03
タマが自宅警備員を雇用してから、初めてのクリスマス。
去年は通常営業をして、客入りはポツポツとあった。しかしどれもつまらない大人ばかり。これならば常連の子たちの誘いに乗って、人脈を広げたほうが有意義だったかもしれない。
だから途中で店を締めて、ダラダラと飲んでいたタマと酒を酌み交わしたのだ。
常連の子たちの話を聞く限り、今年の客入りも変わらないものだと確信していた。
タマもタマで、今年は自宅警備員と二人で過ごすと、前もって告げられていた。面白い後日談を期待したのだが、チキンとケーキを食べながら、ホラーゲームのマルチプレイに励んでいただけ。
なので今年のクリスマスは店を締めていた。それだけではなく帰郷していたのだ。
特に用事があったわけでも、目的があったわけでもない。かつて帰国したときと同じだ。
高校時代の思い出が蘇り、人生の転換期を迎えた。その思い出を共有できる相手と再会し、そろそろ二年が経とうとしていた。
今の人生は、向こうで仕事人間となっていたときより、面白いし張り合いがある。
過去を懐かしみ、あのときは楽しかったという思い出が、ここまで私を導いた。
振り返れば友人と呼べる者は、タマだけだったかもしれない。それでも地元では多くの者たちと関わり、あれこれと縁を築いてきたのだ。
最近はその縁すら、なにをやっているのだろうかと懐かしむ時間が増えてきた。モラトリアム少年少女たちの人生に関わるのを趣味としているからこそ、郷愁を感じるようになったのかもしれない。
それが大人になったということか。
たまには懐古趣味を尊ぶのもいいかもしれないと、帰郷を果たしたのだ。
結論から言って、中々に愉快な里帰りであった。それこそタマへ是非報告したい、土産話を持ち帰られるほどの。
八年近く離れていた故郷。詳しく語りたいほどの事件もなければ、突飛な出来事はなかった。
行き当りばったりにかつてのクラスメイトと連絡を取り、皆で集まり、この姿にまず驚かれる。「まあ……明神だしなぁ」と言われながら思い出話に花を咲かし、近況を報告する。どこにでもあるようなプチ同窓会をしたくらい。
かつて世話になったヤクザは、組ごとなくなっていた。所詮は地方ヤクザ。もうそれで食べていける時代ではないと、解散届を出したようだ。かつては何十人もいた組も、最後には三人だけしか残らなかったという、なんとも侘しい結末であったようだ。
そうやって年が明け、二週間ぶりに東京へ戻った、初めての金曜日。
店は開けていないが、空きっ腹で来いとタマを呼びつけた。
「あけましておめでとう」
「おう、あけおめ」
今年の初顔合わせ。今更ながらの新年の挨拶。
佇まいを直すことなく、タマは迷うことなく自らの指定席へ足を向けた。
「ん……?」
ただしいつものように、すぐ腰掛けることはない。
「どうしたんだ、これ?」
カウンターに上がっているそれに目を向け、タマは怪訝な表情を浮かべた。
なんの変哲もない寿司桶に、なんの変哲もない寿司が詰め込まれているだけ。近隣の寿司屋から出前した、特上二人前というやつである。
「なにかめでたいことでもあったのか?」
「ええ、お祝いよ」
一杯目を注ぎながら答えた。
いつもならそのまま差し出す一杯目。すぐに次のグラスにそのまま注いだ。タマの二杯目ではない。
「さあ、乾杯しましょうか」
自分の分である。
二つのグラスを交わすと、まずは定例会を始めたのだ。
タマが雇用している自宅警備員。あの禁断の果実との近況報告。クリスマスを越え、大晦日を過ごし、そして共に新年を迎えたはず。
その二週間の間に、新たな動きがあってもいいだろう。そう思ったのだが、性の六時間も姫納めも姫始めもなにもなく、ひたすらふすま越しに美味しいものを食べ、ゲームをやっていただけという。
「ほんと……ヘタレね、タマは」
一つ屋根の下、いい歳の男女が二人だけ。だというのに健全なまでに不健全であった。
「普通ならとっくに手を出しているところじゃない」
「遵法精神って知ってるか?」
ビールを呷ったタマは、得意気な顔を向けてきた。
「立ちションと一緒よ。見られる相手にさえ気をつければ、問題なんて起きないわ。だから私は見咎めたりなんてしてないでしょ。なによりそんなくだらないもの、問われたくないわよ」
「人に寄り添う心を尊んでいるんだ」
