第十二話:家に選ばれた末路
団地の中で増えていった×印は、やがてヨシコの家にも近づいてきた。
いちばん最初に、この家からいなくなったのは、タマだった。
三歳のときにこの家に連れて来られ、気がつけば7年近くをここで過ごした猫だ。
最後の数日はほとんど動かなくなり、ある晩、窓から差し込む月光の中で、小さく息を引き取った。
父と母が見守る中での、静かな死だった。
そのあと、父を看取ったのは母だった。
母は葬儀から戻ってきても、神棚の前に座り、「あの人をお願いします」とだけ短く手を合わせていた。
神棚の榊は、いつ見てもきちんと替えられていた。
埃ひとつない白木の棚板は、祈祷師の言うとおりに「心から信心」した人の手の跡そのものだった。
最後に、この家でひとりきりで息を引き取ったのは、その母自身だった。
ヨシコが見つけたとき、神棚の前には、まだ新しい榊が置かれていた。
タマを家族が看取り、父を母が看取り、そして母は誰にも看取られず、この家で静かに死んだ。
それでも神棚だけは、最後まで、きれいに奉られたままだった。
ヨシコは、居間の真ん中に立って天井を見上げた。
祈祷師が座っていたあたりの畳には、もうへこみも残っていない。
けれど、「あなたがそうでも、この家はそう思っていない」という声だけは、相変わらず耳の奥にこびりついていた。
この家は、言われたとおりに、最後まで神さまに仕えたのだろうか。
それとも、すがる霊たちに囲まれたまま、ゆっくりと役目を終えたのだろうか。
ヨシコには、どちらとも決められない。
ただ、自分だけが、あのとき言われたとおりこの家から離れ、こうして外側から鍵をかけている、という事実だけが残っている。
ヨシコが引っ越しの日に見た少年が何者だったのか、
それだけは最後まで分からなかった。




