第1話:パーティー会場は爆発した -その①-
――12月/多民族国家同盟・アメリカ
世界滅亡までの残り時間を示す巨大な文字盤は、今日も当たり前のように空に浮かんでいた。
雲を貫くほどの高さにそびえ、ルーン文字と数字が青白い光を放っている。
ときおり、空から無機質な声が降ってくる。
けれど、それに足を止める者はほとんどいない。
滅亡時計が現れてから、すでに六十年以上が経っていた。
世界には、ダンジョンがある。
そこから現れるモンスターを倒し、災害から人々を救い、治安を守りながら、世界の滅亡を食い止める者たち。
彼らは、インサイダーと呼ばれていた。
魔法だけでも、モンスターとは戦える。
けれど、より強く、より安全に戦うための剣や銃、鎧、魔力補助装置を作る世界的企業も存在していた。
ニャマゾン、ワングル、テンピョン、六菱、澄影、メリディアン。
今夜、アメリカの高層ホテルでは、情報とAI技術を得意とするワングルと、高度なデータ解析・魔法制御技術を持つニャマゾンのレセプションパーティーが開かれていた。
この物語は、その二社の令嬢たちが初めて出会った夜から始まる。
そして、その夜。
パーティー会場は爆発した。
◇
大きなシャンデリアの下で、グラスの触れ合う音と人々の話し声が幾重にも重なっていた。
会場には両社の役員や技術者、投資家、スポンサー契約を結ぶインサイダーたちが集まり、壁際には共同研究の成果が並んでいた。
大型モニターに映っていたのは、黒い外装を持つ、猟犬を思わせる四足歩行型の警備ロボット。
ワングル製の制御AIと駆動系に、ニャマゾン製の魔力電池と魔法制御機構を組み合わせた試作機だった。
実機は、隣接する関係者用の展示区画に待機していた。
その展示から少し離れた場所で、十歳のヨモギ・グリフィンは柔らかな笑顔を浮かべていた。
「初めまして。ヨモギ・グリフィンです。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
小さく頭を下げると、アッシュブラウンの髪が肩から滑り、毛先に混じった銀色がシャンデリアの光を受けた。
顔を上げれば、金色の瞳に浮かぶのは、育ちの良さを感じさせる穏やかな微笑み。
誰が見ても、非の打ち所のない令嬢だった。
「これはこれは。さすがレオル会長のお嬢様だ」
「まだ十歳なのに、すでに開発部門へ意見を出しているそうですね」
「将来のワングルも安泰ですな」
「ありがとうございます。これからも父や皆様から多くを学び、少しでもお役に立てるよう努めてまいります」
再び完璧な角度で頭を下げる。
大人たちが満足そうに離れた瞬間、ヨモギの顔から笑みが消えた。
(……めんどくさ)
自分が考えたプログラムや、新しい武器の試験についてなら、いくらでも話せる。
けれど、誰もヨモギが作ったものについては聞こうとしない。
口にするのは、ワングルの跡取り、レオル・グリフィンの娘、将来の後継者ということばかりだった。
こんな場所に立っているより、家でゲームをしながら団子を食べていた方が、ずっと有意義だった。
「ヨモギ、こちらへ」
レオルの声に、ヨモギは何事もなかったように笑顔を作る。
「はい、お父様」
そして、次の挨拶が始まった。
◇
会場の反対側にも、もう一人、完璧な笑顔を浮かべている少女がいた。
十一歳のフローラ・プリムローズ・シンクレア。
腰まで伸びた髪には、ピンクと銀色が柔らかく混じっている。
「初めまして、フローラと申します。今夜はお会いできて、とても嬉しいです」
ローズピンクの瞳を細め、ドレスの裾をつまんで一礼する。
「まあ、なんて可愛らしい。セラフィナ会長によく似ていらっしゃる」
「魔法の勉強もされているとか」
「はい。今は光と水の制御を中心に学んでいます。ニャマゾンの魔道具も、ときどき試させてもらっているんですよ」
難しい話にも、フローラはよどみなく答えた。
相手の名前も所属も一度聞けば忘れず、質問を返しながら、頃合いを見て次の者へ会話をつないでいく。
令嬢としての振る舞いに、ひとつも隙はなかった。
ただし、その視線だけは、何度も同じ場所へ向いていた。
ケーキ。
マカロン。
チョコレート。
色とりどりの焼き菓子。
そして、ニャマゾン側の料理人が今日のために用意した、見慣れない餅菓子。
世界中のお菓子が並ぶと聞いたからこそ、フローラは喜んでついてきたのだ。
最後の挨拶を終えると、フローラは母の隣へ戻った。
「お母様。少し、お料理を見てきてもいいですか?」
「ええ。走らないようにね」
「はい」
にこやかに答え、優雅な足取りで歩き出す。
セラフィナから十分に離れたところで、その歩幅が少しだけ速くなった。
◇
ヨモギは、父が別の役員と話し始めた隙に、会場を抜け出した。
背後から聞こえていた大人たちの声が、次第に遠ざかっていく。
廊下を進んだ先には、まだ一般公開されていない技術展示の区画があった。
人の気配はない。
ヨモギは足を止め、先ほどから気になっていた黒い警備ロボットを見上げた。
傍らの説明板には、こう記されている。
『高い反応速度と、幾重もの安全制御を両立した次世代型警備システム』
「……嘘つけ」
公開されていた実演映像では、侵入者を認識してから動き始めるまでに一・二秒かかっていた。
実戦なら、その間に三回は壊される。
ヨモギは機体の周囲を一周すると、その場にしゃがみ込んだ。
腹部の奥に、整備用の小さな端子がある。
周囲を確認する。
誰もいない。
ドレスの内側に隠していた小型工具を取り出した。
こういうものは、いつ必要になるか分からない。
留め具を外し、外装を開く。
幾重にも束ねられた配線と、青白く光る魔力回路が姿を現した。
それを見た瞬間、ヨモギの金色の瞳に、先ほどまでとは違う光が宿る。
「制御が三重……いや、同じ確認をここでもやってるのか。こんなの遅くなるに決まってるだろ」
端末を接続し、そのまま床へ座り込む。
画面の上を、小さな指が迷いなく走り始めた。
その頃、フローラは皿いっぱいのお菓子を味わい終え、二周目に入っていた。
ほかにも珍しいお菓子がないかと会場の端まで歩いたところで、開いたままの扉を見つけた。
その奥から青白い光が漏れている。
フローラは餅菓子の小皿を持ったまま、光を追うように展示区画へ入っていった。
そこで、床に座り込み、警備ロボットを分解している少女を見つけた。
「それ、分解してるの?」
すぐ横から声がして、ヨモギの肩が跳ねる。
顔を上げると、ピンクと銀色の髪をした少女が立っていた。
片手に、餅菓子がいくつも載った小皿を持っている。
その頬は、まだ少し膨らんでいた。
「……見るな」
少女は口の中の餅菓子を飲み込んだ。
「どうして?」
「あっち行け」
「ここにいたら駄目なの?」
「駄目」
「ヨモギちゃんもいるのに?」
「ちゃん付けするな。それに、ボクの名前を勝手に見るな」
ヨモギは胸元の名札を手で隠した。
少女は気にする様子もなく、その隣へ腰を下ろす。
ドレスが汚れるのも構わず、当然のようにロボットの内部を覗き込んだ。
「私はフローラ」
「聞いてない」
「これ、ニャマゾンの第六世代魔力電池だね」
ヨモギの指が止まった。
「でも、出力を抑えすぎてる。これじゃ半分も使えてないよ」
フローラは、開かれた外装の奥を見つめていた。