「バカね。タマにそんな素晴らしい精神、宿ってるわけないじゃない」
「名誉毀損だな。謝罪と賠償を要求する」
「そのトロでも食ってなさい」
言い捨てると、私は立ち上がった。タマの軽口に気を悪くしたのではない。単にグラスが空になったのだ。
「そもそも本当に寄り添ってるなら、とっとと手を出してあげるのが情けじゃない」
「んぅ?」
トロを口に含んだまま、タマはどういうことだと首を傾げた。
「あの娘、タマのことを絶対に好きよ」
私はハッキリと告げた。
この半年以上、男のタマでは手に入れるのが憚れる品を、あれこれと用意し面倒を見てきた。けれど一度も、私とあの娘は顔を合わせたことがない。声を交わしたことはない。文字すらのやり取りもない。
礼がほしいとか、失しているとか、そういう気持ちはない。むしろこれでいい。
私は基本、二人の世界に介入したいわけではない。引っ掻き回したいわけでも、守ってあげたいわけでもない。
タマがこんなリスクを背負ったことに死ぬほど笑った。だからそのまま好きなようにやらせてやりたいと思った。なぜなら見ていて面白いから。理由はそれだけあれば十分だ。
人の数だけ物語がある。
そこにあれこれと口出しして、思うような物語にしたいわけではない。方向性を決定づけたいわけでもない。
だから手を貸すのは最低限。小道具を用意するだけで、後は観客に徹するつもりだ。
それでもあれこれと感想を口にしたくなるのは、金を払った観客の権利である。面白くなければ、ぶつくさくらいは言いたくなる。
タマから話を聞いているだけでもわかる。
典型的な引きこもりのダメ人間からの成長ぶり。あれは家に戻りたくないからという、逃げるための必死さから出た成長ではない。タマのためならなんでもしたい。そんな想いから至った成長だ。
それは享受している本人が、一番わかっているはずだが、
「ただの依存心だよ」
ハッキリとそう言い切った。
私もそれは承知済みだ。追い詰められた子供が、全てを肯定し手を差し伸べてくれる、都合のいい大人と出会った。画面越しに何年もやりとりしてきた相手。元からの信頼関係は十分にある。
その想いは、社会が示す真の恋や愛なんかでは決してない――だから手を出さないのだと、言い訳しているようにしか聞こえない。
「いっそ胸元に抱え込まれたほうが、安心するんじゃないの。ずっとここにいていいんだって」
「いつまでもずっと、ってわけにはいかないだろ」
「巣立ちを想定しているとでも?」
「そうだ」
「百パー嘘ね。流されて返すタイミングを見失っただけじゃない」
「けどなにかの拍子で、里心がつくかもしれないだろ? そんなとき家出先の男とヤっちまったなんて、いざ帰るときの負い目にしかならんだろ」
「あれから何ヶ月経ってると思ってるの? これだけの期間、男の家に転がっているのよ。綺麗なままだなんて誰も信じちゃくれないわ。もうとっくに、あの娘の人生には瑕疵がついてるのよ」
「つまり今のレナは、訳ありアウトレットというわけだな」
「控えめに言ってタマはカスね」
ビール注ぎながら眉をひそめた。
女を食い物にする世界には精通しているが、ここまで酷い例えは聞いたことがない。
タマには素質があれば実績もある。もし度胸を付けて、こちらの世界に足を踏み入れれば必ず大成するだろう。
ただし、そうなることはない。
なにせその大事な度胸が、タマには欠けているのだから。
「結局タマがあの果実を口にしないのは、童貞をこじらせてビビってるだけじゃない」
「ファッキュー!」
中指を立ててタマは叫んだ。語彙力の放棄は、言い分を認めたようなものである。
タマ風に言うのなら、いざ戦場に連れ出して上手く戦えるかとか、負け戦になったらどうしようとか、そんな風に童貞をこじらせているだけ。二十六歳の大人が、十五歳の子供相手にビビってるのだ。一人の男だとか言う前に、一人の大人として情けなすぎる。
タマのことだ。それ以上に責任の所在を押し付けたい。望まれたから手を出したという予防線を引きたいのだ。
そんな面倒なものを引かなくても、見損なうことなく受け入れてくれるだろうに。
爆弾を背負いながら、未だに石橋を叩いているなんて。いい思いをする前に爆発し、社会の罰を受けた日には、これほどバカらしいことはないだろう。




