば、どうやら組合とは前の世界でいうところのアルバイトやハローワークみたいなものらしい。
それも街中での雑用のアルバイト(すごく安全)からモンスター退治といった仕事(死を覚悟せよ)を依頼としてどんな人にでも斡旋する、そんなある意味で死神のような役割を果たす仲介組織が、リオネリアの話す“組合”であると俺は理解した。
まったく……ただの依頼として死の危険さえある仕事を平気で紹介できてしまうなんて、日本と比べたら本当にとんでもない世界だよ。
とはいえ、貴族や王族などの一部の上層階級が全てを独占するこの世界では、そうでもしなければ人々の生活が成り立たないというのも理解できる。
それに、だ。
仮に、どんな人にでも仕事を依頼として斡旋するのが本当だとすれば、それはそれで俺にとってこれ以上好都合な事もないだろう。
どちらにせよ、この組合というものを利用しない手は俺の中には全くなかったのだった。
「――以上が、わたしの知る組合なんですけど……えっと、他に何か聞きたいことはありますか?」
「あぁ、もう十分だ。ありがとう。
でも……そうだな。そう言われてみれば、確かにあと一つだけ確認したいことがあるんだが……その“組合”って組織は、本当にどんな人でも利用できるんだよな?」
キリっとした表情で、真剣に問う。
そんな遊びが全く含まれていない、或いは嘘も許さないといった俺の眼差しに、リオネリアも思わず真剣に……とはならず、ニコニコと変わらぬ笑顔のまま普通に答えた。
「はい。何せわたしでも利用できているくらいなのですから、例え相手が誰であろうと……それこそ悪人や犯罪者であろうと利用できると思いますよ? ホント、便利ですよね~」
「……」
……いや、便利ですよね~ってお前。
悪人や犯罪者に並ぶほどって何様だよ。自己評価が低いって次元じゃないぞ、これ。
ていうか、俺にどう答えろっていうんだ。
……。
「へ、へぇ、そう……そうなのか。だとすると俺でも簡単に利用できそうだし、ラッキーだな」
結局、コンマ三秒もかけて考え抜いたのに出てきたのはそれだけだった。
……欠片もフォローできなくてゴメン。
けれどそんな俺の内心は(当然だが)露知らず、リオネリアはただニコリと微笑んで、「お役にたてて幸いです」とだけ言ってのける。
ニコニコとしている笑顔を、俺は何故だか直視できなかった。
……無性に、気まずい。
「あー……じゃあ食後の運動も兼ねて、ちょっと出かけてきてもいい? その、組合まで(ぼそっ)」
それ故に、俺は最終的に逃走を選択した。
正直、言っている事に嘘はないものの、言い訳であることには変わらない。
ともあれ、そうして俺は内心で『思えば今日は何だか逃げてばかりの一日な気がする。もしかしなくても厄日なんじゃないだろうか……?』などと思いながら、ニコニコと手を振って見送るリオネリアを後目に、猛ダッシュで宿屋を後にすることとなったのであった。
……。
…………。
……なお、宿屋を飛してから暫くした後の事。
意気揚々と猛ダッシュまでかましてきたのに、実は組合までの道を知らなかったことに走っている途中で気づいてしまうわけだが……その後、俺がどう対応したのかについてはわざわざ自分の汚点を晒す趣味もないので、割愛する。
◆ ◆ ◆ ◆
――そして同時刻。
終焉の森とヴィーランの街の中間地点にて。
「!? もしや、ナタリーザ……第二騎士団長?」
ジャックに騙され、結果としてヴィーランの街の門から馬に乗ってまで飛び出した門番は、そこで命からがら逃走してくるダニエルと、その肩に支えられた瀕死状態のナタリーザ及び彼女が率いる騎士団の団員たち(重軽傷者多数)の姿を目撃した。
グレゴリオ率いる数万もの軍隊を最後まで見送った門番は、その威容と迫力をよく知るだけに、現在との酷い落差には必然とパニックをも起こしてしまう。
「その傷は、いったい……あぁっ! そ、それよりも! 閣下は!? 閣下はご無事でッ!?」
そのあまりの取り乱しように、門番の不安は完膚なきまでに敗北したせいでかなり心が弱っていたナタリーザの配下たちにも伝染し、次第にざわめきとも言うべき喧噪が全体へと広まっていく。
このままでは僅かに残っていた軍隊としての統率も失い、街に着く前に自然崩壊してしまうだろう。
けれどそんな最悪に近い展開は、どうやらナタリーザの有能な副官たるダニエルには最初から予想できていた事のようで――――
「――落ち着けッ!!」
瀕死で声もまともに出せなくなっていたナタリーザに代わり、一喝。
果たして、その効果は絶大だった。
自軍の敗残兵は元より、目の前にいた混乱の発端たる門番も思わず口を噤んで黙ってしまったのだ。
……ダニエル、有能すぎである。
