04
「そういやガミ、なんで今回帰ったりしたんだ」
タマは空のグラスを差し出してくる。
童貞といじられるのが嫌で、話をすり替えようとしたのだ。今日の本題はこちらなので、大人しく乗ってやることにした。
「日本に帰ってきたのと一緒よ」
「面白いことないかなってか? あんなクソみたいな田舎に、そんなものあるわけないだろ」
「そうでもないわ。案外面白いことはあったわよ」
グラスを受け取りながら私は答えた。
私たちの地元は、車を走らせれば延々と田園が続くわけでもなければ、お隣さんがキロ単位先にいるわけではない。駅前の商店街も賑わっているし、大型商業施設も沢山ある。
東京を引っ張りだせば確かに田舎だろうが、そもそもが比べるほうがおかしいのだ。だからクソみたいな田舎、と呼んだのは、郷里へと抱くタマの想いといったところか。
「例えば高橋なんだけど」
「どこの高橋だ?」
ビールを注いでいる途中にも関わらず、ついタマへ目を向けてしまった。
その顔は軽口を叩いたニヤっとしたものではなく、本当に心当たりに至ってない。その顔に、嘘でしょ、と声を出しそうになった。
「……高橋って言ったら、高校のときの担任に決まってるでしょ」
「ああ、あいつか。いたな、あんなクソ教師も」
私たちの母校はクラス替えがないゆえに、担任も三年間同じである。だというのにも関わらず、その名だけではピンと来るものがなかったようだ。あれほどのことをしておいて、よくここまで綺麗に忘れられるものである。
タマがクソ教師ということもあって、あれは悪い意味で教師らしい教師であった。体罰こそないが、偉そうでうざくて理不尽。嫌われる教師あるあるを体現していた存在だ。あれを好きになる物好きなんて、私の知る限りはいなかった。
ただし、クソ教師がクソ教師である納得の理由もある。
なにせ母校は、市内最高峰の底辺校。高校受験を見据えなかった底辺の受け皿。
こんな底辺高校でクラスを持つのだ。それに対抗できるクソ教師でなければ、あの高校ではやっていけないのだろう。
まさにクソ教師VSクソ生徒。
高橋に目をつけられていないタマであったが、クラス一丸となって連帯責任を負わされることが多々あったので、それだけでクソ教師と呼ぶに値するのだ。連帯責任さえなければ、タマもクソ教師と呼ぶことはなかったかもしれない。
ただし、ある事件をキッカケに高橋は、タマにとってなにがあっても許せない存在へとなったのだ。
持ち帰ってきた土産話。
「あのクソ教師がどうしたんだ?」
「首を吊ったらしいわ」
ビールと共に私は差し出した。それを口に付けようとしたタマは、面を食らったようにその手を止める。
そんなに長い時間ではない。手を動かし喉を三度ほど鳴らすとグラスを置いた。
感情を読もうにも、顔は俯いており覗けない。
「ガミ」
私はグラスに口をつけ、
「祝電ってどうやって送るんだ?」
「ぶっ!」
勢いよく噴き出した。
「そうかそうか、くたばってたのかあのクソ教師!」
タマはケラケラと笑声をあげた。
今ので気管に入り、むせている私を嘲笑っているのではない。なにせあの思い出のときと同じ笑い声なのだから。
だから次に出るだろう言葉も、すぐにわかった。
「ざまぁ見やがれ!」
タマはかつてのように叫んだのだ。
景気づけとばかりにグラスを一気に空にすると、それを差し出してきた。
「なるほど。だからあのときのように、寿を司ったわけか」
「タマにとってはめでたい席でしょ?」
「流石ガミ。ナイス采配だ」
イクラをぱくりと口にしたタマは、店内を陽気な音で満たした。
私たちは改めて乾杯をする。正確にはタマに求められたのだ。
「それで、なんであのクソ教師、首なんて吊ったんだ?」
「勿論、タマのせいよ」
「そんなわかりきったことじゃねぇよ。後日談だよ、後日談」
「教師を続けられなくなり、妻と子には逃げられ、親戚一同からも責めたてられて、なにもかもを失った。そんな先にある、よくある終わり方らしいわ」
「あのクソ教師に相応しい末路だな。その分、あのとき巻き込まれた子供は可哀想だったな」
「その子供にいわれなき罪を被せておいてよく言うわね。やってもいないことを責め立てられるのって、どういう気持ちだったのかしら」
「父親の大好きな連帯責任だ。恨むならクソ親を恨め」
「クソ親といえば、あの両親も揃って吊ったらしいわ」
「どの両親だよ」
「斎藤のよ」
「マジか、あのクソ親共もくたばってたのか」
タマは口に運んだそれで喉を鳴らして、愉快そうにまた叫ぶのだ。
「ざまぁ見やがれ!」
「日夜誹謗中傷の雨あられ。すぐに仕事が立ち行かなくなったらしいわね」
「客商売の自営業には、児童虐待のレッテルは致命的だもんな」
「ま、それもタマが貼ったものだけれどね。息子に死なれた先で、そんなレッテルで糾弾される親って、どんな気持ちなのかしら」
「ま、少なくとも無責任な責任を押し付けられた、俺の気持ちはわかってもらえたんじゃないか?」
「その心は?」
「ふざけんじゃねぇクソが、くたばりやがれ! ――って、もう奴らはくたばってたか」
タマはあの二人の顔を思い出したのか、憤るでもなく、呆れるでもなく、おかしそうに大笑いをした。
人の死を報告した場で、タマは不謹慎極まりない発言を繰り返す。
しかもただの人の死ではない。あれは間違いなくタマ自身の行い、意図して引き起こしたもの。直接手こそくだしてないが、タマが殺したのも同じである。それをこうして笑っているのだから、タマは間違いなくろくでなしだ。
けれどもあの大人たちを可哀想だとは思わない。それは私が悪人だからではなく、タマの言葉こそが正しいと賛同しているからだ。
『ならあいつを追い込んだのは、この程度のことで逃げ場がない。死ぬしかないと信じ込ませた親と社会だ』
自らの不出来不手際を棚に上げ、無責任に責任を押し付ける。それを自覚なくすることが、どれだけタチの悪いことなのか。
今のタマをろくでもない大人と評するなら、あの者たちはタチの悪い大人であった。なにせ耳障りのいいだけの綺麗事を振りかざせば、子供に責任転嫁をしても許されると信じているのだから。
あれはそんなタチの悪い大人に、正面から立ち向かったのではない。何十倍にも責任を膨らませ、押し付け返しただけだ。
だからあの大人たちの、もう一つ悪かったことをあげるとしたら、無責任に責任を押し付けようとした相手。
「カアッー、クソ共の不幸で酒が美味い! 自分で作ったものならなおさらだな。ざまぁ見やがれ!」
保身に走ることに関しては、他の追随を許さないその様を、存分に発揮されたというだけ。結果、多くの無関係な者の足を引っ張り、人生を狂わしこうして笑っているのだから、タマは本当にろくでなしである。




