36 冷たい夏
西の国境での戦闘は順調に勝っているらしい。特に航空戦は。
社内の雰囲気は高揚気味で、今の俺が所属している組み立て部門などは、何かといえば誰それが撃墜王で既に✕✕機落としている、とか。97式戦闘機は格闘戦では無敵である、とか。休憩中だろうが仕事中だろうが、まあにぎやかなことだ。
それも俺達のような年少者よりも、いい年をした大人達が夢中になっている。それらに比して自身はどうも冷めた目で見ている、と思っている。「ソ連赤軍に対して勝っている」らしいと聞いても、気分は高揚しない。戦闘があって勝ち負けがあるということは兵士が幾人も死傷しているということだ。あの蒙古平原のどこかで経験した、残地諜者だった(名前はとうとう知ることがなかった)男性の死に顔にかけた土、つたない般若心経。苦しそうに血を流すタカセさん。
すぐ横で火を噴いて落ちていった中国軍機だって、落下傘が開いた様子はなかったからあれに乗っていたパイロットは確実に死んでいるだろう。
食堂でけり倒したチンピラや肩の骨が折れて泣き叫ぶ中学生とは根本的に違う大変な出来事。それらが無数に起きている戦場。俺の想像出来る事態とはかけ離れた世界。
とてもじゃないが胸中は冷えていく一方だ。
「ハタノ、元気がない」
久しぶりに外出したのだが、食べっぷりが悪かったようだ。
「ソーセージはだめか。甘いもののほうが良いか」
果物を水飴で固めた氷菓を出してくれた。氷と書くが凍らせているわけではない。ハルビン名物で今はナツメだが屋台などでは串に色々な果物を挿して並べている。
「少し酸っぱいけどお腹に良い」
ああ、気を使わせてしまった、俺の方が年上なのに。お姉さんだとばかり思っていたのに、なんと十四歳なんだよ、本当に俺は人を見る目がないなあ。
口元までつまんで持ってくる、思わず口を大きく開けてしまった。
甘酸っぱい。
胃が反応して動いたような気がした。つい頬が緩んでしまった。
「もう一つ」また口を開いた。
柳の木がそよ風に揺れている。
短い夏が過ぎていく。
九十七式戦闘機の格闘性能は上々だ、今も宙返りで逃げようとするソ連機をあっさりと照準器にとらえたまま距離を詰めている。
一連射。操縦席に狙いをつけて打ち込んだ。先週はこれで二機落としている。
「ん」手ごたえがあるのに相手は飛び続けている。
機体に穴が開いたのまで見えるが操縦席を打ち抜けなかったのか。
もう一度と接近を続けようとしたところ、目の前の発動機が破裂した。破片が風防を砕き思わず顔を伏せた。敵機が真横を急降下していく。油断した、単機になったところを真上から狙われるなんて、お株を奪われたようなもんじゃないか。
機体はどんどん降下していく。きりもみにならないように安定させようとするが、機首はなかなか上がってくれない。気配を感じて横を見ると僚機が一機付いてきていた。ソ連機を追っ払ってくれたようで、しきりに手信号を送ってくる。どうも方角を変えろと言っているようだ、そっちは敵地ということか。
そりゃ舵はまだ効くようだがな、無茶を言うよ。こっちは墜落中なんだが。
なんとか味方がわの平地に着陸が出来た。接地直後に仰向けになったのはご愛敬だ。
兵隊さん達が集まってきて操縦席から降してくれた。上空を僚機が翼をふりながら通過して飛び去って行く。こちらは手を振って無事を伝えるのみだ。
今日の戦訓を早く伝えたいが、どうしたものかな。ちょっと電話をというわけにはいかないようだ。