ともかく、そうして辺りがシン……として静まってから、ダニエルはようやく門番に対して事態の概要を話し出した。
「……どうか、最後まで落ち着いて聞いてほしい。まずグレゴリオ閣下だが、閣下は……くッ、閣下、は――――」
一瞬、言葉に詰まったダニエルが顔を盛大に悲しみや辛さで歪めるも、それでも彼は生き残った者の義務として最後までそれを言い切る。
――グレゴリオ閣下は死んだ、軍は全滅だ、と。
「は? ……え? 何を言ってるんですか? だって、総大将はグレゴリオ様でしょう? なら勝つのは当たり前、引き分けるのは最悪で、負けるなんて以ての外じゃあ……」
だがそれを聞いた門番は、ダニエルが何を言っているのか理解できなかったらしい。
或いは脳の理解が追いつけないだけなのかもしれないが、何れにしろ彼は「そんな、だって……」と譫言のように口を動かすことしかできなかった。
余程グレゴリオに対する信頼が厚いためだろう。このヴィーランの住民にしてみれば、それは決して無理な事ではない。
むしろ少し前までの自分でも絶対に同じ反応をしていたはずだ。
門番の様子を見ていたダニエルは、そう思う。
しかし今は、事態は急を要する時である。
だから――悪いが門番には、いつまでも過去の夢に囚われていないで、早急に現実と向き合ってもらわねばならない。
「――犯人は、“黒の神敵”だ」
ピタリ、と止まる門番。
明確な敵の名を聞き、その顔は瞬時に憤怒で真っ赤に染まる。
「そして恐らく、その神敵は既にヴィーランの中にいる。もしも終焉の森から来た者がいるとすれば、そいつが神敵で間違いないだろう」
が、今度は思い当たる節があるのか、顔を真っ青にして全身をガクガクと震わせ始める門番。
その様子を見てダニエルは「やはりな」と溜息を吐く――が、今はその責任を言及する時ではない。
重大な問題は、まだ他にもあるのだ。
「……まぁ、神敵の取り扱いに関しては、とりあえず聖王都に救援を送ってもらうだけでいいだろう。閣下亡き今、我々の手だけでは確実に余る問題だ。あくまで監視するだけに留めておけ。
だが――現在、この都市に向かいつつあるモンスター集団に関しては、別だ」
「!?」
何ですかそれ!? と驚愕に目を見開く門番。
それくらい聞き逃すことができない情報だったのだ、それは。
そもそも、このヴィーランの街にとって最大の脅威とは、決してぽっと出のジャックとかいう神敵ではない。
……いや、確かにジャック=キリサキの脅威は下手をすれば世界規模のものではあるのだが、とりあえず悪意を持たなければ実は無視したっていい存在なのだ、彼は。
故に、本来ヴィーラン及びそこを守護する騎士たちが気にするべき脅威は、いつだってすぐ近くにある終焉の森……何より、そこから現れるモンスターの大軍なのである。
そして、だからこその驚きだったわけだが……
「そんな、計算に合いません……幾ら何でも早すぎる! ついこの間に間引きしたばかりですよ!?」
どうやら、驚愕の理由はそれだけではなかったらしい。
門番は、その理由を“計算に合わない”と言った。
つまりこれは、モンスターの大軍がある一定期間を過ぎなければ発生すらしないということが分かっているからこその発言だ。
というよりそれが分かっていなければ、人間側もいつモンスター共に襲われるか気が気じゃないだろう。
偏にこのヴィーランが存続できているのも、全てはモンスターの大軍に対して対策ができているからなのである。
けれど今回、そんな対策の中でも最も重要な襲撃予測が外れた……それも完璧に。
言い換えればそれは、ヴィーラン存続の危機が到来したといってもいい!
本当に、“黒の神敵”なんかに構っている場合ではなかったのだ!
「あ、あぁ、あぁぁぁぁ……! どうしましょう? 自分は一体、どうすればいいんでしょうか!?」
「いいから落ち着け!
――はぁ……今はただ急いでヴィーランに戻り、兵を整え直すことが先決だ! 分かったか!? 分かったなら早く行動しろ!!」
途端に慌てだす門番をダニエルはまたもや一喝して黙らせると、今度はついでとばかりにそのまま分かりやすく指示を出す。
「「「「「は、はいっ! 了解です!」」」」」」
そして、どちらかと言えば門番だけでなく周囲の敗残兵にも言い聞かせるようなその命令内容に、察しのいい一同は瞬時に理解を示し、声を揃えて敬礼する。
――かくして、ナタリーザ=カランキルタ(気絶中)率いる第二騎士団(+門番)はダニエルの号令を下に改めて結束し、一路ヴィーランを目指して突き進む。
亡きグレゴリオの意志を継ぎ、更には迫りつつある危機への覚悟を持った彼らが西の辺境都市ヴィーランに辿り着けたのは、それから間もなくの事であった。




